†††春情遊戯†††



片足を豪快に布団からはみ出させ、幼い寝顔をさらしているナルトを見下ろしたサスケは小さく嘆息する。毎度の事ながらこれがスリーマンセルを組む仲間であるとはなんとも情けないことだ。
お前は本当にそれでも忍か?と、ここ数日で何度思ったか分からないくらい同じことをサスケはまた思う。しかしその後に思うこともまた同じであるのはそれはそれで情けないことではあったのだが。
まるで自分の家のようにすやすやと眠るナルトを、サスケは何とも小動物を愛でるような心地で眺めてしまって小さく被りを振った。
(なに和んでんだオレは)
「おい、起きろ」
気の迷いを振り切るようにしてサスケは、かろうじてナルトの体を覆っている布団を剥ぎにかかる。無くなった布団を探すようにゴロンと寝返ってサスケに背を見せたナルトに、
「お前はいつまで寝てる気だ」
と、若干怒気を含ませ肩を揺すった。
「・・・うーん・・・」
「飯だ」
「わかってるってばよー・・・」
まだ夢心地のナルトであったが飯という言葉に反応したようで、のそりと半身を起こした。
「起きたか」
ふぁーと続く大きな欠伸を待ってから、サスケは少し屈むとナルトのこめかみに唇を落とす。
「おはようってばよ・・・」
寝起きの掠れた声でそれに返して、ナルトは目をこすった。
最近のうちは邸の朝はこのように朝食の用意が出来る頃合いを見計らって、サスケがナルトを起こしに来るというのが日課になっていた。
お通い清掃員から住み込み清掃員へと昇格したナルトは毎朝サスケのキスで起こされては、サスケの用意した朝食を食べて任務へと出発する。意地の張り合い等等から反発し合っていたとは思えない今の現況を振り返って、慣れとは怖いものだとサスケは思う。
しかし、サスケの唇がナルトのこめかみであったり額であったり、それこそ頬や唇であってもナルトは嫌がるそぶりを見せず、反対に猫のように目を細めてくすぐったそうに笑うものだから、つい事に及んでしまうサスケだった。
そんなナルトのようやく見慣れてきたその表情をサスケはとても好いていた。
布団の上でやはりくすぐったそうに笑うナルトを見おろして、腰を上げようとしたサスケのTシャツがナルトの弱い力で掴まれた。寝起きで力が入らないのだろう。
サスケは何だ?と目でうながすと、伸び上がったナルトに唇の端にキスを一つされる。派手な音を立ててなされたそれにサスケの眉間にシワが寄った。
「ガキくせぇ」
「可愛くてサスケちゃんにはお似合いだってばよ」
「てめー、んなこと言って簡単に朝飯にありつけると思うなよ」
「ひでー。オレってばサスケにもして欲しいからやっただけなのに」
「誰がするか」
冷やかな口調ながらもさっと頬に朱を走らせたサスケを見てニシシとナルトは笑い、本格的に起き出すために布団をあげる。
サスケより遅く起き出すナルトが布団を片し、サスケが寝床を用意する、その役割は当初より変わらないのだが、最近ナルトはこの布団の上げ下げが面倒だと愚痴る。もちろん下げは自分がしているので実際ナルトの負担は上げだけなのだが。
しかし朝一番の労働を省きたいのは分らなくもない。正直、毎夜の寝床の用意も今までベッドで休んでいたサスケからしたらめんどくせぇの一言につきた。朝は尚更だろうことも分かる。
要は寝所をベッドにすればいいだけの話なのだ。しかし、
「なぁなぁ。やっぱりさー、サスケの部屋で寝ようってばよー。サスケも布団敷くのめんどくせぇだろ?ベッド楽じゃんベッドー」
「オレはめんどくさくねぇ」
ぶーたれるナルトにサスケは先ほど自分が思っていた事と真逆のことを口にする。理由はなくはない。ただ言う気は全くなかった。今となっては多分知れたら初めてナルトに口付けてしまった時よりも気まずいに違いない。
「別にオレ落ちたりしねぇってばよ」
「オレの方が早く起きんだ。そしたらてめーは壁側だろうが。オレが蹴落とされる」
ちぇーとナルトは唇を尖らせると、最後に枕を押入れに投げいれ襖を閉める。自分の寝相の悪さは自覚があるようだ。
ダラダラとナルトの愚痴を聞いていたら結構な時間が経ってしまっていたようで、座卓に並べてきた湯気を立てるご飯と味噌汁を思い出し、サスケは仮の寝所を後にするのだった。



不規則に光る雨戸の隙間を眺めてサスケは横に眠る、いや起きているであろうナルトに意識を向けた。
外は夕方から降り始め、今だ一向にやむ気配のない雨が降り続いている。うるさくも雨のつぶてが雨戸をしつこく叩き、そして風がそれらを揺するようでサスケの眠気はその騒音でもって訪れてくれない。
だから最初はナルトもそれで眠れないのであろうと思っていた。
サスケに背を向けるようにして丸くなるナルトは先程から微かなのだけれど体を強張らせる。それは光の後に続く怒号のように雷鳴が轟いたとき感じられるものだった。だから、
「カミナリ、嫌いなのか?」
と暗闇の中サスケは余り深く考えずに問い掛けた。
眠れないのは自分も同じで、ならばたまにはこうやって眠気が訪れるまで話すのも悪くないと珍しく思ったのと、問いはしたが確信していたナルトの事情とで、サスケは彼の気が紛れるだろう程度の気持ちで話しかけたのだった。
サスケのその言葉に意外な程ナルトは体を一度びくりと震わせた。
「・・・・あんま好きくねぇ」
少しの沈黙の後、ナルトの素直なような、しかし意地を張っているようでもある応えをサスケに返す。
「綺麗なのに勿体ねぇな」
「かもしんねぇけど、何か苦手だってばよ」
ナルトの苦手なものと言えば怒ったサクラか野菜くらいであろうと思っていたけれど、どうやら本気で嫌っているようで。サスケは無性にその理由を知りたくなった。
光と音の間隔が短くなってきていることからナルトを脅かす雷雲はゆっくり近付いてきている。一つどこかに落ちる度に、大きな轟音となってゆくそれに反応するナルトが何だか哀れであり、愛しくもあり、嫌いなものに理由などないのかもしれないけれど、やはりその小さな体を震わす理由を知りたいと思うのだ。
サスケは一呼吸してから自分に背を見せるナルトを後ろから引き寄せた。ナルトの腹の上で両手を組むようにして、彼が逃げないように力を込める。
「サ、サスケ?」
戸惑ったようなナルトの声が自分を呼び、慣れないあから様な接触にサスケの腕の中で身じろぎした。その小さな抵抗もサスケは更に腕の力を入れることで押さえ付ける。
ちょうどサスケの口元にあったナルトのうなじに一つ口付け、
「怖いんだろ?」
彼が怒るだろう言葉を口にした。
「怖いわけねぇだろ・・・・・!」
認めてしまえばいいのにとサスケは思う。そうすれば自分は似合わないのは承知の上で優しい言葉だって、慰めるようなキスだって、それこそいくらでもしてやるのに。
「嘘付け」
「嘘じゃねぇってばよ」
言葉では否定しながらもナルトはサスケの腕の中で抵抗もせずじっとおさまっている。不安である時のあたたかさが心地良いことはサスケにも記憶にあることだ。
そしてまた光が室内を走り、それを追うように轟音が続く。またナルトの体が小さく震えた。
サスケは猛烈に優しくしてやりたい気分に駆られる。
「怖くねぇんだったら何で苦手なんだ?」
自分でも驚くほど優しい声になっていたように思う。
それを紛らわせるように、ナルトの洗いたてでふわふわと奔放に跳ねる髪に額を擦り付けた。良い香りがして、やっぱりこいつのことが好きだなと思う。
組んでいた両手を解き、傍にあった彼の手に自分手の平を重ねた。
「・・・・・・お前、腹でも痛てぇのか?」
サスケの手に重ねられたナルトの両手は腹部を押さえるようにしてあったものだから、サスケはその手を握り込むようにしてそう問い掛けた。強張っていたナルトの手から力が抜かれたようだ。
「痛いわけじゃねぇってばよ」
「じゃあ何で押さえてたんだよ」
自分の弱みを口にするのは憚れるのだろうが、引く気のないサスケの様子にナルトは逡巡するように押し黙った後、大きく溜息を吐いた。
「だってさ・・・・・・取られるって言うだろ」
言いにくそうにナルトはサスケにだけ聞こえるような声でそう言った。
「何を」
この奇妙な共同生活をナルトとしている上で、良くしゃべる割に重要な部分を省くナルトにサスケは比較的早い段階で見切りを付けた。言葉少ない自分も違う意味で同じであると思ったからというのもあるが、大半はナルトの語彙の乏しさであったり、文法を無視した思いつきの限りを口にする癖であったりするのだが。
だから余計なことは言わず自分の聞きたいことだけをサスケは口にする。
「だから臍を取られるって」
「臍・・・?」
「うん。取られたら、何か出てきそうで嫌だってばよ・・・・・・」
意外な理由にサスケは己の手の平に意識を向けた。
確かに昔から雷が鳴ると臍を取られると言い伝えられている。しかしそれは今の時期のように暖かい日に雷が鳴るということは、たいてい気温が低くなることを意味していて、そんな時に腹を出して寝てしまう子供が体を壊さないようにという、子を想う親の優しい由来から来ているのだ。
そうと知らず臍を隠そうとするナルトが存外可愛いらしく思えてしまって、サスケはナルトの手をかい潜って服の中の、先程までナルトが押さえていた箇所に手の平を押し当てた。
ナルトの手によって温められていたそこはあたたかく意外なほど滑らかで、ちょうど臍の上にあたる場所。
「ちょっとっ!やめろってば!」
今まで抵抗という抵抗をしなかったナルトが暴れ出す。
「触わんな・・・・・・!」
「取られねぇように臍を隠せって聞いたんだろ?」
笑いを含んだサスケの言葉にナルトはフンと大きく鼻を鳴らした。
「別に自分で隠すからいいってば」
「オレが守っててやるよ」
自分でも不思議なほどその言葉はするりと口からこぼれ出た。
じんわりと手の平があたたかく熱を持ったように感じる。それは自分の体温が上がったからなのか、それともナルトの体温が上がったからなのか。
ああ、その両方かもしれないと、夜目がきき、慣れた暗闇の中ナルトの赤くなった耳が見えたことでそう思い直す。
もう一方の手も差し入れて、強く押し当てた。少しの沈黙の後、どこか切な気にナルトが呟く。
「そんなのいらねーってばよ」
しかしナルトからの抵抗はなかった。
「今日だけだ」
サスケの唇がナルトの耳を掠める。
守られたいだなんて思う忍はいない。言葉が持つ意味だけであればナルトからしたら侮辱ともとれるサスケの言葉だったろう。しかし、抵抗なく出たそれはサスケの本心であって、情愛であり、ナルトを貶めるものではない。今大人しく自分の腕に抱かれるナルトを思って、彼も同じように感じていることを切に願った。
家族のいなかった彼を同情しているわけではない。
ただ、疑似であれごっこであれ、今腕の中のナルトは自分にとって間違いなくあたたかな存在であり、とうの昔に失くしてしまったと思っていたものだった。
だから、サスケの精一杯の優しさで願う。
この腕がナルトにとって本来あるべきであった存在の、何分の一でもその優しさが伝わればとサスケは思うのだった。



まだ雨は降りやまず、風は雨戸を叩く。
暗闇の中、一瞬の閃光の後につづく轟音も変わりなく。
しかし、その日サスケの腕の中に納まる子供の体が不安に震える事はもうなかった。





やはりなかなか先に進みませんが、切ない中にも幸せムードな二人です。
にしてもサスケさんはまだ余裕ですね。今のところ行き過ぎた兄弟愛ってトコでしょうか(笑






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