†††請うコトノ葉†††



随分冷たくなった風が酒の入った体に心地よい。
吐く息は白く、しかし己の右側を覆う体温がもたらす熱を冷ましてくれることはなさそうではあるのだが。
「飲み過ぎだ、ウスラトンカチ」
それを紛らわせるように、サスケはふらふらと千鳥足のナルトの体重を掛けやすいように抱えなおし悪態を吐いた。
「オレってば明日休みだし、サスケもいるからいーんだってばよー。それに久しぶりだろ」
足元ほど危なげなくナルトは上機嫌でそう言った。
彼が話すごとにやはり空気は白くけむり寒さを表すのだが、ナルトの体は暖かく、彼の手首を掴む手はそれこそ汗ばみそうな程なのだ。
酒もそこそこたしなむようになり、二人で飲んで帰る事もしばしば。
しかしお互い順調に上忍となって日は浅くはあったが、上忍ともなると単独任務か小隊組んでの隊長を任されることも多くなりナルトと任務を組むことは随分減って、確かにこうやって酒を酌み交わすのも久しぶりの事であったのだ。
だからタガが外れたのだ許せ、と言うナルトにサスケは呆れたように口を開いた。
「てめーは休みでも、オレは任務なんだ」
「それはゴシューショーサマだってばよ」
「落とされてぇみたいだな、ナルト」
「嘘です。もー少し肩を貸してて下さい」
ナルトは笑いを含んだ口調でサスケに懇願すると、サスケの右肩に体重をかけてきた。
甘い酒のにおいが夜風に混ざる。
先程飲んだ酒よりもいっそそちらの方が、よっぽど心地良く酔いに当てられそうでサスケは小さく嘆息した。
愛しくてならないこのウスラトンカチは、たまにこうやってサスケの心を優しい何かで満たしていってくれる。しかしそれと同時に尽きることのないナルトへの想いに押し潰されそうにもなるのだ。
だからサスケはふとしたときに感じるナルトの好意を待ち侘びながらも、たまにチラリと覗く己の歪んだ願いに気付くたび、これ以上近づいてはいけないと己を制するのが習いのようになっていた。
「こうやってサスケの肩とか借りると波の国ん時の修業を思い出すってばよ」
「その頃からオレはてめーのドベっぷりに付き合わされっぱなしだ」
「そんなことねーもん。あの頃からオレの忍としての才能は光ってたってばよー。何たって次の火影はオレだからな」
サスケの悪態にも気分を害する事なくナルトはニシシと笑う。
感情の起伏が鈍くなっているのだろうと結論付け、サスケは構わずナルトを詰る。
「そういえば久しぶりに聞いたな、てめーの火影になるっつーその言葉。昔は馬鹿の一つ覚えみてぇに喚いてたのにな」
「あん時はー、口に出して言った方が願いは叶うって思ってたんだってばよー。今はもう叶うって分かってるからいーんだ」
「結局めでたいのは変わってねぇわけだな」
口に出して願いが叶うくらいなら、
(オレだって何千回と言ってるぜ)
サスケは言葉にはしなかったが知らず溜息として出ていたらしく、それに目敏く気付いたナルトは、
「あー、信じてねぇなサスケ。けっこー叶うんだってばよー?」
そう詰りながらも楽しげにクスクスと笑った。
馬鹿らしいと一笑しようとして、しかし右側に感じるナルトの体温と小刻みに揺れる重みに、サスケは己の衝動を押さえ付けようとナルトの手を掴む手指に力を込めた。
今この距離は危険だった。
こんな息遣いも感じる距離は簡単に抱きすくめてしまえる。
今、たまらなくナルトにキスしたかった。
キスをしてこの腕に抱きしめて、そして離さない。
一気に熱が上がったように体のそこここが敏感になり、頬にかかるナルトの髪でさえ押さえ付ける気概を揺さぶるようだ。
そんなサスケの心中などお構いなしにナルトは持論を振るう。
「じゃー、まだ叶ってない願い事を言うってばよー。オレはー」
もう、駄目だと。
楽しげに願い事を口にしようとするナルトの唇に、キスをしたくてサスケが歩みを止めた時。
「サスケが好きだから、ずっとそばにいたいってばよ」
いつもの声で、いつもの口調でナルトはそう言った。
歩みを止めたサスケにナルトは少し照れたように名前を呼ぶ。
その声に含まれる甘さに、眩暈にも似た感覚に襲われた。
願いなんて。
そんな簡単に。


サスケは喉元に引っ掛かる塊みたいなものを無理やり飲み下し、
「・・・悔しいが、てめーの持論に賛成だ」
苦々し気にそれだけ言った。
「な?」とサスケに同意を求め小刻みに体を震わせて笑い続けるナルトに、サスケはどうやってこの愛しくも、憎々しいウスラトンカチの笑いを止めてやろうかと考えを巡らせるのだった。





END





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