ようやくあの方登場です。







とはどんなものかしら?19






声が
あの記憶にあるままの
呼び方で
やっと

オレの名前を

「ナルト」

聞きたくないと
聞けるわけないと

だって変わってしまった自分が
曝け出された今
もう本当に
会いたくて
会いたくなくて
仕方のなかった

「ナルト」

呼ばれる度
込み上げてくる思いが
嗚咽となって溢れ出す。

もうその声を聞きながら
しがみつくことしかオレには出来なくて

「ハァ…ハァ…うっ…ぅ…ん……」

サスケがくれるあたたかい空気を
夢中で吸い込む。

「ん……ぅ…は……」

許して欲しくて
何でもないみたいに
馬鹿なことしやがってって
そんな風に
昔みたいに
きつい言葉
その口から聞きたくて仕方ない。


「ウスラトンカチが…」


クリアになる
すべてが

苦しさににじんでいた視界も
耳鳴りと不規則な呼吸音も
なくなる。


ああ……
サスケ……


「サス…ケ…!」

その声を聞いた瞬間

許されてるんだと
大声をあげて
泣いてしまいたかった。

オレの肩を押さえつけてた腕が
落ち着かせるように背をゆっくり撫でた。

「お前はいつからそんな
弱くなりやがった」
「サ…スケ…」
「てめーは本当に嫌だって思うこと
我慢出来るような男だったかよ」
「あ…ぁ…そ…だよ!」

サスケに求められて
これ以上は無理。駄目だ。嫌だって。
断ち切ったつもりで
でも
最後の最後
どうしてもサスケの顔が見たいと
額に落したキスに
拒絶の気持ちなんて一切なかった。

「それにオレもあいつもてめーに守ってもらうほど
弱くもねぇしドベでもねぇ」
「分かって…る!」

冷めた目付きで
詰る声が
懐かしくて
でもその奥で
熱く滾る想いが
あるのを知ってる。

「ならオレが好きなら好きって言え」
「…ッ」
「記憶がねぇとか火影だとか日向だとか
そんなの言い訳にすんじゃねぇ」

起き上がったサスケに
腕を掴まれて倒れ込んだままだった体をぐいと起こされる。

「呼吸が出来ないみたいに苦しんだり
思うだけで涙がでそうになったり
そんな気持ちをなんて言うのか
お前は知らねぇのか?」

ああ、お前本当に
全部見てたんだな。
そうだよ
オレはサスケのことが

「好き…なんだ。サスケのことが。
好きで、好きで…!
頭おかしくなりそうで
離れたかったッ…お前から!」
「それだけかよ」

挑発するようにサスケが言う。
掴みかかりそうになる衝動をなんとか抑え付けて
ぐっと拳を握りしめた。

「今までお前の幸せを…ッ
サスケの幸せだけを願ってた…!」

それを聞いて
表情のなかったサスケの顔が
呆れたみたいに
眉を潜めて

「だからてめーはウスラトンカチだってんだ」

今更すぎて文句も言えないくらい
様になる表情。
上からの物言い。
ムカつくのに聞き入ってしまうのは
なぜ?

「好きなら幸せを願うんじゃなくて
幸せにしてやるくらい言いやがれ」
「…!」
「オレは諦めねぇからな。
あの牢で希望も未来も捨てて
閉じこもってたオレを
引きずり出したのはてめーだ」
「だって……必死だったんだ。
オレはサスケを死なせたくなかったんだってばよ」
「お前のやり方は強引過ぎんだよ。
親友だからとか仲間だからとかの域を超えてる」
「オレは自分の出来ること…やっただけだ…」

じっと見つめてくるサスケの目に
少しの焦りを感じ取って
オレは込み上げる衝動とか
喉奥を圧迫する空気みたいな
感情をもう抑えることはしなかった。

だって早くしないと
消えてしまう

「サスケ…!」

片腕をサスケの首に回して
引き寄せた。
背中にも回した手で服を強く掴む。

「オレは生きてるし諦めてねぇ」

てめーも、ここにいるあいつも

すぐ耳元で聞こえるサスケの声。
心音も感じ取れる近い距離。
サスケの声がオレに響く。
何も言わなくても伝わるこの感覚。

「オレもだ…」

諦められるわけない

「あいつはオレが最期まで持てなかった
家族として、兄弟として
純粋にイタチや両親を慕う気持ちを持ってる。
消させねぇよ」

なかったことなんかには
しねぇから。

「…そうだな」

その言葉を聞いて
オレは顔を上げた。

分かってた。
本当は出てこれたってそれは

あの幼くて脆い自分をサスケは
もう本当に最初から
消したくなかったんだ。

オレにどちらかを選ばせるのが
嫌だったのも本当だろう。
どちらかが消えてしまった後の
オレのことも考えてくれてたんだろうとも思う。
でもそれよりもサスケは
消してしまいたくなかったんだ。

分かるよ、お前の気持ちは。

「でも…もう会えないとか…嫌…だな。
お前はそこにいるって分かってても
こうやって話せなくなんの…
オレってば…すっげぇ…嫌だって思っちまう…。
でも、やんなきゃなんねぇのも
分かってんだ……」

例えばオレが
父ちゃんや母ちゃんと
一緒に過ごした記憶とか
愛されて幸せだった気持ちとか
持ってるもう一人のオレがいたとしたら
それを諦めることなんて出来ない。

少しでも知ってるから
どんなに愛されてたか
思い知らされたからこそ
消すなんて
出来るわけがないんだ。

「オレはお前を逃がすために
封印術の修行してたってのに」
「あいつを救うことには変わりねぇだろ」
「……分かってるってばよ」
「加減するなよ。本気でやれ。
今度またオレが出てくることなったら
そん時はもう我慢しねぇし、する気もねぇ」

何をとは聞かなかった。
その目を見れば分かる気がした。

「ああ、サスケが自力で出てなんて来れねぇような
強力なんで封印してやるってばよ」

強気な口調で言ってやる。
涙を溢れさせた顔でカッコつけても
仕方ないと思ったけれど
そうしないと
震え出した手が
全身に広がってしまいそうだった。

「刑が執行される前
誰かがオレの目に術をかける瞬間、
発動する瞳術を自分の目に仕掛けておいた。
記憶を操作する術のほとんどは目から行われるからな」

サスケが少し早口で話し出す。
単純な種明かし。
そんな術があるなんて知らなかった。

「視覚から脳に伝わる情報量は五感の中でもずば抜けてる。
完全に消そうと思えば

対象者の記憶を見ることが出来る者、
操作する記憶の範囲を定める者、
そして削除する者の三人が必要だ。
その三人がオレの目に何らかの術を施そうとする時、
それぞれがオレ自身を封印するよう仕向けた。
オレの記憶を削除したと思ったまま」

三重もの結界か……
気付かない訳だ。

「…それでもお前を完全に封印しきれなかったって…?」
「ああ。オレはいつでもその封印を破ることが出来たからな。
それにお前が前にかけた術も
加減せずにオレが力をぶつければ
どうか分からなかった。
そんな事にでもなったらその余波で
こいつは消滅する。
だから、完全にオレを封印しろ。
あいつを消したくなかったら
絶対手を抜くんじゃねぇ」
「サスケ…」
「もう決まってんだろ?」

睨みつけてくるような強い光。

ああ、そうやってお前は
いつもオレの背中を
逆らえない強さで押すんだ。

最後にはいつだって
どんなに喧嘩したって
どんなに傷つけあったって
土壇場には絶対の信頼で
お前の命を預けてくれる。
それにオレも応えて来た。

「絶対ぇ、お前らを消させたりなんかしねぇってばよ」

言い切って
にっと笑って見せた。
サスケをベッドに残し距離をあける。
すぐに印を結びはじめた。

複雑な切り替えを流れるように。
何度もやった。
間違えるはずがない。
どんどん高まる気迫。

熱、波動、渦巻くチャクラ。

熱量が生みだす風が鋭さを増す前に
作った小さな世界に押し込める。
隙間がないよう
ぴったりと包み込むように

大事な宝物をしまっておくイメージ。

巻き上がる熱風がサスケを取り込んで
オレから隠してしまう。

その悪い視界の中で
一瞬だけ見えた

本当に
本当に
大好きだった
今まで数回しか見たことない

「サスケ…!!」

オレ達が何かやり遂げた時
たまに見せる表情
少し皮肉げにくちびるを釣り上げて
でも満足そうな笑み。
その口元が何かを言った。

「なんて!?」

でも
風の音に消されて聞こえない。

「サスケ!聞こえねぇ!!」

音に負けないように声を張り上げる。

スローモーション。
何、その表情
そんなの今まで見たことない
本当にサスケ?
そんな目を眇めて
何か眩しいもの見るみたいに

「聞こえねぇってば!!サスケッ!!」



光が弾けて霧散する。

広がっていた光が丸い円をかたどって
一点に集中した。



そこには、
眠るように穏やかな顔をして
身を倒したサスケだけがいた。












皆がハッピーエンドを目指します。












恋とはどんなものかしら?_20→
←恋とはどんなものかしら?_18
←戻る