Middle Of Nowhere  1






「本当はボクのことが好きなわけじゃないと思うんです」
「あ?」

ボクたちに背を見せて歩いていく桃井さんの後ろ姿を見つめながら
横でバッシュの紐を結び直している青峰君にボクはそう言った。

「桃井さんです」

そう付け足したボクに、「あぁ…」と彼は小さく頷く。

「へぇ、気付いてたのかよ」

今ではあまり珍しくなくなった意地の悪い表情で
ボクをちゃかすように言った。
見上げてくる目が少し冷たい。

探るような視線を一度向けただけで
彼は何でもないとでもいうように立ちあがった。

どうやらボクはそっち方面には疎いと思われていたらしい。
もちろん彼のようにイベント時期になれば呼び出されるような習慣はないけれど
人の機微に誰より敏感なボクは、多分青峰君よりも聡いと思う。

どうしようもなく広がっていく君との距離を
まるで定規を使ったかのように計れるほどには。

「何故、彼女がボクを好きなフリをするのかは分かりませんけど」

ボクを構う桃井さんの行動の先にいるのはいつも……

「テツ」

最近では見慣れた青峰君の感情の無い顔。
それ以上を言うなと視線が語る。
でも、

「桃井さんはボクではなくて
本当は君のことが好きなんじゃないでしょうか」

青峰君の無言の制止を無視したボクは
もう随分前から確信していたことを
問いかけるというよりも確認の意味を込めて
見上げるほど高い彼の目を正面から見据えて言った。

それを避けるでもなく青峰君は
急にやる気をなくしたように
ため息をつく。

「テツ…。あいつが我慢して言わずにいるのを
お前が言っちまってどーすんだよ」

まぁ別にいいけど…、と青峰君の態度は素っ気ない。

仮にも桃井さんは幼馴染みだというのに
その彼女にまでこうも無関心でいられるなんて。

ああ、違うな。
彼はあえてそう振舞っているんだ。

「そこまで分かっていて
青峰君はどうして彼女を拒絶するんですか?」
「さぁ?」
「嫌いなわけじゃないでしょう?むしろ……」
「ああ、好きだぜ」

ボクがすべてを言い終わる前に
さえぎる様に青峰君が言葉をかぶせる。

「だったら」
「でもアイツの好きは駄目だ。オレとは違う」

足元に置いてあったボールを青峰君が拾い上げた。

数度音を響かせて床へとそれを打ち付ける。
呼吸をするかのように自然な動作。

ボールを誰よりも美しく操るその姿がボクは好きだった。

「アイツのは裏切る方のなんだよ」

暗い声。
それをボールが床を打ちつける音が誤魔化して。

「アイツの好きはそっち。
だからオレは聞きたくねーし聞く気もねーよ」

胸がざわめく。

その規則正しく床を鳴らす音が
今のボクの鼓動がそれよりも
随分と早く打ち付けていることを知らせる。

「言ったら終わりだ。
それ分かってるからアイツは何も言わねーんだよ」

それでもオレが好きなんだって言ってきたとしたら…

「オレとの関係を終了させてーってことと一緒だろ」

鋭さを増した視線が一瞬ボクを捕らえ
黒豹のような身のこなしで青峰君がボクの横を抜けてゆく。

背後で一際床が大きな音をたてた。
振り返った先にはボールを強く床に打ち付けて
大きくバウンドしたそれを空中ですくい上げ
ゴールに叩きつける青峰君の姿があった。

アリウープ。
ボクなんて一生かかっても出来そうにない技だ。
なんて軽々とやってのけてしまうんだろう。

身軽に着地した彼は落ちたボールはそのままに
開け放たれた扉へと向かう。

言葉はなかった。
けれどもボクには分かってしまう。

彼は望んではいない。
特別な感情など邪魔なだけだと。
寧ろ切り捨てる強さで嫌悪し拒絶する。
そうなれば彼は許さないだろう。

今の均衡を望む彼は牽制する。

ボクの押し殺した感情の一欠けらすら必要ないと。


それを知ったボクは
その日

希望と絶望という
両極端な感情を味わうこととなった。













ボクはこの淡い恋心を犠牲にしてでも
何が何でも欲しいものがあった。

ずっと彼だけを想い続けてきた。
それがいつか叶う時がくるだろうなんて、思ったこともない。
ただひっそりと誰にも知られないように
大事に隠してきた想いだった。

でもそれを上回る純粋な感情があることを
教えてくれたのもまた彼だった。

その才能を羨ましく思う。
その力強さを美しく思う。

ボクはいつも君に尊敬の念と感謝の意を抱き
同じコートに立ってきた。
その僥倖を少しでも共有できるようにと
脇目もふらず追いかけた。

誰にも気付かれずにいたボクを
最初に見つけてくれた君は
時にボクを打ち負かし
時にボクを救い上げた。
諦めかけた心を繋ぎとめるのもまた君だった。


そんな君が今
暗い闇の中にいる。


ボクは何を犠牲にしても
ボクの何を失おうとしても
最後に残った純粋に君を慕う気持ちを
捨てたりはしない。

今までボクたちが向かい合い
相手のゴールを奪う意味は
何よりも互いの向上だった。
それ以外の意味なんて持たなくて良かった。




でもこれからは違う。
ボクはボクだけの感情を持ち
何者にも干渉されることのない魂と誇りを持って
君のゴールを脅かす存在となろう。
諦めてしまった心を鼓舞するために
君の世界が色づくように。


けれどもその前に
ボクの存在を忘れられないように
ボクという裏切り者がいたことを
君に残していく。



さぁ、ひとつの覚悟をしよう。




ボクはボクの恋をあきらめる替わりに
君という光を取り戻す。
















テツヤさんの奮闘が始まります。












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