†††金蘭の交わり†††



さすけは良く眠る。元が狐だからか子供だからか。どちらにしろ良く眠った。そうしてサスケが覚醒する。相変わらずナルトには彼が口を開くまで『サスケ』なのか『さすけ』なのか区別がつかなかった。さすけになった時はすぐに分かるのに。
そもそもナルトはなぜさすけがサスケに取り憑いているのかを知らない。成仏させてやるにしてもまずはそこからなのではないだろうか。
ここ最近さすけは言葉を覚えていっている。そろそろかもしれないとナルトは思っていた。さすけといると楽しい、嬉しい。その後のサスケとのやり取りも今は悪くないと思っている。さすけが現れてすでに一月半が経っていた。サスケの態度は変わらない、ただナルトとさすけのすることを遠くで眺めて許しているような感じであると言えばいいだろうか。嫌な感じはまったくしなかった。
「なぁ、さすけ」
ナルトは相変わらずのスキンシップを迫ってきていたさすけをどうにか落ち着かせ、自分の両足の間に身を寝そべらせて太股に頭を預ける子供の髪をすきながら声をかけた。眠いのか返事はなく、小さく身じろぎしたことでそれに返す。
今日はあいにくの雨だった。任務中雨具を着ていてもナルト同様サスケの髪も濡れていたようで、指の間を滑るさすけの髪は少し引っかかりはあるものの、今は随分かわいていた。
この時間がなくなるのは惜しい。そう思わずにはおれなかった。
「さすけってば何でここにいるんだ?」
髪をすく手はそのままにナルトはさすけに問いかける。起きていたさすけは起用に体を反転させるとナルトを見上げた。その瞳に困惑の色を見つけてナルトは小さく嘆息する。
「そんなの分かるわけねぇよな。オレも何で生まれてきたのかって言われたら分からねぇもの」
ナルトはぽふぽふとさすけの頭を叩き、定位置であるように手をまた子供の髪に差し入れた。
「でもさー、おまえはここにいたらダメなんだってばよ。他に行くトコがあるんじゃねぇの?」
さすけの黒い瞳がふいと反らされる。
「……なると、おれ、キライ……?」
酷く言いにくそうにさすけは口を開いた。話せる言葉数はまだ少なく、なると、さすけ、すき。それに、キライも覚えてしまった。後はごはん、ねる、はな、そら、さすけの口からは主にこれらがよく発せられた。
「違うってばよ。さすけはお父さんやお母さんのトコに行かなくていいのか?って聞いてるんだってば。覚えてない?好きな人」
ああ、とさすけは納得したような顔をするとムクリと起き上がった。ナルトの両足の間にうまくおさまるようにしてさすけが正座する。
「おれ、すき、なると」
さすけはそう言うと、嬉しそうに破顔した。
ナルトはそれを見た瞬間ぶわっと顔に熱が集まるのをおさえられなかった。今までにも散々抱きつかれたり、顔中を舐められたりもしたけれど、もちろんそれもナルトからしてみれば十分予測不可の出来事だったのだけれど、こんな顔して、でもサスケの声で、しかもそんな言葉。
(カカシ先生のマスクの下を見るくらいありえねぇってばよ!)
動転のあまりナルトはにこにこと笑うさすけの顔面をつかみ顔を背かせた。空いた手で己の顔も隠す。
「今は見んなってばよ……!」
(こ、こんな格好悪い顔、サスケに見せらんねぇ……!)
きっとさすけを通して見ているだろうサスケをナルトは意識する。いくら何でも『すき』と言われて頬を染めてみましたなんて、どううまく言い訳してみても恥ずかしすぎる。
どうにか顔に集まる熱を発散させ、イヤイヤと首を振るさすけの顔から手を離した。
「えと、その、何だ。さすけの気持ちはよーく分かった、うん。でもな、おまえはずっとここにいちゃいけないんだってばよ」
「……なると、おれ、キライ……?おれ、なると、すき…………すき」
「だーかーらー…………!」
必死に訴えてくるさすけにナルトは身を引きながらも、やはり込み上げてくる嬉しさは顔に現われてしまうようで、眉をよせて困って見せてもゆるむ口許は隠しようがなかった。
「……オレもだってばよ。……えーと、うううーん、あー。オレもさすけが好き」
真っ正面から見ることなんてできなかったから、視線を反らした先の雨で濡れそぼる庭に逃がしてそう言った。
「うれしい。うれしい!」
「え、あー、っと、うわっ!さすけっ!ちょっ!」
間違いなくナルトの言葉を理解したさすけは嬉しさのあまり両手を広げて突っ込んできた。そろそろ突飛なさすけの行動に慣れてきていたナルトは咄嗟に右手を 後ろについて体をささえる。ぎゅっと背に回るさすけの腕を感じた。尻尾があれば千切れんばかりに振られているのが安易に想像できるさすけの甘えっぷりだった。
「うれしい、なると。おれ……すき……すきだ……」
額をナルトの胸元にぐりぐり押しつけてさすけは必死に言葉を探す。誤解しようのないさすけの言葉にナルトは愛しさがこみ上げる。このまま抱きしめ返したい衝動にかられてナルトがさすけの背に手を回そうとした時、先ほどまでせわしなくナルトに体を擦り付けていたさすけの動きが止まった。
(サスケ?)
彼の背に腕が回る前にナルトはサスケ出現の予感にピタリと動きを止める。ナルトにとって非常に気まずいタイミングで入れ替わる二人に、さすがにナルトの警戒心も日々高まっているのだ。先日などはナルトのシャツにさすけが頭を突っ込んだ状態で入れ替わるものだから、その後の気まずさといえば最高潮だった。 『おまえも好き勝手されてんな!』という理不尽な言葉に腹を立てながらも、サスケはそれこそトマトのように顔を赤らめていた。恥ずかしいのは自分だけではなかったのだとナルトの溜飲も下がったものだったが、だからといって何度も経験したい出来事では断じてない。
「どうしたってば?」
しがみついたまま動かないさすけにナルトは声をかけた。
「なると、さすけ、すき……?」
「え……?さ、さっきも言っただろ……好きだって」
「おれ、ちがう。さすけ」
そう言ってさすけは自分を指差した。それを見たナルトはえー!?と心の中で叫ぶ。
「サ、サスケっ?」
「すき?」
答えを急かすようにさすけはさらに問い掛けた。
(そんな本人目の前にして言えるわけ……っ)
そこまで思ってナルトは自分はそのさすけの問いにどう答えようとしていたのか気付いてしまって、手の平にじわりと汗がにじみ出た。
(うえええええっ?)
じっとナルトの様子をうかがうさすけの視線に気付いてナルトは背筋を伸ばす。顔が少し熱い。
「さすけ、すき?」
「サスケなんか……好きじゃねぇってばよ。いつも人のことバカにした呼び方しするし、いちいち細かくてうるさいし……」
ナルトはうっかり覗いてしまった己の気持ちに動揺してしまい、その場をごまかすようにサスケの悪口を吐き出した。
(そりゃ、最近はそんな嫌な奴じゃねぇかもって思うようにはなってきたけど)
だからといって全面的に好意を表すにはまだ自分達は意地をはっているところが随分あって、意識し過ぎている。相手がどう思っているかが分からないから先に認めたくない。負けを認めるような気がして悔しいのだ。
「キライ?」
「………………嫌いだってば」
好きというより、嫌いと言ったほうが気は楽だ。そうしたら相手も嫌いだと判った時にそんなに傷つかなくてすむ。好きだと分かったら単純に嬉しい。そんな風に思うのはサスケだから。
ナルトのまわりは単純だった。好いてくれる人がとても少なかったから彼らの好意はストンと、本当に名前を呼ぶ声ひとつで伝わった。 そして嫌う人達はその目線ひとつで理解できた。
でもサスケは興味のないような目でナルトを見つめながらも手をのばしてくるから距離をつかみそこねそうになる。冷たい声で突き放すように、名前さえ呼んでくれないから自分の位置が分からない。彼の中で自分の占める位置がつかめない。なのにたまに伸ばされるその手は冷たいのにあたたかく感じたりするものだから。
(……あの菜の花畑のときだって)
当初ナルトはあの場所を見つけたとき、真っ先にさすけに見せてやりたいと思った。そこはここから遠く離れているものだからさすけは出てこれないだろうなと思いはしたが、もしナルトが本気で願えばそれも叶うんじゃないかと思ったのだ。しかし、いざその後景を彼と目にして、風を感じて、何も話さず隣で静かに手を握り返したサスケを意識した時、こんな事を自分は強く望んでいたのだと思った。
心かよわすような、世界中にたった二人しかいなくなってしまったような。
大きくゆるぎない不変を目の当たりにした畏怖と畏敬をともに共感した瞬間。
心に焼き付くほど強烈に瞳が映した一瞬は、耳がとらえた葉ずれの音も、体に染みる甘い香りも、手の平が感じた互いの体温も、二人だけのものだった。
なのに今口から出てきたものは、何の思いやりのない自分勝手な言葉。
「……なると、さすけ、イラナイ」
「それどうゆう意味だってば?」
胸元から聞こえる暗い声にナルトは意味を分かっていながらも聞き返していた。
「キライ……イラナイ、イラナイってこと」
「何を言って……?」
ぎゅっとしがみつき顔を上げようとしないさすけにナルトは不穏なものを感じて引き離そうと肩をつかんだ。
「なると、すき。おれ、さすけ、キライ、うちは、キライ、ニクイ……!なると、さすけ、キライ、イラナイ……!」
「さすけっ?」
自分の言葉に興奮したようにガクガクと震え出したさすけをナルトは無理矢理引きはがす。黒い瞳が見開かれた淵から涙がこぼれ落ちていた。何かを耐えるように苦しげに歪められた顔はナルトの良く知るサスケのようで、しかし見たことなどない苦悶の表情だった。
「なると……すきっ…………なかまっ、さいごの……!ああ……すき……すきっ……!」
「どうしたんだってばよ、さすけ!」
すがりつくように感情を高ぶらせそれを無遠慮にぶつけてくるさすけにナルトはどうしていいのか分からず、ただ落ち着かせようと強く頬をなでることしかできなかった。ナルトのTシャツを握る手はそのままに項垂れたさすけの瞳からポタポタと落ちる涙がズボンを濡らす。
憎悪、困惑、悲哀。織り交ぜられた悲鳴のような叫びにたまらずナルトはサスケの頭をかき抱いた。
「さすけ、落ち着けっ!」
「ニクイ、うちは!イラナイ……!フクシュウ……!みんな、コロサレタ……!みんな……おれも……!」
「皆殺されたって、どういう意味だ?おいっ!何、する気だってばよ、さすけ……ッ?」
触れるさすけの体が異常なほど熱を帯びたのをナルトは感じとって、嫌な予感に自然鼓動が早くなった。
「く……ッ!」
背をさすろうとして伸ばした腕が振りはらわれ、さすけはどっと畳に転がった。一度反転させると身を丸めて苦悶の表情を見せた。呼吸は荒く合間にうめくような声を聞き、ナルトは慌てて手を付いてさすけのそばに寄る。肩をつかんで揺さぶった。
「さすけ?急にどうしたんだってばよ?なぁ!苦しいのかッ?」
「……は……っ。く…っそ……!」
「サスケッ?」
ナルトのシャツをぐっとつかんだサスケにナルトはその手をにぎり返し彼の名を何度も呼んだ。
「……聞け、ナル……トっ。ヤツはうちはを恨んでる……うちはのオレもな……」
「そんな……さすけが……」
「……いーか。……酉の蔵……一番奥っ…左から二つ目の棚が扉になってるから……祭壇の箱……とにかくその上にある奴全部……壊せ……っ!」
切羽つまったように、苦しげにサスケはまくし立てた。
「酉…の蔵?えと一番奥の扉……?」
「飛ばすなっ……!この、ウスラトンカチ……!」
そんな一気に言われてこの状況で覚えろだなんて、ナルトの頭の中はまだ現状が把握できていない。だからといって、この緊迫した中でさすけの事やサスケがなぜそんなに苦しそうなのかを聞くような愚行をしないだけマシだろうとナルトは思うが、そうではない!と意識をサスケに向ける。
「一番奥の左から……二番目の棚だ。ヤツを祓う、行け……!」
「祓うって……!」
その言葉に嫌なものを感じてナルトは立ち上がるのを逡巡する。サスケはナルトの様子にクソっと悪態を穿くとギロリと睨み上げた。
「いーか!……やつらの一族をうちはが目茶苦茶にした……!やつは……うちはの生き残りのオレが憎くて仕方ねぇんだ……!」
ガハッとサスケは咳込むと胸元と喉に手を押し当てた。苦しさをまぎらわすように体を反転させ仰向けに転がった。脂汗がにじみ前髪が額に張り付いた苦しげな彼の様子にナルトは迷いを振り切ると一気に駆け出した。
「貸しだからな、サスケっ!」
「元はといえば……てめーが……!」
裸足で縁側から飛び出し水を吸った土を蹴り上げ走る。酉の蔵というだけあって方角は西だと辺りをつけ庭を回った。伸び放題の草木を手で払いながら駆け抜ける。足元には雑草に埋もれた飛び石があることから、ここをたどれば目的の蔵まで行けると確信してスピードをあげた。
サスケの言った事をナルトは反芻する。
(復讐だなんて……!)
進路をふさぐ枝葉をパシンと払った拍子に貯まった雨粒が勢いよく降りかかる。元は行儀良く剪定されていただろう庭木を抜けた先に蔵と言うには随分大きい建物を見つけてナルトは入口まで走り込んだ。錠鍵が見えた瞬間ギクリとしたが有り難いことに施錠はされておらず、それを乱暴に取り外すと重たい扉を押し開い た。
「一番奥の左から……っ」
中は薄暗くもちろん明かりなど灯っていない。天井近くに明かり取りの窓があるだけであったが、それでもないよりはマシだとナルトはいくつも並ぶ棚の間を走り抜ける。
「左から二番目って言ったよなッ?」
目的の棚の前で立ち止まったナルトはそれに手をかけた。
「どーやって開けんだってばよこんなのっ……!くそっ……!」
渾身の力で押しても引いてもびくともしない棚にナルトは焦りから悪態を吐いた。雨に濡れて張り付くTシャツに嫌な汗がにじむ。サスケの様子を思い出し反対に手が冷える思いがした。
急げ、急げよと鼓動がざわめき出す。
蔵を間違えたかと思った瞬間、薄暗い中でも見えた赤にナルトは慌てて棚に納まる書物や箱を引きずりだし床にぶちまけた。棚の奥に貼り付けられたナルトも知る目立つ幻術札を見つけて震えそうになる指で印を組んだ。
「解!」
そう唱えた瞬間目の前にあった棚が視界から消える。隠し部屋のトラップにしてはアカデミー生でも解せる安易な仕掛けに、これがただ一人だけにサスケが施した術札であると予測をつけた。さらに暗い部屋へと足を踏み入れる。部屋の奥、祭壇というには簡素に過ぎる飾り棚にはいくつもの巻物、術札が乗っていてちょうど真ん中には一段高く儲けられた台に申し訳程度に紫色の布が掛かっていた。
その上、元は何かをかたどっていたと思われる砕けた破片が大小散らばってい る。
「何だってばよ、ここは……」
何かの実験か術の研究が行われていたような殺伐とした異様な空間。しかし一方的に荒らされ破壊されたように床には無数の元は巻物、書物だっただろう残骸が散乱していた。足の裏に感じる砂利のような破片は祭壇のそこここに散らばったものと同じかもしれないと直感する。
「壊すって、もうほとんど……」
(これか……ッ?)
真ん中に何かを奉るように設置されていた台の布を取り去った。台であると思われたそれは箱であったようでナルトは蓋を開ける。中には同じ布で丸い何かを包んでいた。
(ああ、これは……)
ナルトは怯みそうになる手を叱咤してその包みを手に取る。布に守られたそれを取り去ることはできなかった。
なんという軽い重み。なんというもろい存在。
ナルトの小さな手にも簡単におさまってしまうそれは、しかし重い命のひとつなのだ。
サスケの言った『壊せ』と言ったモノこそ、これであると確信して、手が震えた。力を込めたせいではなかった。自分の意に反して震える手はそれ以上の力を加えようとはしない。
(イヤだ……)
無情にも奪われただろう命に、今自分は何をしようとしているのだろう。この小さく、本来ならば守られてしかるべき尊っとい命だ。
(でも……サスケが……)
この部屋に入った瞬間、ここで何が行われていたかナルトにも簡単に想像できた。憎いんだとむき出しの感情をぶつけてきたさすけの無念を思うと今涙がでそうになるほど胸が苦しい。しかし、その憎しみは真っ直ぐサスケへと向けられていて、確実に彼の命を奪おうとしていた。
「オレってば……っ」
その時背後で風が動いた。ナルトは身構えるようにして振り返る。入口にもたれ掛かるように、酷く消耗した様子のサスケが立っていた。荒い息遣いが聞こえる。
「な……にやってやがる、ウスラトンカチ……っ」
「サスケ……!」
「壊せっつっただろうが……!」
「……でもっ!」
「くっ……」
サスケはガクリとその場に膝をついた。今彼の身に何が起きているのかは分からないが、それがサスケの体を蝕み消耗させていることは、手を床について大きく喘ぐ様子から感じ取れる。サスケに慌てて駆け寄ろうとしたナルトは、苦しむ彼が一度大きく体を戦慄かせたのを見て二人が入れ替わったことを敏感に感知し た。
「あ……あ、さすけ」
「……いや……だ!なると……!」
顔を上げたさすけが叫ぶようにナルトに訴える。黒い瞳がたたえられた激しい狂気に濁った色を見せ、焦点の定まらない危うさがナルトの焦りを増長させた。
「もう、やめろってば、さすけっッ!」
「いやだ……!なると、いった。さすけ、イラナイ。さすけ、キライ!おれ、フクシュウする!ニクイうちはに……!」
その言葉を聞いてナルトは先ほど己がさすけに言った最悪な嘘を後悔した。
(オレってば最低だ……!)
ただ、悔しいからとか、恥ずかしいからとか、そんなちっぽけで情けない気持ちでさすけにもサスケにも嘘をついた。そしてこの様だ。
「違うんだってばよ、さすけ!」
ナルトは紫の包みを右手に持ち、膝をつくさすけに駆け寄った。
「オレは……っ!」
腕を伸ばした。
雨に濡れた体は服を通してもその冷たさをナルトに伝えてくる。
「オレ……っ。サスケの事、嫌いじゃねぇってば!大切な……仲間なんだ……!」
ナルトの腕がさすけの背にまわり、空いた手は引き止めようとするように濡れたシャツを強くつかんでいた。さすけの嘆く感情はナルトの知らないものだ。親しい者たちと引き裂かれる憎しみを持った強い悲しみ、無念に奪われたその命、一人取り残された歪んだ精神。
「だって、なると、キライって、さすけ……!」
「好きだ……!嫌いじゃねぇってばよ!オレはサスケが好きなんだ!だからやめてくれさすけ!たった一人の……やっとできた仲間なんだ……!おまえが、 おまえがサスケが憎いって!復讐とかそこにいて思うんだったら……オレに憑けばいい!そしたらオレがおまえと一緒にいてやるってばよ!さすけが寂しくねぇように!憎いなんて思わねぇように!ずっとずっとそばにいてやる!」
だから、オレからサスケを……!と、ナルトは抱きしめる腕に力を込めた。自分の腕の中でどんどん冷たくなるサスケの体温を感じてなりふりかまわずのナルトの言葉だった。
奪わないでくれと、
そうナルトが強く思った時、冷たい腕がぐいとナルトを引き寄せた。左肩に重みを感じる。
空気が変わった。
激しい怒りと、深い悲しみと。愛憎で色さえ感じ取れそうであった狭い空間がいつもの静寂を取り戻す。
そして、強張っていた体から力が抜かれ、ナルトに預けられた穏やかな重みが増した。
「耳元で……うるせぇんだよ……」
掠れた声がナルトの耳に届く。
「サスケ?」
離れようとして、思った以上に強く抱きしめられていたナルトはそれ以上動くことができなかった。
「……恥ずかしい奴」
「なっ……?」
「でも、あいつ……いけたな」
落ち着いたサスケの声が、まだどこか興奮の淵にいる気持ちを落ち着かせるようにナルトの胸に響いた。
「もういないんだな……さすけ」
「ああ」
ほっとしたら足の力が急に抜けた。ズルリと任せるままにナルトは地面に座り込む。
「ちゃんと皆のとこに行けたかな……あいつ」
見上げた先の黒い瞳が細められた。小さな包みを両手で握り込む。やはりそれは小さく頼りなかった。
「……泣くのかよ?」
「な、泣かねぇってばよ!」
ナルトはふいと顔を背けた。
サスケのその言葉で込み上げていた涙は留まったようだった。ばつの悪い思いをしなくてすんだ事に、口悪い言い方をした少年にナルトは少しだけ感謝する。
「それ、埋めに行こう、ナルト」
ゆっくりと立ち上がったサスケが座り込むナルトに手を差し伸べた。
「うん」
つかんだサスケの手はあたたかかった。ぐいと引っ張り上げられる。
最初から好意だけを向けてくれたあの子はもういない。死者を想う心は痛む。悲しい魂だった。しかし、ナルトがあの子と過ごした数週間は間違いなく楽しく穏やかな記憶を残していってくれたのだ。きっとサスケにも何かを残していったんだと思う。
最後に悲しい言葉だけを残して逝かせてしまった居た堪れなさがナルトの心をすくけれど、今そばにある存在の確かさに救われる。明るく楽しい記憶だけを共有するのではなく、つらく悲しい想いも超えたところでこの友とは時を過ごしていきたいと思っている自分に気付いた。
さすけの嘆きがサスケに重なった。彼もあんな風に激しい憎しみを抱えているんだろうか。人を求めていたりするんだろうか。
だからいつか互いが、秘めた心の内をさらけ出すことができる日が来ればいいと思う。
―――五年後、十年後、いつかそんな日が来ればいいな。
ナルトは半歩前を歩くサスケの横顔を眺めた。繋がれた手はそのままで二人蔵を出た。雨はやんでいる。
厚く重なる雲の間から一条の光が見えた気がした。きっと錯覚。すでに辺りは薄暗い。それでも、
どうか安らかに、愛する者が待つ地へとその魂が導かれることを願う。
今はいなくなった色んな想いを二人に残していったあの子がもう迷わぬように、風に乗ってこの想いもゆっくり運ばれればいいとナルトは思った。





END





こんいろ。あいこん様への捧げモノ第3弾ですv
捧げモノになんちゅう薄暗いもんを・・・。愛は詰まってますm(__)m
そして一応これで「END」なのですが、おまけ話に続きます。日頃の感謝の気持ちがねちっこく続くようです><

08/06/29(明瑚)



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