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忘れてたわけじゃない。
そうゆうことがあったんだって、それは当代を誰より知るシズネより語られた。
持ち主を選ぶ石だってことも。
手の平に転がり落ちてきた蒼い鉱石を彩ったのは、最愛と知ったお前の赤い血。
忘れてなんていなかった。
それは時に大切な者の命を奪うことがあるんだって。
最初で最後、あれほどつらそうに語った当代を見たことはなかったというのに。
この身とあった結晶石は、手放してしまったその先で呪われた力をふるってしまった。
桃色の髪をくゆらせ上忍春野サクラは、いつにも増して見た者が惚れ惚れするような微笑でもって、ことほぎの言葉をナルトに贈った。初冬の澄んだ空気は冷たく、しかし目に映る彼女と今日の雲が織り成す高い空はまた格別なものがあった。
「いつも本当にありがとうってばよ、サクラちゃん」
幼い頃から変わらない表情豊かな顔に、今は満面の笑みを浮かべて、ナルトはここ最近修業に付き合ってもらっているサクラに礼を言った。春頃から定期的にこの慣れた演習場で、昔のようにお互い時間を共にしていた。信頼厚い彼女を是非にと今回望んだのは、ただ聡明であるというだけでなく、これから火影という重席に連ねる自分を『うずまきナルト』という人間であることを、誰よりも知っている彼女だからこそ。しかしそんなことを口にしようものならプライドの高いサクラは胸倉掴んで怒鳴り散らすかもしれないけれど、彼女の優秀さは誰もが認めていることなのだ。今さら自分が改めて言わずともそこは聡い彼女のこと、己の位置は分かっているだろう。
「別にいいわよ。減るもんじゃないし。で、もうサスケ君には言ったの?」
「ううん、まだ。これからだってばよ」
両手を頭の後ろにやってはにかむナルトに、サクラは呆れたように唸った。
「真っ先に伝えに行くかと思ってたんだけどね」
「もし断られたらサクラちゃんに説得してもらおうと思って」
へへっとわびれもせずそう言ったナルトにサクラは一瞬鋭い目線を向けた。
「次期火影が重臣選抜するのに部下をあてにするんじゃないわ
よ」
言葉の内容ほどきつくないサクラの言い回しにやはりナルトは笑う。

〜中略〜

「……オレが火影になるからか?」
握る手のひらに自然力がこもる。喉を圧迫する塊が邪魔をして、低くくぐもった声しか出てこなかった。
伏せていた目を上げたサスケはやけに真剣な面持ちで、これから答えることは嘘偽りない彼の言葉であるとナルトに思わせた。
「お前が火影になると五代目から聞いて、暗部の任を解いてもらった」
「暗部が火影直轄部隊だからかってばよ?」
「そうだと言ったら?」
「サスケっ!」
先ほどの真剣味を帯びた眼差しとは打って変わって、探るような黒の瞳にたまらずナルトは声を荒げた。
「お前は、オレが離れようとすると本当にガキになるな」
サスケは嘆息するように軽く息を吐いた。今まで張り詰めていた空気がその一言で途端に色をかえる。肩透かしをくらったように視界が一気にクリアになった気がしてナルトは目をしばたいた。
「どーゆう意味だってばよ」
「別に、お前が火影になるからってだけじゃねぇよ」
「だったら何で」
もちろんナルトは暗部としてではなく、火影の補佐官として自分の側にいてくれるサスケを望んでいた。サスケと、サクラと、自分達を守り育ててくれたこの木葉の里を今度は自分達が守り導いてゆく。それをナルトはどれだけ願ったことだろう。
だからこの手を取って欲しい。
今またサスケのことを知ってゆきたいと、自分の知らぬ間にサスケが感じた感情をなぞりたいんだと強く思うのだ。
「……ナルト」
少しの躊躇い。久しぶりに自分の名を呼ぶサスケの声を聞いた。悲しさとはまた違った胸の痛みを感じて、らしくもなく俯いてしまった。
視界にあったサスケの右手が上がる。つられて顔を上げようとしたナルトの髪が、くしゃりとサスケの手で掴まれた。「おいっ」と慣れない感覚になじるナルトは無視して、ナルトの髪に触れる男の手に力が込められる。
顔が上げられない。今何かを告げようとするサスケの顔が見えなくて。見るなとその手が言うようで。
「暗部の任を解いてもらったのは……」
二人きりになった演習場に冷たい風が吹き抜ける。震わす木葉のかする音と一緒に続くサスケの言葉は、耳に入ってきた淡々とした、しかし穏やかにも聞こえるその声とはうらはらに、ナルトにとってはひどく衝撃的な内容だった。



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