†††やさしい猫の戻し方†††



黄色い毛玉がうちは邸の縁側に転がっている。それは得てしてふわふわと夕涼みよろしくその一角をせしめていて、触れば間違いなく気持ち良いだろうと思わせる風情を辺り一帯、いや現在に限ってはここの若き当主うちはサスケ一身に向けられていた。
そう、断じて己がそう思っているわけではない。目の前にたたずむこんな普段ではありえない状況を作り出したウスラトンカチが全ての発端であり、元凶といっても差し支えないはずである、とサスケは認識する。
ましてやその柔らかそうに揺れる黄色に触れて抱き上げてみたいと思うなんて気の迷いのナニモノでもない。しかし今は本来のドタバタうるさい、口を開けば自分の罵りか悪口しか発しないウスラトンカチではなく、無駄に保護欲をかき立てる小さな愛玩動物として自分の目の前に、彼は気持ち良さげに眠っているのだ。
(ありえねぇだろ……)
一見猫以外のナニモノでもないそれはサスケのすぐ近くで丸まっていて、たまにサスケのたてる忍術書をめくる音にぴくりと耳を動かす。きっと無意識に。
(触りてぇなんて思うかよ……)
視界に入り込む黄色を忌ま忌まし気に見下ろしては、サスケの眉間には皺が寄る。いくら頭の中身まで小さくなってしまったからといって、今の状況がどうゆう状況なのかウスラトンカチとはいえ分かっていハズで、それなのにこうも無防備に眠ってしまえるコイツも忌ま忌ましければ、手を伸ばせば容易すく触れてしまえる距離に腰を落としてしまった自分にも嫌気がさしてしまう。
そうしてサスケの眉間の皺は深くなってゆくのであった。
たいしてはかどりもしなかった忍術書を慣れた手つきでしまうと、おもむろにサスケは立ち上がった。猫の姿をしていようが人間の姿をしていようが中身があのうずまきナルトである以上、夕食の支度を期待できるわけもなく。それよりもこのウスラトンカチには餌を用意すればいいのか、食事を用意すればいいものか。 サスケはそんなことを考えながら、台所へと向かった。


辺りに漂いはじめた良いにおいにナルトは目を覚ました。本日の任務もさくさくこなし、この姿から戻れなくなってはや数刻。己が施した忍術にもかかわらず 術が解けなくなったと知ったときは焦りもしたが、元々の性質か性格か、生まれも育ちも人であったのだから元に戻らないわけがないと、半ば無理矢理に己を納得させ今に至る。もちろん世話係、いや監視役がサスケに任命された時には不満やら反発やらが渦巻いてはいたのだが。
(まぁ、あの時のサスケみたいに呪われてるわけじゃねぇんだし)
サスケが聞けば目を吊り上げそうなことを暢気に思ってナルトはしなやかに身を起こすと伸びをした。
においにつられるようにしてナルトはそぞろに広すぎるうちは邸を足取りも軽く進んで行く。しんと静まり返った屋敷にカツカツと爪と木張りの床の当たるいつもと違うナルトの足音だけが耳に付いた。
体が小さくなっている分さらに大きく感じるサスケの家。ここにサスケは帰って来て、今日のように食事の支度をしては眠りにつくのだ。それは一人暮らしをしているナルトも同様。
ここに帰って来ることはサスケにとっては当たり前の事で、ついひと月前に起こった件の接近でたまにここに訪れるようになっていたナルトだったが、ここまで一人であることを意識してしまうような広さと静かさだとは思わなかった。この姿になって初めて気付く。
ようやく台所と居間にたどり着いたナルトは座卓に皿を運ぶサスケに近付くと、美味しそうに並んだ夕食を覗き込んだ。
「なーなーサスケ、オレの分は?」
ジロリとナルトを見下ろしたサスケの眉間にはやはり見慣れた皺が寄っている。
「卓に脚をかけんじゃねぇ、ウスラトンカチ」
「ムッ。これは脚じゃねぇ、手だってばよっ!」
「地面に着いて歩ってんなら脚だろーが。とにかく下ろせ」
確かにナルトが両手であると認識しているこれらは、今日の任務中散々に外を走り回って汚れていた。渋々ながらサスケに言われたとおりナルトは両手を座卓から下ろす。一度台所へ戻っていたサスケがナルトの前に皿をおいた。
「なんだってばよ、コレ?」
「見て分かんねぇのか、餌だ」
 サスケに餌と言われたソレをナルトはもう一度見下ろした。ご飯に味噌汁をかけた俗に言う猫まんまではなかろうか、ご丁寧にも鰹節がその上で揺れている。
「オレは猫じゃねぇってばよ!」
「どっからどう見ても猫じゃねえか……」
やれやれとばかりにサスケは腰を上げた。いつもであれば勝手にしろと放っておくのだろうが……。どうもこの姿のナルトには調子が狂う。自分は特に動物愛護者の気はなかったハズだ。
しかし自分も狐憑きになった時、自分に接するナルトの態度もあからさまに変わっていたことを思い出して、調子が狂うのもあたり前かと、サスケは台所へと向かう。
見た目が違うのと、中身が違うのとでは果たしてどちらがより庇護欲をかきたてるのだろうとふと思い立ったが、考える間もなく前者だろうとサスケは片付けた。だからこの浮ついたような心持ちも仕方がないと。
サスケは手早く平皿に自分と同じおかずとご飯を乗せてゆく。待ち切れずに台所まで様子を見に来たナルトにサスケは眉をひそめた。
「おい、足の周りをうろつくんじゃねぇ、踏むぞ」
「なんか言ったってば?あーもー腹減って死んじまいそーだってばよ」
サスケの悪態にも意識が向かないほど上機嫌らしいナルトの様子に、サスケは鼻白む。
(尻尾、立ってるな)
小さな黄色の体を見下ろしながらぼんやり思う。その小さな体を避けるようにしてサスケの所定位置の横にその皿をやはり畳の上においた。
「こぼすんじゃねぇぞ」
「いっただきまーす」
言うが早いかナルトはサスケの作ったご飯を見る見るうちに平らげてゆく。合間にうまいだかうにゃうにゃだか言いながら。
そのナルトの食いっぷりに呆気に取られながら、サスケも箸を動かす。
「おい、もう少し落ち着いて食えねぇのかよ」
既に中身が半分ほどになっている皿を横目で見遣り、ノラ猫よろしくがっつくナルトの様子にサスケが声をかける。その返答であるのかサスケの声など聞こえてはいないのか、やはりナルトからは意味不明の猫語が発せられるだけだった。
そんな様子さえ今のナルトにはどこか可愛いげがあり、いつもであれば行儀が悪いの何だのと口を挟んでしまうだろうサスケだったが、様子を伺うに留まってしまうようだった。

「ごちそーさまだってばよ」
ものの見事にすべて平らげたナルトは猫がするように顔を洗い始めた。一度手を舐めてはその濡れた部分で顔を擦る。
(どこまで猫化してやがんだ?)
どうやらナルト本人には自覚がないらしい。
ご飯を一口頬張りながらナルトの変化の術が解けなくなった理由を考える。そもそもは至極単純な依頼であったのだ。あまりに簡単であったためその任務はナルトとサクラ二人でこなし、自分とカカシは別の任務を担当した。
合流した時には途方に暮れた様子のサクラと、黄色い毛並みとブルーの瞳の猫が一匹。
次の日は上忍としての任務があるとご都合よろしくこの状態のナルトをサスケに押し付け、彼らの上司はたけカカシは未練もへったくれもなく、まさしくドロンと消えたのだ。
あまりの引き際の良さに重大性は皆無とみなし、
(チャクラが切れれば嫌でも元に戻るだろ)
サスケは早々に結論付けて、スリーマンセルの仲間を捨て猫にするわけにもいかず、上司命令に従って今ここにナルトといる。ちなみにあてにした海野イルカ宅はペット不可であった。
サスケはずずっと茶をすすった後湯飲みを卓に置き、まだ顔を洗っているナルトに話しかけた。
「おい、まだ戻れねぇのかよ?」
腕を舐めようとした所でその動きを止めたナルトはクルンと大きな瞳でサスケを見つめた。ふるふると揺れるブルーの瞳がビー玉みたいでキレイだなと思ったところで、サスケは我に返る。
(別にオレはこいつの目がキレイとか思ったわけじゃ……!)
サスケは心内で言訳をする。
にわか飼い主が葛藤している間どこか考えこんでいる様子だったナルトは、両手脚を行儀よく揃えると項垂らすようにしてぷるぷると体を震わせ始めた。
どうやらチャクラを練っているらしい。しばらくの間そうやっていたが、ナルトは突然体を何度か波打たせると、先ほど食べたばかりの夕食を勢いよく吐き出した。
「ゥっ、げええぇ」
「ばっ、てめっ!だからゆっくり食えっつっただろがっ」
数度に分けてナルトに吐き散らされた見る影もない夕食をサスケは手近にあった布巾で取り去った。その様子をすべて吐き出してスッキリしたであろうナルトがおろおろとサスケに声をかける。
「わ、わざとじゃないってばよっ」
「わざとやってたら追い出してるぜ」
「う~」
この姿であるばかりに吐瀉物の後始末もできず、流石のナルトも申し訳なさげに頭を下げる。
「わりぃ、サスケ」
「ああ、もういいのか?」
「うん。何かスッキリしたってばよ」
拾い集めた物を布巾ごと始末したサスケが台所から戻ってくる。そのまま食事の後片付けをするらしい。
「そりゃスッキリもするだろうな。そのまま出てたから消化不良だ」
「うん」
覇気のない返事にらしくもなく意識がナルトに向かう。
(何でオレがこいつのことでこんなに悩まねぇといけねーんだ)
いつもであればナルトが独り言のようにポツリポツリ、時にはうざったいくらいのしつこさで話しかけてくるのだが、なぜかここに来てサスケが構う度に口数が減っているように思われる。
(こいつは猫だ。猫だからいるとかいないとか気にしねーでもかまわねぇんだ)
サスケは半ばやけになった様子で、無理矢理己を納得さようとしたがどうにも上手くはいかなかった。
さっきから気になって仕方がない。ナルトがここに来てから何度も気のせいだと思おうとしたり、己以外の存在の違和感のせいにしてみたり。思いつく限りの言い訳を並べてみたが確固とした理由になりはしなかった。
気付かないわけにはいかない。
この自分が上司の命令とはいえ、己の術の未熟さで招いた不幸を援護するために他人の世話をするなんて甘いにもほどがあったのだ。
今ナルトの姿が猫であることで、触れてみたいだとか抱き上げてみたいだとか多少は思うことはあるだろう。それは人が持つ絶対的庇護者に対するあたり前の感情だ。己にそれがまったくないとはサスケも思わない。
では元に戻った時は…………。
ごろんと横になり体を舐めはじめたナルトを見下ろしサスケはかぶりを振る。
今までそんなことをナルトに対して思ったことはない。
あの自分の意志でなく、しかしナルトの好意のすべてを傍受できていた時でさえ思ったことはなかった。
しかしただ一度、あの時だけは。彼の本音が聞こえてきたあの瞬間だけは。すがりつくようにまわされた腕に、強い感情がわきあがった。また自分は失くせないものができてしまったのだと。
あの特殊な環境だからこそわきたった感情そのものが、まさに今この胸にあってサスケを悩ませる。
早く元に戻って欲しいと思わせるのだ。 
サスケはまだどこか胡乱気なナルトを尻目に、己の感情の行き先を考えあぐねていた。


「おい、風呂沸いたぞ」
夕食をすませてから庭から見える月を寝転びながら眺めていたナルトにここの主人が声をかけてきたのは、一刻半ばかり過ぎた頃。
どうにもこの姿というのは不自由で仕方がない。
忍術書を読むこともできなければちょっとした筋トレもできないのである。できたところで元に戻ったときに身になっているかどうかは分からないところではあるのだが。
ただ何もすることが無いというのはとても時間が過ぎるのが遅く感じられ、せっかく世話役がいるのだから暇潰しにお喋りしようと思っても相手はあのサスケである。それに、
(何か今日のあいつとはあんま話したくねーんだもの)
普段よりも急降下で見下ろしてくるサスケを見上げながらナルトはそう思う。
「風呂っつってるだろ」
「オレ風呂いいから、サスケ気にせず入っていいってばよ」
ナルトの返答にサスケの眉間に見慣れた皺が寄る。
「今日も任務があたっただろうが。汚ねぇ。布団敷かねぇぞ」
「えっ?サスケ、オレの布団用意してくれるのかってばよ?」
ナルトは少しびっくりしたように、ブルーの瞳をしばたたく。
(オレってばてっきりそこら辺で寝ろとか言われんのかと思ってたってばよ)
「……いらねぇのかよ」
じっと見上げてくるナルトの視線に耐え兼ねたようにサスケは嫌そうに口を開くとそっぽを向いた。
ナルトはどうも分かりづらいここの主人の持て成しに戸惑ってしまう。何が気にくわないのか自分でも理解できず、そんなサスケを避けている。
「で、でも風呂は嫌なんだってばよ」
(ふかふかの寝床はおしいけどっ)
「てめー、人ん家に呼ばれておきながら、汚ねぇまま床につく気かよ」
「そりゃオレだって布団で寝てぇけど……」
ナルトは続きそうになった言葉を飲み込んだ。
ぐっと何か詰まったように口をつぐんでしまったナルトを訝し気にサスケが覗き込む。
「けど、なんだよ」
「あー、あれだ。オレそこの座布団でいーってばよ。うん、それなら風呂入らなくっても問題ないだろ?」
「このウスラトンカチが。布団だろーが、座布団だろーが問題は大ありだ。この季節に外で走り回ってたらノミとか持ってきてるだろ」
サスケは言うが早いか無防備に見上げていたナルトの首根っこをひっつかみ畳に押さえ付けると、比較的皮膚の柔らかい首周りの毛並みを掻き分け始めた。
「わっ、わっ!何するんだってばよサスケっ!く、くすぐったいっ!離せってば変態っ!」
ナルトは首周りを丹念に這い回るサスケの手から逃れようと体をねじるが、押さえ込まれているためどうにも見苦しくジタバタするのが精一杯で、白い毛並みに覆われた胸元や腹にサスケの手が伸びて来た時には、何だかワケが分からその手に噛み付いてしまっていた。
「……いやがった」
噛まれた手をものともせずサスケは低く呟く。
口の中にサビた鉄の味を感じて慌ててナルトはその手から口を離した。自分の血を口腔で感じることは日常茶飯事であっても、他人のそれを含むなんてことは始めてでいつもなら全く気にならないその独特の味も、なぜだか気になって仕方がなく、いつまでもナルトの口の中に残った。
「てめー、うちにノミなんざ連れてきやがって、風呂決定だウスラトンカチ」
「ちょっ、待てサスケっ!痛いってばッ!」
サスケはまさに猫の子をつかむようにナルトの首を上からつかみ上げることでナルトの抗議を完全に黙殺した。ナルトをつかむサスケの手が頚椎の上を的確に狙っている辺り、そんじょそこらの子供とはワケが違う。彼の行動の徹底遂行がうかがえる、まさしく問答無用と言うヤツだ。
「はーなーせってばっ!サスケ!そんな嫌ならオレ帰るってばよ!」
ナルトは無理な体勢でサスケの手を離そうとするが、どれだけ手を上げてみても爪がかするだけだった。
「だからてめーはウスラトンカチだってんだ。そのまま放っといてみろ、ノミなんざ一日で成虫になるんだぞ。体中ノミだらけになりたくなかったら大人しく風呂に入りやがれ」
口を動かすサスケはもちろん足を動かすことも忘れてはいない。風呂場の脱衣所にたどりついたところでナルトはたまらず声をあげた。
「もー何なんだってばよっ!オレ今こんなだし、こんなとこ押し込められたって一人で風呂なんか入れねーんだってば!」
叫んだところで今まさに風呂場に放り込まれそうであった体が中途半端に止まった。手を離さなかったサスケのせいで一瞬首が締まってしまってナルトは、ぐぇっと潰れた声を吐き出す。
「ひとりで……?」
ナルトの頭上でサスケが独り言ちる。見上げたその顔に見慣れぬ焦りだったり狼狽を見つけてしまってナルトはさらに声を荒らげた。
「ちがっ!一人で入れねぇからサスケに入れて欲しいとかじゃねぇってばよっ!そんなんされるくらいだったらって、オレ外で寝るってさっきから言ってるじゃねぇか!」
「……何恥ずかしがってんだよ、ドベが。てめーは猫だろーが」
「猫じゃねぇって何回言えば分かるんだよバカサスケっ!」
ここでナルトと生物の定義を口論していても仕方がないと、サスケは構わずナルト共々風呂場に入った。
まずはぎゃあぎゃあわめくナルトを荒い場に降ろすと、押さえ込んだまま湯舟に貯めていたお湯を頭からぶちまけた。
「ちったぁ静かにしやがれウスラトンカチ」
「うわっぷっ!サスケ、てめー!いきなり何しやがんだってばよっ!」
「てめーがいつまでも子供みてーにわめいてるからだろーが」
高慢にも聞こえるサスケの声が頭上からして、ナルトは不自由な体勢ながらもきっと睨み上げた。
いつものナルトとは違う小さな体はサスケの片腕だけでたやすく押さえ込まれてしまう。それは目も眩むような屈辱ではあったのだがナルトはそれだけじゃない感情がある事にも気付いていた。
「んなこと言ったってサスケは猫を洗うってだけかもしんねーけどっ」
その先に続きそうになった言葉をナルトは慌てて飲み込んだ。自分がサスケに主張しようとした今の言葉は拒絶に外ならないものでもあるのだが、ともすれば自分でも把握できてはいない心の内を吐露するようでもあるのだ。
「……何言ってやがる。それじゃあてめーは違うってのかよ」
疑問を投げかけてはいるが少し上擦ったサスケの声音からナルトは己の失態を知る。聡いサスケのことだ、続くナルトの言葉を察っしたに違いない。
「……てめーは、今猫なんだろーが。気にすんな」
どこか歯切れの悪いサスケの言葉。それでもナルトからしてみれば腹立たしい言葉に他ならないワケで、いつものごとくナルトの言葉には怒気が含まれてしまう。
「だから俺は猫じゃねーってばよっ!]
「だったら早く元に戻れば済む話しだろーが。ただ洗ってやるってだけだろ。何こだわってやがんだ」
「だからっ、こだわってるとかこだわってねぇとかじゃなくて!オレからしたら全然サスケなんだから仕方ねぇじゃねぇか!」
(嫌だって思うのも、は、恥ずかしいって思っちまうのもサスケの手だからだろっ!)
ナルトはやはりその大きな瞳を挑むようにサスケに向ける。
なぜだか胸がざわついて仕方がないのも暴れたせいかもしれないし、押さえ付けられて苦しいからかもしれない。とにかく酷く居たたまれなかった。
ナルトの言葉を聞き少し見開かれたサスケの艶やかな黒い瞳は、今は苦々しい気に伏せられている。
「オレにだって、理由がいんだよ」
ため息のようにつむがれたサスケの言葉を、はやる気持ちのせいか上手く飲み込むことができずにナルトは何度か瞬きを繰り返した。
「言ってる意味がよく分かんねぇってばよ。理由って何で必要なんだってば……」
「てめーに触る理由だ、ウスラトンカチ」
どこか開き直った風情させうかがえるサスケに、ナルトはいつもより数段働かないようである頭を懸命に活動させた。
(何言ってんだ。何言ってんだサスケのヤツ。何か良く分かんねぇけど、オレに触りたいってことか?)
ナルトは先ほどから反らされる事のないサスケの瞳にいつもの皮肉気な色を見つけようとするのだが、その色はいっそ深くなるばかりでナルトは反対に反らしてしまいそうになる自分を叱咤した。
(だってサスケがオレに触りたいなんてどうかしてるってば。あ、でもオレってば今……)
「そっか、サスケってば猫好きだったのか」
(だから触るのに理由がいるって)
普段すかした野郎が猫に触りたいだなんて、そりゃ理由が要るだろう。ナルトはもしかして、と浮上していたもうひとつの可能性をここで淘汰した。だってどう考えたってこちらの方が自然であるようにナルトには思えたし、ただ自分がどちらを望んでるかを考えるなんて今のこの状況では到底無理な話しだった。ストンと落ちてきたイッパンテキな捉え方を見つけたって、この胸の痛くなるようなざわざわはちっとも止んではくれないのだ。
やがてフイっと顔を背けたサスケが先ほどから止まったままだった手を動かし始めた。
「うわっ!てめーいきなり過ぎんだよっ!洗いてーんなら先にひと声かけやがれっ」
奇妙な沈黙から突如ざばっとお湯の洗礼を受けたナルトは、決まり悪気な雰囲気から脱出できた安堵も手伝って声を荒げた。
「てめーがそう思いたいんだったらそれで構わねぇ」
サスケの抑揚のない声が先ほど捨てたひとつの可能性に結びつきそうになったのだが、その声音とは裏腹にナルトの体に石鹸を擦り付けるサスケの手付きはどこか荒くて、ナルトの思考をサスケとの日常に戻すようだった。
「サスケっ!痛いっ!痛てぇっ!もっと優しくしろよー!」
「てめーに言われたかねーよ。俺の方が痛てぇ」
「なっ、何言って!っうわっぷッ!」
「うるせぇ、ウスラトンカチ」
サスケは一言吐き捨てると、もう後はひたすらナルトのその小さな体を乱暴とは言わないまでも、彼の恨みを買うには十分な手荒さで洗い続けた。





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