†††綾紐†††



「違う違う、そこじゃなくってここよ。もう!それじゃなくってその手前」
「これ?」
「そうそう、それをここの下からグルンって」
「それじゃ分からねぇってばよ、サクラちゃんー」
困り果てたようにナルトは情けない声を上げた。
今サクラの指には輪になった紐が複雑に絡み合っていて、不思議な幾何学模様を作り上げている。
本日の任務は結婚披露宴の引き出物の包装。大量に用意されたそれをひたすら紙で包み、リボンを掛け、ようやっと半分が終わったところ。
客室用の和室を休憩室にと与えられ、昼休憩中の3人であった。
依頼主から貰った包装用の組紐をサクラは輪にすると、綾取りを始めたのだ。それに凄い凄いと褒めるナルトが綾取りを知らないと聞いて、早速二人で始めたは良かったのだが。
「だから、今掴んでる紐をここの下から通すのよ」
「その、ここが分からないんだって、ここ?」
「もう!そこじゃないわ!」
こんな感じで二人の綾取り遊びは続いていた。初心者のナルトが全くもって分かっていない為、ナルトに指示を出すサクラも一苦労である。
ナルトはその紐と紐が交差している処をサクラの指示通り掴んだり引っ張ったりをしているのだが、やはり口で説明するには限界があるらしく、どうにも先に進まない二人であった。
「違うって、そっちじゃなくてこっち!」
両手が紐で塞がっているサクラは無意識に顎で指図するのだが、こればかりは無駄でしかなく、
「ここ?」
「じゃなくって―――――」
「ここだ、ドベ」
見兼ねたサスケがサクラが懸命にナルトに教えようとしていた場所を指差した。
「ドベって言うなっ」
「あら、サスケ君綾取り知ってるの?」
「見たことあるだけだ」
ナルトの抗議は見事無視してサスケは素っ気なくそう答えた。
「無視すんなってばよ!サスケェ!!」
「うるせぇ、耳元で喚くな。それより取らなくていいのかよ」
「そうそう早くしてよ、ナルト」
いつもの小競り合いに発展しそうな雰囲気を感じ取ったサクラはナルトの意識を綾取りへと戻す。
「あ、うん。えっとコレだっけ?」
「そうよ」
間違えることなく取ったナルトにサクラは指を引き抜き紐を渡した。
「へへっ。取れたってばよ」
「出来たじゃない、ナルト。じゃあ今度はサスケ君が取って」
サクラはにっこり笑うと、二人に向かってそう言った。
それを聞いたナルトは直ぐさま抗議の声を上げ、サスケは眉間に深くシワを刻んだ。
「えー、何でサスケなんかとー」
「・・・・」
「だってその方が教えやすいじゃない。せっかくだから3人でやりましょ?」
ね?と駄目押しのサクラの笑顔にナルトは渋々ながら頷いた。大好きな女の子のお願いを無下に出来るほどナルトは人でなしではないのだ。
「早く取れよ、サスケ」
ナルトは唇を尖らせて両手に絡む紐で作られたそれをサスケの方へとずいと差し出した。
不本意であると書いてあるナルトの顔と手元の紐を見比べて、それでも動こうとしないサスケに、両手の空いたサクラは、
「次はね、こことここの紐を取って、下からくぐらすの」
喜々としてサスケに紐を取るように進める。無邪気なサクラの様子にサスケも諦めたのか、小さく嘆息するとナルトの両手に絡む紐に手を伸ばすのだった。
先程よりも断然スムーズに進む綾取りに、当初の気まずさはなくなり2つ3つとナルトとサスケの二人の間でその紐は形を作っていく。
「今度はねナルト、これとこれを小指でいったん取ってから、あ、違うの。こっちの紐は左手で、こっちの紐は右手で取るのよ」
「こ、こう?」
「そうそう、それで」
「でもサクラちゃん」
「そのまま、また下からくぐらすの」
「む、無理っぽいってばよ」
「何がよ?」
「紐足んねぇ」
一度小指で交差して取ったことから、元より短めであった紐は引っ張られてサスケの指とナルトの指を締め上げている。やはり女の子のサクラの小さな手と、子供とはいえ男であるナルトとサスケの手には短かったのだ。
「あら、本当ねぇ。とりあえずナルトは先にくぐらせちゃって。サスケ君はゆっくり指を抜いてくれる?」
ナルトはサクラに言われた通り、サスケの指から紐を取る為に、少々指を締め付ける紐には構わずぐいっとくぐらせた。
「痛ぇぞ。ウスラトンカチ。もっとゆっくりしろ。そんなだからてめーはいつまで経っても縄抜けが出来ねぇんだ」
「なにをぉ!!サスケ!!オレってば縄抜けくらいっ」
「馬鹿!!急に動くな!!」
「イテ!!」
腹いせ替わりに無理矢理紐を奪おうとしたナルトは、まだ完全に抜いていなかったサスケの指に絡む紐を締め上げてしまい、同時に己の指に絡む紐を食い込ませてしまった。
抜きかけていた紐は不自然に引っ張られたせいで複雑に絡み合いナルトとサスケの指諸とも含めて縺れてしまったようだった。
「何やってるのよナルト!ヤダ、紐が指に食い込んでじゃってるじゃない。サスケ君大丈夫?」
「ああ」
「だってサスケがムカツクこと言うから!」
「オレは本当の事を言っただけだ」
「なにをぉ!!」
「もぉ!!やめなさい二人とも!!そんな状態で喧嘩なんてみっともないわよ」
サクラの言ったみっともないというのは、お互いの指同士があたかも絡んだ紐で結ばれているようで可笑しかったのだ。
「解ける?」
どうにか指を抜くことが出来たサスケをよそに、ナルトはムキになって解きにかかった。しかし、
「ぐわぁ!!解けないってばよ!!」
「もう!!引っ張ればいいってもんじゃないのよ!!」
「だってー」
「指の色変わってきてるじゃない。誰かにハサミ借りて来るわ」
立ち上がって行ってしまおうとするサクラにナルトが声をかける。
「これくらいクナイで切れるってばよ?」
「そんな食い込んだ紐をクナイで切ろうとしたら、あんたの指までスッパリよ。まぁその方が借りに行く手間が省けるけど」
笑顔でさらりと恐ろしいことを口にしたサクラに、ナルトは慌ててハサミお願いしますと頼み込む。
サクラが部屋から出て行ってしまうと、そこは途端に静かになった。一緒にいるのがサスケであるからそれも仕方のないことだとナルトはもう慣れた空気と存在に構わず一人ごちる。
「マジで解けねぇってばよ・・・・」
どうにかこうにか右手の指に絡まっていた紐は解けたのだが、左手の指に絡む紐は強情にもナルトの指にご健在である。
ムーっとそれと睨み合っていたナルトだったが、急に紐を引かれ「イテ」っと声を漏らした。
もちろんここにナルト以外にそんな事が出来るのはサスケだけであって、ナルトは即座にギンとサスケを睨み付けた。
「何すんだサスケ!」
「たいした意味はねぇ」
「はぁ?」
「気にするな」
ナルトには理解不能な流れでもって彼の疑問を遮断したサスケはナルトに背を向けた。
握り混んだ紐はそのままに。
「何なんだってば」
良く解らないが怒っている訳ではなさそうなのでナルトは放っておくことにした。
ぐちゃぐちゃに絡まった紐はやはりナルトの薬指と小指に巻き付いて解けず、そこから垂れる紐はサスケの握られた手の平の中へと続いている。
「あ・・・」
良く見るとそれはサスケの小指に絡んでいるように見えて、ナルトは小さく声を漏らした。


そして、この綾紐の色は『赤』


ナルトはさっと頬を朱に染めると、サスケに向かって声をあげた。
「サスケ!!てめー!!やっば離せ!!」



二人の攻防はセル仲間の少女が戻って来るまで続けられたのだった。






END



切ってしまう事なんて紐でも何でも簡単で

でも僕達はいつだって

またそれを結び直すことが出来るんだ




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