†††春情遊戯†††



物凄い勢いで一気に自分目掛けて迫ってくるチャクラにナルトは瞬時に踵を返した。
(クッソ、サスケの奴何で気付いたんだってばよ!)
ナルトは狭い木々の間を抜けながら心の中で毒づいた。気配はきちんと消せていたはずで、なのに見つかるだなんてどーゆう眼をしてやがんだと、喚きたいのを必死で堪えてとにかく足を動かすことに集中する。
(後もうちょっとだったのにサクラちゃん)
自分とそう遠くない所で二人がやり合っているのは感じとれていた。近くまでいって様子を伺えばいいのか悩んだが、聡いサスケに気付かれるだろう事に用心してその場は引いた。放っておいたとしてもサクラが捕まえるか、サスケが逃げ切るかのどちらかで、どっちにしろ自分は負けにはならない。負けにはならないが勿論勝ったことにもならない。それはナルトの信条に大いに反する。
それでも一度後退したのはどこかでサスケが捕まるはずがないと思っていたからで、サクラには悪いがきっと奴は逃げ切ってしまうに違いないと半ば確信めいたものがナルトにはあったからだ。
それはやはり的中したようでその後サスケのチャクラだけが遠ざかっていくのが分かった。自分にしては多分に用心して戻って来たつもりだったが、
(もうこーなったら、逃げて逃げて逃げ切ってやるってばよ!)
自分とサスケの体力を考えてナルトはさらにスピードを上げた。負けるわけにはいかない、断じてサスケにだけは!
ゲームを始める直前にカカシの言った言葉がナルトの頭に甦る。今となっては呪いのようだ。
『あ、お前らがやる気出るように1つ追加ね。捕まった奴は鬼の言うことを何でも1つきく事。まぁ罰ゲームみたいなもんだな』
あの時自分は何と言っただろうか。ガッツポーズなんぞを決めていたのではなかろうか。ああ、今はそれどこじゃない。距離は縮められてはいないけれど、一気に引き離さなければ形勢はいつでも逆転してしまうものなのだ。
(サクラちゃんならともかく誰がサスケの言うことなんてきくかってばよ!!)
そうだ、諦めてはいけない。ナルトはサクラにあれもこれもお願いしたいことが沢山あって、そこから1つにしぼるなんてどれ程困難な事だろうか。しかしそれさえきっと自分は楽しいと思ってしまうに違いない。それを果たさずしてサスケの言いなりになんてなってたまるかである。
俄然やる気を出したナルトの気を削ぐように、後方よりクナイが1本、2本と立て続けにナルトの足元を狙いさだめたように地面へと突き刺さった。
「あっぶねぇってばよ、サスケェ!!」
ぎりぎりの所で避けて思わずサスケに向かって叫んでしまったナルトである。確かに忍具を使ってはいけないというルールはない。これがカカシの言った任務遂行の為の実習演習と言うなれば使えるものは何でも使ってしかるべきでターゲットを捕獲しなければならないだろう。それでも思わず悲鳴を上げてしまったのは、ナルトのふくらはぎを狙って投げられたクナイは服一枚分だけを裂いていて、ナルトが避けなければざっくりいっただろうことと、その的確さから、なみなみならぬサスケの勝負に対する意気込みを感じたからで。
(マジだ)
咄嗟にナルトはそう思う。
一瞬怯んだ所をさらに数本のクナイがナルトの足元を襲って来た。
やはりナルトの足を止めようとプレッシャーを与える実に歪んだやり方である。しかしそうそう当たっていては忍びの名が廃るというものだ。難無くそれをかわした所でまさに殺気漂う攻撃が背後から感じとれた。今度は足元ではなく後頭部から背中にかけての範囲にクナイと手裏剣が襲い掛かる。
当たったと思った瞬間ナルトの体は丸太に変わりサスケの手から離れた忍具らはそれに所狭しと突き刺さると、そのまま地面に転がった。
「どこ狙ってんだってばよ!!バカサスケェ!!」
ナルトはサスケに向かって一声かけると得意げに口元に笑みを作った。
あれだけのクナイを投げたのだ、避けるナルトよりも断然サスケの方が予備動作も多くスピードも降下したはずだ。今のうちに引き離す!
ナルトは避けた反動を利用して近くの木に飛び上がった。とその瞬間己の眼に映った1つの硬質な物体を捕らえて思わず眼を見張った。
「起爆札っ?!」
偶然のはずがない。クナイに細紐で結び付けられたそれはナルトに認められたと同時に黒煙と炎を吹き出し爆破した。
ドウンとやや小さめの破裂音と、ギャーと叫ぶナルトの声が静かなはずの森に似つかわしくなく響く。見事その爆風に吹っ飛ばされたナルトは襲い掛かる小石や小枝のつぶてを両手を顔の前で交差させて防いだ。
次に来るだろう衝撃に備えて受け身だけは取れるようにと体を丸めていたナルトだったが、衝撃はあったものの、ナルトの思っていたような痛いものではなく、認めたくはなかったが現状としてナルトはサスケを下敷きにして仰向けになっていた。
「ゲームセットだな、ウスラトンカチ」
「がーっ!!ありえねぇってばよ!!」
己の下から聞こえてくるのは勝ち誇った感のある、ナルトからしてみればエラソーとしか思えないサスケの声だった。ああ、きっと今こいつは滅多に見せない、いや自分に対してはなかなかの頻度で見せるあの厭味ったらしい笑みをしているに違いない。ナルトは半ば悔しさを紛らわせる為に下敷きにしている物体などお構いなしでのたうちまわった。
「オレの上で暴れんじゃねぇ。ドベ」
「ぬぁにをおぉ!!てめーサスケ!これで勝ったなんて思うなってばよ!!こんなのたまたまだからな!!」
「フン。たまたまかよ。お前、咄嗟に避けるときに右に行く癖直しとけよ」
「な、何言ってんだってばよ。オレそんな癖ねぇもの」
「バカが。後ろからの攻撃ってのは予測がつかねぇぶん癖に頼りがちになんだ。現にてめーは右にしか避けてねぇだろが」
「ああー!だからサスケってばオレが身代わりの術使って避けた先に起爆札仕掛けてたのかってばよ!汚ったねぇ!卑怯だってばよサスケェ!!」
「あぁ?てめー自分が忍だって自覚はねぇのかよ。汚ねぇもクソもねぇ。勝ちは勝ちだ」
「クソは言ってねぇってばよ!ぐぁームカツクぅ!!」
「・・・」
己の失態をつかれて尚更悔しさが込み上げてきたナルトはやはりサスケの腹の上でのたうち回るのだった。
「オレから逃げられるわけねぇだろ、ウスラトンカチ」
「何をぉ!!次は絶対ぇ逃げ切ってやるってばよ!!それかオレが鬼になってテメーを捕まえてやるっ!!」
ナルトはガバっと起き上がると、両足を投げ出して上半身を起こしているサスケに向かって宣言する。勿論人差し指を寸分違わずサスケの顔に突き付けることは忘れない。
サスケは一瞬ナルトの知らない妙な顔をすると、やはりいつものように片方の唇だけ器用に吊り上げて笑みを浮かべた。
「捕まえられるもんなら捕まえてみろよ。生半可な気持ちじゃ返り討ちにあうぜ」
「バカサスケ。オレってば諦めねぇ男なんだってばよ。覚悟しとけよ!」
「フン。その前にテメーにはやらねぇといけねぇことがあんだろ、罰ゲームだウスラトンカチ」
「げっ、そうだったってばよ・・・」
サスケはニヤリとナルトに向かって笑って見せた。それは最近ナルトがよく見かけるもので、たいていそれを見るときは自分にとって面白くない出来事が起こっているのだ。
でも、とナルトは思う。
(ムカツクけど、何考えてんのか分かんねぇ顔されてるより、こっちの方がいいってばよ。ムカツクことには変わりねぇけど)
「てめーに出来そうなことなんざ限られてるからな。考えるのも一苦労だぜ」
「ぐあーやっぱてめーって奴はムカツクってばよ!!めんどくせぇんだったら考えんなバカ!」
「自分が可愛いかったら口を慎めよ、ウスラトンカチ。オレは気が長い方じゃねぇ」
「な、何だってばよ、そのオレに逆らうな的な発言はっ」
「当たり前だろーが。てめーはオレに捕まって負けたんだからな。とりあえず起きろ。戻るぞ」
サスケは立ち上がるとナルトに向かって手を差し延べた。暗くて表情はわかりにくくてどこがとははっきり言えないのだけれど、何だかその瞳の色と手の平はサスケらしくなくて、でもその温かさは何故だか心地良かった。



「サスケがナルトを捕まえてゲーム終了かぁ。まぁそんなもんでしょ」
もはやトレードマークになりつつあるカカシ愛読『イチャイチャパラダイス』を右手に彼等の上司は半ば想定内であるかのようにそう言った。
それに間髪入れずに反論するのは、今回の敗者ナルト。
「次はオレが勝つってばよカカシ先生!!」
「うんうん。向上心があるのは良いことだぞナルト」
カカシは空いている手の方でナルトの頭をポンポンと叩いた。
「あーあ、せっかくサスケ君と1日デートしてもらおうと思ってたのに」
結局縄抜けに手間取ったサクラはサスケとナルトの決着が着くまで足止めをくらい、漸く動けるようになった頃に戻る途中の二人に出くわして今に至る。
「オレもサクラちゃんにデートしてもらおうと思ってたってばよー」
ぶーたれる二人を余所にカカシは今回のゲームのお浚いを始めた。。
「お前らも途中で気付いたと思うが、このゲームのルールはは誰が勝っても負けても仕方がないようになってる。ジャンケンみたいなもんだな。勿論能力がなるべく均等でなければ成立しないわけだが、オレはこの中で誰かが特別に秀でているとか劣っているとは思わない」
「でもカカシ先生。やっぱりサスケ君は特別だと思うわ」
その台詞を聞いてナルトはギンとサスケを睨み付けた。ただのやっかみだと分かってはいるがやはりサスケだけがサクラに賛辞されるのは面白くないナルトである。
「そんなことないぞー、サクラ。確かにサスケにはセンスと技術はあるが、ナルトみたいに底無しのチャクラがあるわけじゃない。それにサクラには飛び抜けた頭脳がある。皆感じただろうけど、追い掛けてくる相手には随分苦労させられたと思うよ。なぁサスケ」
「ああ」
サスケの返答に気を良くしたカカシはサクラを覗き込み頷いて見せる。
「そこでだ。じゃあ何が勝敗を決める手立てになるか分かるか?ナルト」
「うーん。皆同じだけの強さだとしたら決着は着かないってばよ。運とかー?」
サスケには是非とも運で勝ち取れた勝利であると思いたいナルトは、存外適当に返答した。
「サスケ君が運のわけないでしょ、ナルト!」
「まぁ確かに運だったり地形の利とかは関係してくるけどここはお前らも詳しいところだろう。他に思い当たることはないか?」
そうよねぇとサクラは小さくつぶやくと、軽く腕を組んだ 。
「じゃあいったい何なんだってばよ?」
全く分からないというナルトに、何となく気付いているサクラ、心当たりのあるサスケ。
それぞれの思惑を余所にカカシは答えを口にする。
「それはだなー、気持ちだよ」
カカシは自分と向かい合わせに立つ三人の顔をさっと見回すとそう言った。
「結局はターゲットに対する意気込みが任務遂行の鍵になる。だから今回勝った人には得点付きなんて、お前らにやる気を出させるまぁ分かりやすいルールにしてみたんだが、見事ハマったのはサスケだったな」
カカシの言葉にサスケは苦虫を潰したような顔をすると小さく運だろ、と呟いた。あえてここで話しをまぜ返すようなことはしないようだ。
「サスケてめー、オレにそこまでしてやって貰いたいことって何なんだってばよ?!」
「うるせぇ。運だっつってるだろ」
またいつもの小競り合いが始まりそうな処でカカシが口を挟む。
「疲れてる時に止めなさいね二人とも。で、サスケはナルトに何をやってもらう?言っとくけどR指定ものは厳禁だからなー、ってまだ分かんないか」
テヘっと続いたカカシに、いつもであれば氷よりも冷たい視線を寄越すサスケだったがやはり幾分か機嫌は良いようで、
「それくらい分かる」
そうさらりと言ってのけた。
「そうそう、R指定ってのは・・・ん?」
「オレはてめーと違ってそんな本の愛読者じゃねぇ。誰がそんな変態じみたことさせるかよ。オレは、」
「おーい、サスケ?」
「何だ」
「いや、お前が実は凄く喜んでるのが分かったよ」
「ああ?」
上司に対するとはとても思えない態度でサスケはまだまだ上にあるカカシの顔を睨みつけた。
「サ、サスケ君もあの本読んでるの?」
カカシとサスケのやり取りを聞いていたサクラが堪らず問い掛ける。彼に恋心を抱く彼女としては是が非でも突き止めたい処なのだろう。
「その前にR指定ってなんだってばよ?」
「オレはそんな本読んでねぇ」
「R指定ってのはー」
「でもさっき内容を知ってるっぽかったわよ?」
しつこく食い下がるサクラに嘆息すると、嬉々としてナルトにR指定を説明しようとしているカカシを顎でしゃくり、
「読まなくても奴を見てれば想像くらいつくだろ」
この話題はこれで終わりとばかりにサスケは話しを締め括った。
「年齢制限みたいなもんだな」
「ふーん。じゃあそのカカシ先生がいつも読んでるのもR指定?」
「そ。しかもこれはイチャパラ外伝スペシャル仕様の為、なんと20禁だったりする訳だ」
「このクサレ上忍が。自慢げにいうことじゃねぇだろーが」
20禁?と首を捻るナルトにサスケは二十歳未満禁止だ、と早口で言った。
「サスケは何だかこの辺の話題に詳しそうだね」
「てめーと一緒にするんじゃねぇ」
「もーR指定でも20禁でもいーから早く何をすればいーか言えってばよっ」
なかなか進まない話に痺れを切らしたナルトが二人に向かって喚く。
サスケの事だから嫌がらせのような無理難題は振ってはこないだろうが、それでも普段の己の行いを自覚しているナルトとしては若干の報復は覚悟しているのだ。
嫌なことは早く済むに越したことはない。
「早まるな、ナルトー」
「誰が頼むかっ!」
すかさずカカシとサスケが意味も分らず投げやりに物を言うナルトを諌めた。
「で、結局サスケ君は何をしてもらうの?」
永遠と続きそうなやり取りを終わらせる為に今度はサクラが口を挟む。
子供返りした大人と、大人じみた子供と、まるっきし子供が集まると収拾がつかないことをを、下忍になった短い間でサクラは悟っていた。
「そうそう、で、どーすんの?サスケ」
「早く言えってばよ」
三人が揃ってサスケに視線を向ける。
サスケは特に気負った風もなく、しかし既に決まっていたらしい言葉を口にした。
「家の掃除をやってくれ」
「「掃除ー?!」
「ほほぅ」
ナルトとサクラはさも意外そうに、カカシはどこか含んだ感のある頷きをしてみせた。
「そんなことでいいのかってばよ?オレってばてっきり一日術の実験台とか、技の掛けられ放題とか想像してたってばよ」
ナルトは安堵したように言葉を吐いた。どうしてサスケって奴は部屋を汚くしているようには思えない。己の部屋を納得がいくまで掃除をしようものならば、2,3日はかかりそうなものだが、サスケの部屋ならば1日で、いやもしかしたら半日で済むかもしれない。
そんな楽観的に考えていたナルトをカカシの一言が不安を煽った。
「またサスケも思い切ったことを。それはちょっと拘束しすぎじゃない?」
「何でもって言っただろ」
「まぁそうだけどね。ナルト、がんばれよ。先生のことは恨むんじゃないよ」
「カ、カカシ先生?」
ナルトは訳がわからず、二人を交互に見比べる。
だって、たかが部屋の掃除だろう?今までだって任務で何度となくこなしてきた類のものだ。今さら何を覚悟しろというのだ、たかだか下忍一人の部屋ごときで部屋ごときで・・・家って言ったか?
「ちょっと待て、サスケん家ってっ」
「稀に見る大豪邸だぞー。ナルトはサスケん家に行った事はなかったか?」
「え?サスケ君の家って、あのうちはのお屋敷の方の?」
「そうそう。だから気合入れてやれよ、ナルト」
「そーゆうワケだ、ウスラトンカチ」
無情にもナルトには救いの手は伸ばされず、満場一致(本人除く)でカカシ案鬼ごっこの罰ゲームは決まった。
この後、ナルトの盛大な喚き声が薄暗闇の中木霊したのは言うまでもない。
そして次の日からナルトのお通い掃除婦が数週間続くわけだが、そこで起こる己の危機、もといサスケの奮闘など今のナルトには知る由もなかった。




続きます。
次の舞台はうちは邸。






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