にて候、



第二章1



怒号の如く轟く喚声
激しく打ち鳴らされる剣戟
幾千もの軍馬の嘶き

ガチャガチャと音を立てる重厚な甲冑をつけた敵兵を、槍の一振りで薙ぎ倒し閃光のように戦場を縦横無尽に駆け抜ける一騎があった。
それはまさに一騎当千の勢いで、敵兵が阻むように進撃して来る中、問答無用と蹴散らし前へ前へと推し進む。
紅の甲冑を着け兜は邪魔とばかりに取り払い、しかし緋色の如く煌く髪が長く尾を燻らすように閃いていた。

燃え滾る豪火を放ち、紅蓮の焔を身に纏う。二槍を操る姿は鬼神も斯くやあらん。

全てを焼き尽くす勢いは留まることなく、吹き荒れる熱波が敵陣を脅かす。

熱、熱、熱―――
流動。発火。激動。
上昇する熱気。
薙ぎ払い。蹴散らし。突破する。

魂を燃やすかのように、己の全総力を持って槍を振るう若き武将は猛りのままに口上する。

「我れは武田が武将真田源二郎幸村!!越後の兵よ、この槍止めれるものなら止めてみよ!!一撃に四散してみせようぞ!!この幸村の奮迅とくと看られい!!うおおおおぉ!!」

津波のように一斉に押し寄せる敵兵を、幸村は紅い炎で焼き尽くす。

まさに戦場の華。

「例え幾万の兵が押し寄せようと、この幸村が一番槍を承る限り、命賭しても一歩も引くことはあり申さん!!喜んで血戦つかまつろうぞ―――!!」

時折混乱を誘う爆撃さえ、疾駆する若き虎の足を止めることは出来なかった。
体躯見事な駿馬は主の咆哮猛る声を背に、怯むことなくまるで意をくむかのように地を翔け高く跳躍する。
「蹴散らせ月影!!我らを阻む敵に目にものみせよ―――!!」
幸村は愛馬の名を呼ばえ、馬腹を蹴った。



霜による被害がようやくなくなってきた頃、犀川と千曲川に挟まれた川中島が合戦場となっていた。
ぬるんだ川のせせらぎに残っていた雪も、今は泥にまみれ跡形もない。
早朝から立ち込めていた霧が晴れたのを合図に、幾度目かの武田信玄と上杉謙信との合戦が始まっていたのだ。
双方、万を越す大規模な戦を繰り広げるにあたり、互いの強さを十分知り得るからこそ戦略は高度になるのは必定であった。地の利を考慮し、相手の布陣に兵力を分散させる。戦術を駆使する総力戦を仕切る能力は五分。勝負の決め手は大量の武器や弾薬、訓練された兵に馬、兵糧の補給調達とも言える中、
「今までの上杉優勢が、今回ばかりは武田に傾きそうですな」
伊達軍の副将にして軍師、片倉小十郎景綱。常に主の右側を己が場所と定めた忠臣の男は、眼下で繰り広げられる戦況をそう想定した。
「武田には勢いがあるってか、小十郎」
武田軍の優勢をそう理由付けたのは、三日月を模した前立て美しい兜に青い陣羽織を身に着けた隻眼の武将、伊達藤次郎政宗。奥州を若くして平定し、透かし鍔を眼帯代わりにつける様から『独眼竜』と二つ名を持つ若き武将。
「政宗様のおっしゃる通りで」
両軍を見渡せる切り立った崖の上、両軍の片が着き次第、勝鬨を上げた軍へと奇襲をかける頃合を見計らっていた。
「小十郎あの紅いのは誰だ?」
馬上で腕を組み高見の見物とばかりに戦況を眺めていた政宗の眼光鋭い眸が細められる。特に戦禍の激しい陣の前方部隊を政宗は示してみせた。
信玄、謙信共に戦の場数は相当のもの。さらにこの両者との間で、北信濃の支配権を巡って行われた戦いはこの川中島だけでも四度目と聞く。両軍、手本のように乱れることなく兵を配した陣形は、上から眺める政宗の目には双六を見るような感覚を与えていたのだが、
(面白れぇのがいやがる)
武田が敷くはまさに魚鱗の陣。矢尻のように先頭を突出させ正面突破を得意とする陣の先頭は、一直線に騎馬隊が敵陣に切り込んでゆくため非常に危険な役割の部隊と言えた。しかし、そんな状況などものともせず、迎え撃つ上杉軍の正面を戦線突破し敵軍をかき回す一騎があった。
(戦場の華……)
目にも鮮やかな紅蓮の炎が一人の猛将を取り囲み、時に炎華乱舞し、時に火柱が舞い上がった。
強烈に惹きつけられる。
その光景はただ視界に入るだけで感情ではなく、映した眸が心地良いと直ぐさま判別する。ある種、強引にもとれる眸の快感だった。
手足の如く振るわれる槍の音まで聞こえてきそうな派手な立ち回り。
眼を惹かれないわけがない。
「武田軍騎馬隊隊長。真田幸村。ここ最近、武田軍にて姿を見せるようになったようですな」
「真田……」
政宗の胸がどくんと波打った。期待という慣れぬ感情が湧き上がる。
「真田幸村……真田の長兄か?」
小十郎は控えていた草の者を呼び寄せ、この日の為に調べさせていた敵将の詳細を求めた。
「真田幸村。上田を統べる真田昌幸の次男坊のようです。長兄は真田信幸。今は沼田城の主として武田に仕えているとのこと」
「あれは……」
(弟の方か―――)
小十郎の言葉に落胆というには軽い、しかし不本意と思うほどには未練が残る感情を政宗は、あの紅蓮の焔を通して己が固執する人物を想定出来たことによる揺れだと解釈する。
常にこの心を強く動かすのは、政宗を認め慈しんだ虎の若子。
あれは違う―――。
「政宗様、真田がどうかされましたか?」
いつになく他人に興味を示す主に小十郎が訝しむ。問いかければ上機嫌に政宗が応えた。
「否、目立つ野郎だなと思ってな。まるで火の粉を払う鬼神のようじゃねぇか」
さすがは兄弟と言うべきか、ここまで伝わる覇気が懐かしさを呼ぶ。
「面白れぇ」と低く呟く主の様子に、小十郎が眉を潜めた。
どうにもこの好戦的な主は、強い敵に餓えている節がある。
本人もまた『独眼竜』の名に劣らぬ、並々ならぬ強さを身に備えた武将。いくら主が己の力量に似合う相手を望もうと、政宗の家臣としてはそんな敵は現れないにこしたことはない。
「政宗様。差し出がましいやもしれませんが、今の戦況不用意に動いては折角の好機、逃しかねませんぞ」
小十郎は今にも戦場猛る渦中に飛び込んで行きそうな主に、遊んでいる場合ではないと暗に釘を刺す。しかし、政宗はそんな忠臣の苦言など意味がないとばかりに軽く口笛を吹いてみせた。
「そうも言ってられねぇようだぜ、小十郎」
主の見据える先を視界に入れ、その意味を小十郎も理解する。知らず溜息が出た。
先ほどまで、獅子奮迅と上杉軍の布陣を攻撃し、敵の勢いを削いでいた一陣が今までの持場を後方の次陣に預け向きを変えたのだ。
「Ha!真っ直ぐ突っ込んで来る気か!どうやらあちらさんには奇襲がバレちまったようだな!」
「真田には優秀な忍隊が在ると聞いておりますれば」
喜色を浮かべる政宗に、苦渋の表情で小十郎が応える。
ここは武田、上杉、両軍共に合戦に慣れた地。どこに兵を置けば有利か不利かという模擬的想定は幾度となくされ尽くしていることだろう。いくら兵を下がらせ隠そうとも、いずれは露見するとは踏んでいた。
まさか、ここまで早くとは思っていなかったが。
「まだ両者共に決着は着いておりませんが、参られますか、政宗様」
応えは分かりきっているが、己の希望的観測も踏まえて小十郎は確認をとる。
「That's_right!行くぞ小十郎。久々に派手なPartyになりそうだ」
「あまり無茶はされませんようお願い致しますぞ」
やはり、と渋い表情をする忠臣に、政宗はにやりと男くさい笑みを向け、ふんと鼻を鳴らしてみせた。
そして真っ直ぐ視線を迫り来る武田軍騎馬隊に合わせ、
「Are_you_ready_guys!?」
後方にいる自軍に出陣の激を飛ばした。
直ぐに語彙は違えど、むさ苦しい男達の怒号が返る。それに続くように軍馬の嘶き、蹄を踏み鳴らす音が上がった。
「Put_ya_guns_on!!」
「「「Yeaaah!!」」」
高揚を雄叫びへと変えた男達の猛りが、辺り一帯を震わせる。
「Ready_Go!!」
それを合図に、伊達軍総大将は愛馬の馬腹を蹴りつけ、絶壁ともいえる崖を一気に駆け下りたのだった。





それは勇ましくも緋色の槍をたずさえ、

それは燦たる光を放つ眸をそなえ、

それは昇天の如く高らかに声を響かせ、

政宗の前に立ちはだかった。

「貴殿は、奥州が独眼竜、伊達政宗殿とお見受けする!某は、甲斐武田信玄が家来真田幸村!これより先はいかな理由があれど、お通しすることは出来申さん!即刻立ち去れよ!もし貴殿らが武田と上杉の決戦を妨害する腹積もりなれば、この幸村が全力でお相手致す!!」

まさに今、ここでも雌雄を決する戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。





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