†††春を待つ†††



「私はもう行くけど、サスケ君は怪我人なんだからね!あんたもう喧嘩とかふっかけんじゃないわよ!」
去り際にびしっとナルトに指を突き付けると、サクラは病室を後にした。本当はまだここにいたかっただろう彼女が自分に気を使って早々に退出してくれたことにも気がついていたが、どうしてもナルトはサクラを引き止めることができなかった。
(ごめん、サクラちゃん)
ナルトは閉じられたドアを見つめながら内心でサクラに謝罪する。彼女がどれほどサスケのことを心配していたか知らない自分ではない。ナルトが押し付けた任務完了の報告、提出書類等の細事を片付けた上でここにやって来たのだろう。
サスケに関わりすぎる自分に苦言を言ったのも彼女だった。サスケの身を案じつつナルトの立場まで考えてくれていたサクラ。それに自分は結局突っ走り誰の声にも耳を傾けなかった。心配させたと思う。
でもそれも目の前の男よりも随分ましであると思うのもまた本心だった。
ナルトは備え付けの椅子に座りなおし、ベッドに身を起こしているサスケと向き合った。
すぐに目線がかちあって、先ほどからずっとサスケが自分を見ていることに気づく。もちろんとがめるようなものではないのに、妙に居心地が悪くてナルトはぽりぽりと頭をかいた。
心の中で懸命に思い出すなという言葉を繰り返す。
ナルトとて気恥ずかしさがないわけじゃない。さっきの勢いのような戯れをなかったことにしようと思っているわけでもない。ただそれよりも彼の幽閉期間がナルトにとってあまりに長かっただけで、今少しでもそばを離れようという気になれなかっただけだ。
「サスケ。オレってば……今まで本当のさ、根っこの部分では誰も信じれてなかったのかもしんねぇ」
ナルトは唐突に今までを振り返るように話し始めた。
人はそれを過信というのかもしれない。ナルトにはいつも絶対の自信があった。
望んでそれが叶えられないなんてあるわけがない。強く思えば思うほど口にすればするほど、手がとどく感覚がナルトを後押しする。
サスケがいなくなってから一人で堪えて戦わないといけないことがあまりに多くあったから、ナルトはそうと言われるまで自分が踏ん張ることが、自分のすることすべてが最善なのだとどこかで思っていた。
でもそれは違うんだと綱手にサスケのことを聞いたとき思った。
「おまえをあそこに閉じ込めたばあちゃんよりも、おまえに会いに行くのを止めたサクラちゃんよりも、おまえに会いに行くこともしなかったカカシ先生よりも、オレはおまえのことを信じれてなかったのかもしんねぇ。オレは一瞬でもおまえが……」
ナルトは酷くおだやかな顔つきで、自分の中の想いを打ち明ける。
「おまえが死を……選んじまうんじゃねぇかって、思っちまったんだってばよ」
「……馬鹿だな」
サスケはそう悪態をつくけれど、その声音はなぜかナルトの心に染み入った。自分であったなら見くびるなと怒鳴っていたかもしれない。
「ああ、馬鹿だってばよ。サスケってばあそこから出てやる気満々だったってのに。やっぱ相手の目が見えねぇって何考えてんのか分かんねぇ。でも……サスケの方が馬鹿だってばよ。ほんと大馬鹿野郎だ」
先を悲観して自らの命を断つようなヤツが、大人しく自分とともにこの里に戻ってくるはずがない。戻ると決意したときすでに彼はすべてにたいして覚悟をしていたのだろう。自らの手で裁きを下すほどに強く。
なんて無茶をとナルトは改めて思う。
サスケ本人から守るために瞳術封じの帯が施されたということは、彼の真意は分からないけれど望み通りにならなければ残りの眼を傷つけることさえ厭わないという気迫が、あの時のサスケにはあったということだろう。ナルトはその可能性を思ってぞっとする。だからもしかしたらと思った自分もたいがい馬鹿だけれど、本当の大馬鹿野郎はこいつしかいないと思うのだ。
「見えなくなったわけじゃない」
結果でしかないことをサスケが言う。
「そーゆう問題じゃねぇだろ」
「オレが早くあそこから出たかった。そんな何年も入ってられるかよ」
「おまえが?」
なぜ早く出たかったのかをサスケは言わない。
「ああ」
しかし、今サスケのすることすべては自分に関わっている。そんな気がしてならなかった。
「今のオレにとって木葉なんか正直どうでもいい。ただおまえがいるってだけの里だ。受け入れてもらいたくてやったわけじゃない」
木葉の里がサスケにもたらしたことを思えばナルトは何も言えなくなる。
「例えばおまえが同じようにあそこに放り込まれるようなことになってたら、オレは今度こそこの里を……」
サスケは一度そこで言葉をきった。ここに身を横たえているのが間違いであるかのようなキツイ眼差しでナルトに視線を合わせてくる。
「許すことはしない」
確固たる熱情をあらわす口調でサスケは言い切った。炎のように閃く強さが怯みそうになるナルトをそれと同じだけの強さで引き付ける。
この男の持つ暗い信念も確かにナルトが惹かれる要素であったのだと思い起こさせた。
次はないと匂わせるサスケの言葉の意味は、里の壊滅を指すのだろう。それが本気であることが分かるナルトは、自分の知らぬところで回避できていたらしい幸運を苦笑でもってあらわした。
「里外任務をくれたばあちゃんに今となったら感謝だってばよ」
「そうゆうことだ」
「オレってばやっぱりまだまだだ。ほんと何もわかってねぇ」
「いまさらだな」
「うっせってばよ」
ナルトは込み上げてくるものの正体が分からなかった。今自分は笑いたいのか泣きたいのか、無性にすがりつきたいようで、でも殴り飛ばしてしまいたいようなわけの分からない衝動にかられていた。手に入りそうな期待にじっとしていられない気分をどうまぎらわせばいいのかが分からない。
ただ確かめたいことはあった。
「サスケは、この里が嫌いかってば」
分かりきっている質問をしている自覚はあったけれど、ナルトはそう問いかけずにはおれなかった。
サスケの眼が不快をあらわすように細められる。
「好きじゃない」
予想していた答えが返ってきて、しかしナルトはそれを承知の上でサスケに伝えたいと思った。
聞いてほしい。今自分がどんな風に思っているか。どれくらいの強さで求めているか。
今サスケ以上にこの胸の内を知ってほしいと思うヤツはいないから。
「そうか。でもオレはここの里で火影になる。ぜったい。何があっても諦めねぇ。おまえが好きになるようオレが変えていく」
煌めく強さをたたえた瞳は彼の黒い瞳を捕らえて寸分も反らしはしない。
晴天に恵まれた今日の空のような色がまるで誘いかけるように。誰もが魅了される強さを濃厚にもにおわせて。
「でもオレはやっぱ馬鹿で、それ分かっててもきっとオレはやりたいようにやるんだと思う。それを止めて欲しいとか言わねぇ。一緒に守ろうとも言わねぇ」
願いは変わらない。何を言われても。
それでもこんなに焦がれたおまえがそばにいないなんて。
あるはずがない、
そんな未来。
願いはひとつだけだなんて誰が決めた。
火影になるだけじゃ足りない。
サスケを満足させられるだけの里を作らないといけないのだ。
「見ててほしいんだ。ずっと、おまえに」
一度は捨ててしまえると覚悟したものなら。
それでもそこにあることを望んでくれたのなら。

もう光しか映させないから。

「残りの眼を……オレにくれってばよ……」
ナルトはじっとサスケの瞳を見つめる。揺らぐことはない。吐き出した息の音さえも拾いあげてしまいそうな沈黙の中。空気が動いた。
「見返りは?おまえはこの眼ににあった何をオレにくれるんだ?」
見返りなんて軽い言葉でサスケが言う。しかし、求める答えに嘘は許さないと無言でその眼が語っていた。
「思いつかねぇよ。おまえの眼ににあった何かなんて、オレには。でももしサスケが……サスケがそれをオレにくれるって言うんだったら、一緒に考えていきてぇって思ってる。どんなに時間がかかっても。オレにはやれねぇもんが結構あるからさ」
嘘は言わない。すべてを明け渡すなんてできない。でも到底諦めきれるものではないから、時間をかけてでもつかんでおきたい。
「ドベのくせして生意気にも出世払いのつもりかよ」
「ドベはよけいだってば。なぁサスケ……答えは?」
それは、もう知っている気がする。なのに言葉で欲しがってしまうのはなぜだろう。もう一分でも一秒でも待ちたくないだなんて何で思うんだろう。
ナルトの問いに返すようにサスケは唇を吊り上げてみせる。彼からしたらとても珍しくキザったらしい、しかしナルトにとっては最高にイカした笑みだった。
「悪くない」
短い一言が返る。しかしナルトには十分だった。
「おまえ言い方がすげぇエラソー」
サスケのそれを目の当たりにしてナルトは目線を明後日の方向へと反らす。頬がとても、熱い。
「てめー自分の言ったことの自覚がねぇみてぇだから教えておいてやるけどな。おまえはオレに『生涯オレだけを見ろ』っつったんだ」
「……え」
思ってもみなかったサスケの直訳にナルトの動きが止まる。
「オレはそれに頷いた」
「サ、サスケ?」
どこか急展開な、一人置いていかれているような感覚にナルトは慌てる。
「少しくらいオレの態度が尊大になろーがたいしたことじゃねぇだろ」
「や、サスケの態度は昔から変わらねぇけど」
ってそうじゃねぇ!とナルトは一人あせる。
「てめーはオレがここにいる理由になるんだろ?」
「うん」
ナルトは条件反射のように頷いていた。
「オレにずっと見てて欲しいんだろ?」
「………うん」
「もうオレはおまえ以外を追わない」
「サスケ」
追っていたのは自分だ。いつだって。だからといってサスケより劣っているだなんて思ったことは一度もない。ただ認めていた。忍として、うちはサスケとして。
気づかなかったけれどサスケも同じように思ってくれていたんだろうか。
「だから、オレは木葉の忍としてではなく、うちは一族最後の忍として次代火影、うずまきナルトにこの眼、この身、念いはおまえとともにありつづけることを、うちはの名にかけて誓う」
「サスケ。おまえ……」
忍として忠義を誓うサスケにナルトの胸は苦しいほど締め付けられる。この男の信頼ほど得難いものはない。長かった。とても。これから導いてゆく。必ず。その隣にはサスケがいるのだ。
この先何が起こったとしても自分は前を向いて行けるとナルトは静かに、しかし確固たる信念をその胸にともなわせサスケのそれに応える。
「その言葉……必ず果たせってばよ……!」
胸がふるえた。
目の奥が痛んで。
もうこれ以上の幸せはないと。
「く……っ……」
ナルトは声を押さえることはせず、涙を流した。こんなにも嬉しいと感じる気持ちを抑えようなんて思わない。サスケがいる。木葉がある。ともに戦う仲間がいる。
「てめーに賛同する馬鹿なヤツらが今後わんさか出てこねぇとは限らねぇからな。後手にまわるのは趣味じゃねぇ」
わびれもせずサスケがさらりと言う。自分に賛同するヤツがなぜ馬鹿なのか。
「おまえ本当に……失礼なヤツだってばよ」
ナルトはこぶしでぐいと涙を拭いながら、でも一番のりのサスケが一番馬鹿だなと、そう付け足してニシシと笑った。サスケからの異議はないようである。
「こんなこと言うのいまさらだし、すげぇヤなんだけどさ」
言葉の内容をともなわない笑顔のままでナルトはサスケに真っ直ぐ向き合った。これから何度も言うだろう言葉。
何があっても必ず戻ってくる。そう信じることができた。そして叶うなら自分も言ってほしい。
そうしたらどんな死地の果てからでも自分は帰ることができる。おまえのもとへ。たとえこの身がなくなり魂魄となったとしても。
「おかえり、サスケ……ずっと待ってたってばよ」



上層部の圧力をはねのけ煌々たる戦歴を残していったナルトが火影の任についたのは、今から三年後のことだった。そして彼の傍らには最期のときまで隻眼の忍の姿があったという。





END








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