†††春情遊戯†††



「よーし、今日は任務も早く終わったし明日も休みだしね。今日の修業は趣向を変えてみようか。なに、ちょっとしたお遊びだよ」
木葉の里、特別上忍現第七班隊長はたけカカシは、まだサンサンと太陽の光降り注ぐ中、部下の顔一人一人をその長身を心持ち屈めて覗き込むとにこやかにそうのたまった。
「「えー今から-?!」」
それを聞いた部下達の顔から一瞬色が消え、直ぐさま可愛いらしいサクラの声と、いつもであれば修業、修業と喜び勇んでカカシに纏わり付くナルトの声までが解散場所とばかり思っていた演習場にこだました。サスケはというと苦虫を潰したような顔で舌打ちである。
別に彼等が修業に対して不熱心であるというわけではなく、それを言うなればナルトやサスケに関してはガイ 班ロック・リーまでとはいかずとも己の信念に従って日夜ストイックに修業に励んでいる。
ならば何故そんな二人がカカシの言葉に難色を示したかというと。
「カカシ先生、これから修業ってあたしたち1週間の長期任務から帰って来たばっかりなのよ?しかもみっちり肉体重労働の!」
サスケの反応を見逃さなかったサクラは味方はいるとばかりにカカシに抗議した。
確かにこの上司からこの時間帯に手ほどきを受けるのは大歓迎だと普段の自分であればそう思っただろう。しかしである、この一癖もニ癖もある男が何故このタイミングでそんな提案をしたのかがサクラは気になりながらも断固として知りたくなかった。そんなサクラの思惑は無下にも次のカカシの一言で一蹴されてしまうのだが。
「今だからこれからする修業が楽チンなんだよ。こんな時じゃなかったら丸二日はかかるゲームだからなぁ」
相変わらずニコニコとカカシは聞き捨てならない事をさらりと口にした。
「それって楽チンなのはカカシ先生だけだってばよ!!」
「ハハハ、バレたか」
「「ハハハじゃない(ってば)!!」」
要するに体力限界まで××××しましょうってことだろう。
「で、具体的に何をするんだよ」
ナルトとサクラの後ろで腕を組んで3人のやり取りを眺めていたサスケがいつまでも続きそうな掛け合いに終止符を打った。
「そうそう、至って簡単誰でも知ってる鬼ごっこ」
「「鬼ごっこおおぉ?」」
面白いくらいに同じ反応をするナルトとサクラをカカシはうんと1つ頷いて見せると、後ろで呆れた顔をしたサスケに苦笑しながらもルールの説明をし始めた。
「鬼ごっこは皆知ってるな。鬼になった人が参加している人を捕まえる。捕まった人は鬼になってまた誰かを捕まえる」
「えー、まさかそれをずっと繰り返すつもりなの?」
他の二人よりも体力のないサクラがやはり浮かない顔でカカシに詰め寄った。
「そこまでオレも鬼じゃないよ。一人捕まったら終わり」
「それだったら丸二日もかかんねぇってばよ」
「そおよねぇ。しかも1回で終わりなんだったら鬼は一人に絞って追い掛ければ結構早く決着はついちゃうんじゃないかしら」
「どうせただの鬼ごっこじゃねぇんだろ」
サスケの言葉にカカシは目を細めると勿論と、それは楽しそうに口を開いた。
「サスケの言う通り、これはただの鬼ごっこじゃないぞぉ。皆鬼だからな」
それはもはや鬼ごっこではないのでは?と疑問をもたずにはいられない3人の前で彼らの上司はやはり嬉々としてルールの説明の続きをするのだった。




しんと静まり返った森の中、日も傾き早くも辺り一体を闇が覆い始めた。
その中を音も立てずにサスケは木岐の間を抜ける。時おり小動物の立てる音に反応はするものの、特に何事もなかったようにその小さな体は進んでいく。どこかのウスラトンカチは小動物と気配を消した人間との区別も咄嗟には判じ兼ねるようで、次こそはとサスケは己にいい聞かせる。
(もうすぐ捕まえてやるよ)
サスケは口元を心持ち上げ笑みの形を作った。
くだらないと思っていたカカシ案のこのゲームに自分は驚く程没頭している。
ナルトとはこの数刻の間に3度程出くわしていたが、今だゲームは終了していなかった。
1度目は存外すばしっこいナルトに後もう少しというところで逃げられたのと、2度目3度目はサクラに邪魔されたのである。
(この辺りにサクラはいねぇな)
サスケは一度手頃な枝で止まってサクラのチャクラを探る為に神経を尖らせる。スリーマンセル紅一点の彼女はその辺りの能力は秀でていて、はっきり言ってナルトの比ではない。ターゲットを追いつつも、また自分も追われる身。実習に変わりはないがより実践に近い演習ともいえた。
カカシの言った言葉をサスケは反芻する。
”今はまだお前達の任務は闇雲にターゲットを捕獲するだの、護衛をするって、まぁ単純っちゃあ単純な任務なわけだ。まだまだ先の話しだろうがBランクAランクって任務になってくるとターゲットを狙いつつ、それを阻止する集団とも渡り合わなきゃならない。そこで今回のゲームがなかなか役に立つんだな”
そんな訳でサクラはサスケを追い、サスケはナルトを追い、そしてナルトはサクラを追っている。だから全員鬼で全員が鬼でない。確かに疲れていない日なら、この奇妙な攻防も中々終わらないに違いない。疲れがピークな状態であるからこそ勝負を賭けるタイミングが早まり、そしてミスを誘発しやすくなる。さらに互いの行動範囲は狭くなるのは分かりきっている事なので、敵の気配から強いられる緊張感も体力が消耗しているときは適切な判断をやはり狂わせる。隙を見せることはこのゲームの終了を意味した。
その時微かにだが人の気配を感じた。
(いた―――――)
細心の注意を払ってサスケはまだ先にあるターゲットとの距離を詰めた。調度良い具合にあちらはサスケに背を向けている。夜目にも目立つ金髪を隠すこともせずそれはしきりに何かを伺っているようだった。
(サクラがいるのか?)
サスケは一度足を留め木々に隠れるようにして地面に片膝を付けているナルトの先を見定めた。一瞬だが桜色が見えたような気がしてサスケは対角線上にするりと移動する。
間違いない。サクラだ。
(ここでナルトがサクラを捕まえれば、ゲーム終了だな)
それは何がなんでも阻止しなければならない。負けはせずとも勝たなければ意味がないのだ。
そこでサスケはふと違和感に気付く。このカカシが提案したゲームの趣旨を。かなり提案者同様捩曲げられてはいるがこれは鬼ごっこだ。
(・・・そーゆうことかよ)
サスケは片方の唇を押し上げた。間違ってはいけない。これは鬼ごっこだ。鬼はひたすら追い掛けるのみ。
獲物を伺っている暇などありはしないのである。
ならばこれは―――――。
サスケはぐんと一気に距離をつめるとそれに向かって声をかけた。
「よぉ。ウスラトンカチ」
「サ、サスケっ?!」
素早く立ち上がったナルトは間合いを計るように大きく後ろに飛んだ。着地と同時に一度チラリとサクラがいる方向に目を向ける。
「よそ見してる暇なんてないぜ」
一瞬の隙をついてサスケは忍具に入れていた手を引き出し、手裏剣をナルト目掛けて投げ付けた。サスケの両手から放たれた手裏剣はナルトを含め近くの木々をも巻き込んで閃光の後を残しながら飛んでいく。超低量強化鉄線付きの手裏剣だ。
それらは一度大きく湾曲すると複雑に絡み合って標的を近くの樹木に縛り付けた。
「クソっ」
途端に身動きの取れなくなったナルトはきっとサスケを睨み付け毒づく。無理に引き契ろうとすれば極細の鉄線が肌に食い込みさぞ痛いことだろう。
サスケはぶざまに縛り付けられているナルトの所までゆっくり歩を進めた。
手を伸ばせば触れられる距離だ。
サスケは歩みを止める。
その時、先程と一変してナルトがニコリとサスケに向けて微笑んだ。この状況に似つかわしくない上に、一度としてそれはサスケに向けられたことのない笑顔だった。それは偽りであると分かっていても条件反射のようにサスケの鼓動はドクンと一度大きく跳ねる。
しかしサスケは右手に残されていた1本の鉄線を迷いもなく引いた。
間髪入れずに彼の背後で素っ頓狂な悲鳴が上がる。
「バレバレだ」
「何でバレたのぉ」
恨めしげな声と同時にナルトだったものがぼふんと煙りをあげて跡形もなく消えた。
後ろを振り向くとやはり縛り付けられた子供が一人。しかしそれは桜色の髪をした少女の姿をしていた。
「やっぱりそっちが本体か」
「全部お見通しってわけね」
サクラは拗ねたように呟くとがっくりと項垂れた。
サスケ君なら引っ掛かると思ったのになぁとサクラはさらに付け足す。
どこが敗因になったのかが分からなかった。サスケのターゲットに変化することによって彼をおびき寄せ、ナルトであると信憑性を持たせるためにターゲットである自分を狙うナルトを演出した。さらに駄目押しで近付くサスケに気取られた時の為にナルトは分身が変化し、自分はそのまま自分を演じた。
「サスケ君もしかして最初から気付いてた?」
「ああ、放っておいても良かったけどな。修業にならねぇ」
「あーあ。私がサスケ君を捕まえれると思ったのに。私がナルトに変化けてるってどこで分かったの?」
サクラは解せないとでも言うようにサスケに向かって問い掛けた。
「サクラ。これは鬼ごっこだ。伺ってる暇なんかねぇ。結構長くあそこで待ってたんだろう?落ち葉が頭にのってたぜ」
「ウソォ」
普段なら絶対に気付くだろうに、ナルトに変化していた為気付かなかったようだ。あのつんつん頭に絡まったんだろう。
「もう、行く。お前はナルトと違って縄抜け出来るだろ」
サスケは一言言い残すと、サクラをそのままに駆け出した。
遠ざかっていくサスケの耳に後ろからサクラの非難の声が聞こえたが、振り向くことはせず、駆けながらナルトの気配を探る。
(チャンスは今だな)
サクラを足止めしている今が絶好の機会といえた。
広く薄暗い森の中をサスケは飛ぶように駆ける。ぐんぐんと後退していく木々の緑も、それらの隙間から垣間見える真っ赤な夕日もサスケの気分を高揚させた。
(後少しでこのゲームが終わる)
彼は確信していた。自分が取り逃すこと等ありえないとでもいうように。
自分がナルトの鬼でなくたって、あんなにも自由で真っすぐな彼を自分以外が捕まえられるはずがないんだと、心に思いながら微かに感じた気配目指してひた駆ける。
(動揺しやがったか)
先程の自分とサクラの攻防にも気付いているハズだった。どうやっても自分達は遠く離れることが出来ない。ならばナルトは今サスケから逃げる為に全力でその場から離れていることだろう。
しかし、あの負けず嫌いなナルトの事、何がなんでも勝ちたいハズだ。すぐにサクラの元に戻ってくるに違いない。そうサスケは結論付け特に気遣ってもいなかったチャクラを徐々に弱めていった。これで自分が遠ざかっていったと勘違いすればいい。
一転して進行方向を変えるとサクラを残して来た場所に向かって走り出す。勿論先程とは違う順路を選んで。足止めしたとはいえ時間に余裕があるわけではない。邪魔をされては元もこもないのだ。出来るだけ早く決着を付けたかった。
早く捕まえなければと、頭の片隅で思う。
サスケはナルトの事を好いていた。友を思うように何の見返もなく、兄弟を思うように自然に心寄せていた。だから自分はナルトの事が好きなのだろうとサスケは思う。それはドラマのように激しく狂おしいものではなかったが、ただ彼の傍は居心地が良かった。そこにいるだけでいい。
だから捕まえる。
サスケは手近な木の幹に飛び上がり音もなく着地した。
散々サスケに追い回されて勉強したのかナルトの気配は全くしなかった。しかし、
(見つけた)
少し呆れ気味にサスケは嘆息する。せっかく見事に気配を消しているのに己の放つ極彩色には無頓着らしい。いや只の目立ちたがりか。普段は良くとも任務の時は気をつけるよう助言しなければと心に留めておく。お節介とは分かっているが、スリーマンセルを組んでいる以上任務遂行は絶対なのだ。言い直せば心配という言葉がすんなり出てきそうになるのだが、サスケの一言に十も二十も心底嫌そうな顔して反論してくるのは分かりきっているからやはり自分は素直にはなれないんだろう。
サスケは一呼吸おいてからナルト目掛けて駆け出した。





春情遊戯_2→
閉じる