†††春情遊戯†††
薄暗い廊下をサスケは本日の泊まり客のいる居間へと向かう。肩にかけたタオルで濡れた髪を拭きながら、
(似合わねぇ)
そう心中で呟くとサスケは足を止めた。
罰ゲームはスローペースながらも功を成していて、存外埃っぽかった我が家も色を取り戻したように思う。いや、もともと色なんてあってないような家だったのだ、色彩を感じるというのなら、それはきっとあいつのせい。
サスケはぽたりと滴を落とした髪を手荒く拭いた。
今日も二人で修行して、汗だくになった体を先に流したいと思っていたサスケだったが、無言で空腹であると訴えるナルトについつい夕食を優先してしまったのが本日で2度目のこと。清掃員であるはずのナルトを一応は客であると見なして先に風呂に入れ、自分は二番湯を使うのもこれで二度目。
ただし彼がここに泊まっていくのは初めてである。
(似合わねぇ)
しかし、サスケにもそれなりの気遣いという言い訳もあった。
あの日、風呂から上がったサスケにナルトは「これ、借りて帰るけどいーだろ?」と貸してやった服の端をつまんでサスケに言った。もちろんその時は泊めてやろうとかそんなことは全く考えてなかったのだけれど、そう言われて初めて、ああ帰るのか、と思ったのだった。
だからナルトがそう言った時、自分は「ああ」だとか「そうか」とか返したのだが、自分から暇を切り出したくせにサスケの知らない妙な顔をナルトはした。
だから、一瞬こいつ帰りたくねぇのか?と思って何か言おうとした時に、夕食と風呂の礼など言うものだからそのまま玄関までサスケはナルトを見送った。
それからずっと気にはなっていたのだ。
ナルトは帰りたくなかったのかも知れないと思えて仕方がなかった。
しかし、今サスケの家で使える寝具といえば自分が使うベッドくらいであったし、探せば布団くらいくさる程あるのは分かっていたが、さすがに何年も押し入れに眠っていた布団を相手はナルトとはいえ出すのは憚られた。
そして毎日の任務に屋敷の掃除、この家から実は結構な距離のあるナルトの部屋を思えば罰ゲームとはいえ少し酷であったかと思わないでもないサスケだった。
しかし「もういい」とは言わないでいるのも事実であり、だから飯くらいは用意してやるかと思ったわけで、風呂も寝床の提供もその延長であると半ば無理やり理由をつけているサスケだった。
それに嫌なら誰が何と言おうと、それがサスケであればなおさらナルトは何が何でも帰るだろう。しかしサスケの用意した布団を言われた通り大人しく、上機嫌でもって干していた様子から自分の考えは間違ってなかったと思う。
ナルトには自分が風呂に入っている間に取り込んでいた布団を敷いておけよとだけ言い残してきたが、シーツを渡していなかったことを思い出し、2階にある自分の部屋へと足を向けるのだった。
この部屋を使うようにと言っておいた和室の襖に手をかける。一応「入るぞ」と断ってから襖を引いた。
布団の上で胡座を組んでいたナルトが顔を上げ、サスケの顔を見るなりニシシと笑う。
「何がおかしいんだ、ウスラトンカチ」
片手に持ったシーツを少々乱暴に、布団の上のナルトに放り投げた。
もちろんそれを余裕で受け取ったナルトは、両手で抱え込むと、
「サスケの言った通り風呂上がりのにおいって一人じゃ気付かねぇな。今サスケが入って来てすげぇいーにおいがしたってばよ」
そう言ってやはり笑顔のナルトを見てサスケは自分もまた、先程ナルトが風呂から上がって来たときのことを思い出す。
視界に入れるより早く香った石鹸の香りに馴染みの気配であるにもかかわらず懐かしさを覚えた。
数年前までは、今は広いだけのこの家でも当たり前にあったことだった。特別サスケは髪の豊かな母のその香りが好きだったような気がする。過去の日常を思い出すことは今は殆どなく、その記憶は酷く朧げで曖昧だ。
ただそれが今の自分にとって必要かそうでないのか判じかねるだけで。
シーツを投げたきり黙り込むサスケを不信がることもなく、ナルトはあれ?っと両手に抱えたシーツを見てからサスケに向かって問い掛ける。
「サスケ、これだけ?」
「何が」
「だから布団」
「そんだけあれば十分だろーが」
何言ってやがんだ、と思った事を口に出さずでも分かるようなサスケの口調である。
敷布団は干したばかりで柔らかであろうし、シーツも先程用意してナルトが持っていた。枕も叩いて上掛け布団も一緒に干してある状態。これ以上何が足りないと言うのだ。
「違うってばよ。サスケの分はって聞いてんの」
そこまで言われてサスケはナルトの敷いた布団が真ん中ではなく、少し端に寄っていることに気付く。
何言ってやがんだ、とサスケは再度思ったが、どんな顔をすればいいのか分からなかった。だから咄嗟に、
「オレはベッドだから無理だ」
そう言ってしまって、軽く舌打ちする。
これではベッドでなければ了承と取れる応えだ。
「えー。他の布団はねぇの?」
無意識だろうがサスケの危惧した通り、一緒の部屋で寝ることが別に嫌ではない事を感じ取ったのだろう、ナルトは無邪気にそう聞いた。
「ねぇよ。使えんのはてめーに渡したその一式だけだ」
「じゃあちょっと狭いかもしんねぇけど仕方ねぇよな。まぁサスケ小せぇし大丈夫か。おい、そんなとこで突っ立ってねぇでシーツ敷くの手伝えってばよ」
ナルトは抱えていたシーツを広げると、サスケに向かってその端を「はい」と、差し出した。
このウスラトンカチにはどこからつっこめばいいのか。
今の会話でどう転がれば自分とナルトが一緒の布団に寝ることになるんだ、とまずは妥当なところから突っ込んでみる。間違いなく自分はベッドだからここでは寝ないと言ったハズで、間違っても狭いけどここで寝ようだなんて言ってない。
それにサスケが小さいなら、たいして変わないナルトもまた小さいに決まっていて、ならばナルトの言った言葉はあたかもサスケだけが小さいようではないか。そこは断じて否定せねばと思ったときに。
「お泊りとかって、何かオレら友達みたいだってばよ」
そう言ってナルトはニシシといつもの眉を八の字にして笑ってみせるものだから、喉まで出かかっていた言葉は「ああ、そうだな」ってまるでこれから一緒に眠ることに頷くみたいなものに変わってしまって、「ほら」と促されてそのシーツの端っこを握るはめになってしまった。
だってそうだろう。あのタイミングで否定してしまったらサスケがナルトなんか友達ではないと言っているようなものではないか。別にサスケはナルトの事が嫌いではないのだし、好きか嫌いかでいえば好きの類いに入ることも自覚している。そんなことは絶対口に出して言うつもりはないのだが。
結局二人で広げたシーツを殆ど一人で敷いたサスケは、やれやれと思いながらもこの状況を楽しんでいた。
「おい、もっと詰めろよ」
「えー、これでもめーいっぱい詰めてるってばよ」
「枕がこっちに寄り過ぎてんだ」
「サスケそれオウボウ。だってこの枕ちっさいんだって」
すでにナルトの頭をのせている枕をサスケは容赦なく、ぐいぐい移動させる。もちろん布団の端の方へ。
負けじとナルトもサスケの手を阻んでは、サスケの枕を押しやった。
「てめっ」
「あんましくっつけんなってばよっ気持ち悪ぃ!」
「それはこっちの台詞だ、ウスラトンカチ!」
「先に枕くっつけてきたのはサスケだってばよっ!」
「それはてめーが詰めねぇからこっちが狭いんだっ」
「だからこの枕がちっせぇからだってさっきから言ってるだろっ!!」
とナルトは言うが早いか、自分の枕を掴むとサスケに投げ付けた。
至近距離にもかかわらず物凄い勢いで飛んできた枕をサスケは片手で弾き返す。お返しとばかりに手元の自分の枕をナルト目掛けて投げ付けた。
「って!!」
サスケから枕の洗礼を受けるとは思いもしなかったナルトはまともに顔面にそれをくらう。
柔らかくても勢いのついた枕はそれなりに痛くもあり屈辱である。ナルトは片手で顔を押さえると、膝の上に落ちてきた枕を両手で掴み今度はそれで襲いかかった。
「くらいやがれ、サスケェ!!」
「このっ何しやがる!!」
枕を盾に体ごとのしかかってきたナルトの勢いを殺しきれず、サスケはナルト共々後ろに倒れこんだ。そむける顔にぎゅうぎゅうと枕を遠慮もなしに押しつけられ、邪魔だとばかりにそれを思い切り下へと引き下げた。するとナルトの顔が思ったよりも近くにあって、サスケはぎょっとする。そう思ったのはナルトも同様だったらしく、大きな目をさらにくるんと見開いて、それからナルトは声を出して笑いだした。
つられるようにして、サスケも笑う。やはりナルトのように屈託なく無邪気にとまではいかないが、久しぶりに自然と込み上げてくる笑いだった。
ひとしきり二人して笑って、どうにか落ち着いた頃ぐちゃぐちゃになった寝床を直した。
枕の位置はもう気にならなかった。
くっついてようがいまいが関係ない。とにかく今サスケは気分が良かった。それは隣にいるウスラトンカチの幼稚な行動が発端であり、それにいちいち反応した自分の行動も十分幼稚で、だから馬鹿にすることもできず、
「おやすみ、サスケ」
そう言って布団を引き上げたナルトに返事ではなく、先程の攻防で乱れた前髪から覗く額に唇を寄せるだなんて、親が子供にするように、恋人が愛しい相手にするような真似をしてしまっていた。
「えっと・・・・」
「・・・・・・・・・」
やってしまった方も固まっていれば、もちろんされた方も固まっていて、上手い言い訳も見つからずサスケは何か言いたそうなナルトをじっと待った。
これで二度目だ。
サスケは心中で盛大な溜息を吐く。ナルトの風呂上がり、彼から漂う良い香りに誘われて鼻を近づけるつもりで顔を寄せた。しかし実際には彼のこめかみに唇が触れていた、ように思う。あれは自分でもどうであったか判じるのは難しく、だからナルトが何かを問うてくることもなく終わった。
しかし今回のことに関しては、はっきりしっかりサスケの唇には彼の体温が残っていて、疑いようのないそれなのだ。
「これってば、おやすみ・・・?」
怒るでも罵るでもなく、ナルトは困惑したようにサスケに聞いてきた。彼のまだ少ない経験から似たものを無理やり引っ張り出して今回のサスケの所為に当て嵌め、それを確認するような問いかけだった。
「・・・・・・・ああ」
サスケはナルトの都合の良い解釈に乗るようなかたちで短く返事をする。赤くなりそうな顔を隠すようにナルトとは反対を向いてサスケもナルト同様布団に横になった。
(普通ありえねぇだろ、おやすみのキスとか)
サスケにも経験がないとは言わない。優しかった母はいつもではないがサスケが寝込んだときにはそうやって慰めた。しかしそれは記憶にとどめるには幼すぎる程曖昧なものなのだ。
(この歳になって・・・)
ある程度の年齢まで家族のいたサスケにはその辺りのあり様が、経験として分かる。
しかし、家族のいたことのないナルトはどうだろう。サスケからしたら当たり前に知っていることも、このセル仲間は知らないのかもしれない。
背中に感じるナルトの存在を意識して、彼が小刻みに震えていることに気付いた。
どうやら笑っているらしい。
「寝ろよ、ウスラトンカチ」
さっきの己の行為を笑われたような気がしてサスケは面白くない。
掛け布団を引き寄せようとしたとき、「サスケ」と名前を呼ばれてぐいと肩を掴まれた。
そしてすぐにふわっと香る石鹸の香り。
自分の額にやわらかな感触を残して、それは離れていった。
一瞬、何が起こったのか分からず、サスケはそこに手をあてる。
じわじわと、自分がしたお返しであると気付いて、サスケは小さく肩を揺らす。
どうにも込み上げてくる感情を抑えられず、サスケは笑った。
「早く寝ろってばよ、サスケ」
そっぽを向いてナルトはサスケに同じ事を言う。先にやったのはサスケだろうと詰るようだ。
それにも「ああ」とだけ短く答えて、サスケは目を閉じた。
すぐには眠ることは出来そうにないが、休むことはしなければならない。明日も任務はあるのだ。
しかし、はからずしも間違った習慣を教えてしまったサスケはどうしたものかと考える。
(・・・いつか気付くだろ)
無駄な努力を嫌うサスケは早々に片付かない問題には匙を投げてしまった。
今さらそれは違うのだとは言えないサスケである。
嫌だと思えば拒絶すればいいだけの話で、しなければいいのだ。そうやって子供は照れから離れていくもの。
案外余裕に考えていたサスケだったが、それがのちのち己を追いこむことになるのだが、もちろんこの時のサスケは今回のことを全く問題視していなかったのだった。
なかなか先に進みませんが、ほのぼの幸せムードな二人です。
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