†††金蘭の交わり†††



あれから頻繁にサスケと子狐は入れ代わった。それは徐々にとかそんな可愛いものではなくて、突如として現れる。ただ決まって子狐はナルトといる時に出てくるらしい。「だから懐いてるって言っただろ」と言うのがサスケの言い分である。
なぜサスケに憑いているのかに関しては聞いてみても相変わらず知らないの一点張りで、憶測ではあるのだが、自分と一緒の時にでも任務中などは差し支えなくこなせている事から、特に現れるのはうちは邸付近に限られているよう。だからあの屋敷で事はおきたのではないかとナルトは睨んでいる。
(狐の恩返し?)
そうであれば何とも可愛らしい奴である。
縁側で気持ちよさ気に眠るサスケを見下ろし、ナルトはそんな事を思う。小春日和と呼ぶに相応しい本日をナルトはうちは邸で過ごしていた。緑の清しい香りを乗せた風がサスケの髪をそよそよと揺らす。やわらかく閉じられたまぶたとうっすら開いている唇がいつもより彼を幼く感じさせた。
サスケとは任務で何度も夜を共にし寝顔も今までに見る機会はあったが、ここまで無防備である事はなかった。小さな寝息が彼の眠りの深さをあらわすようで、
(オレも眠たくなってきたってばよ)
ほろほろと降りそそぐ優しく暖かな陽の日も手伝って、ナルトは小さくあくびをした。光りを集めやすいサスケの髪を飽きることなく撫でていたナルトの手も自然ぬくもってゆく。
太陽とサスケの体温を感じた。指の間を流れる髪の感触が心地良い。
「ふぁ……あぁ」
本格的に眠りが訪れてきたらしい。重たく感じるまぶたにつられるようにナルトの視線も自然下がり、サスケのあどけない寝顔に口元がほころんだ。
このまま自分もここで眠ってしまおうか。
そんな優しい誘惑にかられていた時、眠気に止まっていたナルトの手にサスケが頭をすりつけてきた。
「……あ」
自分を求める直接的なサスケの親狎に、ナルトの中でサスケに対して今まで感じたことのないような愛しさが込み上げてくる。どうにか発散させたい、ぶわっと広がるような衝動。絶対的庇護者に対する理由なき情愛だった。
ナルトはサスケが眠る隣にころんと横になる。思ったよりも顔が近くて少しどきりとした。自分の呼吸すら気遣う距離に、長くはないが濃い影を落とす睫毛から凹凸のある喉元へと視線が移る。首筋を隠す黒い髪がやはりさらさらと風に揺れた。はらりと頬に流れ落ちたそれを払おうとして伸ばした手が、
「…………?」
少し冷えたサスケの手に重ねられる。触れる程度の軽い接触。
「……さすけ?」
どうしてか声は小さくなった。今のこの空気に色を添えたくなかったのか、それとも確証のない問いかけの気負いからか。だからゆっくり開かれ覗いた瞳にナルトは彼の色を探していた。
いつもの眼光鋭い激しさは影をひそめ、光彩と瞳孔の境目の曖昧な黒がナルトを見つめる。
その熱心にも思える視線にたえかね、重ねられた手に視線を向けた。少しだけ握り込むように力が入れられる。
(おまえ……どっち……?)
ナルトはそのサスケの手を払いのければいいのか、握り返せばいいのか考えあぐねていた。もし彼が仔狐だとしたらこの重ねられた手を握り返してやりたい。一途に自分に懐き、身を寄せる彼はナルトを不思議に優しい気持ちにさせた。しかしもし彼がサスケだとしたら。
(サスケだったらこの状況ありえねぇってばよ)
だから今こうやって手の甲に感じる手のぬくもりは小さな動物の癒しだ。
こんな友達みたいな距離の、家族みたいな接触なんて、本当のそれらを知らない自分に求められてもそれはとても困難なことで。自分に欠けている物を再確認しているような感覚におちいった。これを本当だと認識するには自分はサスケのことを知らな過ぎるのだ。
いくらその瞳の奥に見慣れた色を感じたとしても。
(サスケはこんなに優しく触れてこねぇもん……)
「……さすけ」
また少し彼の指に力が込められた。柔らかな手だった。自分と同じ感触のそれを今まで自分は知らなかったんだなぁと、思ってナルトは少し切なくなる。そして本当の意味でこの手は同世代の彼の手ではないのだ。多分……、きっと……。
(違うだろ?)
ナルトはサスケなんて嫌いで、でもさすけは結構好きで。だからこれがサスケだったら、なんて思うのはおかしい。でも、
(……あ)
サスケの切れ長の目がゆっくりと細められた。覗き込むような仕種。
(だから、どっちなんだってば……)
しかし、それは言葉にはならなかった。もし彼がサスケならばこの有様は酷く滑稽で。だってそうだとしたら、
この手を、離さないといけない……?
ナルトはまだどこか丸みのある手からこちらを見つめるサスケを見上げた。
しっとりとあたたかいこの手と手の間に冷たい風が吹いてしまうだなんて、今はたえがたいと。
もう少しだけサスケとこうしていたいだなんて思ってしまった。
ざわりと風が吹いた。
白い頬を滑り落ちる黒い髪が、見つめる黒い瞳とナルトとの間にある空気をゆるやかに遮断する。一瞬のゆらめきと錯覚。
そうして、この手に重ねられた熱はいつまでも去ることはなく、閉じられたまぶたは今度こそ開くことはなかった。


サスケに憑く狐は徐々に言葉を覚えていっているようであった。片言ではあったが意思の疎通はどうにか出来ているようである。今のところ大事にはなっていないが、早々にでも片付けてしまわねばならない珍事であるとはサスケも思っている。しかし、
(あんな顔するんだな)
普段自分に見せることなどまずないナルトの表情がサスケには眩しくて仕方がなかった。
初めはぎこちなく接していたナルトもさすけのする悪戯に苦笑し、じゃれつく彼に満面の笑みを見せ、そして少し舌ったらずな調子で名前を呼ぶのだ。どれもこれも自分には向けられたことのないもの。確かに見聞きしているのは自分であるのに、どうしてもそれを認められないでいるのは、ナルトがさすけと認識しているからだ。だから時々サスケは入れ代わった後も曖昧にナルトと接していた。どちらかと判じ兼ねていてもナルトはサスケに触れる手を離したりはしなかった。それは自分でも驚くほどの喜びが胸に広がり、同時に彼に嫉妬した。それでもその喜びがどうやら勝るようで、今だにサスケはこの状態を憂いながらも続けているのだ。
そして表に現れる彼はとても分かりやすかった。現れるのはまずナルトがいる時。我慢ができずになりふり構わず出てきては、ひたすらナルトのそばにいたがった。しかし、自分を心底憎んでいる彼はサスケが強い喜びを感じた時、それを嫌うかのようにナルトとの接触を断つ。つまりは自分と入れ代わる。随分と気性の起伏が激しい奴だ。
だからこそ一族の敵と、うちはの生き残りである自分を呪い殺し復讐しようなどと思うのだろう。
成仏させるという大義名分の元、今サスケとナルトはお互いのこの距離を許していた。仮にサスケが己に憑くものを無理矢理にでも祓ってしまった場合、この不思議なナルトとの交際はなかったことになるんだろうと思う。ナルトが好いているのは自分ではない。でも、
「サースケー」
ガサガサと葉を揺らし現れたナルトに、サスケは屈んだまま振り返った。
「もう見つかったみたいだってばよ。今日の任務はこれで終わり!」
「ああ」
サスケは短く返事をすると立ちあがった。
本日の任務は昨日から野山に入ったまま行方知れずになっていた少女の探索。動ける村人総出の探索に指揮はカカシが取っていた。
「インカムで呼べば良かっただろ」
「うん。でも近くにいるの分かってたし」
そうサスケに言ってにかっと笑ったナルトに、サスケは小さく息をのんだ。今まさに渇望していた思いが現実となって、サスケの反応が遅れる。
「ちょっと一緒に来て欲しいとこがあるんだってばよ」
ナルトはサスケが何か反応を返す前に、上機嫌なままサスケの手をつかむとズンズン進んでいく。
「おいっ」
サスケの意向など完全無視のナルトの行動に一応は非難の声を上げた。しかし振りほどくことはしない。
「すぐ近くなんだってば」
離す気も譲る気もないだろうナルトの言葉にサスケはやれやれと手を引かれるままに足を進めた。
しばし無言のまま二人は道なき道を行く。
あれから、ナルトが成仏させてやると宣言した時から、彼の自分に対する接し方は変わったように思う。表情は相変わらずふてぶてしく、憎まれ口を叩くことに変わりはなかったが、こうしてサスケに触れることに対しては随分抵抗がなくなったようなのだ。これもサスケに憑く狐がところ構わずナルトにすり寄り引っついては離れないということを、彼が転げ回って笑い出すまでやり続けている結果だろう。
「まだか」
元々動き回っていたせいで上がっていた体温は、もちろん例外なく手の平にも汗を生みだす。ぬめりをおびた繋いだ手がサスケは気になって仕方がなかった。より相手の感触や体温が伝わってくる。
「ほら、あそこ」
空いた手で指差す方にサスケも目をやった。
深緑と黄色と空の青が何十もの色の重なりで目に飛び込んできた。木々のひらけた眼下には一面黄色のじゅうたん。
圧倒される。演習場ほどの広さのそこは強く吹いた風にむせるほどの蜜の香りが漂っていて、しかしその甘さより真っ先に瞳を通して感じる一瞬の快感に目が眩んだ。
「……菜の花か」
「なっ?スゲーだろ?良いにおいもするし!」
ナルトは少し興奮したようにサスケを振り返ってそう言った。こんな時ナルトの瞳は分かりやすいほどに表情を変えた。嬉しいとき、興奮している時は何より顕著だ。サスケと違って瞳孔と光彩の色の違いがはっきりしている彼の瞳は、そんな時決まって虹がかかった空のように見事な蒼に染まる。
今まさに快晴。
この菜の花畑の中に入りたくて仕方がないんだと、その目が語る。純粋に綺麗なものに囲まれたいだなんて小さな子供が思うことだ。丸みのある頬や手をしていたって、この金髪の少年も自分も忍で。
しかしナルトはサスケの手を離すことはせず、それに自分も振り払うことはできなかった。
戻るぞと、一声かければそれですむ。たったそれだけでこの繋がれた手は離れていって、今色が映りそうなほど甘く香る場所から、春の気配を切り取ったようなこの景色から逃げ出すことができるのだ。だから、その言葉が出てこない自分は、
彼だけが傍にいればいいだなんて、そんな馬鹿げたことを本気で思ってしまいそうになる。
今の自分にはおまえしかいないんだと。
別にサスケは今の境遇に悲観も絶望もしていない。そんなもの嫌というほど飲み込んできた。今望むのは己の向上のみ。そうでなければならない。
そうでなければ。
なのに、この麗らかな春の日差しはどうだ。
目に鮮やかな極彩色の花々が風に揺れる様は。
隣で笑う少年の健やかさは。
どれもサスケの胸中を揺さぶるものではないか。
衝動が、
光の道へと続く羨望が、
違えるだろう自分にこの後景を生涯忘れたくはないと。
「サスケ……?」
黙ったまま動かないサスケにナルトは声をかける。ゆるめられた彼の手を、すり抜けない強さで握り返した。
「あのさ。ここ見つけた時、本当はさすけ出してくんねぇかなって思ってたんだけど」
ナルトが前を向いたまま、いつもより抑えた声で言う。
「さすけだったらこれ見たら喜ぶかなって」
でもさ、とナルトは一度そこで言葉を切った。言いよどむような、珍しく考えてから口にしようとするような音の迷いがサスケの胸を騒がせる。
自然、繋いだ手に力がこもった。
それに続くようにうつむいた彼の頬や耳が少し赤く見えるのは、空が端から茜色に染まり始めたからだろうか。
「今はなんか……うん…………。サスケでもいいかなって思ってるってばよ」
ナルトの素直なような、それでいて意地を張っているようでもある、優しい告白。絶対でも独占でもない淡い想い。形のない曖昧な感情はそれでも自分を選んだ。
少しの間うつむいたままだったナルトがおもむろに顔を上げる。
「サ、サスケ。皆も待ってるから戻ろうってばよ……!」
急に恥ずかしくなったのか、バッと手を離すとナルトはくるりと背を見せた。この菜の花に負けないほど見事な彼の金の髪からのぞく耳は、やはり赤味を帯びていて、
「でもは余計だ。ウスラトンカチ」
サスケはつられて熱が上がりそうになる自分を抑えるために軽口を叩く。すぐに「やっぱり、さすけの方が良かったってばよ!」と先を歩くナルトから憎まれ口が返ってきた。
そのいつものナルトの様子にサスケの口元の端がゆっくり上がる。そして一度だけ振り返り、その絶景ともいえる色の乱舞をサスケは目に焼き付けるように眺めた。手の平にまだ残る熱を意識しながら。

完全に茜色に染まる前の空と、菜の花の黄金は今まで見たものの中で一番美しかった。







こんいろ。あいこん様への捧げモノ第2弾ですv
随分と遅くなりましたが2万打おめでとうございます!!もう3万打いってしまいそうよね><
あいこん。さんは手フェチとの事なので、今回はその辺を意識しました^^お気に召して頂けたらいいのですが。

08/05/29(明瑚)



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