†恋は夜の帳に歌われる†



「好きなんだ」
物音1つしない部屋の中で、その言葉だけが意志を持ったようにナルトの思考を侵食する。
背後から回された腕と耳元を掠める熱のこもった吐息から、彼が今どんな表情をしてこんな暴挙に出たのか安易に想像出来てしまって、ナルトは激しく拒絶をすることも出来ず途方に暮れていた。
優しくしてやりたいとは思う。それはナルトのサスケに対する好意であって同情ではない。ただ厄介であったのは同じ男としてサスケの気持ちも今の行動も、どうして欲しいかも朧げながらも分かってしまうことだった。
もう大丈夫だと、抱きしめてキスして欲しいと思わずにはいられない。案外に男とは甘えたで精神的には弱い生き物なのだ。
それでもそんな事をしようものなら、それだけでは済まないことも分かっているからナルトはこの非常に緊迫した、サスケに抱きすくめられるという状況の中にいるにもかかわらず、彼の望む言葉を口にすることも、或いは拒絶することも出来ず途方に暮れてしまうのだった。
正直『好きだ』という言葉がこれ程にクルものだとナルトは思わなかった。もちろん言われたこともあるし、口にしたこともある。
でもサスケが今、音としてナルトに伝えたその言葉は自分の知る『好き』とはどれにも当て嵌まらないような気がして、断片的ではあっても己の知らない感情に触れるのは少しの戸惑いがあった。
ナルトを抱くサスケの腕にさらに力が入る。密着した背中に常より早く打ち付けるサスケの鼓動を直に感じた。
それを意識した瞬間ナルトの鼓動はドクンと一つ大きく跳ね上がる。
サスケの切迫した様子を感じてやはり止めなければと口を開きかけた時、
もの凄い勢いでサスケの方へと後ろに体が傾いたのだ。
わぁ、と叫ぼうとして口を開いたそれが音となって声になる前に、覆いかぶさるようにしてサスケが口付けてきた。開きかけていた唇を体よくこじ開けられると、ぬるりとしたサスケの舌が遠慮もなく入ってくる。
(舌っ!舌がっ!!)
あまりの唐突な出来事に、目の前の現実しか処理出来なかったナルトの思考は、今己の口腔で動めくサスケの舌だけに意識がとぶ。先程の戯れに仕掛けてきたキスを、触っただけだと高言した通り、今サスケの与える口付けは執拗で熱烈でナルトの抵抗を遅らせた。
呼吸をも奪うようにきつく舌を吸われ甘噛みされる。舌の根がじんと痺れたような感覚に馴染みの熱を感じてナルトは小さく呻いた。
後ろに反り返るようにして口付けられる体勢は息苦しさも手伝ってナルトの意思に反して口を大きく開かせる。それを狙いすましたようにサスケの舌がナルトの喉まで降りてきて、口腔に溜まった二人分の唾液を無理矢理嚥下させられた。
「ゲホっ!ケホ!!」
むせるナルトの顔中にサスケは口付ける。
愛しくて仕方がないとでも言うように、それこそ額に瞼にと何度も何度も。
その情熱的なサスケの唇が再度ナルトの唇を奪おうとした時、覆いかぶさるサスケをナルトは突き飛ばした。
ハァハァと荒く呼吸をして、唾液でしとどに濡れた口元をぐいっと手の甲でぬぐう。
そしてナルトは真っ直ぐサスケを睨み付けた。
「サスケ、オレってばそんなこと望んでないからな」
ナルトは意識的に声を低めて己の意志をはっきり伝える。
サスケがどう捕らえるかは分からないが、彼を好いているからこその言葉であるとナルトは思っている。
流されてやるワケにはいかなかった。
ずっと傍にいたいからサスケの気持ちより自分の気持ちを優先するのだ。
ハッと我に返ったように、サスケがナルトの瞳に焦点を合わせる。彼の瞳が濡れたように黒いのはいつもの事なのだが、キスの余韻のせいかいつにも増して艶やかだった。
「ナルト・・・」
己の所業に後ろめたい処があるのは分かっているらしく、サスケはフイと顔を逸らす。
「待てって言ったのはオレだけど、離れねぇって言ったのはサスケだってばよ」
そんなサスケに追い討ちをかけるように、ナルトは言葉を重ねた。
ナルトもサスケに無理を強いていることは自覚していた。同じ男として理解出来る部分ではある。
それでもナルトとて簡単には譲れない。やはり男としてのプライドであったり、相手がサスケであるという羞恥心が何よりも勝るのだ。
あの時サスケには1年2年は待てと言いはしたが、実際のところそんなに待たせることはないだろうと思っている。しかし昨日の今日では話にならないのも事実だった。
けれども、ナルトも漸く捕まえたサスケを手放す気はない、だからいくらサスケが辛いと分かっていても無理を強いるのだ。
「オレから離れねぇんだろ?」
ナルトは再度サスケに問い掛ける。
「・・・ああ、離れる気はねぇよ」
諦めたようにサスケは小さく呟く。
その言葉を聞いてナルトは漸く瞳を和ませた。
「勘違いするんじゃねぇってばよ、サスケ。オレはお前の傍にいたいと思ってるし、大切だとも思ってる。でもそれだけじゃお前が納得できねぇってのもちゃんと分かってるってば」
サスケは胡乱気にナルトを見つめた。
「やっぱてめーは我が儘だ」
溜め息とともにサスケはそう言葉を吐き出した。
ナルトはその言葉に笑って口を開く。
「こんな我が儘言うのはサスケにだけだってばよ」
それを聞いたサスケは一瞬目を見開くとガクリと首を落とし、呻くようにそれは殺し文句だろ、と低く呟いたのだった。



風呂に入ってくると言ったサスケに、全総力をもって赤くなりそうな顔を違う想像で掻き消したナルトは、「おう」とだけ答えて見送った。
軽い音を立てて襖が閉められたのを確認すると、ナルトは傷が痛むのも構わずゴロゴロと布団の上をのたうち回る。合間にううううぅとかああああぁとか呻きながら。
サスケの暴挙を諌めたときはナルトなりに必死になっていたし、弱みを見せるわけにはいかなかった。ましてやこののっぴきならない下半身の事情など知られるわけにはいかなかったのだ。すなわち己の身の危険が増す行為である。
顔に集まる熱がさらにナルトの羞恥心を煽った。
(なんてキスしやがんだってばよ!サスケのヤツっ)
随分と落ち着いてはきていたものの、綺麗さっぱり忘れるには強烈過ぎたそれを思い出してしまって、ナルトは枕を抱え込んで頭をぐりぐりと擦り付けた。
あんなキスはナルトは初めてで、おまけにそれがサスケで、お前今までどんな相手と事に至ってきたんだと半ば八つ当たり気味に今はいないサスケを詰る。
しっかり熱を持ってしまったそれをどうこう出来るワケもなく、ただひたすらに落ち着けオレ、落ち着けオレと呪文のように繰り返した。
正直少しショックを受けたナルトである。
まさか自分がサスケ相手にその気になってしまえるとは思わなかったのだ。もし応える日が来たとしてもまだまだ先の話しで、ナルトとしてはサスケのいる目先の幸せに悠々浸るつもりでいた。二人ともすでにお年頃は過ぎていたし、いくら想いのたけをぶつけられても宣言されていたとしても、所詮は男同士、こうもたやすく欲情されるだなんて思いもよらかったというのが本音である。
言葉よりも能弁にサスケの気持ちをナルトに伝えた口付けは、束の間ナルトを陶然とさせ、良く言えば彼に愛しさを感じ、悪く言えば情が湧いた。春を売る女が体は許してもキスはさせないという心理に近づきつつあるナルトだった。
これからは徹底してサスケを監視しなくては、ナルトの未来は不穏な方へと行進していくのは間違いない。
流されて気持ちは着いていけてないのに、体だけ先に繋がるなんて絶対嫌だ。
強気で迫ってくる分にはぶん殴って黙らせればいいのだけれど、しかしながら、あの男の涙には滅法弱い自覚もあるナルトは、ただ涙だけは見せてくれるなと思うのだった。
(なんだオレってば、サスケのこと結構好きなんじゃん)
ストンと落ちてきた結論にやはりナルトは顔を赤らめ、それを隠すように枕に突っ伏し煩悶する。
この調子であれば喧嘩することもなく、ギクシャクすることもなく、早々にサスケの願いは成就してしまいそうだと、危ぶむナルトであった。が、そう簡単に事が運ぶわけもなく、やはりすったもんだの騒動を巻き起こす二人なのだが、それはもう少し後のことである。



シャワーヘッドから勢いよく噴き出す湯を頭からかぶりながらサスケは深い溜息を吐いた。
椅子に座った己の足元の先に見慣れた白濁が排水溝へと流れていくのを情けない気持ちで眺める。
(何やってんだよ、オレは)
今サスケは稀にみる自己嫌悪に陥っていた。
いくら恋い焦がれていた相手とはいえ、見境もなくあんなことを自分がしてしまったことが信じられない。確かに昔の自分であればそうも言っていられなかったに違いないが、それなりに恋のまね事のようなことは腐る程してきた自分である。どちらかと言えば淡泊な方だろうと最近では思っていたのだ。
結局ナルトに対する想いは全く変わっていないということか。いや、反対に受け入れて貰えたという期待が更にサスケの気持ちに拍車をかけたようだった。
ハッキリとサスケを拒絶したナルトの瞳を思い出す。
一本のしなやかな若木にも似たナルトの真っ直ぐな心。彼の意志の強さはあの晴天のような瞳を見ればすぐに分かるというもの。
知っているに決まっている。当たり前じゃないか。
そんな彼の健やかさを自分は愛してやまないのだ。
流されてくれるわけがない。
サスケは打ちつける湯をただ茫然と受け止める。
その時、ドンドンと乱暴に風呂場と脱衣所を仕切るガラス戸が叩かれた。
サスケの心拍が大きく跳ねる。
上忍ともなると常から気配やチャクラといった己の存在を知らしめるものは消すよう訓練をしている。任務の時にそれらを消すのは当然であって、意識してコントロールするようでは話にならないのだ。
(昔はだだもれだったくせに)
サスケは己の心拍を上げさせたナルトを心の中だけで詰る。
「何だ?」
出来るだけ平静を装ってサスケは返事をした。
「逃げてねぇか確かめに来ただけだってばよっ」
ナルトは言葉の内容とは裏腹に、安心したような声音でそう言った。
どうやら自分は余程信用がないらしい。
サスケは自嘲気味に笑った。自分はもう彼から離れないと言ったし、ナルトも確かにそれを望んでいる。ただ時間が必要なだけだった。
「てめー相手に誰が逃げるかよっ」
「サスケなんかいっつも逃げてるってばっ!」
水音とガラス戸のせいでお互い声が大きくなった。
伝わり方も違ってどんどん喧嘩口調になっていく二人である。
「じゃあ、てめーは逃げねぇんだな?!」
「当ったり前だってばよ!!次代火影様がサスケ相手に背中は見せねぇってば!!」
「自分の言った事くらいは覚えておけよ、ナルト!次はキスだけじゃ済まさねぇからな!!」
「な、なにをぉ!!どうせ今までこそこそ風呂場で処理してたんだろ!?サスケちゃんってばよー!!」
「うるせぇウスラトンカチ!!勃っちまったもんは仕方ねぇだろうが!!その分てめーは安眠出来んだ感謝しやがれ!!」
「えっ!マジで?!」
ナルトは売り言葉に買い言葉的なノリで言ったつもりだったんだろうが、思わず的を射てしまって慌てているのが丸分かりな程声を裏返していた。
「じゃあてめーは何も思わなかったのかよ?!」
「な、何が?!」
「だから、さっきのキスにてめーは何も感じなかったのかって聞いてんだ!!」
拒絶をされはしたが、ナルトが嫌悪を感じているとはサスケは思わない。
ナルトを抱く腕が彼の熱が上がったことを感じた。
サスケの舌を受け入れたナルトの口腔は、その歯で拒むことも出来たハズ。
だから絶望もしていないし、離れる気もありはしない。
サスケはシャワーを止めると、ガラス戸に近付き取っ手に手を掛けた。と、その時もの凄い早さであちら側からも手が掛かり、サスケは戸を開くのを阻止された。
「ま、まだ出てくんなってばよ!!サスケ!!」
「手を離しやがれ!!ウスラトンカチ!!出れねぇだろうが!!」
「だからー!!まだ出てくんなって!!」
「意味が分からねぇ!それよりてめーはどう思ったのか吐きやがれ!!」
大の男二人に力いっぱい押して引かれてガラス戸は文字通りたわみながら悲鳴をあげる。
「言うから、言うから!!サスケっ!!オレ腕痛いんだってば!!」
「本当だろうな!」
「男に二言はねぇってばよ!!」
ナルトの怪我を思い出したサスケは渋々ながらも、ガラス戸から手を離した。
「手ぇ離したぞ」
サスケはじっとナルトの言葉を待つ。スーっと大きく息を吸う気配が感じられた。
そして、
「サスケってば慣れ過ぎてて、何か良く分かんねぇけど、すっげーショックだったってばよ!!これでいーだろ?!」
ナルトはそう言葉を叩きつけると、まさに脱兎の如くその場から走り去った。
ドタバタと遠ざかっていく足音を呆然と聞きながら、お前本当に忍か?とそう思わずにはいられないサスケである。
(本当に変わらねぇ)
頑固で我儘で、でも真っすぐで。そんなサスケの想い人は負けず嫌いの意地っ張りでもあったのだ。
慣れ過ぎていてショックであったのか、それとも良く分からないがショックであったと捉えるべきかなのか。
サスケは彼の慌てぶりから前者であったと思うことにする。
「このウスラトンカチが・・・」
そう呟く口元にはしっかりと笑みが浮かべられていたのだった。





することも精神的にも大人サスナルってことで///
ようやくこれから本題に入ります。なんか長い前振りでスミマセン。
強気なナルトLOVEです。
肉体的にはサスケ×ナルトしかありえないんですが、精神的には攻×攻くらいが理想です。これも高年齢設定がなせる技でしょうか(笑






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