†††諸恋ひ†††



ぺらり。忍術書をめくる指に視線を感じる。
いかにも一緒に読んでいますといった場所(胡座を組んだ膝近く)を陣取ってはいるのだが、不規則にめくるサスケの指と同じようにして黄色い頭は動くのだ。
お前本当に読んでんのか?と思う言葉は外に出ることはない。そんな問答はこの男がサスケの家に頻繁にやってくるようになった当初、既に嫌という程していることである。
それでもサスケは暇を見つけてはやってくるナルトの前で忍術書を読むことをやめなかったし、男もまた自分の膝元で寝転ぶことをやめなかった。何故ならこの男がものの数分でこのまま眠りに付いてしまう事はその後の決まりのようになってしまっていたからだ。
それはナルトが里外任務に赴く前にサスケに手渡していった遺書と題された『好きだ』という自分に対する想いを告げた今でも変わることはなかった。
それに対するサスケの言い分は、
”てめーには世間並みの知識もねぇんだな”という諦めと、”何をいまさら”、という若干ズレたものだった。自分でもそれはどうかと思いはしたが、本当にそんな言葉しか出てこなかったのだから仕方がない。別にナルトの想いが理解出来ていないという訳ではなく、自分を男として意識しているだろうこともちゃんと分かっているうえで、側にいることを許して受け入れている。それは一にナルトからは今まで自分に言い寄って来る女達のような媚びであったり、いったい誰の事を言っているんだ?と思わず突っ込んでしまいそうになる程別人化された自分を押し付けられたりと、サスケからしたら迷惑千万、妄想は一人でやりやがれといった思いを抱かせることがなかったからで。
そして最も重要なのはナルトがナルトであることと、その隣に自分がいるという事。その位置さえ変わらないのであればサスケに否やはない。ナルトが自分をどう思おうが正直関係なかった。
ナルトが自分に執着するように自分もこの男に依存していることも分かっている。もう二度とこの家に入ることはおろか、里の土を踏むこともないだろうと思惟し目的も道も定まらず、しかし連れ戻そうとする彼らを断固と跳ね付ける意志だけを残して、対峙していた自分をナルトは文字通り追い掛け回した。それはもうサスケの気概がそれてしまうほどにしつこく。逃亡劇だけで7つめの国に入った所でまたやり合って、あまりのしつこさに辟易したサスケが、投げ出したように、
『オレが生きてる限りてめーは追ってくんだったら、もういっそここで殺せ』
と呆れたように言ったのだ。一瞬ナルトは元から丸い目をさらに丸くさせ、そして、
『いらねぇんだったらオレにくれってばよ。サスケの命』
そう笑って言った。あの時の、それは嬉しそうなナルトの顔をサスケは当分、いや自分が死んでしまうその瞬間まで忘れることはないだろうと思う。
そしてナルトは警戒もなく近づくとサスケに手を差しのべたのだ。本当に何かをねだるように掌を上にして。そこでつい笑ってしまったのがいけなかったんだろうと思う。
サスケは自分の膝元でまどろむナルトを見下ろした。不規則に小さく揺れる黄色い頭がそろそろ彼が眠りの縁へと誘われそうになっていることをサスケに知らせる。
ナルトに想いを告げられてひと月が経とうとしていた。しかし二人の距離は変わらない。
会う回数も、座る位置も、話す内容さえ何一つ。
ああ、一つ変わったことはあったとサスケは思い直した。
それはサスケが、今ナルトは何を思っているんだろう、と彼の心情を気にするようになった事だった。
今もうつらうつらと気持ちよさげに頭を揺らすナルトは、安心しきったようにサスケの足に肩を寄せている。触れる暖かなぬくもりに、確かに求められていると感じながらも彼からそれ以上を感じることはなかった。
ナルトは変わらない。
話しかける声も、反らさない瞳も、たまに触れる体温も。
ならあの告白には何の意味があったのだろう。
今以上を求めるわけでもないのに、伝えたところで何が・・・。
ナルトといるときサスケはそんな事を考えている自分に気付くことが多くなった。この距離と位置を望んでいるのは自分。当たり前になりつつある日常。ナルトの事を考えるのもまた当たり前になっている。
そんな規則的に揺れる揺り籠のような、良く言えば穏やかな、悪く言えば単調な付き合いが二人の間で続いていた。
そんな延長であると思っていた今日。ナルトがうちは邸を訪ねてきたのは午前中のことで、これは二人の休日が合ったからだったのだが、随分久しぶりの事だった。
もっぱら任務が終わったナルトがここにやって来るというのが常で、少しの惰眠に癒された後サスケの手料理を平らげるか、サスケの異を右から左へ聞き流し一楽へと連れ出すかと決まっていた。
こうやって忍術書を広げ彼がいつものように畳にうつ伏せになったのは昼を少し過ぎた頃。昼寝と言えば聞こえはいいが、これからの時間を思えば早過ぎる惰眠と言えた。今眠ってしまったらきっとこの男は2,3時間は起きないに決まっている、とそう思って、
「おい、ナルト」
まるで眠らせないとするかのように、名前を呼んでいた。
「ナルト」
うーんとぐずる様なくぐもった声が下方から聞こえる。
抵抗するようにべたりと頬を畳につけたナルトは、そのまま体を丸めてサスケに背を見せた。
「起きろよ」
サスケはどうしてかこのままナルトを眠らせたくなくて、忍術書を閉じるとナルトの肩に手をかけて軽く揺する。抗議と思われる不明瞭な唸り声をあげ、さらに体を丸めたナルトは惰眠を貪ろうとした。
「起きねぇのかよ・・・」
熱を帯びた声だとサスケは自覚する。何が自分をそんな風にさせるのか判然としなかったが、それはナルトが起きて自分を見てから判断すればいいと、どこか構想の伴わない頭でそう思った。片手を畳について背を見せる彼の肩をぐいと引き寄せるようにこちらに向ける。いきなりの乱暴に薄く開いた瞼の下に蒼色を見つけて、サスケは顔を近付けた。伸びた己の髪が視界を暗くし、ナルトの驚く顔に濃い影を作る。
「なに・・・サスケ。顔、近いってば」
ナルトの疑問の中に含まれる非難など気にせず、サスケは反対側にも手を付くとゆっくり体をかがめた。その拍子にサスケの髪がナルトの頬をかすって、
「うわっ、ちょ、くすぐってぇ!!」
そう声を上げて首をすくめると顔を背けた。それを追い掛けるようにサスケが顔を傾けた時。
「な、何しよーとしてんだ!」
たまらずナルトは悲鳴のような声を上げた。
「何って、分からねぇのかよ」
サスケは憮然としたようにナルトを見下ろす。
みるみる内に首から耳まで赤くさせた、いつもはうるさいだけの男が存外可愛らしく見えてしまって、サスケはおとがいに手かけると背けられていた顔を己に向けた。
すぐにきっと挑戦的な目で見上げてくる瞳とぶつかる。それは淡い水色の中に濃い青が広がって強い光を放つようで、サスケは一時その蒼に見惚れた。
「手ぇ離せってばよ。でもってどきやがれ」
「嫌だ」
「のやろっ・・・!」
言うが早いかナルトはサスケの手を払い、右肘に体重をかけると上半身を起こす勢いを借りて左足を蹴り上げた。不利な体勢からの蹴り技は大振りなだけに簡単に防ぐ事が出来る。サスケは肘は使わず右腕で受け止めるに留めて足首を掴んだ。
「足癖が悪すぎるぞ」
サスケは呆れたようにぼそりとつぶやくと、ナルトの足を離した。
もう終わりかよ、と言わんばかりのナルトを見下ろし、サスケは小さく嘆息する。あの一瞬の恥じらいはどこへいってしまったのか。
のろのろとサスケは今だ不満顔のナルトの上から身をのけた。別にサスケは眠ろうとしていたナルトを起こしてまで寝技等等がしたかったわけではない。
「サスケは手が早いってばよ」
「てめーが隙だらけなんだろーが」
「サスケしかいねぇから気が抜けるんだろ」
神妙な顔付きでナルトは、何当たり前のこと言ってんだと付け足す。
それを聞いたサスケは思わず「おい」と低く唸った。
「てめーは確かオレの事が好きだって言ったよな」
ナルトは一度目を見張ると、ふいと視線を反らす。
「・・・ああ、言ったってばよ」
うつむきかげんに目を伏せて、そして少し頬を染めて、ナルトはサスケの問いかけを肯定する。
サスケはそのナルトの様子に少し安堵した。目の前のウスラトンカチはともすれば流れ的に頭を振ればカランと音のしそうな返答を今にもしそうであったのだ。
そこでサスケは軽いショックを受ける。思わず隣で胡坐を組むナルトの肩にぽてりと額をのせてしまうほどに。
そのサスケの脱力したような、大変めずらしいものを至近距離で見てしまったナルトは、えーと、と一人ごちるとぽんぽんとサスケの後頭部を叩いた。
「どうしたんだってばよ、サスケ」
直接頭に響く声を聞きながら、らしくもなくうな垂れるなんてことをやってしまったサスケは、顔を上げる事が出来なかった。何が気に食わなかったか判ってしまったのだ。
「てめーはオレとキスしてぇとか思わねぇのかよ・・・」
言ってしまってからサスケは激しく後悔した。それではまるでその感情は、胸高鳴らせ自分を求めるものなのかと問いただしているようなものではないかと。
確かにそう意図したものではあったのだが、問題はナルトの自分に対する態度なのだ。
だってあまりにも、自然過ぎるから。
ただ隣にいるだけで、本当に幸せそうな顔なんてするものだから。
それ以上を望んではいないのかと、知りたくなってしまった。
そんなこと気にした事などなかったというのに。
それこそ、ただ傍に在るだけで良かったのだ。
自分を無理やり連れ戻した責任を取りやがれと、半ば生き物を拾ったら最後まで面倒をみろよ、と言わんばかりの心境だったと言えば正しいか。
まるで今の自分はナルトに甘えているみたいだ。
眠るなよと。
一人にするなよと。
だから、彼がやはり自分は特別であるのだと認めたことに胸を撫で下ろした。
そしてどうやら自分はその先を望んでいるらしい。
ナルトとのその先を。
サスケはナルトに答えを促すようにこつんと頭をぶつけた。彼に肩を貸したまま動こうとしなかったナルトがうーんと唸る。
「何考えてやがる」
「いや、分らねぇと思ってさぁ。だってオレとサスケってもう済んでるだろ。だからまたアレをしたいか、したくねぇかって言われると。やっぱり分らねぇってばよ」
「あんなのカウントに入れんじゃねぇよ」
「えー、だってアレのせいでサスケとキスしたって、サクラちゃん達にひでぇ目にあったってのに」
あの不意の事故をサスケとのキスであると済ませて終わらせようとするナルトに、あんなものと一緒にするんじゃねぇと低くつぶやき、ゆらりと顔を上げた。
「アレと同じかどうか、試してみればいい」
「へ?」
一瞬微妙な、似合わない眉なんて寄せて見せるものだから、サスケは逃げられないように畳みについていたナルトの手に自分の手を重ねた。
警戒させないように体重をかけることはしない。そこから意識を反らすようにわざとゆっくりナルトの耳に触れるようにして後頭部に片手を差し入れた。
髪の隙間からのぞく黒い瞳がゆるやかに細められる。
その瞬間ナルトの頬に朱が散った。それを確認してサスケは唇の端を吊り上げる。
ナルトの瞳に映る己の顔がそのまま彼の瞳に映っているのだとしたら、それはどんなにか欲情しているように見えていることだろう。
だからそれがうつればいいとサスケは思う。
サスケの本気を感じ取ったナルトはのがれようと畳についた手を、重ねられた手の下から引き抜こうとしたところで、ぐっと体重をかけてつなぎ留められた。
(いまさら逃がすかよ)
サスケは髪に差し入れた手を広げて固定し、何か言おうと口を開きかけたナルトの唇に口付けた。
見開く蒼い瞳を最後にサスケはその思っていたよりも柔らかな感触の唇を堪能するため目を閉じる。
舌を交わしたわけでも唾液をすすったわけでもないのに、異様な程興奮している自分をサスケはどこか遠くで自覚する。一応はまだ理性の範囲ということなのだろうが、こんな事は初めてだった。
誘うようにナルトの下唇を軽くはむようにして唇で挟んだ。それでも開かない唇に焦れたサスケはその唇に歯を立て軽く引っ張る。
そのまま顔を少し離すと、ぎゅっとかたく目を閉じるナルトに掠れた声でささやいた。
「口、開けろよ・・・」
「なっ」
サスケが離れたことで終わりと思ったナルトは、続くサスケの言葉に反論しようと開いた口をまたすぐにサスケに塞がれた。
今度は閉じる間を与えず濡れた唇の隙間に己の舌を差し込む。
ぎょっとしたように、ナルトの体が一瞬硬直し、この期に及んで顔を背けようとしたナルトを逃がすものかと後頭部を押さえ付けて合わさる唇をさらに深いものとした。
サスケはかまわず奥にあるナルトの舌を探り当てると己のそれですくい取るように何度も擦り付ける。その度に耳に付く湿った水音がサスケの理性に揺さぶりをかけた。
ただ試すだけだと始めた戯れが、知らず快感をともなう波となったようで、返るナルトの感触や匂いにたまらなく欲情させられた。
触れる指先も痺れたように熱をもち、もぐり込ませるように指と指をからめさせると同時に、もう片方の手はその金の髪をくしゃりと掴んだ。引き攣れる痛みに漏れ出た鼻にかかったナルトの声が、ひときわ艶めいて聞こえサスケの中の熱が一気に上がる。
もっと奥までひとつに・・・!
そう思ったところで、空いたナルトの手がサスケのうなじに触れた。
ゾクリと馴染みの感覚が上から下へと走り抜けたと思った瞬間。
ぐいっと襟首を掴まれ唾液がキスの名残とばかりに糸をつむぎ二人の唇が離れた。
すぐ近くではぁはぁと荒く息を付くナルトが予想通りのきつい瞳で睨み上げている。
「や、やり過ぎだサスケ・・・!」
「苦しいだろ、手ぇ離せ」
「イヤだっ」
ナルトの即答にサスケは小さく舌打ちすると、後頭部に回した片手はそのままに上半身を後ろへと傾けた。
当然、ナルトごと後へ倒れ込むわけで、わわっと声を上げてサスケの背中が畳につく頃には二人抱き合っている状態になっていた。
首に回された彼の手を下敷きにすることで互いの顔はより近く、吐息さえ感じる距離にサスケは見下ろすナルトに笑んでみせた。
「積極的だな、ナルト」
「誰が・・・っ」
「で、アレと今のは一緒だったのかよ、ウスラトンカチ」
腰にまわした腕をぐいっと引き寄せたサスケは、色事など興味もないようであった午前中のそれとは打って変って、男の顔を見慣れたナルトでさえ目のやり場に困る様な色香を放つ。
ナルトの頬に先程の息苦しさとは別種の意味で赤みが差した。
その頬に掌を這わせたサスケは彼の中にも同種であろう熱を蒼い瞳から見つけて、さらに笑みを深くした。
「・・・一緒じゃねぇって言えばいいんだろ・・・・!サスケとのキスは嫌じゃない。でもサスケは何もすんなってばよ。だったらキスくらいいくらでもしてやる」
あおられた自覚のあるらしいナルトは悔しげに、しかし傲慢に言い放った。やはりその頬は鮮やかに染められたまま。
思わずナルトの口から許しを得たサスケは言われたとおり力を抜いた。
負けず嫌いで、意地っ張りなナルトのこと、やられっぱなしはお気に召さないなのだろう。
だから、今は大人しくしておく。
この熱や心地よさに彼が酔いしれるまで。
そうしたら後はもう彼の唇が、指先が、真っ直ぐ自分を求めるよう仕向けるだけだ。
「なら・・・早くしてくれよ・・・」
サスケは誘うように目を細めると、熱っぽくもかすれる声でナルトにささやいた。
本当はもう少し彼の潤んだ瞳や濡れた唇を見ていたいとも思ったが、自分の唇に甘やかな吐息を感じてサスケはゆっくり目を閉じたのだった。



これから始まるだろう蜜な時に思いをはせながら





END










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