†††金蘭の交わり†††



甘いものを舐めとるように這う舌に頬を何度も濡らされ、たまらずナルトは首をすくめた。
「や、やめろってばよっ」
それは大胆にも自分の腹の上に乗り上げ、それこそ所構わずまぶたに鼻にと舐め上げてきてナルトは悲鳴を上げる。それが唇の端をかすめさらに下唇に濡れた舌を感じた瞬間、とっさに限界まで顔を背けた。そんな小さな抵抗などお構いなしに嬉々としてのしかかるそれは、ナルトの耳裏と金色の散らばる髪に鼻を突っ込みふんふんと無遠慮にも匂いを嗅いでくる。相手の興奮した息遣いとかすめる鼻だか唇だかの感触にナルトは込み上げてくる笑いを噛み殺しながら、じゃれつく彼に降参の白旗を振った。
「さ、さすけっ。ストップ、ストーップ!くすぐってぇってばっ」
精一杯の怒ったフリも端々に含まれる浮ついた声が原因か、一向に彼の行動を制止することはできず、反対に首筋にかかる彼の長い髪が猛烈にくすぐったくてナルトは思わず体を丸めて転げ回った。
「やっ、マジでくすぐってぇってばっ!ひーっ!ひゃっ!ははははっ!ちょっ!やめっ!さすけっ!離れろっ!ひゃはははっ」
それでもしつこく追ってくるサスケに畳みに背をつけたナルトは首筋を甘噛みしようとする彼の肩をぐぐぐと押し退けようと腕を突っ張った。
「おらっ、さすけっ!いい加減にしねぇと本気で怒るからなっ」
少しの怒気を含ませ怒鳴ったナルトにサスケは途端にしゅんと顔を曇らせ、きゅーんと切な気な声を上げた。その瞬間ぶわっとナルトの胸がわしづかみされたようにときめく。
(ぐはっ!駄目だって分かってるのにこいつってばっ。こいつってば!)
「めちゃくちゃ可愛いってばよ……!」
ナルトは衝動のままにがばっとサスケの頭をつかむと自分の胸に抱き込んだ。唐突なナルトの抱擁にジタバタと手足を動かしながらもサスケは大きな抵抗はしなかった。ナルトはつかの間の幸せに浸る。
一途に懐いてくる様は可愛く愛くるしい。それが見てくれだけは大きく、本来は目つきの悪い可愛気の「か」の字も感じない野郎だとしても。覆いかぶさる自分より若干大きな体もこの時ばかりは暖かくふかふかしているように感じてしまうのが不思議だ。
そんな動物と戯れる幸福感に浸りに浸っていた時、
「何が可愛いだ、このウスラトンカチが……」
胸元から地を這うような低音が聞こえ、ナルトは「げっ、サスケッ?」と声を裏返しながらガバッと腕を解いた。サスケの伸びた前髪から不機嫌そうに見下ろす双眸が覗く。
しまった、とナルトは空いた手を所在無さ気に浮かせたまま、もう何度目になるか分からない後悔をまた繰り返す。
気まずい沈黙が二人の間に流れた。
(サスケの奴ってば、いつも変なタイミングで正気に戻りやがって……!)
ナルトは自分の理性の緩さは棚に上げ、仔狐憑きからいつものいけ好かないセル仲間に戻ったサスケを心の中で思う存分罵る。
「早くどけってばよっ!」
ナルトの急かす言葉に、「ふん」と横柄な態度で返し、サスケはナルトの上から体を退けた。
その豹変ぶりに今だナルトは慣れることはなくて、持て余す感情のまましばし途方に暮れるのだった。


ナルトがサスケの異変に気付いたのは、任務終了の解散後、いつも分かれる十字路までの道則を彼の背を視界に入れながら歩いている時だった。特に言葉を交わすわけでもなく、「じゃあ」という簡単な言葉もないまま別れるいつもの曲がり角。なぜか振り返ってしまったナルトが見たのは彼のよろめく背中だった。とっさに声を上げながら駆け寄っていた。
もしこの時声をかけていなかったら、もし振り返っていなかったらと思う事がある。間違いなくこの瞬間、ナルトとサスケは互いに大事な何かを失くさずにすんだのだ。


体調を崩していたサスケを半ば無理矢理担ぐようにしてナルトは彼の家へと運んだ。いつものように単調なDランク任務をこなして、その時には体調の悪さなど微塵も感じさせなかった。
初めて足を踏み入れたうちは邸は思っていた以上に広く、そして物が極端に少ないせいかとても片付いて見えた。物寂しいものを感じながらも、それを振り払う気概でナルトは聞こえているかもあやしいサスケへと声をかける。
「サスケ、おまえの部屋はどこにあるんだってばよ。二階まで運ぶのは面倒くせぇし、なぁサスケ」
家にたどり着くまでは何とか道を尋ねるナルトに言葉少なくも答えていたサスケだったが門戸をくぐり玄関に入った時にはもう返事はなくなっていた。
触れる体温の高さと首筋にかかる熱のこもった息遣いに、とりあえずは急いで横にさせなければとナルトは思う。居間と思しき部屋にたどり着いたナルトはサスケを畳に寝かすと、その辺にあった座布団を二つ折りにし、そっとサスケの頭を抱えその下に敷いた。荒い息遣いの中に混じる苦しげな呻きが静かな部屋の中にこもる。
「えと、看病って何すればいいんだってばよ」
人の看病なんてこの方したことのないナルトである。ひとまずは布団を敷いて頭を冷やして、それからイルカ先生を呼びに行こう、と泡立つ頭でそれだけ考えた。 あの優しい恩師ならカカシよりは遥かにまともな看病をサスケに施してくれることだろうと思いながら、ナルトはうちは邸を探索し始めたのだった。
この広い屋敷にはサスケしか住んでいないことを知っていたナルトは、勝手知ったるなんとやらで家捜しの結果布団一式をどうにか用意することができた。後は氷と桶とタオルを探さなければと思い立ったところで、布団に寝かし直したサスケを見下ろした。きつく閉じられた目に寄せられた眉が彼の苦しさをナルトに伝えてくる。どくんとひとつ鼓動が鳴った。こんな苦しげな彼は初めてで、浅い呼吸を繰り返すサスケにたまらずナルトは声をかける。
「サスケ。サスケってば。起きろって。目ぇ開けろってばよ……」
驚くほど頼りない不安げなナルトの声だった。
一度でいいから目を開けて欲しかった。そうしたら自分は少し安心してイルカを呼びに行くことができるのだ。しかし、この状態のサスケを一人にできないと思ってしまって、ナルトは眠るサスケの横に膝を付くと彼の頬を軽く叩いた。
「なぁ、サスケってば」
(目ぇ開けろって……)
「おまえらしくねぇってばよ」
触れた頬の熱さがさらにナルトを不安にさせた。このままサスケが目を開けなかったら、とそんな大仰な事まで考えてしまって、一抹の恐怖にも似た感情が沸き上がってくる。
「サスケ」
引き攣りそうになる頬に力を込め、駄目だと思いながらも自分よりも幾分か大きな体を揺すった。
「…………っ…………」
名前を呼ばれたような気がして震える彼のまぶたをじっと見つめる。
「サスケ?」
その時、応えるようにうっすらサスケの目が開いた。焦点の合わないそれに無理矢理映り込むようにナルトは身を乗り出す。しっかりと己の姿の映るサスケの黒い瞳を覗き込み、無意識に強張っていた肩の力を抜いた。
「良かった、サスケ」
吐息とともに漏れた安堵の言葉に、らしくないと少しの羞恥心が沸き上がる。身を退けたところで、じっと見つめてくるサスケに気まずさを感じたナルトは早口でまくし立てた。
「サスケってばいくら呼んでもほっぺた叩いても目ぇ覚まさねぇから……結構焦ったってばよ。とりあえずイルカ先生呼んでくる」
ナルトは上擦りそうになる言葉を無理矢理押し出し、怪訝そうに自分を見上げるサスケから視線を反らし立ち上がろうとした。しかし、
「うわっ……!」
布団についていた手首に熱を感じる。熱いと思う間もなくぐいっと力任せに引っ張られちょうど中腰の体勢だったナルトは、サスケの胸元に覆いかぶさるように倒れ込んでしまった。
「ちょっ、何しやがんだっ……ぶふっ……!」
そのままぎゅうぎゅうと頭を抱え込まれ、後頭部に押し付けられる何かを察して、ナルトは心の中で悲鳴を上げた。
(何やってんだ、何やってんだサスケの奴……っ!)
どうにもパニックにおちいったナルトは要領得ず手足をばたつかせる。
抱き込まれるなんて、しかも相手はあのサスケだ。彼の熱が服を通して自分に移ったみたいに顔に熱が集中するのが分かった。
おそらくは顔を押し付けて来ているだろうサスケの腕をバシバシとナルトは叩く。緩んだ腕からすかさず身をくねらせ抜け出したナルトは、ハァハァと荒い息をついた。いつもよりさらにボサボサになった髪が肩で息をする度にふわふわと上下に揺れる。
「い、いきなり何すんだってばよ、サスケ!」
ビシっと人差し指をサスケに突き付け、ナルトは裏返りそうな声で言い放った。あまりの非日常的出来事の連発にドキドキとナルトの胸はせわしない。
しかし、そんなナルトの様子などどこ吹く風のサスケは突き付けたナルトの人差し指に鼻を寄せた。
そして、
「なっ……!」
ぺろりとサスケの舌が、反り返るほど力を込めて突き付けていたナルトの指を舐めたのだ。
ぶわっと己の髪の毛が逆立った気がした。
「今っ……!おまっ、な、なっ……!」
プルプル震える指先とめいっぱい見開かれた丸い目がナルトの動揺を顕著に現していて、どもる彼が次の言葉がついて出る前に、
ガブッ……!
「いっ……!」
サスケが噛み付いた。
一瞬の間の後、ナルトの左手が振りかぶる。
「サ、サスケエエェ!」
バッチーン……!
とっさに繰り出された平手打ちは見事サスケの右頬に炸裂したのだった。


「なぁ、機嫌直せよサスケぇ。元はといえばおまえが噛み付いたりするからだろー」
ナルトはこんもりした布団に向かって声をかける。ぴくりともしないそれにやれやれと思うのはもう何度目だろうか。
ナルトは布団を頭から被り一言も言葉を発しないサスケに向かってもう何度目になるか分からない呼びかけを根気強くも続けていた。サスケの機嫌を取るだなんて、今までの二人の関係を思い返せば全くもって有り得ないことをしている自覚はあった。否、すでにここに来て有り得ない出来事は何度となく起きている。らしくないサスケに、それに引きずられているらしくない自分。しかし、体調も優れないようであったし何だか気になるではないか、とナルトは言い訳のような言葉を心の中で唱える。
「なぁサスケってば」
痺れを切らしたナルトは布団の中にいる物体を揺らす。やはりは反応はない。
(いったい何なんだってばよ)
「もうオレ帰るってばよ」
苛立ちのこもった声でそう言った。あれほど体調の思わしくなかった彼が、今はどことなく良さ気ではないか。人の指に噛み付くほどには。
ナルトがそう思って腰を上げようとした時、今まで無反応だったそれが、もそりと動いた。掛け布団の端から黒い髪がのぞき、くいっと上げられた顔にはくっきりと手の平型の跡が残っている。
「ぶっ……!」
それに加えしょんぼりした様子漂うサスケにナルトは思わず吹き出した。
「サ、サスケ。おまえ、今すげぇ変な顔してるってばよ……!」
こんな情けない風体のサスケは見たことがない。違和感を感じながらもナルトは声を上げて笑った。いつもクールですかしてて、口を開けばナルトを馬鹿にしたような事しか言わないサスケが頬にビンタの跡を付けてしょぼくれているのだ。これを痛快と言わずして何と言う。
「ホントおまえどうしたんだってばよ?もう体調は大丈夫なのか?」
良いんだったらもう帰るってばよ、と上機嫌にナルトが言った所でサスケは起き上がるとにっこり笑った。
「へっ?」
思わぬサスケの笑顔にしばしナルトの時間が止まる。初めて見るサスケの無防備な満面の笑みにナルトは普通であれば真っ先に思い浮かべる、可愛いだとか綺麗だとかそんな感情を飛び越えた領域に達してしまった。
(き、気持ち悪ぃってばよ……!そこは早く帰れウスラトンカチだろうッ?)
全く想像もつかない常軌を超越してしまっているものを見た時、人は真っ先にそう思うのかもしれないと、ナルトははにかむサスケを凝視しながら思う。
「サスケが……おかしくなっちまったってばよ……」
無意識に出た己の言葉にナルトははっとする。
(もしかしてさっきの熱でっ……!)
「サスケっ!」
ナルトは感極まったように叫ぶと今だにこにこと微笑む、見てくれだけは非常に目に幸せなサスケにがばっと抱きついた。
「おまえ、おまえさっきの熱で頭がおかしくなっちまったんだな……!でも大丈夫だってばよ、すぐカカシ先生呼んで来てやるからなっ。こんな時はイルカ先生よりカカシ先生の方がマシな気がするってばよっ!待ってろよサスケっ!オレってば絶対ぇおまえのこと見捨てねぇ……!」
ぎゅっとサスケのシャツをつかみ、しばしの同情という慣れない感情の発散をナルトがしているまさにその時、
「カカシなんざ待ってねぇし、むしろ今は見捨てろ、ウスラトンカチ……」
頭上から聞き慣れ過ぎた不機嫌を隠そうともしない憎たらしいサスケの声がした。
「ぎょわっ……!」
ナルトは一声叫ぶと、抱き着いた時同様バッとサスケから離れた。落ち着きかけていた心臓が一度大きく跳びはねた。俗に言う口から心臓が飛び出しそうというやつである。ナルトは余韻のようにドキドキする胸を押さえ、いつもの端然としたサスケを睨んだ。
「び、びっくりするじゃねぇかっ!」
「この場合それはオレの台詞だろうが」
「うぐっ……」
しっかり抱き着いていた自覚のあるナルトはサスケの言葉にぶわっと顔を赤らめた。何が何だか分からない。混乱する頭でも目の前に鎮座する少年は間違いなくナルトの良く知るうちはサスケだということは分かった。無理してんじゃないのか?と思えてならないナルトを見下ろす角度といい、左側だけ器用に吊り上げた唇といい、忌ま忌ましく思うことはあれ、
(か、可愛いだなんて誰が思うかってばよっ!)
ナルトは叫び出したい衝動をぐっとこらえ、自然低くなる声でサスケに話しかけた。
「サスケ、さっきまでおかしかったってばよ」
「みてーだな」
「みてーだなって、自覚あんのかよっ?」
「…………」
押し黙ったサスケにナルトも合わせるようにして口をつぐんだ。
しかし、
「ぶっ……」
「…………何がおかしい」
唐突に吹き出したナルトにいつもより輪をかけて不機嫌な声でサスケが凄んだ。
「くっくくっ、ひひっ……!」
そのサスケの様子にナルトは込み上げる笑いを押さえることができなかった。
だって仕方がないではないか、いくら不機嫌そうに凄んでみたって、いくらナルトに向かって威嚇をしたってその顔にはやはり見事な赤い跡があるのだから。
「えーと、サスケほっぺた、その……悪かったな……っ」
笑いを含むナルトの謝罪に、サスケは右頬を乱暴にこすった。
「手加減しやがれ、ドベが」
「それゆーならこっちはサスケの歯型が残ってるってばよ」
ナルトは噛まれた跡が良く見えるようにかかげた。こちらはそう痛いものではなかったが、驚きと反射的なもので力は入れてはいないが力を抜くのは忘れていたように思う。
「誰にも言うなよ」
サスケはまだしつこく頬をこすりながら、ナルトに釘を指した。
「面白れぇのに」
「一言でも漏らしてみろ、今までのてめーのドベっぷり全部サクラに言ってやる」
「ちょっ、それヒキョーだってばよ!それにオレ別にサクラちゃんに話されて困るよーな事ねぇもん!」
「あるともないとも取れる言い方だな。とにくかそーゆう事だ」
「ぐぬぬ……」
ナルトは二の句が告げなくなってサスケを睨み付ける。サクラを出されると途端に弱くなってしまうナルトだった。確かにサクラに知られたくないあれやこれやは思い返せばわんさか出てくるのだ。
「分かったってばよ。誰にも言わねぇ。で、さっきのは何だったんだってばよ?」
「憑かれてた」
「はぁ?」
やけに確信を持ったように言い切るサスケに、ナルトは信じられないと案に返す。
「何に憑かれてるんだってばよ」
そう問いかけながらも、確かにさっきのサスケは幼児返りしたような、小動物だったような。
(まさかそんなことあるわけないってばよ)
「狐だな。しかもまだ子供だ」
「げっ……」
「何だ」
「や、何でも……」
思わぬところで自分の憶測があたってしまったナルトだが、やはり素直に喜べるものではない。サスケが仔狐憑きだなんて笑ってしまうが、事に寄っては結構重大な問題ではなかろうか。信じがたいものの、まさにそれを見てしまっているナルトは信じざるを得なかった。
(だって、あのサスケが抱きついてきたり、舐めたり噛み付いたり……)
思い出して顔に熱が集中するのが分かってナルトはブンブンと頭を振った。
(か、可愛いだなんて思ってねぇもんっ)
「?」
怪訝そうな顔をするサスケにナルトは一度大仰に咳ばらいをするとひとつ気になっていた事を聞いた。
「それよりっ。何でおまえは狐なんかに憑かれたんだってばよ」
「知るかよ」
「そこまで解ってて肝心なとこは分かんねぇって」
「どうせ成仏できねぇとか、未練があるとかだろ」
付き合ってられるか、とサスケは毒づく。
「そんな言い方ねぇってばよ。可哀相だろ」
ぼそりとつぶやくナルトを奇異なものでも見るような目付きで見下ろしたサスケは、何か思い付いたように口を開いた。
「だったらてめーが成仏させてやればいーじゃねぇか」
「はぁ?」
「可哀相だって言うくらいならおまえがなんとかしてやればいいだろ。おまえが何もしねぇってんなら」
無理矢理祓うしかねぇな、とサスケはたいした事などないように言ってのけた。
「それは乱暴だってばよ!」
(あんな可愛いコを……!)
すでに情の移った感のあるナルトがサスケを非難する。
「だったらおまえが何とかしろよ」
「……何をすればいーんだよ?」
そんな生き物を成仏させるだなんてしたこともなければ方法さえ知らない。
「適当に満足するまでせいぜい構ってやったらいーんじゃねぇのか。幸いこいつはてめーに懐いてるようだし」
「懐いてる?」
「ああ」
その言葉にナルトの心はじわりと疼いた。今まで任務という名の動物愛護活動を数多くこなしてはきていたが、犬、猫、兎どれをとっても逃げられることは多々あれ、懐かれた事など一度もなかったナルトである。それもこれも自分のせいではなく、この腹に納まる九尾のせいだと思わねば随分と凹んでしまうほどの嫌われよ う。サスケにさえ負ける体たらくに若干トラウマ気味になっていた所のその言葉はまさに晴天の霹靂、ナルトの心に光明が射した瞬間だった。
「オレが面倒見てやるってばよ!」
これも人助け狐助けと思えばやれないこともないと、ナルトは無理やりそう思おうとする。それに、
「交渉成立だな」
にやりと笑ったいつもの嫌味なサスケの笑みにナルトは可愛くねぇと思いながらも、本当は何事もなく成仏してくれる事が望ましいと分かっているのだけれど、ほんの少しだけまたあのサスケの笑顔が見たいなとナルトは思ったのだった。


見るにも聞くにも賑やかなセル仲間がいなくなると、さらにここは寂しさが増すようで、しかしそれにサスケは少し安堵する。帰宅途中の身を苛むような苦しさはもうどこにもなく、ナルトに言ったような狐の気配など今は微塵もしない。しかし、
(こいつはちょっとやっかいかもな)
サスケはナルトの腕をつかんだ己の手の平を見下ろしながらそう思う。
先ほど共有した精神に否応なく流れ込んできたのは、間違いなく憎悪だ。殺意さえこもるその感情は真っ直ぐサスケだけを狙っていた。憑きものの事なんて詳しくは知らないが、少し調べてみた方がいいのかもしれない。
(あのドベは期待出来ねぇし)
ナルトに出した提案はその場の思い付きだ。ただ、彼にも言った『懐いている』というのは嘘ではない。共有する精神に一途に慕う感情が溢れていた。その感情の波に混乱しそうになるのだけれど、それはどこか心地よく懐かしさをともなうものだったのだ。
(それに好都合でもあるしな)
サスケはふっと口許を緩めた。
今だサスケはナルトという人物を理解できないでいた。サスケの中での人間関係というのは酷く簡単で「どうでもいい」と「役に立つ」という部類しかなかった。兄イタチを除いては。
ナルトという人はそのどちらにも属さない。間違いなく役には立ちそうにない仲間というくくりで、しかしどうでもいいとも思えない少年。いつも騒がしく、呆れるほどひた向きで、こんな馬鹿は他に知らない。
だからもっと知りたい。
己の身におきていることは到底無視できることではなかったが、もう少し彼に構われるのも悪くはないかもしれないとサスケは思う。
「オレも相当の馬鹿だな」
小さなつぶやきは広い屋敷に溶けるように流れていった。

こうしてサスケとナルトの奇妙な交際とも呼べる時間が始まったのだった。




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