あの時確かにこの心を占めたのは、紛れも無い殺意という名の独占。


 †††慟哭の行方†††


今この手で奪ってしまおうとしているのは、 己の命など天秤にかけるまでもないと思える程執着していたうずまきナルトその人。
焦がれすぎた心はどんな形であれ相手に触れたいという猥褻にねじ曲がった想いとなって、結局は拳同士でしか彼と交わることは出来なかった。
己の存在をこの方法でしか彼に知らしめるコトが出来なかったのは偶然でも必然でもなく、ただ自分にはそれしか持っていなかっただけだ。
その瞬間だけは彼の青い双眸に映るのは間違いなく自分で、意識さえも全てがそうであれと焦がれる程に渇望していた。それはきっと今も変わらずここに在る。
それが彼を唯一独占出来る方法であると思っていたのだ。
何がきっかけだったかなんて覚えてはいない。
歪み始めたのは病院の屋上での一戦。
そして殺意に隠されたソレに見ぬフリをして、遠ざけた。
その方法は甘美であるとともに絶望的で、復讐者である自分にとってはとてつもなく魅力的であり、ただ彼にとっては得るものはなく喪失でしかなかった。
だから遠ざけた。
それが残された心の最後の良心からであったというのに。
そんな自分の本当の心の内など読めもしないで彼は涙さえも見せて言うのだ。
『ワタサナイ』と。
まるで自分が彼のものであるかのように。
名前を呼んで、主張する。
せっかく離れてやったのに。
見逃してやったのに。
己の夢の為に共にいるコトが出来ないのであれば、違う世界を見ているのであれば、なら彼の幸福せをと一度は願ったのだ。
なのに。
ナルト。
何でそこまでして。
何で命をかけるようなコトをしてまで引き止めようとするのか。
このまま二人離れて自分でない誰かの手をとることになってしまうのなら、いっそのこと。
その命、奪ってみせようか。
それこそが完全なる独占。
全ての意識が自分に向いている今こそ――――――。


左手に意識を集中してチャクラを溜め込む。
すぐ傍で流れる川の水音と千羽の鳥の鳴き声が重なった。
これで決める。
もうサスケにはナルトしか見えていなかった。勿論ナルトも同様全ての感覚、指先から全てサスケに向かって鋭く延ばされる。
その瞬間、何もかもが白一色に染め上げられた。


閉じていた瞼の内側に柔らかな光りを感じてサスケは目を開いた。
どのくらいの間か意識を失っていたようだ。
軋む身体を叱咤して何とか立ち上がるコトに成功する。
視界の隅に映った黄色にドクンと鼓動が跳ね上がった。
死んでいるかもしれない。
遠目からでもわかるほど血の気の引いた青白い頬が痛々しくサスケの目に映る。
無意識に足はソレ目指して進むようだ。
指の先から髪の一筋まで、溢れる涙も流れる赤い血でさえ己のものとする為だけに、サスケは引きずるようにして足を動かす。
その生死だけが重要。
確実に仕留めたはずだった。
まさに死闘と言える中、殺さずにしてサスケを連れて帰るという大前提のあるナルトと、本気の殺意を漲らせているサスケとではどちらが生き残るかなど端から判っていることだった。
そうやって、漸く彼を自分だけのものに出来たのだと思ってみても、先程拳を交えたときほどの高揚感は既に失われていた。
見下ろす先には固く目を閉じた常より幼く見えるナルトの顔。
激闘の中緩んでいた額当てが俯いた拍子に地面へと落下し、辺りに渇いた音を立てた。
「ナルト・・・」 


微かに上下する胸元で彼がまだ生き絶えてはいないことを知る。
「オレは・・・」
­­­­­­―――お前の全てを奪ってしまいたかった。
サスケは頬に伝う濡れた感触に我に返る。
濡れた感触を頬だけでなく額にも剥き出しの腕にも感じて、それが空から降ってくる雨であることに安堵した。
「・・・っ」
その時唐突に無茶なやり方で力を引きずり出した結果、今まで全く感覚の無かった左腕に強烈な痛みが走った。
あまりの激痛に震える膝が力尽きたようにくずおれる。
そして追い撃ちをかけるように傷付いていたであろう内臓から生まれた大量の血液が競り上がってきて、サスケは耐え切れずに吐瀉した。
身体を丸め込むようにしてその激痛をやり過ごしていたら、一度も優しくなんて触れたことのない柔らかな日差しを思わせる彼の髪が視界いっぱいを埋め尽くしていた。
サスケは身動き一つしないナルトの額に己のそれを押し当てる。
彼の冷たい額当てを直に感じて、既に手放してしまった己のソレを思った。
木葉の里。
火影 。
ナルト。
こんな時でさえ自分はナルトに触れることが出来ない。
ゼロか全部かだなんて奢っているにも程がある。
でも1つでも手にしてしまったら、また1つ、また1つと際限なく繰り返されて、全てを己のものにするまで満足なんて出来るわけがない。
「・・・ナルト」
「お、もてぇよ・・・サスケぇ」
すぐ傍から聞こえた掠れた声にビクリとサスケは身を強張らせる。
額を合わせたまま顔を上げることが出来なかった。
顔を上げてしまったら、この雨に不似合いな晴天を思わせる双眸を間近で見てしまう。
「・・・サス・・ケ」
じっと動かないサスケに焦れたように、ナルトは震える体を抑えられないのか苦しげな様子で名を呼ぶ。
「・・行く、なよぉっ・・・」
懸命に振り絞る声。最後の方は嗚咽で良く聞き取れなかった。
サスケはナルトの顔の両側に両肘をつくとゆっくり上へと顔をずらしていく。
まず最初に互いの鼻先が触れ合った。
次に雨だけでなく涙でも濡れているであろう瞼に舌を這わせた。
思ったとおりサスケの舌先は塩気を感じとる。
滑稽だった。
あんなにも彼の死を切望していたのに、生きているコトに対して今、涙が出る程安堵しているなんて。
拳同士でしか触れ合えなかったのに、こんなにもたやすく今彼に触れている。
ナルト同様自分までこれを雨のせいにしないといけないコトも、常の自分達であればありえない距離であるコトも、今はもうどうだっていい。
矛盾だらけの理解し難い感情の中でもわかったコトが1つだけあるから。
オレはナルトは殺せない――――――。
そして、自分の特別がナルトであるように、また彼の特別も自分なのだ。
だから―――――。
両手でナルトの頬を包み、サスケの唇がゆっくり上がっていく。
「オレ・・・を、置いてっ・・な・・ぃっ」
ヒクリとナルトの喉が鳴る。
泣きじゃくる前の子供のように全ての不満を、不安を彼が吐露してしまう前に、これ以上、自分の決心を揺るがす言葉を彼が漏らしてしまう前に、サスケはその唇を塞いだ。
己の意思で求めた彼の唇は思っていたよりも柔らかで、とても冷たく感じる。
無理矢理こじ開けた唇に己の舌を捩込んで、彼の震える舌も鉄の味のする唾液や、呼吸さえ奪うように抵抗の出来ないナルトの唇を散々に犯した。
「ん・・っ、くっ・・」
苦しげに漏れるナルトの声さえ今はサスケを止める歯止めにはならない。
そう、ここまで追い詰めても彼を手に出来ないのなら、彼がどうやっても自分を切り捨てられないというのなら、自分は彼の汚い痕となって残ればいい。
「・・・さ、・ぇ・」
呼吸を求めるように喘がせていた肩も徐々に緩慢となり、サスケはナルトがまた意識を失おうとしていることを感じた。
「・・・追ってこい」
隙間がなくなる程押し付けていた唇を少し離してサスケは低く掠れた声でナルトに囁いた。
「ナルト・・・オレを・・・」
聞こえていたかなんて知らない。
覚えているかなんて分からない。
最後に縋り付くようにして訴えてきたナルトの剥き出しの感情に触れて、自分と同じであると感じたから。
この行為の結果ナルトが傷付いても涙を流すことがあっても、それがサスケという為のものならば、今彼を置いていくことに後悔なんてしない。


後悔なんてするものか―――――。





END 





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