†††やさしい猫の戻し方†††



「カカッせんせー遅いってばよ!」
陽射しのきつさもそろそろ弱くなり始めた頃、耐え兼ねたようにナルトが愚痴り出した。
本日の集合場所は、門構も寂れた風合が視界の隅に入る里外れの休憩所の前。里を出るもの訪れたものが直ぐさま水の補給ができるようにと、正門はもちろんこういった小さな裏口にも規模はどうあれ休憩所が設置されている。
ここが集合場所に選ばれているということから分るように本日は里外の任務だ。思いのほか里内の任務には安易な任務が多く、それに対して常日頃不満に思っていたナルトは、久しぶりの里外任務の知らせを受けてから楽しみで仕方がなかったようだ。しかし集合時間よりもかれこれ三刻と半分を過ぎても現れない上司に悪態を尽きたくても当の本人のいない今、忿懣やる方ないナルトだった。
その様子を嫌でも伺えてしまうサスケはふいと、その金髪から目を反らす。他人の悪感を近くで見ていられるほどサスケの心は寛大でも高尚でもない、しかも状況が同じであるとすれば、サスケの方が部が悪いだろう。
朝からテンションの高いナルトとともにサクラの待つここに着いてから早数刻。その間、昨日起こった己の珍事をサクラに問われるままにそれこそ事細かに(若干の過大報告あり)手ぶり身振りを加えナルトは話して聞かせていた。それもようやくく終焉を迎えたのが一刻ほど前の話し。そのおしゃべりの熱心さを思えば前半は待ったうちには入らないだろう。痺れが切れ出すのはサスケとてそろそろ限界だ。
「うるせーぞドベ。カカシのヤローが遅いのは今に始まったことじゃねぇ」
「それくらい分かってるってばよ!」
ムーっと唇を尖らせて眉間を寄せるナルトをサスケは複雑な気分で眺めた。朝方己が仕出かした暴挙を思い出したからだ。
サスケの腕の中で眠っていたナルトは最初は窮屈そうに眉を寄せていたが、それも数分のことで直ぐにサスケの懐に潜り込んできた。まるで猫のままだなと思いながら、自分も彼と同じように馴染みの香りのする髪の毛に鼻を寄せ唇を落とした。
(何かに憑かれていたとしか思えねぇ)
あの仔狐に憑かれていた時ならいざしらず、今朝のサスケはいたって正気であった。言い訳のしようがない。今回の件で自分でも驚くほどナルトの事が気になって、早く元に戻って欲しくて落ち着かなかった。
この想いは果たして『友』ではないと言い切ってしまえるものなのか。
そうでなければ、自分はひとつの力を得るために彼に牙を向けるだろう。本気で力を望んだとき、手段など選んでいられない自分であることは自覚している。この血が選ばせるのだ。
そんなサスケの胸中推し量る事など到底できるわけのない渦中の人は黙りこくっているサスケを早々に捨て置き、上司不在の不満を喚き散らしてはサクラに小突かれている。遠巻きにそれを眺めながら、サスケは一人嘆息した。
そうこうする内に相変わらずの飄々とした気配をバラまいて第七班隊長が遅れに遅れて姿を現した。
「いやースマンスマン。ここに来る途中イルカ先生が家で昼寝をしててだなぁ、ぼそっとカカシさんって言ったんだよ。まさかそんな寝言を言うなんて思わないでしょ?信じられなくてねー、これはぜひとも、もう一度聞かねばっ、と思って待ってたら先にイルカ先生起きちゃったんだよ。まぁ起きたときの慌てっプリからオレの夢でも見てたのかなーなんてね。それで今日は遅れ――――」
「「長かったけど、はい!ウソ!」」
いつものように一刀両断されたカカシは、唯一の露出部のみでサスケよりも余ほど表情豊かにはにかんで見せる。
「本当なのにぃ」
常の遅刻に輪をかけて遅れて来たカカシは信じて貰えないことに落胆してみせてはいるが、ヤツの心中などサスケの知ったことではない。ただふざけた上司のマスクがいつもより微妙に歪んでいることに目敏く気付いてしまって、サスケは軽く舌打ちした。
きっとあのマスクの下には手形がくっきりついているに違いない。
今朝の自分の素行がアレより、いやアレと同レベルであるとは思いたくなかった。
「カカシ先生、カカシ先生!オレ元に戻ったんだってばよ!」
「おー。良かったな、ナルト。でもオレはもーちょっとあのままでも良かったかなぁ」
「ヒドイってばよ!カカシ先生!」
「まーまー、元に戻れたんだからいぃでしょ?でも思ったより早かったなー」
ニコニコと上機嫌なカカシに頬を膨らませたナルトがつっかかる。
「でも先生、何で思ったより早かったーなの?昨日あんなにやっても元に戻らなかったのに」
サクラの言うことにナルトも同感らしく、しきりに頷いている。
「そうだってばよカカシ先生。すぐ戻るって分かってたらあんなに悩まなくたってよかったし、サスケの世話になんかならなかったのに!」
もっともだとサスケも思う。寝たら戻っているのであればサスケがわざわざ面倒をみずとも良かったのだ。お陰で精神的疲労は計り知れない。
「うーん、でも寝たら治るってもんでもないしねぇ」 
「え?オレってばサスケん家で飯食って風呂入って寝て起きたら元に戻ってたってばよ?」
「変化の術から元に戻れなくなることってのは、頻繁とまでは言わないでも結構あることなんだよ。特にお子様にはね」
「オレってばお子様じゃねぇってばカカシ先生!」
「ナルトがお子様かどうかは別として、子供が対象なんだったらどうしてアカデミーで習わなかったのかしら?」
サクラは解せないとばかりにカカシに問いかけた。
「そのまんまだよ、サクラ」
「そのまんまってどうゆうこと?」
「術を解くのに子供は知らない方がいいってこと」
やはりニコニコとカカシは笑って答えた。
「えーっ?それじゃあ戻れなくなった場合はどーしたらいいんだってばよ?」
「そうよ。変化ができるくらいなら対処法も知ってたほうがいいと思うんだけど」
「アカデミーを卒業したからといっても、まだ下忍だ。それにオレからしたらおまえらはまだまだお子様だよ。対処法は、そうだな至極簡単なんだけどね。いつか自分で気づくんじゃないかな。もし子供達が元に戻れなくなった場合は里の大人がそれとなく導いてやるだけだよ。オレが今回そうしたようにね。ここは良くも悪くもそういうところだ」
カカシは目を細めて二人のお子様を交互に見た後、サスケにも目をやった。
「えー、今回カカシ先生がしたことって、任務があるからってオレがあんな姿だったのにそそくさどっか行っちゃっただけだってばよ!」
「何を言うんだナルト。おまえ元に戻ってるじゃないか」
「そりゃそうだけどさー。何か納得いかねぇってばよ」
ナルトは眉を八の字にして文句を垂れる。
一方サクラはカカシの言葉に思うところがあるのか複雑な表情で、それでも納得したように口を開いた。
「ふーんそういうコトね。だったら私も戻れなくなっちゃおうかしら」
「アレで分かっちゃったの、サクラ。でもそれはどうかと思うぞー。先生にもできることとできないことがあるんだからな。にしてもやっぱりサクラは女の子だな。精神的に成長が早い」
「ガーッ!オレには二人が何を言ってるのかさっぱり分らねぇってばよッ!ねぇねぇサクラちゃん、オレってば何で元に戻ったんだってば?」
サクラは心底嫌そうな顔をしてナルトを睨みつけた。
「そんなこと私に聞かないでくれる?実はちょっとショック受けてるトコなんだから」
「そうだぞナルト。サクラに聞いたら可哀想だろう」
「余計なことは言わないで、カカシ先生」
サクラの低気圧な声音にカカシも姿勢を正し、ゴホンと咳払いをするとアカデミーの先生よろしくどうにも出来の悪い生徒に向き合った。
「ヒントをあげるよ、ナルト。後は自分で考えなさい。それとサスケも」
存外蚊帳の外状態だったサスケをカカシは引連れる。
「まずナルト。おまえは何で猫になんか変化したんだ?任務はある家族が一日家を空ける際、塀の囲いを直しておくことと、体の不自由な婆さんの世話をすることだっただろう?」
「そうだってばよ。お昼過ぎには塀も直してオレってば婆ちゃんとずっとおしゃべりしてたんだってばよ。そしたら婆ちゃんが昔飼ってた猫の話をしだして、また会いたいって。自分は体が不自由だからまた飼ったとしても世話ができないし、野良猫は餌は食べてくれても懐いてくれないからもうずっと猫に触ってないか ら寂しいって」
「だから変化した?」
「うん。オレってば変化の術は得意だし。そしたら婆ちゃん凄げぇ喜んでくれたし。で、そろそろカカシ先生たちとの待ち合わせの時間が来たからって変化を解こうと思った時にはもうムリだったってばよ」
ナルトの話に軽く相槌を打ちながらカカシは困ったように、その金髪に手を置いた。
「ナルトはやさしいな。でも忍の心得として任務は私情を挟んじゃ駄目でしょ。あくまで任務は塀の修理と婆さんの世話。まずはどこまでが自分のしなければならないコトかを判断できるように。まぁナルトらしいって言えばナルトらしいんだけどね」
確かに、老婆に頼まれてしたことではなかった。自分の得意とする術を見せて褒められたいという気持ちもなかったとは言えない。それでも本心は年老いた彼女に喜んでもらいたいという気持ちが勝っていたのだ。
「でも、これのどこがヒントなんだよ。カカシ先生」
「そこでだ、ナルト。その婆さんと過ごした過程でおまえは何を感じて、どう思ったかだ。これがヒントだよ」
「えーっ?それがヒント?オレってばよけい分らなくなったってばよ!」
ナルトは思いもよらないカカシの言葉に地団太を踏んだ。
「サ、サスケはさっきので解ったってば?」
焦ったようにナルトはサスケに問いかけた。解る訳がない。
「ウスラトンカチがその時何を思ったかなんてオレにる解る訳ねぇだろうが」
「てめぇサスケッ!」
「ナルトも自分が解らないからって八つ当たりするんじゃないよ。それとサスケも威張って言うことじゃないでしょ、結局は分らないんだから」
「ナルトもサスケ君も分らない方が良いと思うわ」
「サクラのはヤキモチじゃない?」
「カカシ先生っ!」
声を荒げるサクラにごめん、ごめんと軽く謝罪すると、カカシは少し表情を引き締めて三人を眺めた。
「よーし、この話はこれで終了。流石にそろそろ出発しないと野宿になっちゃうからね」
「って先生が遅かったんじゃない!」
「それはイルカ先生が―――――」
「「それはさっき聞いた(わ)(ってばよ)!」
「サクラとナルトは仲が良いなぁ」
場違いに微笑ましく眺められてサクラは文句を言う気力を無くしてしまった。
結局はアレだ。戻れないじゃない。
戻りたくなかったのではないだろうか。サクラはそう推測する。 始終ナルトと老婆のやりとりを見ていたからそう思う。深層心理とか、思い込みとかそんな曖昧なものなのだ。
「カカシ先生、カカシ先生!オレってばまだ戻り方分かってねぇんだけど、いいのかってば?それに何でオレのコトなのにサクラちゃんには解るんだろう」
まだそんな所を彷徨っているセル仲間を、やはりサクラは捨て置くことにした。だって、今日はっきり分かってしまったのだ。最強最悪のライバルは意外にも身近なところにいたことに。
それでも自分を応援する気持ちと同じように、この意外性ナンバーワンの鈍感男のことも応援してしまう自分がいる。この問題児は、戻りたいと思ったのだ。
きっとサスケと過ごした時の間に。
ああ、不穏で仕方がない。
「おいおい分かるようになるよ。そんなに難しいコトじゃない」
「やさし過ぎるくらいだわ」
「サクラが変化から戻れなくなるなんてなさそうだな。さて、サスケもナルトも分らなければ分らないで仕方がない。これ以上は今日の任務に差し支えるから出発するぞ」
言うが早いかカカシは里の出口に向かって行ってしまう。 その後ろをナルト達は慌てて追いかけた。


前を走る金色に輝く髪がいつのまにか視界に入ってきていることに気付いて、サスケは諦めたようにその金の流れを追うことにした。
(なぜナルトなのか……)
サスケの中ですでに、なぜナルトが戻れなくなってしまったのかという疑問は消えている。
全く気にならないということはないが、カカシがいつか自分達も気づくと言うのならそうなのだろう。ふざけた上司に変わりはないが、上忍としての助言を疑うほど自分は馬鹿ではないし、すべてを鵜呑みにするほど愚かでもない。ただ、結果がすべてだ。
今、ナルトはサスケの見知った姿に戻った。それで良いと思う。
絶望的に繰り返しそう思わずにはいられないのは、己の方向性だ。
愛らしくて器量良しの女子などいくらでもいるし、実際そういった綺麗処を袖にしてきたサスケだ。己の悪趣味さを呪わずにはいられない。それとも自分には特殊なフィルターでもかかっているのだろうか。そうでないと到底納得できない状況だ。なぜなら今、サクラと楽しそうに話して笑っているアイツが、

他の誰よりも光に満ちているだなんて思ってしまうのだから―――。




ナルトとサスケが上司の言った意味を正しく理解するのは、後に訪れる別離を経験したあとのこと。





END





読み返すほど、訂正したい部分が多いです。
サスケさん随分葛藤してますが、ナルトが楽天家な分それで調度良いでしょうってコトで。。。
でも己の恋心にナルネコに気付かされるなんて、なんかサスケさんマニアックだな。






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