†††金蘭の交わり†††



冷たい土が爪の間に入って気持ち悪い。それでも雨上がりの土は柔らかく小さな穴を掘るくらいと、ナルトは手が汚れるのもかまわず熱心に手を動かした。
「深く掘ってやった方がいいかな」
ナルトは無言で後ろに立つサスケに独り言のように話しかけた。小さく「そうだな」と返事が返る。
「その方がゆっくり眠れるかもしれねぇし」
もう少し、とナルトはさらに土をかいた。また沈黙が続く。しかし気まずい雰囲気はなく、相手を思いやる優しい空気だけが漂っていた。
「サスケはさぁ、知ってたってば?」
「何がだよ」
「さすけが復讐しようと思ってサスケに取り憑いてたって」
ナルトは振り返らずにサスケに問いかけた。空気に変化はない。ナルトは当初その事について何度もサスケ自身に聞いた。決まってサスケは知らないの一点張りだった。
「だからいざって時のために調べ回って準備してたのかよ?隠し扉の札はさすけを入らせないためだよな」
本当は問い詰めなくてもいい事なのかもしれない。結局さすけの魂魄はあの紫の布のように守られ祓われずに済んだのだ。今サスケの手の中で、その形を留め砕けずに納まっている。
「サスケからしたら敵ってか、危険な奴だったわけじゃん」
何で、放っておいたのか。 どうして、ナルトの好きにさせていたのか。
いつでも祓えた。
聞かずにはおれないではないか。きっとナルトの推測は当たっているはずで。きっと自分がサスケであったら同じ事をしたと思うから。確信したくて、どうして もサスケの口から聞きたくて仕方がなかった。
なぜならナルトはもうあの時、白状してしまっている。いくら切羽詰まっていたからといって、あれは立派な告白ではないかと思う。なかば無理やり引きずり出された胸奥の本音はサスケにしっかり聞かれているはずで、知られているはずで。なら、サスケも白状するべきだと思うのだ。
あの時間は尊いものだったと。この距離を何より望んでいたと。
だから、終わらせたくなかったんだって。聞きたくて仕方がない。
ナルトは手を止めた。振り返ろうか少し迷う。
「それ聞いておまえどうすんだよ」
いつもと変わらない感情のうかがえない声。どうとでもないと言うような、だからどうしたと言わんばかりの横柄にも聞こえるサスケの言葉に、ナルトは少し、結構、随分、落胆する。
「だっておかしいってば。そのせいでおまえ死にそうになってたじゃん」
「オレが祓うっつったらてめーが自分で成仏させるっつったんだろうが」
「そりゃ、そう言ったけど。でもそれが危険なことだって分かってたんだろ、サスケは」
「だから、何が聞きてぇんだてめーは。望んだ通り、あいつはちゃんと本来の道に戻った。何の不満が…」
「不満なんか……っ」
振り向いて見上げたサスケの顔を見て、ナルトは続く言葉を咄嗟に飲み込んだ。
部屋から洩れる明かりだけでもしっかり分かるほどに彼の頬は赤く染まっている。いつからそんな表情をしていたんだろうと、先にそちらに意識が向いてしまったナルトは言葉を続けることができなかった。目は反らされてしまったけれど、それが自分にも移ってしまったようで。顔にぶわっと熱が集まるのをナルトはどうすることもできずに、ただサスケから目を離せずにいた。だからドキドキと少し早く打つ鼓動を吐き出してしまいたくて、でもサスケの言葉に納得はできないものだから、口を開こうとする今の自分の目つきは酷いものだろうと、どこか他人事のように思った。
「不満なんて……オレばっかりがサスケ好きみてぇなこと言ってて嫌なんだってばよ……」
言ってしまってから、声の低さに反して言葉の内容は随分恥ずかしい内容なのでは、とナルトは少し焦る。視線を逃がしたい気分になりながらも、サスケの反応を見逃すものかとナルトはサスケを見上げた。
ゆっくりサスケの黒い瞳がナルトをとらえる。、少し俯いた顔はまだ薄っすら紅色を残していて、やはりナルトの胸は不規則に鼓動が打たれるのだ。
「……察しろ、ウスラトンカチ」
いつもの落ち着いた声で、いつもの口の悪さでサスケはそう言った。
その言葉にナルトは元から丸い目をさらに丸くさせ、そして眉を寄せる。口元は笑みの形になぞられていた。やはり、この友人から本音を聞き出すのは当分まだ先になりそうだと思いながら。しかし、彼のその照れた様子から、もちろん言葉の内容からナルトが望んでいたものに近いことは分かったから、ナルトの友情でもってして言及しないでおく。
「素直じゃねぇってばよ、サスケは」
「てめーも大概だろうがよ」
「さすけは素直で可愛かったってばよ」
「あいつの前じゃバカみてぇによく笑ってたよな」
「サスケは仏頂面しかしねぇ」
「てめーだってオレの前じゃ笑わねぇだろが」
「それはサスケがオレの前で笑わねぇからだってばよ!」
「人のせいにすんじゃねぇ、ウスラントンカチ」
「じゃあ、オレが笑えばサスケも笑うのかよ!」
「ああ、てめーが笑うんだったらそれくらいしてやる!」
「言ったからな!」
「てめーこそ!」
「………………」
「………………」
お互いタンカを切ったところで同時に吹き出した。
「な、何なんだってばよ!オレが笑ったらサスケも、笑うって……!」
「てめーはそんな……オレに笑って欲しいってのかよ」
「うっせ!察しろってばよ!」
「真似すんな……」
バツが悪そうにサスケは渋面を作った。そんな見慣れた眉間の皺もこうやってバカなことを言い合いながら見ると、何だか嫌な気分にならないではないか、とナルトは気付く。
「サスケ、埋めるから」
「ああ」
短く返事をするとサスケはかがみ、ナルトの掘った穴に丸い包みを置いた。脇によけていた土をナルトは両手で丁寧にかける。
「中、見たのかよ」
「ううん」
ナルトは小さく首を横に振って否定した。
「さすけを思い出す時、頭蓋骨で思い浮かべるより、サスケで思い浮かべたいじゃん」
自分で話を振っておきながら、サスケは気のない返答をする。それが照れ隠しであることがナルトには分かるから、そんな事は気にせず続ける。
「何でさすけは最初からオレに懐いたのかな。オレ動物には好かれたことねぇのに」
「……てめーの野性児っぷりに親近感がわいたんじゃねぇのか」
「相変わらずムカつく奴だってばよ」
「オレみてぇに殺されそうになるよりはマシだろ。仕方がねぇとは思わねぇが、あいつの家族、仲間をうちはが滅ぼした。見ただろ、口寄で呼び寄せた動物で実験してた」
「狐を口寄せして何の実験をするんだってばよ」
「さぁな。巻物や書物は全部読める状態じゃなかったから分からねぇよ」
どっちにしろろくな事じゃねぇ、とサスケがぼそりとつぶやいた。確かにこの惨劇はうちは邸で行われていた事であって、あまり深く関わっていいものかナルトも判じ兼ねる。
二人の間に無言の空気が流れた。最後に丁寧に土をかけ、地を固める。パンパンと手の平の土を払ったが、思ったより綺麗にならずナルトは仕方ねぇとズボンで手を拭こうとした。
「おい」
大人しくナルトの様子を隣でうかがっていたサスケが、ナルトの手首をつかんだ。
「誰が服、洗うと思ってんだ」
「え……あー……。うん、サスケ?」
ナルトはそう言うと困ったように笑った。
彼が洗うと言ったことで、まだ少しここに一緒にいれると分かってしまった。
でも本当はそれだけじゃなくて、ナルトの手の平の土を払いはじめたサスケの手がとてもくすぐったかったからだ。
こんな風景を小さい頃よく見かけたように思う。それは茜色に染まる公園であったり、清しい風吹く河川敷であったり。それはいつも自分とは本当に遠い場所にあって、まさか今、こんなに身近に焦がれた風景にサスケと自分がおさまってしまっているのが不思議だった。冷えた指先があたたかくなる感じがして。
「サスケ、汚れるってば」
気遣った言葉は届いているだろうに、つかむサスケの手は一向にゆるむ気配はなかった。
「かまわねぇ」
素っ気ないサスケの言葉ではあったが、触れる指先は自分よりあたたかでナルトはその手を振り払おうとは思わなかった。しかし素直にありがとうの言葉は出てこないようで、だからそんな簡単な言葉がまだ出てこない自分は、それより数十倍恥ずかしいと思われる心内はまだ当分サスケには聞かせることはできないだろうなと思う。
復讐という暗い信念に飲み込まれてしまったあの子に最後にぶつけたナルトの思いは、そのままサスケに向けたものでもあった。
一緒にいればいい。
毎日任務をこなして修行して、たまにこうやって理由なく時間をともにして、いっぱい喧嘩もして笑って過ごせればいい。そんな風にして自分たちはこのまま大人になっていくんだと思った。
相手はサスケ、それでいい。
膝を突き合わせた近い距離、伏せられた黒い瞳が優しい色をしていることに気付く。ナルトの口許に自然と笑みが浮かんだ。
それに気付いたサスケがいつもの憮然とした表情を作り、口を開く。
「最後の方あいつ不安定でおかしくなっちまってたけど、ぐちゃぐちゃんなった感情の中でも、好きなてめーの言うことはちゃんと聞こうってしてた。それおまえには分かんねぇだろうから。変わりにオレが言っとく」
最後にぐいと手の平で拭うように払われた。あまり綺麗になったとは思えなかった。だって濡れた土は執拗に貼りついてしまう。だから見下ろした四つの手はみな同じように汚れていた。
「ありがとう」
え?とナルトは顔を上げる。
「ありがとう……ってあいつが、おまえに」
かちあった瞳が一瞬ゆれる。サスケの深い声音に人伝てとは思えないものが含まれているような気がして、その言葉がじんわり沁みいった。
「え……あ、うん……」
「戻るぞ」
そう言って手を離したサスケがゆっくり立ち上がる。つられるようにナルトも並んだ。すぐに部屋へと向かったサスケの顔をじっくり見ることはできなかったけれど、多分ナルトの見間違いでなければ、その口元はゆるやかな弧を描いていたように思う。
「あー、冷えちまったってばよ!」
気持ちを切り替えるようにナルトは一声上げた。前をゆくサスケは振り返らないけれど、見せる背はさすけがいなくともナルトを拒絶しない。なぜならちゃんとサスケはナルトの言葉に返してくれる。
「それは遠まわしに風呂を催促してんのかよ、てめー」
「ちがうってばよ!……あ、でも服洗ってくれんだったらついでに風呂用意してくれってばよ。そしたら背中くらいは流してやるって」
ニシシとナルトはイタズラっぽく笑った。
「……遠慮しとく」
縁側の置き石に上がったサスケは憮然とナルトに返すと濡れたシャツを脱ぎだした。部屋から洩れる明かりがサスケの白い肌をぼんやり浮き上がらせる。彼の言葉に軽口を返そうとしていたナルトは突然のサスケの奇行に目を見張った。自然足が止まる。
サスケは脱いだシャツで汚れた足を拭うと、動かないナルトを振り返った。
「何呆けてやがる、早く来い」
「……呆けてなんかねぇってばよ!」
「だったら早くしろ。……ほら」

駆けるナルトにサスケはシャツを放ってきた。これでナルトにも拭けというのだろう。受け取ったはいいが、やはり人の服で足を拭ぐうのははばかられる。
「ちゃんと拭けよ」
そう言い残すとサスケは縁側に上がり廊下を歩いていってしまった。向かった方向から律儀に風呂を用意しにいったのだと思われた。このままここで立ち尽くしているわけにもいかないと、ナルトは手にあるシャツを見下ろす。
「ホント、スカした奴だってばよ」
なんというか、うちはサスケという男はどこまでも嫌味なヤツだとはっきりナルトは意識付ける。言うことひとつ、することひとつにいちいち気が向いてしまう。負けたくないとやはり思った。
(別にカッコイイとか思ってるわけじゃねぇってばよ……!)
ふと、ここにサクラがいたならば目をハートマークにしていただろう事に思い当たって、そんな事を考えてしまう自分を激しく否定する。
ナルトは手渡されたシャツでなかば乱暴に足を拭きながら、日頃の修行鍛練に筋トレ強化のメニューを付け足そうと切実に思ったのだった。





END





こんいろ。あいこん様への捧げモノ第4弾です。いい加減しつこくてゴメンなさい。
後編とはうって変わって、本来のほのぼのにようやく戻って参りました。あいこん。さん、いつも本当にありがとうございます~。こんなのじゃ日頃の感謝が伝わるとは思いませんが、気持ちはめいっぱい、余分に詰め込んでます。これからも宜しくお願いしますv


08/07/02(明瑚)



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