†††明きの方、不縁の切り†††



満面の笑みを浮かべて手渡されたそれをつい受け取ってしまって、サスケはげんなりと視線を手元にやった。がさりと音を立てるパッケージにゴムで留められた派手な色使いのなされた面が、本来ならば気分を高揚させる為の添え物なのだろう。
しかし、いくらまだ子供の領域を出てなかろうが、同じ歳であるはずの金髪頭が自分と同じように手渡されたそれを声を上げて、スゲーとかオモシロソーだとかうるさく喚いていようが、サスケの気分は心ゆくまで急降下するのだった。
何が楽しくて目の位置も合わないだろうそれを付け、あまつさえこの寒空の中逃げ回らなければならないというのか。そして最も理解しがたい所業は掃除もそぞろなこの家に、わざわざ豆をまき散らさねばならないのかということだ。もちろん、そんな事は不本意ながら全力で阻止する所存ではあるのだが。
セル仲間であるナルトとサクラのテンションが上がれば上がる程、サスケの気分は比例したように下がり、自ずとにぎりしめていた節分用の豆袋が抗議するようにがさりと音をたてた。
そんなサスケを余所に、サクラから豆まきについてのレクチャーを受けたらしいナルトがいつもの笑い顔をさらにはずませていた。それを視界に入れてしまってサスケは嫌な予感に身構える。
そしてお約束のように今世紀最大のウスラトンカチは、
「じゃあサスケが鬼なー!!」
と、この場合サスケの神経を逆なでする他ないだろうと思われる言葉をそれはもう元気はつらつ言い放った。
「ふざけるな、誰が鬼なんて・・・っ!!」
「鬼はああああぁ外おおおおおぉ!!!」
サスケが全てを言い終わる前に節分の日の常套句をナルトが叫んだと同時に、そのひとつひとつには威力のない単なる豆だったモノは、握った持ち主の気持ちがのりうつったのか突如として凶悪なつぶてとなってサスケに襲いかかってきた。
「ぎゃー!!ナルトー!!!!サスケ君になんてことするのよおおおおぉ!!!」
「フライングだ!!こんのドベがっ!!!」
静かであるはずのうちは邸にサクラの叫び声と、今はこの班に限り珍しくなくなったサスケの怒声が響き渡った。直撃は避けたものの全く被害がなかったわけでもなく、至近距離で堅く炒られた大豆の奇襲は軽く痛い。しかしむしろそれより、己が避けてしまったことで室内に無残にばら撒かれた豆を見とめてサスケのボルテージは一気に上がる。
「ぎゃははははは!!先手必勝だってばよ!!サスケェ!!鬼はああああああ・・・がはっ!!!」
もちろんナルトの所業を見過ごす程甘いサスケではない。素早く手元の袋をばりっとあけると豆をつかみ、大口開いて第2弾の攻撃をまさに仕掛けようとしていたナルトの顔面に向かって小さな凶器を的確かつ迅速に投げつけた。
ゲホゴホと豪快にナルトは咳き込む。口蓋垂まで見えるほど大きく開かれていた口の中に、サスケの報復の数打が飛び込んだのだ。
「げっ・・・・ごほっ・・・!!サスケてめっ!!!ワザと口に向かって投げやがったなっ!!!」
「てめーが食わせてくれって言ってるみてぇに大口開けてるからだろーが、このウスラトンカチがっ!!!」
「なにをおおおぉ!!やんのかくらあああぁ!!!」
「じょーとーじゃねぇか!!!」
叩きつけるように吠えると二人同時に袋に手を突っみ、互いに向けて食らいやがれとばかりに投げつける。
もはや、福を招く言葉は二人の中に存在していなかった。鬼を外へ追いやるだけでは飽き足らず、鬼退治の勢いに満ち満ちている状態なのだ。
「逃げんなサスケ!!!」
「誰が大人しくもらうかよ!!!」
「もうやめてよ、二人ともー!!!」
白熱していく豆まき、もとい激戦にたまらずサクラは声をあげる。
サスケ贔屓の彼女がナルトの援護に回るワケがなく、サスケを庇うように身を乗り出したところで、すでに攻撃態勢に入っていたナルトの手から離れた豆をサクラは豪快にくらった。
「ぎゃん!!」
「あ・・・・」
「・・・サクラ」
彼女に直撃した豆たちがばらばらと畳に音を立てながらちらばった。
一瞬にして静まり返った部屋の中、ナルトのごくりと唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。実に嫌な沈黙である。その空気を打破しようと、ナルトは引き攣る唇を懸命に押し上げ、数粒の豆を桃色の髪に飾りつけたサクラに声をかけた。
「サ、サクラちゃん。大丈夫かってばよ・・・?」
ナルトから背けていた顔をゆらりとサクラは動かした。
「・・・・・・しゃーんなろー!!!!ナルトー!!あんた絶対殺すっ!!」
そうサクラは男らしくもタンカをきると、あけて手に持ったままであった袋から豆を掴めるだけ掴み、容赦なく無抵抗の金髪少年に向かって怒りのつぶてを投げつけた。
「サ、サクラちゃん、痛いってば!!うわっ!!やめてっ!!本気ナシっ!!本気ナシっ!!」
「問答無用っ!!」
「ざまーみろ自業自得だ、ドベ」
「クッソー!!てめーもドーザイだってばよ!!サスケェ!!」
ナルトはサクラの応酬に逃げまどいながら畳に滑り込むようにして落ちた豆を両手で拾うと、傍観を決め込み人の悪い笑みを見せていたサスケに向かって執念の一握りを投げつける。
「てめっ、まだやるかっ!!」
「サスケには絶対ぇ負けねぇってばよ!!」
「あんたまたサスケ君にっ!!!」
三人三様の罵声を浴びせながら、畳に広がる豆の海が底をつくまで、笑い過ぎて動けなくなるまで、子供らの豆まきは続いたのだった。



「おら、サボんじゃねぇ、ウスラトンカチ」
「オレはさぼってねぇし、ウスラトンカチでもねぇってばよ」
ギンとお互い睨み合うと、ナルトとサスケはフンと同時に顔を反らした。
見るも無残だった和室はサスケとサクラの奮闘でどうにか元通りになっている。その間ナルトのしたことといえば、豆を踏んで潰してはサクラに怒鳴られるという、とほほな役回りだった。
しかし、ナルトにとって三人で過ごす今日は任務以上に楽しく、修行以上に嬉しいもので。
節分とういう行事に参加したこともなく、豆を投げる意味さえ知らなかった自分に、こうやってその機会を与えてくれたサクラと不参加ながらもサスケを説得してくれたカカシにはとても感謝している。ただし、あれだけ親切心でもってサスケに豆を投げてやったにもかかわらず、当の本人は嫌味な顔と態度と言葉を改める様子が全くないことから、やはり『鬼を祓う』というのは迷信でしかないのだなと、ナルトは感慨深く思った。というのも、サスケの中の日頃から感じる悪っしき鬼を祓ってやろうとしたのだ。
しかし、その相手によってナルト自身も豆をそれ以上か同じだけもらっている事は忘れてしまっているようなのだが。
ほうきと塵取りをしまってきたサクラは、あらかた片付いた部屋を見渡した。
「だいぶ奇麗になったみたいね。ごめんね、サスケ君。さて、遅くなってきたしそろそろお邪魔するわ」
片眉を下げて部屋の主にまずは一言わびると、サクラは暇を申し出た。
「じゃあオレも一緒に帰るってばよ」
当然のように続いたナルトの言葉に、
「ナルトはサスケ君と一緒にこれ食べてから帰りなさいよ」
と返して、隅に置いてあった紙袋を持ち出しナルトへと手渡した。
「何これ、サクラちゃん」
「巻き寿司よ。ここに来る前に、お母さんが作ってたの二本持ってきたの。節分の日には巻き寿司を食べるのよ」
「何で巻き寿司?」
「『福を巻き込む』って昔から言われてるのよ。今日は鬼を祓らってばっかりで、福を呼び込まなかったからちょうどいいんじゃない?ナルトとサスケ君に福が舞い込みますようにってね」
サクラの言葉にいたく感激した様子でナcルトは大仰にも見える程嬉しげに礼を言った。
「ありがとーサクラちゃん!!」
その後に小さな声で「ありがとう」と続いたサスケの言葉にサクラは破顔する。
表情の読めない彼が嫌がっているのか、喜んでいるのかナルトには分からなかったが、文句も言わずここでサクラに礼を言うということは、サクラのお母さんお手製の巻き寿司を一緒に食べることにサスケも同意しているということなのだろう。そう思ってナルトも笑ってしまった。
「今年の恵方は南南東だから巳の方角を向いて食べるのよ」
「へ?食べる方角まで決まってんの?」
「そうよ。あんた巳の方角ってわかってる?」
「えーっと」
へへっとごまかすように笑ったナルトに、「こっちだ、ドベ」とサスケの呆れ返った声が続いた。
「そ、それくらい分かってたってばよ!」
「どうだか・・・」
「それと、食べてる間はしゃべっちゃ駄目」
「それはサスケ相手だから問題ないってばよ」
「へ、てめーはそんな事までオレに頼んのかよ」
「ぬあにをおぉ!!」
「何だよ、本当のことだろーが」
「もう、ナルト!いちいちサスケ君につっかからないの!!」
「えー、さっきのはサスケが・・・」
ギンとナルトをひと睨みし彼を黙らせたサクラは節分の日の決まり事の説明を続ける。
「サスケ君は知ってると思うけど、巻き寿司は切らずに食べるのよ」
「なーんか、注文の多い日だってば」
「文句言わないの。それだけで1年間良い事あるんだから」
「ふーん。まぁオレは切らねぇ方が面倒くさくなくていーけど、何で切っちゃいけねぇんだろ」
サクラや女の子まで巻き寿司をそのまま丸かじりするのを想像して、昔からの言い伝えにしては乱暴だなぁとナルトは思うのだった。
「それは後でサスケ君にでも聞きなさいよ」
にっこり笑ってサクラはサスケの方にちらりとその若葉の瞳を向けた。それを見たサスケが
嫌そうに眉間にシワを寄せる。
「それじゃね、ナルト、サスケ君」
「あ、サクラちゃん家まで送るってばよ」
無言で頷くサスケと、慌てたように申し出たナルトにサクラは笑って首を横に振った。
「二人ともお腹減ったでしょ?大丈夫よ」
そうサクラが言い終わった途端、ナルトの腹の虫が大合唱した。わわっと慌てたようにナルトはお腹を両手で押さえる。
「ほら、早く食べちゃってね」
ふふっと笑うと彼女は玄関を開け、月夜が覗く真冬の澄んだ空気が清しい外へと出て行った。
明るい彼女がいなくなったことで、束の間うちは邸にいつもの静けさが戻ってくる。
「食うか」
「おう」
がさりと音のする紙袋を両手で抱えなおして、サスケの後をナルトは追った。
「なぁなぁ、さっきサクラちゃんの言ってた、巻き寿司は何でそのまま食べるんだってばよ?」
ナルトは追いついたサスケに問いかけた。特に凄く気になってたワケでもなくただの会話の一環に過ぎなかったのだが、意味深なサクラの様子が気になっていたのも手伝った。
「・・・・・・めんどくせぇからだろ」
気まり悪げにサスケはそう答える。その素っ気無いサスケの応えにナルトも「ふーん」とだけ答えた。積極的に知りたかったわけでもなかったので、ナルトもそれ以上は突っ込んで問いただしたりはしなかった。
しかし、もしその時のサスケの顔をナルトがちゃんと見ていたならば、尋問の応酬の手をゆるめたりはしなかっただろう。
ほんのり色付いた彼の頬を見ていたならば。



己の顔に熱が集まるのを感じて、しかしそれをセル仲間に気取られるような失態をサスケはしなかった。
別に誤魔化すことでも隠すことでもない、ただの昔からの言い伝えであると分かっているのだが、サスケはナルトに教えてやる事が出来なかった。
巻き寿司をそのまま食べるということは、『縁を切らないために包丁を入れない』という事。
きっと教えてやればこの仲間意識が必要以上に高い彼は、目に見えて喜ぶのだろうが、それを教えてから巻き寿司をそのまま食すのは、ナルトと縁を切りたくないとサスケも言っているようなもので。それはあまりにらしくないような気がして。
(別にそんなこだわることでもねーだろ)
そう己に言い聞かせても、やはりサスケはそれをナルトに教えてやる気にはならなかった。
だから彼との縁を切りたくないんだという思いと、いつかは切れてしまうかもしれないという思いが相反しての結果だとサスケは片付ける。
鼻歌まじりに後をついてくるナルトを後ろに感じながら、この暖かくもくすぐったく感じるしかし頼りなくも感じる縁を、今は守りたいと思うサスケだった。



うちは邸での夕食時、始終無言な空気はナルトの口許をうずうずさせ、己の咀嚼する音だけが耳について何とも気まずい雰囲気だったのだが、二人はサクラに言われた通り、巳の方角を向いて、『福を巻き込む』らしい巻き寿司を切らずに食べたのだった。





サクラの残した小さな布石は、近い未来明らかになる





END





Acropolisのёmu様に捧げます!!遅くなりましたがサイト復活おめでとうございます!!
本当に今か今かと待ちかまえておりました(笑

えとえと、調べて分かったんですが、巻き寿司を恵方(明きの方)に向かって私語を交えず丸かじりするのは大阪の習慣らしいですね><もう当たり前の恒例行事だと思ってました。
それに加え第7班ドタバタ話になってしまいましたが、、もらって頂けると嬉しいですっ
2008.2.3(明瑚)





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