恋のから騒ぎ



目の前の薄茶色のやわらかくカールした髪が、うっすらと紅薄色に染まった頬の辺りで揺れている。彼女が俯いた拍子になんとも甘い香りがして、ナルトはドキリとした。
任務受付所から少し離れたミーティングルーム。少人数用のそこは椅子が6脚と長テーブルが1つ配置されており、狭い空間ながら窓が大きく作られている構造は普段はさほど圧迫感もなく慣れた場所であった。しかし今馴染みのない相手が目前にいるということと、その相手と二人きりであるということからナルトの視線は彷徨いがちだ。
何度経験してもこういったシチュエーションには滅法弱く、その度に真面目な顔をすればいいのか、困った顔をすればいいのか迷ってしまう。
好意を寄せられることは悪意をもたれるよりも、もちろん嬉しいことであって。だからといってそれに答えられるかどうかはまた別の話なのだ。
ナルトはうーだとか、あーだとか心の中で存分に唸った後、
「ごめんってばよ・・・」
と、申し訳なさげに言った。
自分よりもふた回りは小さく肩辺りまでしかない身長はくのいちとはいえ、うつむく仕種も手伝って儚く見えてしまい、守ってやらねばならない存在だとナルトに思わせる。しかしそんな彼女の隣よりも、他人の手など頼らずとも、それは逞しく生きていけるだろう男の隣を自分はもうとっくに選んでしまっているのだ。
「これ・・・、うずまき上忍の為に作ったんです。これだけでも・・・受け取ってもらえませんか?」
おずおずと差し出された可愛らしい紙袋をナルトは戸惑いながらも受け取った。
彼女が自分の何を見てきて、どんな風に好意を寄せているかなんて今のやり取りで分かりはしないが、この日の為に時間をさいてチョコを作り、包装もあれやこれやと悩んで選んだものなのだろう。そんな彼女の想いまでいくら心に決めた人がいるからといって、はねつける事は出来ないナルトだった。
「ありがとな」
にっと笑って見せたナルトに、彼女も肩の力を抜いたようで。
「うずまき上忍には彼女はいないんですか?」
「え?」
「チョコ、受け取っちゃったりしたら嫌な気分にさせないかなぁって」
勘繰り過ぎでしょうか、と彼女は自重気味に笑ってみせた。
あー、とナルトは小さく唸ると、困ったように、しかし照れたように口を開く。
「嫌な気分って、まぁ、うん、うるさい奴だけど大丈夫」
ナルトは目付きの悪い恋人と呼ぶにはそんな甘い関係でもなく、だからといって友達だと言うには度の過ぎた想いを互いに向けている元セル仲間を思い浮かべる。
「そうですか・・・。それじゃ、今日は急にスミマセンでした」
「いや、こっちこそ悪りぃ。でもありがとうな」
彼女はにこりとそれに返すと、ナルトを残し部屋から出て行った。
パタンと閉じた扉を何とはなしに眺める。
(もったいねぇとか思ったりはしねぇけど)
やはり相手の気持ちに答えられないというのは申し訳ない気持ちでいっぱいで、自分に出来る事といえば、彼女の想いのこもったチョコを受け取ることくらいなのだ。
ナルトはひとつ嘆息すると、今は居心地の良さを取り戻した部屋をあとにした。
扉を開けたところで、先程から己の頭を何度も掠めてくれた男がこちらへ歩いてくるのを見つけて、ナルトは声をかける。
「よお、サスケ」
ちょいうど角を曲がってきたサスケは片手を上げてナルトに答えた。
「今から任務か?」
「いや、午後からだ」
「ふーん。んじゃそろそろ、オレも任務もらってこよっかな」
「ちなみにてめーは今回オレと一緒だぞ」
「あ、そなの?ツーマンセル?」
「分隊長二人の二個小隊で8人」
サスケの言葉にナルトはにやりと男くさく口許を釣り上げた。
「Aランク任務だな。オレとサスケが隊長務めんの?うっわ、久しぶりの難易度の高い任務じゃね?」
「難易度はそれなりだな。Aランクには変わりねぇが。少人数だが禁術をやたらと使う組織があったろ。足が付いたらしいからその組織を壊滅させる。うかれてヘマすんなよ、ウスラントンカチ。面子からみて、てめーは斬込み隊長ってところだからな」
「斬込隊長ジョートーだぜ。それといつも言ってるけど、もうウスラトンカチでもドベでもねぇってばよ」
「ドベは言ってねぇ」
「次には言おうとしてたくせに」
「愛称みてぇなもんだ。いつも言ってんだ、そろそろてめーも慣れろ」
「だーれが慣れるかってばよっ」
ナルトとサスケはひとしきりいつもの軽口を叩き合うと、どちらともなく「じゃあな」と声をかけた。
お互いすれ違いかけたところで先程手渡された紙袋と、サスケがポケットに手を突っ込んで手首にかけていた紙袋があたり軽い音を立てる。それを見とめてナルトはにっと唇を吊り上げた。
「なに?サスケもチョコ?」
ナルトの視線が己の小ぶりな紙袋に注がれているのを感じたのか、サスケは一度それに目を落とすと決まり悪げに「ああ」とだけ短く答えた。
「オレもさっき貰った」
ナルトはへへっと笑うと紙袋を揺らして見せる。任務行く前に食ってくかな、と小さくつぶやくと、今度こそじゃーなとサスケに手をあげた。
先程サスケが曲がって来た角を曲がろうとしたところで、
「ナルト」
背中にかかるサスケの呼ぶ声に、ナルトは振り返る。どこか急いた様子の彼が珍しく思えた。
「ん?」
「・・・・・・」
「サスケ?」
待っても返らないサスケに焦れたように、ナルトは名前を呼んでうながした。
「・・・いや、何でもない」
サスケは小さくかぶりを振ると、軽く顎を上げいつもの高慢にも聞こえる声でナルトに言った。
「早く依頼書もらってこい。先に行ってる」
「待ち合わせは午後からだろ?まだ時間あるってばよ」
「カカシで慣れてる」
素っ気なくそう言うとサスケは踵を返した。
「あんだけ待たされてたら確かに慣れるってばよ」
一時、見送る彼ともう一人のセル仲間であった彼女との幼い頃の苦渋を思い出し、かわいた笑みを顔に張り付かせるナルトだった。



難易度の高い任務と聞いてナルトのテンションは一気に上がる。しかもサスケも一緒なのだ。
今時分の任務受付所は人だかりが出来ていて、顔見知りを見かければ声をかけ、かけられる。並んだ列の最後尾について任務書を受け取る頃には結構な時間が経っていた。
それでもゆっくり待ち合わせ場所に向かったとしても、まだ時間は余る程。早めに着いたとしても今回の人数であれば誰か来ているかもしれないし、最悪サスケだけでもいるだろうと、早速ナルトは今回の待ち合わせ場所へと向かった。
集合場所の西門を入ってすぐの茶屋に、本日のメンバーの一人を見つけてナルトは声をかけた。
「お前が茶屋にいるってめずらしーな、サイ」
店の外に設置された長椅子に浅く腰掛け、いつものスケッチブックに木炭で絵を描いていたサイの隣にナルトはどかりと座りさらさらと動く筆先を覗き込んだ。
「何描いてんだ?」
「女性は甘いものを食べてるときが1番幸せそうな顔をするそうだから。人の表情は色々と勉強になるからね」
それに待ち合わせの時間もまだだし、とにこりと板についてきた作り笑顔でサイはそう答えた。短くない彼との付き合いの中で、ナルトもサイの取り繕った顔の後ろ側にあるものが今もまだ冷たいものであるとは思っていない。だから今はそれよりも他にもっと重大な欠点が彼にはあると思っているナルトである。
「それってば、サクラちゃんが言ってたんだろ?」
「うん前にね。もっと勉強をしろって。だから今日も中でいのと二人であんみつやら団子やらテーブルいっぱいに並べて食べてるものだから、”幸せそうだね”って言ったんだけど」
ナルトはそこで、うっと息を飲んだ。なんて皮肉をぶちまけやがったんだ、とその時のサクラ達の顔が思い浮かんで咄嗟に焦る。自分の事ではないにしろ、その後がやけに鮮明に想像出来てしまったからだ。
「そしたら、サクラがいきなり何か喚きながらぶん殴ってきたんだよ。女って本当に理解し難い生き物だね」
淡々と語るサイにナルトは、ははっと引き攣った笑いを浮かべた。それはサクラが可哀相というものだ。バレンタインという恋人達のビッグイベントである日に女二人で甘味屋でやけ食いしているということは、すなわち・・・。そんな彼女達の気持ちを察しろというのはこの男には土台無理な話しなのだろう。
「あー、まだサクラちゃん達中にいるのか?」
「うん。ついさっきのことだから」
ナルトは先程のやり取りは聞かなかった事にしようと心に決める。手負いの獣はえてして攻撃的なのだ。
触らぬ神にたたりなし。怒れるサクラには近づくべからずと、ナルトは知っている。
「そういえば今日はバレンタインデーだね」
「てめ、それ知っててサクラちゃん達に・・・」
「ん?サクラ達がどうしたの?」
「いや、たいがいオレも空気読めとかって言われっけど、何かお前がいてるとすっげ救われた気がする。ありがとーな、サイ」
しみじみとナルトは礼をのべるとサイの肩に手を置いた。
「見ていて君は危なっかしいからね、礼にはおよばないよ」
にこやかに見当違いな発言をするサイに疲れたようにナルトは溜息をついた。
「てめーの方が見てて危なっかしいってばよ」
「そんな事はないよ。今日もちゃんと助けてあげるから」
「それジョーダンでもサスケの前で言うなってばよ。ジョーダンで済まなくなるから」
どこか面白がっている節のあるサイにナルトは先に釘を刺しておく。もっぱら仲裁に入られる側であると自覚する自分は、所詮他人の仲裁に入るのは苦手な性分なのだ。
サスケはこの少し変わった元暗部の青年を敵視している処があった。発端は自分自身であることはわかっているらしく、表だって口にすることはないのだが、ナルトの推測として自分が里抜けしている間に彼が後釜としてカカシ班に入っていたことと、それによってナルトを一番の友であると認識し出したこと等々が気に食わないのではなかろうかとナルトは目星を付けている。結局はただの嫉妬だ。
しかし、
(一番毛嫌いしてる理由って、アレしか思い浮かばねぇってばよ)
ナルトは口許がゆるんでしまうのを必死で押さえる。
あれだ。この里の薄ら若き乙女たちが麗しき容姿をした男達をセットにして目の保養にしているというのが現在木葉の里での流行。その中でも本人の意思などお構いなしに断トツトップをぶっちぎってしまっているのが、サスケとサイの二人だった。さらにそれをサイは面白がって否定もしないものだから、彼女らの邪推な思惑、もとい妄想は膨れに膨れ上がり妙な連帯感をもって広まっている状態だった。しかし、火のないところに煙立たずとはいいえたもので、これにはナルトや木葉丸の悪戯が陰で暗躍していた結果であったりするのだが、もちろんそれは超秘密事項で随分昔の話だ。ここまでなるとは思わなかったんだってばよー、というのがナルトの言い分である。
「今日はサスケ君大変だったんじゃないかな」
サイの足元にある大きめの紙袋を胡乱気に見つめてナルトは口を尖らせた。
「サイこそいっぱいもらってんじゃん」
「僕はそう大変でもないよ。にっこり笑ってありがとう、って言ってもらうだけだから」
昔よりも遥かに表情の豊かになったサイだったが、言葉通りにっこり笑って見せた顔がナルトは気に食わなかった。やはりいつの世も女は顔の良いヤツが好きなものなのだ。中身に重大な欠陥があるにせよ。
今話題に上がるもう一人の中身に重大な欠陥のある男前を思い浮かべてナルトはげんなりした。
「でもサスケ君は面倒臭いって言いながら受け取らないからね。その方がよっぽど面倒だと思うよ」
「へ?サスケがチョコ受け取らないって?」
「うん。甘いのは苦手だしこうゆうのは好きなヤツからしか受け取らないって。フラれた女の子がぼやいてたよ。その辺りサスケ君って徹底してるよね」
自分の言葉にナルトが顔色を変えた事など気にもとめずサイはさらに続ける。
「サスケ君がチョコを受け取る女の子ってどんな子なんだろうね。ちょっと気にならないかい?」
後半のサイの台詞はナルトの耳には入っていなかった。ふつふつと込み上げてくるのは怒りだ。
なにが『好き』だ。
なにが『お前しかいらねぇ』だ。
その台詞は珍しくも必死な形相でサスケの口からこぼれ出た。それはつい先日のことで、まだひと月と経っていないというのに。
サスケの気持ちに全く気付いてなかったナルトであったが自分は彼の想いを受け入れた。己の中にもサスケと似た感情があると思ったからだ。
しかし、
(落ち着け、オレ!)
ナルトはざわりと撫でるような嫌な感覚に抵抗するよう両手に力を入れた。その考えはあまりに安直ではないか、と思い直す。
(そうだ!サスケだってサクラちゃんからのチョコはもらうはずだってばよ!)
「ナルト、どうかした?」
サイは急に黙り込んだナルトに声をかけると、動かしていた筆の手を止めた。
「ちょっと中入ってくる」
サイの質問には答えずナルトはそう言葉を残して茶屋の引き戸を開けた。流れる空気に乗せて甘い香りが鼻孔をくすぐる。
入ってすぐのところにテーブル席が4つ、座敷席が6つあるうちの奥から3番目の座卓にサイの言ったように、一瞬見ただけで随分平らげたと分かる数の皿と串が所狭しと並べられていた。その惨状に一瞬怯んだナルトだったが意を決してサクラ達に近付く。
「あら、ナルトもこれから任務?」
いのより先に気付いたサクラがナルトに声をかけてきた。
「え、あ、うん」
ここの茶屋は里の出入口に近いことから任務を帯びた忍達がよく待ち合わせの時間まで利用することで知られている。ナルトも、と言うのは前提にサイをさしてのことなのだろう。
サクラの向いに座っていたいのが、目ざとくナルトの下げる紙袋に気付いて目を輝かせた。
「やだ、あんたまでチョコもらってんのー?誰からもらったのよー。私の知ってる子?もしかしてヒナ・・・」
「別に誰からでもいーでしょ、いの」
「えー、だって気になるじゃなーい」
完全に口を挟むタイミングを逃したナルトはまずは彼女達の話が落ち着くのを待つ。ナルトの話題から何故かヒナタの話題へと移り、さらにはキバの話題へまでとんだ。この調子では一周して自分に戻ってきそうだと危ぶんだナルトは、もうかまうものかと彼女達の会話に割って入った。
「あ、あのさー、あのさーサクラちゃん」
「ん?何よ、ナルト」
サスケに愛情という義理なんだか慈愛なんだか、もう判然としないチョコをきっと渡しただろうサクラに真相を聞き出さなければと勢い込んで、ナルトは座卓に膝をかけ身を乗り出すようにして問いかけた。
「サクラちゃんってば、今日サスケにチョコ渡した?」
「は?」
サクラはいきなりのナルトの問いかけに一瞬若葉色の瞳を丸くさせた。それもそうだろう、元セル仲間の彼女は今のナルトとサスケの事情を知る唯一の人なのだ。
「何言ってんのよナルトー。今更サクラがサスケ君にあげるわけないじゃない。って何、ナルト、まだあんたサクラの事好きだったの?」
「そ、そりゃ、サクラちゃんのことは大好きだってばよ」
否定するわけにもいかずナルトはそう答える。どうもおしゃべりな女の子と話していると己の知りたい方向から会話は脱線してしまうようだ。ちらりといのに視線をやってから、サクラへと戻す。
「だってー、サクラ」
「もう、いのは混ぜっ返さないの!」
キッと一度いのを睨みつけると、サクラはナルトへと向きなおった。
「サスケ君にはあげてないわよ。だってサスケ君甘いの嫌いじゃない」
それがどうしたの?とサクラは訝しげに聞き返す。
サクラの返答にナルトは目の前が真っ暗になった。
(いったい誰からもらったんだってばよサスケのヤツっ!!)
ナルトは心中でサスケを詰る。きゅっと歯の跡が残る程唇を噛みしめた。
許せない。許せない!
こんな気持ちにさせたサスケも、こんな気持になってしまう自分自身も!
胸がムカムカして、この憤りをどこかにぶちまけてしまって、何もかも吐き出してしまいたかった。
「ちょっと、ナルト。あんた変よ。どうしたの?」
「好きな子からしかもらわねぇって言ってたサスケが、チョコ持ってたってばよ・・・!」
「え?」
「うそっ!!だれ?だれ?誰からサスケ君チョコもらったの?!」
サクラは固まり、いのは身を乗り出してナルトに問い詰めた。
思いつめたナルトが何かを言う前に、その時。
「オーッス、ナルトォ!!もう来てたんだな!!なんか今回は面白そうな任務じゃねぇか!今日もよろしくなー!!」
「2週間よろしく頼む」
一人賑やかに茶屋に入ってきたのは言わずと知れたキバだ。そしてその半歩後ろにひっそりと着いて歩いてくるのはシノ。二人とも本日のメンバーだ。
そして彼らに続く様にして、異様に黒い二人が姿を現した。
「きゃあ、サスケ君にサイさんのツーショットじゃなーい。いつ見ても絵になるー」
いのの言葉にナルトは首を巡らせた。すました顔で茶屋に入ってきたサスケを見とめて、ナルトはカッと頭に血を昇らせる。
ぐらぐらと煮え立つ感情のままにナルトはサスケに向かって指を付きつけた。
「サスケてめー!!今日という今日は絶対ぇ許さねぇってばよっ!!」
声よ響きわたれ、とばかりにナルトはサスケに威勢良くも啖呵を切ったのだった。



本日2月14日。世間では”バレンタインデー”と呼ぶ。
サスケはこの日が憂鬱で仕方がない。それは二十数年生きてきて一度としてはずれたことがなかった。
新聞を取りに行こうと玄関を出てすぐさま無残な姿に様変わりした郵便受けを見とめて、今日がそれだと気が付いた。
(またか・・・)
この光景に慣れはしても、込み上げてくる怒りや諦めといった感情は、やはりサスケの気分を急降下させる。今これをどうこうしようにも、また同じ惨劇が繰り返されることは分りきっていることなので、サスケは新聞はもはやなかったものと思うことにし、大人しく家へと戻った。ただ、いつかはどうにかしないといけないわけで、それを思うとまたぞろサスケの元より良い方ではない機嫌はすこぶる悪くなるのである。
何故なら、詰め込まれ過ぎた郵便受けの蓋は二つある蝶番のうちの一つがはずれてしまっていて、もう一つでとかろうじて繋がっている状態だった。ぶらぶら揺れる蓋がなんとも哀れなのだが、それに拍車をかけるようにカラフルな包装紙に包まれた原形留めぬ物体たちが入口いっぱいにはみ出ているものだからなお悪い。その奥は想像したくないサスケであった。
そんな最悪な出だしで2月14日の朝を迎え、気乗りしないまま任務を受けに外に出たサスケを待ちかまえていたのは、任務明けのサクラだった。
あれよあれよとサクラに捕まったサスケは、任務でバレンタインのチョコの準備ができてないから買い物に付き合えと言い張る元セル仲間に不承不承付き合うこと半刻。
サスケに”甘いの苦手でしょ?他に何が欲しい?”と問いかけてきたサクラに、甘いものは苦手だという通例の文句はサクラには意味がなく、”オレはいい”とだけ断っておいた。そうしたら今度は”じゃあ、ナルトはどれが喜ぶと思う?”などと聞いてくるものだから、サスケも知らぬ存ぜぬを通していたのだが、長の付き合い上自分を良く知るサクラに上手くのせられた形で、結局は手近にあった甘ったるそうなミルクチョコレートの入れ物を指さしていた。
『じゃあコレ。サスケ君がナルトに渡してあげてね』
サクラは人好きのする笑顔を見せながら飾り気の少ない紙袋にそれを入れ、半ば押し付けるようにしてサスケに持たせた。”絶対ナルト喜ぶと思うの”というサクラの駄目押しの言葉につっ返す気負いをそがれ、紙袋片手に任務受付所の館内でナルトに出くわしたのが1刻程前のこと。
今もまだ手にある紙袋をサスケは憮然とした様子で見下ろした。
結局渡せずじまいだったこれを、一度は家に帰って置いてこようかと思いはしたのだが、次から次へと襲いかかってくる女子達の告白という名の通せん坊のお陰で家に戻るだけの余裕はなくなり、依然としてナルトのチョコはここにある。
どうしたものかと思いながら集合場所に着いたところで茶屋の前にサイとキバ、赤丸、シノを見つけた。中にナルトがいるからと一緒に入った途端自分には甘すぎるにおいに、サスケは外で待っておけば良かったと早々に後悔する。
キバの必要以上にでかい声が店内に響き渡り、店内奥にいたサクラ、いの、そしてナルトが振り返る。やけにギラギラした目付きで睨みつけて来たナルトは、いきなりサスケに向かって指を付きつけ怒鳴りつけたのだ。
「サスケてめー!!今日という今日は絶対ぇ許さねぇってばよっ!!」
向けられた怒気に意味が分からずサスケは茫然と立ち尽くす。
サクラは驚いたように席から立ち上がり、ナルトを落ち着かせようと慌てた様子で彼の腕を掴んでいた。少し前を行くキバはサスケを振り向き、いかにも”またかよ、お前ら”と言わんばかりの顔で、面白そうなものを見る顔つきだ。
「何言いがかり付けてんだ、ウスラトンカチ」
「オレは!オレは!!怒ってんだってばよ!!」
ナルトの怒りは本物だ。心当たりのないサスケはやはり静かにナルトの動向を伺うに留まるが、理不尽な怒りをぶつけられてはサスケも面白くないのだ。
(何、訳分かんねぇことわめいてんだ、こいつ)
そうサスケが思ったところで、体をわななかせたナルトが一歩踏み出す。
「好きなヤツからしかチョコもらわねぇんだったら、なんでサスケ受け取ってんだってばよ!!信じらんねぇ!!好きなの!?好きになったの!?だから受け取ったのかよサスケの馬鹿!!」
「は!?」
ナルトの発言にサスケはぎょっと目を見開いた。
周囲どころか店内すべての雑音が無音になった瞬間だった。
サスケが右手に持つ紙袋を指差したまま頭に血の上ったナルトはさらに叫ぶ。心の限り力を込めて。
「だったらオレのこと好きだって言ったのは嘘だったのかよ!?キスどころか手も握ってこねぇからおかしいと思ってたんだ!!それでも今日はバレンタインだし一緒の任務だしよしこの2週間の任務の間にキスは無理でも手くらいはつなごうって意気込んででもサスケがどうしてもって言うんだったらそれ以上も別にいっかなって思ってたオレの計画丸つぶれでしかも失恋ってどうゆうことだってばよ?!」
どうゆうことなのか聞きたいのはこっちだと、そこにいた全員が思ったことだったが口には出来なかった。
ナルトの口から飛び出た超巨大爆弾は、サスケを含み周りで何だ何だと二人の動向を伺っていた外野にまで猛威を奮い、いのは飲みかけていた茶を盛大に吹き出し、全てを知るサクラは広面積の額に手をやった。キバは目を点にして大きく開かれた口は今にも顎が外れそうである。そしてシノの服の中からはぶわっと大量の虫が飛び出した。
周りの状況などぶっ飛んでしまっているナルトは自分の言いたい事だけ言ってしまうと、若干涙の浮かんだ瞳をサスケにぶつけてから押しのけるようにして店から出て行った。
今や店内は営業時間外のような静かさで、誰一人として口を開く者はいない。
あの時ナルトがどう思おうが、何を言おうが渡してしまえば良かったと今さらながらサスケは後悔した。いや、そもそもサクラからこれを受け取ってしまったのが諸悪の根源なのだ。
サスケの思考は収拾し難いところまで転がってしまった現在から過去へと馳せる。現状を打破することを放棄した束の間の逃避であった。しかし彼にはそれすら許されることはないらしく、
「サスケ君。誰も君が普段ケンカばっかりしているナルトにどんな顔して”好きだ”なんて言ったのかなんて気にしてないよ。むしろその紙袋の中身をナルトにあげる予定だったんなら早く追いかければいいのにとは思ってるけど」
「サ、サイー!」
にっこり笑ってサスケに追い打ちをかけ、さらには周りにあらぬ想像をかき立てるようなサイの発言に、サクラはこういう時にこそ、より威力を増す彼の悪癖を呪った。
「あーあ。これで僕とサスケ君より、ナルトとサスケ君のカップリングの方が人気出ちゃうんだろうなぁ。良かったねサクラ。君は元々サスケ君ナルト派だったし。そうだ、ナルトとサスケ君だったらどっちが受けだと思う?僕とサスケ君の時は確か・・・むぐ・・・っ」
素早くサイの後ろからヘッドロッキングをきめたサクラがサスケに向かって、明らかに作り笑いだと分かる笑顔で言いつくろった。
「サ、サスケ君。早くナルトを追いかけないとっ、ねっ?」
先程から一言も口にしなかった、サスケがゆらりと顔を上げた。
「クソサイ、・・・・てめー後で覚えておけよ。それとサクラ。この件の発端は誰なのか、帰ってきたらきっちりつめさせてもらうからな」
サスケはまさしく地を這うような低い声でサイとサクラの二人に言い渡すと、ようやくナルトを追って店を出て行ったのだった。



台風の目ともいえる二人がいなくなって、静まり返っていた店内が一時の賑わいを取り戻した。
残されたサクラは、ははは、とかわいた笑顔を顔に貼りつかせると、この時ばかりは金髪の元セル仲間に助けを求める。一瞬垣間見えた赤い瞳に、彼の任務帰還後の徹底追及の意気込みが伺えた。もちろんその矛先はサクラだ。
「ナルトお願い。サスケ君の機嫌をめいっぱい取っちゃってね」
つい口に出た不穏なお願いにいのが乗るように口を開く。
「それ面白そー。サイさんとサスケ君の美形同士も良かったけど、サスケ君とナルトもおいしいかもー」
「ははは、いのさんももの好きですね。ちなみにどっちが攻めだと思います?」
「そうねー」
店内は和気あいあいと不穏な単語と話題が飛び交った。その中にいまいち入りきれないキバがぽつりと言葉をもらす。
「女って分からねぇ・・・」
「そうゆうオレ達もベスト10に入っているんだがな」
「はぁ?」
「何故なら、彼女たちは顔の良い男同士と、いつも一緒にいる男同士はデキていると思考が傾く習性があるからだ」
「あーそー。もーどうでも良くなってきた。こうなったら早く任務で憂さ晴らししたいところだぜ」
「同感だ」
いつも一緒にいる男二人は、早くサスケがナルトの誤解をといて任務に行けるようになる事を切に願ったのだった。



出て行った二人が心持ち顔を赤らめて戻ってきたのはそれから半刻後のことである。






END





にゃんち様より「22222」キリリク頂き『ナルトがサスケにヤキモチをやく』をお題に書かせて頂いたのですが、どうにも消化不良の感がいなめません><
バレンタインらしく甘く!!と思ったのですがこのような結果に・・・。
なんだか自分だけが書いてて楽しいお話になってしまって本当に申し訳ないです><
ですが貰って頂けたら嬉しいです^^リクエストありがとうございましたーvvv

2008.2.15





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