†恋は夜の帳に歌われる†



それは本当にうっかりと言うか、己の配慮が欠如していた末に招いた結果であるとナルトは認めている。発端は自分にあり、しかし非があるのは、十数年来の親友で仲間で一番ナルトに近くて、非常に魅力的なろくでなしうちはサスケにある。
(あ、エロいを付けるの忘れてたってばよっ)
フンと鼻息も荒くナルトは心の中でサスケを詰った。
事は至って当たり前の日常から始まった。サスケの作った比較的ゆっくりめの朝食を取っている時、今日は火影に暗部に置いてある在を解いてもらい、長期休暇をもぎ取って来ることをサスケはナルトに話した。せめてお前が次の任務に出れるようになるまでは傍にいると言うのだ。
それはナルトの怪我に託つけて休みたいだけなのでは?と思いもしたが、長期任務がざらであった彼にも休息は必要だろうと思い直してそこは黙って見送ったのがお昼前。
何やら荷物を抱えて帰って来たサスケに「お帰り」と一言声をかけたら、珍しくも照れたように「ああ」とだけ返事が返って来て、そんな些細なやり取りに自然と笑みがうかぶような、微笑ましい一面を見せていたのだ。それなのに、
(あー思い出しただけでも腹が立つってばよ!!)
ナルトは奔放に撥ねる金髪をかきむしらんばかりに憤怒する。
そして、先程繰り広げられたばかりの寸劇のようなやりとりを思い出すのだった。



「あ、それオレの荷物?」
サスケが両手に持っていた長期任務用の荷物入れを部屋の隅に置いたのを確認してナルトは声をかけた。
何もすることがなくぼんやりテレビを見てサスケの帰りを待っていたナルトは、座卓に頬杖をつきながらそれらを眺めた。
「ああ、適当に持ってきた。何かいるもんがあったら言ってくれ」
サスケはそうナルトに言い残し台所に向かうと、片手にガラスのコップを二つともう一方の手にはお茶の入った容器を持って戻ってきた。もちろんそのお茶もサスケが今朝沸かしていった代物で先程までは冷蔵庫で冷やされていたものだ。やはりまめな奴だとナルトは思う。
顔も良くて頭も良くて、忍びとしても優秀で、こんなお屋敷まで持ってて、何で自分なんだろうかと、ようやく心身ともに落ち着いて来たナルトはそれが気になって仕方がなかった。
サクラやいのが良く言っていた「やっぱり男はまめじゃないとねー」という言葉をナルトは思い出す。昔からムカつく程モテる奴だった。まめな男はモテるのだ。
だからサスケもモテて当たり前で、決してまめとはいえない男の自分を好きだと言う。
(ますます分からねぇ)
深く考えるのは昔から苦手である。
しかし分からないながらも行き着いたのは、サスケが女の子に対してあれやこれやと世話をやいている姿はどうにも想像出来ない、ということだった。いや、想像してはいけないような気がした。だから、まめ=モテるの図式は必ずではないのだろう。でもナルトのサスケに対する評価は変わらずまめ男なのだ。
(やっぱ、オレだからなんかなー)
そこまで思ってナルトは少し寒くなった背筋を伸ばした。そして目の前にはきっちり8分目まで注がれたお茶が用意されている。
「まめ男・・・」
「何か言ったか?」
小さく呟いたナルトに、内容までは聞き取れなかったのかサスケが聞き返す。
しかしナルトはひんやりと冷たいコップを掴むと、それをじっと見下ろすだけだった。
何で今までこんなサスケの特別に何も感じなかったのだろうかと、今まで当たり前に受け入れてきたナルトは煩悶する。本当に慣れるのだろうかと思わずにはいられなかった。
それに間違っても「オレのどこが好き?」だなんてバカップルの極みのような台詞を口にすることなんてナルトには到底出来そうにない。
「何考えてんだ?」
黙りこくるナルトにサスケがコップに口を付けながら話しかける。
「サスケってまめだなーって」
「そうか?まぁてめーよりは料理もするし、掃除もするからな」
自覚がないのか・・・。
サスケの言葉を聞いてナルトは少し嘆息した。
「そーいやサスケ、綱手のばーちゃんは何て?」
今までサスケが家を空けていた理由をふと思い出して、ナルトはサスケに話を振る。
「ああ、暗部は解任してもらった。休暇も・・・どーにかなるだろ」
憮然としてサスケは言った。
どうやら休暇に関しては色良い返事は貰えなかったようだ。
「あんまし休んでても体が鈍っちまうから、ほどほどの休暇でいーんじゃね?オレも動けるようになったら早く修業しねーとなぁ」
「付き合うぜ」
「おう」
ナルトは嬉しくなって破顔した。
サスケと手合わせするなんて何年ぶりだろうか。てっきり忍を辞めていたと思っていたものだから、もうずっとサスケと一緒に修業するだなんて事はなかった。一応現役忍として遠慮していたのだ。
「ぜってー負けねぇってばよ」
「フン、どれだけ腕を上げたか楽しみだな」
サスケも同じ事を思ったのか、にやりとやけに男くさく笑ってみせた。
普段澄ました男前が無邪気にとまではいかないが、笑って見せるのは爽快である。いつもこうやって笑っていれば、一緒にいる自分も気分が良いのにとそこまで思って、
(あー、たまにだからわーとか、おーって思うのか)
すぐにナルトはそう思い直した。
口に出して言っていればすぐ様、それは感動とか感嘆って言葉を使うんだ、と訂正されそうな稚拙なナルトの感想である。
「オレこの前面白い術使えるよーになったんだってばよ」
ニシシと悪戯っ子まんまの顔でナルトは笑った。
サスケは嫌な予感がするのかいつもの眉間にシワを寄せて、ナルトを諌めた。
「負けたくねーのは分かるが、無理はするなよ。サクラも言ってたが本格的に体を動かしていいのはまだ先だ」
すぐにでも行くぞと言い出しそうなナルトに一応釘を刺しておくサスケである。
それを聞いたナルトは面白くなさ気にちぇーっと口を尖らせた。
「分かってるってばよー。あ、サクラちゃんと言えばさ・・・」
元セル仲間の名前を聞いて彼女が自分の部屋に入ったことを思い出したナルトは羞恥を覚え、言葉を途切らせる。
ひとまず喉を潤わせたサスケは、ナルトの部屋から持ってきた荷物を整理し始めていた。
詰め込んできただろう衣類を出しては手早く畳んでいく。
言いかけたまま先を続けないナルトにサスケは手を止めた。
「サクラがどうした?」
「うん。オレの部屋さぁ、どーなってた?」
歯切れ悪くナルトはサスケに聞いた。
ナルトの覚えている限りでは、サスケの文は読み散らかされたままであるハズなのだ。もしその状態のままで彼が部屋に入ってしまったなら、その時の自分の慌てようが手に取るように分かるだろうことにナルトは狼狽する。
「いや、汚ねぇことには変わりはなかったが、いつも通りだったぞ」
訝し気にもサスケはナルトの問いに答える。
「そっか」
あからさまにほっとするナルトに、
「ただ、オレの文が・・・」
かためて隅に置いてあった、と続けようとしてサスケは不自然に言葉を切った。
「えーと、サスケ?」
何やら考え込んでいるサスケに不安になってナルトは名前を呼ぶ。嫌な予感がした。
「ナルト。お前あの時・・・いや、サクラは何でてめーがオレのとこにいるって迷いもせずここに来た?」
ナルトは自分の危惧していたことの全く逆方向から来た問い掛けにぐっと詰まった。
そう、きっとサクラは片付けてくれたのだ。ナルトにとっては有り難く、サスケにとっては不自然に感じる程丁寧に。
そしてサスケが問い掛けた答えは一つだ。
(それはサスケの文をサクラちゃんが読んじゃったからに決まってるってばよー)
ナルトは心の中で即答する。が、サスケを思えば口に出すことは憚られた。
それはそうだろう。
誰も想い人に宛てた恋文を他人の目に曝されるなんてごめんだろう。しかも当人はサスケで想い人というのはつまり自分なわけで。
ナルトはちらりとサスケを盗み見た。
ばっちり目が合ってしまって、今サスケが猛烈に怒っていることが一目で分かってしまったナルトである。
(分かってるくせにオレに聞くなってば!!)
逆切れだと言われようがそう思わずにはいられないナルトである。
仕方がないではないか、だってあの時はもう本当に必死で、サスケのことしか頭になくて、サクラが来るだろうことまで考えてはいられなかったのだ。
「し、知らねぇってばよ」
速効嘘だとバレるようなことを情けなくもナルトはそれだけ口にする。
「ほぉ気付いてるくせに、しらばっくれる気かよ」
「な、何だってばよ!!分かってるくせに聞いてくるだなんて、サスケ性格悪ぃっ!!」
「だからてめーはウスラトンカチだってんだ!せめて文くらいしまってくるとか、部屋の鍵掛けるとか出来ねぇのか、ああ?!」
「うっ。だって、あん時は・・・」
サスケの言うことはいちいち正論で、ナルトは反論すら出来ない。無口なくせに口では勝てたことがないナルトである。しかし、だからと言ってそこまで怒らなくてもいいのではないかと思うのだ。
「だってもクソもねぇ!!オレは何度もてめーに施錠する癖付やがれって言ってきただろうが!!まさかこんな事になるとは思わなかったぜ!!」
吐き捨てるように怒気荒く言ったサスケに、さすがにナルトも大人しく謝罪をする気分にもなれず、
「そんなに怒ることないだろ!!今までオレばっか恥ずかしい思いしてきたんだから、たまにはサスケだって恥ずかしい思いすればいいんだってばよ!!」
ナルトは心の内に留めていた願望をつい吐露してしまう。
そう自分ばかりが恥ずかしい思いをするのは不公平というものなのだ。
「言うことかいてどうゆう了見だ、ああ?!てめーが恥ずかしいのはオレに対してだけだろうが!!何でてめーの不注意でオレがサクラに恥ずかしい思いをしねぇといけねぇんだっ!!」
サスケは荒々しく荷物の中に手を突っ込むと、束になった白い封筒を取り出した。
そしてナルトが何かを言う前に、片手で素早く印を結ぶとあっと言う間にその白い束は赤い炎に包まれ、少しの灰を残して消えて無くなった。
「あああああああぁ!!!!」
ナルトの驚愕の叫びがうちは邸に響く。
あまりの出来事にナルトの思考は真っ白になった。
まさに一瞬の出来事だったのだ。
「これで諸悪の根源は片付いたな」
サスケは溜飲を下げたように、ナルトに向かって嫌な笑みを見せた。これでサクラの記憶が消えるわけではないが、第二・第三のサクラが出現することは今後一切ない。
「ササササササササササササスケェ!!!!」
わなわなと体を震わせてナルトは咆哮した。
鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなるのが分かった。
ただ、そんなことは今はどうでもよくて、ナルトの思考は今や目標物に向かって力いっぱい振り上げた拳を殴りつけることだけに向いていた。
もう、ここでサスケの顔が変形してしまおうが、家の一部が破壊されてしまおうがお構いなしのナルトの一撃だった。
まさか、本気で殴りかかってくるとは思っていなかったサスケはその渾身の一撃を左頬にくらって、その勢いのまま壁に叩きつけられる。サスケが壁に激突する音のすぐ後に、その後ろで壁が半壊して壁がぱらぱらと落ちる音が続いた。
「っ・・・」
サスケは唇から流れた血を拳で拭う。
「サ、サスケなんかっ、サスケなんかっ!!大っ嫌いだってばよーっ!!!!」
ナルトは壁にめり込むサスケにそう言葉を叩きつけると、そのまま部屋から飛び出して行った。
(サスケなんかっ、サスケなんかっ!!)
屋敷を飛び出したナルトは怪我ではなく痛む胸を押さえ行くあて定まらぬまま闇雲にとにかくサスケから離れる事だけを思って足を動かしたのだった。



サスケはじんじんと痛む頬を数回擦り、壁にめり込んだ体を起こした。
「あの野郎、遠慮も加減もなく殴りつけやがって」
サスケは低く呟く。
体を戦慄かせて、サスケを睨んだ青い瞳には零れることはなかったが涙が浮かんでいた。
強さの中に見せる、彼のもろい部分もサスケは嫌いではない。反対に愛おしいと思う。
それに見惚れていたら、これである。
利き腕で殴られたのは幸いであった。彼の右腕は今や普段の半分の力もでないはずで、それはそれで良かったと思うサスケだった。
いたって良好な時に利き腕でしかも奴の全力で殴られようものなら、サスケの顔は変形どころか潰れていたかもしれないし、元にはもどらなかったかもしれない。
ただ、周りが騒ぎたてる容姿をしているという認識はあれど自覚のない彼は、己の容姿はただ単に鏡にうつるものというものでしかなく、だから今サスケが良かったと思うのは痛みであるとか、半壊はしているが全壊でなくて良かったと思う程度のそれであった。
(まさか、あんなに怒るとはな)
思わずナルトの自分に対する想いを垣間見ることが出来たサスケは、最早サクラに文を見られた羞恥だったりナルトに対する憤りはなくなっていた。
(全力で好きだと言ってるのと変わらねぇんじゃねぇか?ナルト)
サスケは笑みを浮かべようとして失敗する。普通人でしかないサスケの頬はまだ酷く痛むのだ。
しかし、そんな痛みさえも甘く感じるのは、これから迎えに行く彼をどうやって慰め、その頑なな心をとろかせてやろうかと思い巡らせるからに他ならない。
サスケは既に近くにないナルトを捕まえる為に、ナルト同様部屋を後にしたのだった。





←恋は夜の帳に歌われる_3
恋は夜の帳に歌われる_5→

閉じる