夜空かけめぐる星たちに聞かせる祈り



例えば一つだけ本当に願いが叶うとしたら君は何を願う?



生温い風が伸びていた前髪を揺らす。
纏わり付くようなそれに内心で舌打ちし、サスケは隣でぼんやりと頬杖をつき遠くを眺めているセル仲間に目をやった。
監査塔のてっぺんから見下ろす里は、空にあるきらびやかな星たちに比べれば見劣りするものの、ちらちら光る明かりが綺麗だった。
それらをナルトも眺めているのだろう。暗い中でも横から見え隠れする彼の瞳はまろく潤んでいるように見えた。
蒸し暑さは感じるものの夜間警護の日に晴れてくれるのはありがたい。
雨でも降ろうものなら狭く見晴らしのよいここはずぶ濡れになってしまうのだ。
見上げた空はいつも通り目眩をおこしそうなほどの数多の星、星、星。
見慣れているはずなのに高い場所で仰ぎ見る夜空はまた格別なものがあった。
「こんなにいっぱい星があるんだったら、流れ星見れねぇかな。どうせなら二つや三つくらい」
それでも足んねぇってばよ、と隣でナルトはニシシと笑いながらそう言った。
サスケはいかにも馬鹿にした風体で大きく嘆息する。
「たかだか小石くらいの落下物に何を願うってんだ」
「へ?」
「てめーは星が高速で移動してるとでも思ってたのか?」
「そ、それぐらい知ってるってばよ!馬鹿にすんな!!」
ナルトは体ごとサスケに向けるとつかみ掛かってきそうな勢いでまくし立てた。
その様子に「図星かよ」とサスケが悪態をつく。
「まぁ、てめーの願いなんざそれで十分事足りるくらいのくだらねぇ願いだろうけどな」
サスケはふっと鼻を鳴らすと、悔しそうに顔を赤くするナルトを見下ろした。
「オレの願いはくだらねぇ事なんかねぇってばよ」
「どうせ火影になるだの、ラーメン食いたいとかそんなだろうが」
やけに値打ちを付けるナルトにサスケはそう言った。
「それもそーだけど、それだけじゃねぇんだってば。オレにはもっと、もっと重要ってか、すっげぇ大事な願い事があるんだ」
ナルトは心外だとばかりに頬を膨らませた。どこまでも幼い様子を見せるナルトにサスケは呆れながらも、その願いが一つでも叶う事をこっそり願う。
「じゃあ言ってみろよ。随分値打ち付けてやがるが、その崇高な願いってやつを」
聞いてる側からしたら馬鹿にされているとしか思えないだろう言い回し。もちろんそれに反応しないナルトなわけがなく。
「お前には言わねぇ!!」
「何だよそれ。やっぱくだらねぇんじゃねぇか」
「んなことねぇってばよ!」
「じゃあ言ってみろよ」
にやりと口元を吊り上げたサスケに、ナルトはぐっと一度言葉をつまらせると、きっと睨み上げてきた。
いつものきつい瞳にサスケはさらに笑みを深める。
サスケはこんなナルトとのやり取りを最近では悪くないと思っていた。
昔はうざったいだけであった彼の瞳のきつさも、目につく髪の色も、少年らしい高い声も、ナルトと思えばそれを側にと望んだ。
それを表立ってあらわした事など皆無だったが。
「じゃあ、サスケも言えよ!いっこくらいあんだろ、願い事!」
「・・・何でオレが」
「オレは、もし本当に願いが叶うんだったら!本当に一つだけ叶うんだったら」
サスケの返答も聞かずにナルトは自分の願いを口にし出した。
(願い事なんて)
今まで胸の中では何度も願った。
ありえない願い、必ず実現しなければならない願い、しかし、今心に思うのは随分とちっぽけなものになってしまったように思う。
「オレは、サスケの家族が、一族が戻る事を願う」
ナルトの口から発せられた意外な願いにサスケは目を見張った。
「本当に願いが叶うんだったら、オレってばそう願う。これだけはオレの力じゃどうしようもねぇもの」
無遠慮に自分を見つめるサスケの視線にひるむ事なくナルトはそう言った。
ああ、それはもう随分と昔に自分が願った、
叶うわけがないと分かっていながらも思わずにはおれなかった、
今なら一笑出来るような願いだ。
「馬鹿が。ドベはドベらしく自分の願い事でもしとけ」
「なっ・・・」
「それに、その願いが叶っちまったら・・・オレの願いが叶わねぇ」
あまりに幼い稚拙な願いにやはり聞くのではなかったと思いながらも、サスケはらしくない一言を付け加える。
「何だよ、サスケの願いって。オレの願いが叶ったら、サスケの願いが叶わねぇってどうゆう意味だ?」
「それくらい自分で考えやがれ」
サスケはわーわーとがなり立てるナルトは無視して、本来の任務に戻る。
見下ろす里の明かりはやはり、頼りなく綺麗だった。
サスケの口許がゆっくり弧を描く。
本来であればナルトの言った言葉は許されない事であったはずだった。
このセル仲間を自分が特別であると認めていなければ、軽々しく踏み込むなと、大きなお世話だと酷い言葉でもって叩き伏せていたに違いない。
しかしこの友は、己の家族の事よりも、サスケの家族を望み、サスケを思いやるのだ。
だから今の同情ともとれる言葉は許してやる。
それに所詮は自分も似たような事を願っているのだ。
最初から一人だったこの友人が、もう一人でないように。
己の境遇にサスケを重ねている事には気付いていた。
彼の本当の孤独を埋められるのは、今の自分。
だからもし本当に願いが叶うとしてもナルトのそれは叶えてくれるな。
右手には不浄を、左手には清浄を。
もう自分にはそれが染み付いてしまって、今更不浄を流しきる事など出来ないでいる。
だから、もし本当に願いが叶うとしたら――――――。





Fin.





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