脱友☆の条件



目が覚めたらそこは摩訶不思議ワールドだった。



さして広くもない1LDKの部屋にナルトの雄叫びが上がった。
「!」
隣ですよすよと眠っていたサスケが素早く身を起こしたのは、雄叫びのコンマ3のタイムラグがあった後だった。忍としては非常に優秀な反応であったが、起き上がったあとに頭をかかえてうめくという姿は彼にしては珍しい。
しかし、ナルトにそんな彼を労わっている余裕はこれっぽっちもなかった。
「……んだよ………ッ」
頭をかかえてうなるサスケ同様、自分も吐き気をもよおすほどの頭痛にたえながらもナルトの頭の中では何がおこったんだ?がリピートされていた。
口元に手をやってやり過ごす。しかし精神面での回復は望めそうもなかった。
「き、きもちワリぃ……」
この感覚には何度も覚えがある。だからといってここまで酷いことは今までになく、ナルトを取り囲む状況は至上最悪といえた。
のろのろと顔をあげたサスケと計らずしも目があう。そこで空気が凍ったのをナルトは目と肌で感じた。
そりゃそうだろう。
狭いベッドの上でいい大人のサスケと自分が寝ていたのだから。しかもお互い素っ裸で。
「なんでてめーが裸で寝てんだ」
地をはうような低音でサスケが状況確認をナルトにする。
そんなハイレベルな質問を二日酔いでボロボロな自分にふらないで欲しいとナルトは思う。
ここで「暑くてオレら脱いじまったのかな!」などとそんなしらじらしさ満載なことをナルトはとてもじゃないが言えそうになかった。
見下ろせば体中にある鬱血した跡。もちろん視線をずらしたサスケの体にも同様のものがちらばっている。
さらにはもうどう言いつくろってもごまかしようのない証拠がシーツだけに留まらず付着しまくっていた。そこここで感じるシーツのごわごわした感触と濡れて冷たい感触がたまらない。
うつむきがちのサスケの髪に白いカピカピを見つけてしまってナルトはぶっ倒れそうになった。
(それってどっちの!?)
この状況すべてに蓋をしてしまいたいような、すべてを白日の元にさらしてしまいたいような。
要は転げ回って思いきり叫びたかった。
しかしそんなことをしようものならもれなくサスケと同じ惨状になるに違いない。
ああ、でもこのシーツで自分も寝ていたことを思えばすでにサスケ同上の可能性は大なのだ。
だから考えてはいけない。それ以上突き詰めてはいけない。
右のほっぺが引き攣っているように感じる原因など、断じて考えてはいけないのだ。
「……ナルト」
サスケが憔悴しきった様子で声をかけてきた。びくりとナルトは体を大きくふるわせる。
この激しすぎる光景を目にしたあと、取りつくろう気などとっくにすっぱ抜けていた。こんな目一杯ぬき合いました的なベッドの上ではどんな虚勢も白々しい。
「おまえ……どこまで覚えてる?」
リビングのテーブルにちらばった空であろうビールの缶が、遠目でも結構な数があることが知れる。それにくわえこの部屋でも酒盛りをしたのだろう、日本酒のビンがごろごろしていた。
「…………あっちでビール飲んでたとこまで?」
ついつい疑問形になるのは致し方ない。
「まだ序盤じゃねぇか……」
サスケの言うように、こっちに移ってからの記憶はナルトにはない。しかし自分はここに転がる酒ビンを減らす手伝いはしていたのだろう。
こんな状況死ぬほど飲まずしてなってたまるかとナルトは苦しい中でそう思う。
「サスケこそ、どこまで覚えてんだってばよ」
気分は最悪だ。酷い頭痛と吐き気がナルトのテンションを著しく低下させる。それに拍車をかけるのはどうにも違和感を感じさせるある患部のうずきだった。
前は………今までにない程すっきりしている。そりゃすっきりもするだろう、これの半分だろうと随分出したことには変わりない。それより何より、今ナルトの一番の気がかりはもうちょいズレたところにあった。
(考えたくねぇ……そうだ痛くはねぇんだから。痛くねぇんだから落ちつけ。落ちつけオレ)
ナルトは呪文のように落ちつけを繰り返す。落ち着いたところで事態は変わらないのは、この際目をつぶった。
サスケがどこまで覚えているかによるけれど、この違和感を断じて言ってはならないとナルトは決意する。もしも、万が一そんなことがこの身に起こっていようものなら、それを知られようものならナルトは憤死してしまうだろう。
しかし気になることがあるのも事実だった。もし自分が致している方であったとしたら……。
(…………………………)
それはそれで命はないかもしれない。
やはりこれは闇に葬り去った方がいいことなのだと改めて決意する。
「オレより早く正体なくしたくせに、言ったところでてめーは覚えてねぇだろ」
そう言われると猛烈にサスケがどこまで覚えているかを聞きだしたくなってしまった。
ただそれを聞けばどっちにしろ平静ではいられなくなるだろう。己の身の潔白も知りたいが、知ればそれと同時に被害者にもなりうるのだ。
ヤったかヤラレたか。
なんという究極の選択……!
己に残る状況証拠くらいでは確実な決め手にはならないところがもどかしい。あらぬ場所の鈍痛にも似た存在主張がややナルトの旗色を悪くさせているかもしれないが。
「とりあえず……何があったか話せよ、サスケ」
猛烈に知りたくもない事実でもあったが、ここまでおおっぴろげに夜のあれやこれやを残され、それにまったく触れないというのも逆に意識しているような気がする。覚悟なんざまったくできちゃいないが、このまま何の原因追究もせずしてここを去ってしまえば何かを認めてしまったような気がしなくもない。大変男らしくない。
「………別に、これといって何もねぇよ」
この状況で何もないが通じるはずがない。しかしサスケの様子から嘘をついているような感じはしなかった。
時に彼の黒い瞳は口ほどにものを言いまくる。平静を装っているように見えるが、それがせわしなく泳いでいることからサスケの動揺がうかがえた。何もないわけがないので、サスケも覚えていないということなのだろう。
ここは無難になかったことにしようと言うべきか。とても無理があるけれど。
それに一度はこの件のシーツの話題はあげたわけなのだし、お互い覚えてないですませてしまった方がいいに決まっている。それが互いのためだし、世の中、忍のためなのだ。もちろん根拠はない。
まぁ正直いえばナルトはこんな洒落にもならない話題と空間からさっさとトンズラしてしまいたかった。
サスケが覚えていたら覚えていたでもうそれはかまわない。昨夜起こったすべてを全力で隠し通してさえくれれば。
はっきり言ってナルトはそんな男として薄暗いものを背負うだなんてまっぴらごめんである。申し訳ないけれど自分が覚えてない今、サスケ一人の傷跡であってほしい。
鬼なことを思っている自覚はあるが、背に腹は変えられない。みな自分が一番可愛いものなのだ。巻き添えは勘弁。
この時点でこの件に関してナルトは蚊帳の外的な心境に近かった。
サスケがその蚊帳をぶったおしてくるだなんて思いもせずに。
「サ……」
ナルトがじゃあ今回のことはなかったことにしよう。と言おうとしたところで、それより何かを考え込んでいたらしいサスケが口にするほうがコンマ3早かった。
「覚えてねぇのも何か気持ちワリぃな。今思い出さねぇと一生思い出さねぇような気がする」
「!」
ナルトは気分が最低なのも忘れて、やはり気分が最低そうなサスケを勢いよく振り返った。
(一生思い出さなくていーんだよ!!)
ナルトは急な動きにえずいてしまって、「ぐ……ッ、うえ……」と苦しげな息を付くだけで言いたいことが言えない。
涙目になりながら込み上げてくるものを押さえつけた。
そんなナルトの心境などかまいやしないサスケはぶったおした蚊帳を踏み越えてくる。
「こんな状態のままじゃこの先気になって仕方がねぇと思うし」
「い……おええぇ……」
(オレは今後一切まったく全然気にならねぇってばよ!)
おえおえしながらナルトは口を開こうとするが、違うものが出そうになって口元に手をやった。
考え込むようにサスケも口元に手をあてている。
「こんな状況で何もなかったなんて思えるわけねぇしな」
もっともなことをサスケが言う。
「おまえ、本当に何も覚えてねぇのか?」
眉間にシワを盛大に寄せてサスケはうなるようにそう言った。
「お、おぼえて……ねぇってばよ……」
だからもうなかったことにしよう、と言おうとしたところで、さらに吐き気をもよおした。今度のはでかい。
「……うっ……げぇ………ッ」
「おい、ここで吐くなよ……!」
本格的にえずきだしたナルトにサスケはあせる。これだけ様々な体液で汚れたシーツだったがさすがに大量は困るらしい。
ナルトは急激に込み上げてきた吐き気を押さえ込むことができず、片手で口を押さえたままベッドから転がり落ちるようにしてトイレへと向かった。もちろん今のナルトに己がまっぱであることの自覚はない。緊張感のない咄嗟の判断など条件反射以外のなにものでもなく、二十歳をいくばくか過ぎたナルトにも、吐くならトイレという図式がしっかり出来上がっていた行動だった。
一直線にトイレへと向かうナルトの後姿を呆然と眺めていたサスケだったが、起き上がったままぐったりと頭を落とした。
横になりたかったが、さすがにこの上でそれははばかられる。
「……まさか……んなわけねぇよな」
ぽつりとサスケの声だけが狭い部屋に残された。



「く……ッ、ゴホッゴホッ………ううぅ……」
胃の中に入っていたものを全部ぶちまけた。洋式の便器にすがるようにしてナルトは大きく息をつく。嵐は去った。
肩で呼吸を調えながら、しばらくじっとする。
「オレってば裸……」
暗い声でつぶやく。とてつもなく情けない姿だったが、もうなんだか色々達観してしまって、恥ずかしさはないようだった。
(いまさらな気がするってばよ……)
ナルトはふうと小さく嘆息する。
かがみこんで膝に額を置いた。もう少しすれば出られるだろうと思ったところでサスケから声がかかった。
「おい、大丈夫か?」
心配しているとは到底思えないテンションの低さでサスケが言った。
「あーー。うん。大丈夫だってば」
憔悴したナルトの声にも破棄はない。
「オレ風呂入るから。あとでおまえも入れよ」
サスケの言葉に適当に答えて遠のく気配にまた一つため息を落とした。
(このまま逃げちまおうかな……)
そんなことをぼんやり考えていたら随分気分も浮上してきて、ナルトはよいしょと立ち上がる。軽い立ちくらみをやり過ごしたところで尿意を感じた。
(あれだけ飲んだんだしな……)
素っ裸で尿を足すというのも、開放感は抜群だけれどやっぱり心許ないなと自分のそれに手をかけたとき、
フラッシュバックした。
「ーーーー!!!!」
本日二度目のナルトの雄叫びがトイレであがったのだった。








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