†恋は夜の帳に歌われる†



日が高くなってきたとはいえ家々の周辺で美味しそうなにおいが漂う頃には日も沈み始め、辺り一帯は茜色に染まっていた。
一人でいるには妙に物悲しい気分になる色だ。
ナルトは木の枝に跨がり背を幹に預けて、ただぼんやりと様変わりしてゆく美しくももゆる木々を眺めていた。
好きな場所だった。
昔は禁域だった場所で、今は解禁され誰もが踏み込める森になっている。年月が経ち一切の邪気が無くなったそこは清涼感さえ漂い、荒らされることのなかった木々達は皆揃って健やかだ。
サスケが追ってくることは分りきっていた。だからナルトはこの場所を選ぶ。
この森が解禁されたのはサスケが里を出てからのことだったので、ここを禁域であると認識しているだろうサスケはここは後回しにするはずだ。
見つからないとはナルトも思わないが、すぐに見つかるとも思っていない。精々探しまわればいいのだ。
そしてここからは小さな公園が見える。
ナルトがここに着いたときには賑やかなことに子供達が各々好きな遊具で遊んでいた。それを見るとも無しに眺めていたナルトであったが、日が傾くにつれ一人、また一人とその子の親と思われる大人が子供達の手を引いて行き、或いは兄弟であろうかその子供達は仲良く手を繋ぎ公園を後にする。
そうこうする内にその中で一人残された男の子が寂し気にブランコを揺らしていた。
ナルトはそわそわする自分がいることに気付いて苦笑する。もう少し待ってまだ少年が一人であるようであれば自分が手を引いてやろうと思いながら。
しかしそれも今は先ほど迎えに来た母親と思しき女性に手を引かれて行ってしまった。
ほっとしたのと同時に何だか胸が苦しくなってしまって、何故怪我人の自分がこんなところにいるのかを思い出してしまったナルトである。
またぞろ怒りが込み上げて来てナルトは拳をにぎりしめた。
(怒るにしてもやり過ぎだってばよ!サスケのバカっ!)
喉の奥がぎゅっとしまって、込み上げてくる塊を無理矢理飲み込む。
そうやってやり過ごしてみても込み上げてくる塊は納まらず、ともすれば声をあげてしまいそうでナルトはぐっと喉に力を入れることしか出来なかった。
サスケは知らないからあんな酷いことが出来たのだ。
ナルトがあの文を、たった1行2行しか書かれていないと思っていた文を、どれだけ心待ちにしていたか知らないから。
無事であると、サスケが生きていると唯一ナルトに知らせてくれたものだったのだ。それをあんなにもあっさり燃やしてしまうだなんて!
(それだけじゃねぇってばよ!だってまだっ)
「?!」
「ナルト・・・!!」
はぁはぁという荒い呼吸の後に続いた己の名前を呼ぶ声にナルトはさっと体を強張らせる。
見上げた先に片手を木に付いて肩で息をしているサスケがいた。形の良い額にうっすら汗を浮かべて。
ナルトは立ち上がろうとして足に力を入れた、とその時彼の行動を予測していたようなタイミングでサスケがナルトと同じ枝の上に降りてきた。静かな動きではあったが、頑丈とはいえない枝が二人分の体重を受けて揺れる。
「随分探したぞ・・・」
サスケは低くも響く声でそれだけ言った。
乱れた前髪と今だ落ち着かない呼吸が、どれだけ彼が走り回っていたのか察せられた。
ナルトに視線を合わせるように片膝をついたサスケは安堵したように溜息を吐く。自分でやったにも関わらずサスケの左頬の変色は痛々しくナルトの目に映った。しかし、
「まだオレは許してねぇってばよ、サスケのこと」
ナルトは詰まりそうになる声を押してサスケに向かって言葉を吐き出す。
許せるわけがなかった。あれはナルトのものだったのだ。それがたとえサスケが送ったものであったとしても、彼の手から離れ自分の手元に渡った時点であれはナルトのものなのだ。
それを無断で、勝手に、そこに何が込められているかも知っていながら灰にした。
何故自分がたったあれだけの素っ気無い文を大事にしていたか今なら分かる。あれらに込められた想いを感じ取って、自ずと知れずまた自分も想いをしたためていたからに違いない。彼の無事を願ってやまなかった。
迫り上げてくる想いを必死で抑えつけ、ナルトはサスケを見詰める瞳に力を入れる。
でないと、この思いのたけをぶちまけて、声をあげてサスケを詰ってしまいそうだった。
「ナルト」
静かにサスケが手を差し伸べる。
ナルトにだけ向けられる濡れたようにとろりと光る虹彩は、何を言うよりもサスケの気持ちを伝えてくるようだった。
もし、この手を掴んだならば――――。
そうナルトが思ったとき。
サスケの腕に抱き寄せられた。
離すものかと、言われた気がして、
「っな・・・せっ」
声をあげて拒絶しようとした。しかし、言葉にならない声は役には立たず。
ずっと抑え込んで喉に詰まっていた塊が、そのぬくもりで、その強さであっけなくあふれてしまって。
咳き込むように断続的にせり上がってくる嗚咽をナルトは止めることが出来なかった。
「・・・っ、サスケなんか、嫌いだってばよっ」
「ああ。悪かった、ナルト」
そんなナルトをサスケはただ抱き寄せる。腕の力こそ緩めはしなかったが。
「まだっ、オレってば一回しかっ、読んでねぇのにっ・・・」
「うん、ごめん」
サスケの掌がゆっくりとナルトの背を撫でる。それは官能を呼ぶようなものではなく、ナルトを慰めるためだけに与えられるそれだった。
(バカスケのくせにこんな時だけっ)
ナルトは中途半端に回した手でサスケの服をにぎりしめる。
「まだ、ちゃんと、読んでねぇのにっ」
「そうだな」
サスケの掌がナルトの髪の間に差し入れられた。一度ぐいっと力が込められ肩口に当たっていた額がサスケの首筋に押し付けられる。耳元でサスケのトクントクンという規則的に打つ脈を感じて、ナルトはどうしようもなく高ぶっていた気持ちが落ち着いていくのが分かった。
ナルト、と呼吸をするように名を呼ばれて、ああこの声は好きなんだと思う。
だから直接響くようなこんな体勢で謝るのはズルイ。
そんなナルトの心境など知りもしないでサスケはナルトの耳元で囁くのだ。
「でも、オレはいるだろ」
文などなくても、想いをつづることは出来るだろう、とそんな甘い言葉なんて似合わないくせに。
「お前が望むんだったら何度だって言ってやる」
ナルトは辺り一帯が茜色に染まる中で瞼を閉じた。
平行感覚が鋭くなった体は手放した。

己の体重も感覚も全て彼に丸投げしてナルトに闇が訪れる。

そしてサスケは囁くのだ。

文には書ききれなかった偏りすぎたナルトへの想いを。


「あ・・・」
聞かされて、こらえきれずににぎりしめた拳をサスケの胸へと打ちつけた。
サスケの想いは知っていたはずだった。
あの文に込められた想いはまだこの胸にある。
それでもサスケの唇で、声で、抱き寄せる腕が伝えた想いはナルトを息苦しくさせるには十分で。
鼓動が、
熱が、
胸が痛くて、
吐き出してしまえと訴える。
しかし、その背を追いかけて、追いかけて。
競い合って、ぶつかり合ったあの頃もまたナルトには愛しくもあるのだ。
「もう、オレのことが好きだって言えよ、ナルト」
サスケの胸に置いた手を掴まれ距離があく。
じっと覗き込む黒い瞳が嘘は許さないと責めるようだ。
お互い睨み合うように対峙する。
葉の擦れる音。
様変わりした森の色。
目の前の男以外は全て曖昧で虚ろだ。
一つの答えしかいらないのだと。
掴まれた腕の強さが引き戻す。
「嫌いだって言ってんのに。許せねぇのに。・・・あの文の変わりがサスケだって言われたら」
認めないわけにはいかないじゃないか。
確かに想うと。
恋しいんだと。
もう認めるしか。
ナルトはあいた方の手でサスケの胸倉を掴むと、その唇に口付けた。
「!」
目を閉じるだなんて余裕もなく、しかし開かれたサスケの黒い瞳はやっぱり奇麗だとだけ思う。
引き寄せた時同様唐突に離して、
「好き・・・だってばよ」
それだけ言った。
一気に顔に熱が集中して、駄目だ、やっぱり恥ずかし過ぎる!と思ったところで、伸びてきた腕にめちゃくちゃに抱き込まれた。
反射的に逃れようとする体を押さえ付けサスケはただナルトを抱きしめる。
「もう一度言ってくれ。まだ信じられねぇ」
ナルトの肩に顔を押し付けくぐもった声でサスケが懇願した。
やはりサスケの腕は緩むことはない。
その声に負けてナルトは再度こわれた言葉を口にする。
「好きだってばよ、サスケ」
「もう一回」
「好きだ」
「もう一度」
「好きだってっ」
さすがにもういいのではないかとナルトが思い始めた頃。
「オレも好きだ」
ナルトの好きな声でサスケはそう言った。そして


帰ろうと。


迎えに来たんだと。


ナルトはサスケの腕の中で破顔する。
いつもと変わらない笑顔だった。



何年も何年も大事にしまってあったあの文は跡形も無くなってしまったけれど。
しかしその文こそが全ての始まりときっかけを与えてくれたのだ。



「帰ろう、サスケ」



ナルトは今日、サスケに恋をした。
気付かせてくれたのは、サスケか文か、その両方か。



そして目を閉じればそこは夜の帳。





END





ここまでお付き合い下さりありがとうございました。
続編らしく本編を引き継げたげたような気はしてますが、いかがだったでしょうか。
サスケには愛を、ナルトには恋をして頂きました。
私の中ではナルトという子は「追いかける」がキーワードでして、だから「恋する」ことの出来る子。一方的なものでも満足できる子。与えることの出来る子。
それに対してサスケは愛したいし、愛されたい、見返りがないと満足出来ない子。「恋されたい」なんて言葉はないから彼に「恋」は当てはまらないんですよね。やっぱり「愛」ですね。
この調子でサスケさんにはナルトの身も心もものにして頂きたいところです(笑






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