†††黄昏愛歌おまけ2話†††



長期任務明けの休暇中火影室に顔を出した暗殺戦術特殊部隊副隊長は、先日自分が目にした時より様変わりした火影にいぶかしげに声をかけた。
「何だそれ?」
「いきなり随分なあいさつだな、うちは副隊長」
「今は休暇中だ」
現六代目火影に対して存外な口をたたき、難じる彼の言葉に問題外とばかりに切って捨てるのは、長の時間を共にし深い部分で互いに結び付いていると今は信じて疑うこともないうちはサスケ。
その彼が怪訝にも現火影に詰め寄るには十分な理由があった。
「髪、切っちまったのかよ」
そう、先日長期任務から帰還した自分が彼と久しぶりの逢瀬を堪能した際は、彼の見事な金の髪は無駄なく引き締まった腰で揺れていて、肩にかかる奔放にも跳ねる豊かなそれはまるでひとつの炎をまとったかのように美しかったのだ。
そうサスケが賛辞る度に彼は眉を寄せて、ぶすっくれた。彼の恩師を真似しての事と知ってはいたが、腕の中で絡み付くその髪はやはり猛々しいというよりもサスケの心をあやしく誘う蜜のようなものだったのだ。
「だって邪魔だったんだってばよ」
決まり悪気にナルトはそう言った。
「何だよサスケ。気にくわねぇってのか」
「いや。どうゆう心境の変化なのかと思ってな」
ついと音もなく近づいた男は遠慮もなくナルトをじっと見つめる。
「まぁ、惜しいと思わないでもないが……。悪くない」
サスケはにやりと男くさく口元を吊り上げると、今は無防備なナルトのうなじへと唇を寄せた。
「ここをどこだと思ってやがる」
「……これ以上をされたくなかったら、手を離せナルト」
「い、や、だ」
ぐいっとつかんだサスケのひとつに束ねられた髪を、離すものかとナルトはその手に力を込めた。その容赦のない様子にサスケは小さく嘆息する。
「オレも切るかな」
そうつぶやくと戯れに伸ばしていた手をサスケは戻した。初めからここでどうこうしようという考えは端から持ってはいない。しいて言うなればついぞお目にかかれなかった彼のすっきりと伸びた首筋をみとめて、全く何も思わなかったと言えば嘘になるのだが。
「随分ばっさり切ったものだな」
「直毛のサスケには分からねぇ問題だってばよ」
「?」
ナルトの言葉に彼がひそかにその髪の長さを持て余していた事を知り、それが何かと思案する。髪を切るならなぜ自分がいなかった三ヶ月の間でなく自分と会ったすぐ後であったのか……。そこまで考えを巡らせ、
(なるほど……)
と、サスケは心の中で苦笑した。
そして自分をいつものようにやんわり拒んだ恋人に報復という言葉を放り投げる。
「そんなにあの夜オレは激しかったか?」
その長くも豊なうねる髪は背を擦られるたびに、どれほどもつれ絡まったことだろうと、思ってサスケはナルトを見つめる瞳を緩やかに細めた。
「さっ……!」
今では珍しくなった羞恥に頬を染めた彼の様子にサスケは内心ほくそえむ。
「……もう、サスケなんか知らねぇ」
気分を害した風に唇を尖らせるような幼い仕種にまで愛しさを感じ、サスケは懐かしさも覚えるナルトの今は短くなってしまった金の髪に、拒まれると分かっていながらも口付けたのだった。






◇◆◇







窓から一望できる里を感慨深気に見下ろし、六代目火影は口許に笑みを浮かべる。
空はからりと晴れ渡り、それを飾り付けるよう雲は風に乗って模様を繰り返し作り上げていた。それでも冷たい空気がこの身を洗うようで、自分の決意を後押しするようだ。
火影の名を世襲して二十余年。なりふり構わず我武者羅に里のためにと突き進んだ頃が懐かしい。
里も徐々にではあるが潤って来ていた。不安要素は耐えず頭を悩ますけれど、しかしこの名を戴き今の時分まで代々の火影に恥じぬよう里を守り抜いてきたと思っている。
「いるんだろ、サスケ」
先程から感じる馴染みの気配に、相手より先に声をかけた。
「お呼びでしたか」
デスクを挟んで姿を現したのは全身を黒で統一した現暗殺戦術特殊部隊隊長を務める、うちは一族の末裔うちはサスケである。
彼は一礼をすると、抑揚のない声で答えた。
忍の手本のように無駄のない彼の所作に、ナルトは憮然として口を開く。
「お呼びだってわかってるくせに何で声をかけねぇんだってばよ」
「何かお考えのようでしたので」
「もういい、その言葉使いもやめろってばよ。ワザトラシイ」
サスケは項垂れていた頭をゆっくり上げる。歳を経ても変わらぬ涼し気な瞳はその役職からも伺えるように重みを増し、窪み始めた目許が隻眼であることも手伝ってか厳しさを覗かせた。
しかし今はその口許に笑みを浮かべてサスケは窓辺に佇むナルトに近付く。
「久しぶりだな、ナルト」
当然のようにサスケはナルトを引き寄せるとその腰を抱いた。
「久しぶりって、先週サスケん家で会ったってばよ。っておい」
次は唇とばかりにナルトの頬に手を添えたサスケだったが、腕の中の恋人に待ったをかけられた。すぐにいつものごとくサスケは眉間に深くシワを刻む。
「話があるから呼んだんだ」
ナルトは片手でサスケの顔を押しやると、しつこく居座る己の腰に回された腕を叩いた。
「話しなんて後からでいいだろ」
「逆に話しの前に何する気だ」
ナルトは怒気を含ませた声でサスケに凄む。これしきの威嚇で引くほどナルトに対して潔いサスケなわけがなく、しかし存外に真剣な青色の瞳に小さく嘆息した。
「別れ話以外だったら聞いてやる」
サスケは軽く腕を組むと窓枠にもたれ掛かった。
「そんな話しはここではしないってばよ」
「今の言葉に反論の一つや二つでもしてやりてぇところだが」
用件は?とサスケがナルトの瞳を見据えて問いかける。その黒い眼差しを受け、ナルトは不敵な笑みを見せると、
「次の火影を桜火(おうか)にしようと思う」
そう迷いのない口調で言った。
心持ちサスケの目が見開く。まさかそんな話をされるとは思っても見なかったのだ。
「桜火……。サクラの息子か」
ナルトは桜火のその人となりを思い浮かべ、さらに笑みを深くした。
容姿はさほど受継ぐことはなかったが、あの行動力と聡明さを色濃く受継ぎ、里に対する想いも深かった。間違いなくこの里を導いてくれるに違いない忍に育った仲間の息子をナルトは次の火影にと以前から考えていた。
「ああ。木葉の里を任せられるのは、あいつしかいないってばよ」
「まだ、早過ぎるんじゃないか」
「そんなことない。あいつももう今年で二十三になる。オレは二十歳で火影になったってばよ。そう考えると早過ぎることはないだろ」
「桜火のことを言ってるんじゃない。おまえのことを言ってるんだ」
ナルトが火影になる前から、互いにはこれが唯一であると認め合って二人は今も変わらず傍にあった。
まだまだ現役としてやってゆけるだけの気概と体力が備わっていることを、サスケは傍にいて知っている。だから惜しいと思うのだ。
「火影の素質のある若い忍が現れたのに、それに目をつぶるなんてできないってばよ。勢いのある世代に代るんだ。それで慣れないあいつ等を導いてやるのが今後のオレたちの役目だって思ってる」
「おまえがそれで納得してるんだったら、オレはそれでかまわない。桜火に不満があるわけじゃないしな」
「でもあいつってば、ちょっとおまえに似てるんだ」
「髪が黒いからだけだろ」
それを聞いてナルトはニシシと子供っぽく笑った。滅多に見せなくなっていたその変わらない笑い方に、サスケもふっと瞳を和ませる。
「それもあるかも知れねぇけど、ずっとオレの後ろを付いて回るとことか似てるってばよ」
「ほう、それは初耳だな」
途端に鋭い目をナルトに向けてサスケは開け放たれた窓辺へとナルトを追い詰めた。
「へ?」
やんわりと髪先をつかまれ反対側の耳元に吐息を感じた。
「まさか、おまえにこうやって触るとこまで似てるとか言わないだろうな?」
「バカサスケ。こんなことするモノ好きはおまえくらいしかいないってばよ」
「そうでもないぜ。火影様をお慕いする忍は一人や二人じゃ済まない。代が変わればその辺は心配しなくても良くなるかと思ってたが。桜火までとはな……」
「おい、サスケ?」
「よそ見すんじゃねぇぞ、ナルト。あんなに執着してた火影の名をそんなにあっさり譲るところを見ると、てめーのオレに対する価値なんざ当てになったもんじゃねぇからな」
サスケはナルトの耳に吹き込むように言葉を紡ぐと、そのままそこへ唇を落とした。
こめかみから頬をつたってその唇へと重ねようとした時。
「あ、言い忘れてたけど、サスケも次の暗部部隊隊長決めておけってばよ」
その言葉にサスケの不埒な手とキスしようと傾けた顔がピタリと止まった。
「……何でそうなるんだ」
「だって、桜火が火影になってその火影直属の暗部の隊長がサスケだったら色々とやりにくいだろ。あと、暇もできるだろうし、落ち着いたら里の外からこの里を見てみたいってばよ」
もちろん、サスケも来るだろう?と、無邪気に。断られるなんて微塵も疑いもせず。
丸い瞳を緩やかに細めてナルトはサスケを誘った。
「ああ」
恋人の言葉にサスケは短く答える。やはり口許には極上の笑みを浮かべて。
随分伸びた金の髪を指に絡め、ようやくとばかりにその唇にキスをしたのだった。













《終わり》








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