夜空かけめぐる星たちに聞かせる祈り



「ただいま~!」
ガチャガチャと荒っぽい手つきで鍵を空け、玄関を開くと同時に子供のようなハツラツさでナルトはそう己の訪問を家主に知らせた。壁に手を着いて脚半を乱暴に脱ぎ散らかし家に上がる。
勝手知ったるなんとやらはまさにこの事で、若干埃りでくすんでしまった金の髪を我関せずとふわふわさせながら薄暗い廊下をゆく。
相手の気配より何やら漂ってくるイイにおいに鼻をひくつかせた。自分は非常に良い時にここを訪れたらしい、とナルトは一人ほくそ笑む。
カラリと引き戸を開けてここの家主の名前を呼んだ。
座卓に並べられた湯気の上がるそれらに箸を付けていたサスケが胡乱気にナルトを見上げる。
「間違えんなウスラトンカチ。人様の家に上がる時は『お邪魔します』だろうが」
サスケはぶすりと揚げ茄子に箸を突き刺し口に放り込んだ。サスケの口に運ばれるそれらはとても美味しそうであるにも関わらず、咀嚼する彼は少しも美味しそうには思えない風体で、眉間には深くシワが寄っている。
「そんな細かいこと言うなよ。せっかく長期任務から帰って来たってのに。それに鍵くれたのはサスケじゃん」
「頻繁にやってくるてめーのせいだろうが」
サスケはやれやれと、ナルトを見上げる。
サスケがナルトに鍵を渡したのは、サスケの都合も考えずにそれこそ朝っぱらだろうが夜中だろうが、ここの玄関をナルトが叩き、声を上げ続けた結果だ。
いくら言ってもきかないナルトに、サスケは根負けしたかたちで男に鍵を渡した。居留守を使っても寝たふりをしても無駄な抵抗だと、あまりのしつこさにサスケは早々に白旗を振ったようだ。さすがに任務で疲れた体を寝床から抜け出し、自分を迎え入れるより遥かに互いの精神に優しいだろうと思っての譲歩らしい。
それに今は互いに忙しくある身。こうでもしないと長期任務なんぞに出ていなくとも一ヶ月会わないなんてざらにあることなのだ。
「一ヶ月半ぶりだってば。今日も、帰ってこれて良かったってばよー。ただいま、サスケ」
「・・・お帰り」
やはり憮然とした表情でサスケはそう答える。今口にしたものがまずかったのか、ナルトの訪問の間が悪かったのか。人からすればそう取られてもおかしくはないサスケの無愛想な応答だが、「お帰り」の一言にナルトは満足する。そのままサスケの前に腰を降ろそうとして。
「ナルト、先、埃落として来い。面倒くせぇが飯は用意しといてやる」
その思いがけないサスケの言葉にナルトは一瞬きょとんとする。どうやらこの友は比較的機嫌が良いらしい。サスケが上機嫌であることなんてめったにないが、もしその『少し機嫌が良い』が自分の帰還にあるとしたならそれはどれだけ嬉しいことだろう。
ナルトはニシシと唇を吊り上げると、本日の目的を口にする。
「んじゃ風呂使わせてもらう。それとキュウリ用意しといてくれってばよ。サスケん家だったらあるだろ?」
ナルトにしてはめずらしい要望にサスケは訝しげに口を開いた。
「あるにはあるが。野菜嫌いなてめーにしては珍しいな」
「違う違う。食うんじゃねぇってばよ。とにかくあるだけ用意しといて」
ナルトは意味深に笑みを見せると部屋を後にした。今回の任務で得た知識をサスケにどうしても教えてやりたくて、知ってもらいたくて。ナルトは自然速まる足はそのままに風呂場へと向かったのだった。



目の前の男はやけにいいにおいをさせながら、上機嫌でもってサスケの用意した料理を口に運ぶ。野菜嫌いなナルトでも、ゴマ油を少し垂らして香りを付けた揚げ茄子は口にあったようだ。見ていて気持ちがいいくらいの食べっぷりに、そろそろナルトが来るのではないかとここ数日夕食は多めに作っていた甲斐があったとサスケはこっそり思う。そんな事このウスラトンカチは自分が口にするまで気付かないだろうけれど。
(いい加減オレもこいつにかまいすぎだな)
自分のコップにお茶を足し、ついでに食べることに夢中にっているウスラトンカチのコップにも茶を注ぐ。それに気付いたナルトが動かしていた口をピタリと止めサスケを見上げた。
「いいから食え」
その視線にナルトが何を言いたいのか察したサスケは、頬の形が変わるほど頬張っているナルトに食事を続けるよううながした。
「ん」
それに短く返してナルトはかぼちゃの黄色が浮かぶ味噌汁に口を付ける。
すでに食べ終わってすることのないサスケは、先ほどナルトが用意してくれと言った座卓の上にごろんと転がるキュウリに目をやった。
(あるだけって・・・)
サスケは小さく嘆息する。それだけでこのウスラトンカチが何をしようとしているかが分かってしまった。転がるキュウリは3本。ナルトは少ないと言うんだろうか。
「はー、上手かったってばよ!ご馳走様でした」
両手を合わせそう言ったナルトは、きれいに中身のなくなった皿を重ね始める。それらを持って台所へと行こうとするナルトにサスケは声をかけた。
「割り箸もどうせいるんだろ。食器棚の一番左端の引き出しに入ってる」
え、と振り返ったナルトがどうにも間抜けで、サスケは唇の端を吊り上げる。
「てめーのしようとする事なんざお見通しだ。付き合ってやるから早く持ってこいよ」
そう言って顎で指図するサスケにナルトはむーっと顔をしかめると、
「ちぇー、サスケってば面白くねぇ」
そううそぶいてナルトは台所へと姿を消した。その後ろ姿を見送ってサスケはゆっくり目を閉じる。
思い返される情景があった。
そこには友を思いやる優しさだけがあった。
ナルトは変わらない。
自分に向ける感情の強さもひたむきさも。
とても綺麗なままここにいる。
気遣われるわずらわしさはもうこの心を占めることはないようで。あの穏やかですらあった、この里で最も空に近い場所でのナルトの言葉が今もまだくすぶり続けている。その言葉を口にした彼を思う。
(本当、変わってねぇ・・・)
サスケはふっと唇の両端を上げた。
自分は変わっただろうか。それとも何を置いても関わってくる彼に変えられてしまっただろうか。
サスケは転がるキュウリを掴むと腰を上げた。
迎え入れるにはここは空も風も望めない。
勢いをなくした暑さはその逢瀬は短いものだと知らせるようで。しかし今はそれくらいがちょうどいい、とサスケは自分に言い聞かせる。
縁側へと向かうサスケの足取りはゆっくりと穏やかなものだった。
あの時どうしても言えなかった今まだ息づいていた願いを、自分は彼に伝える事が出来るだろうか。



「なぁ、サスケ。とうもろこし」
「ねぇよ。んなもん」
「ちぇ。まぁいいや。これでも馬に見えねぇこともねぇし」
「ふん」
ナルトは短く割った割り箸を4本刺した状態のキュウリを床に置き、右から左からと上手く立ったそれを見下ろした。
今回の任務で知り合った里の人にどうやら聞いてきたらしいナルトはその風習をサスケと、と思ったようだった。尻尾のないそれはやはりサスケにはキュウリに足が生えたようにしか見えないものだったが、満足そうに2つめに取り掛かるナルトを伺えば、それも本人の気の持ちようかと思い直した。
「足は長い方がやっぱ早く走れんのかな?」
「さぁな」
「さぁなって、サスケの家族が乗ってくるのに」
不満そうにナルトは口をとがらせた。
「別にそんな急いでねぇよ」
「だって今日でお盆も終わっちまうじゃん」
「てめーの、家族もそれに乗って来るんだったら早い方がいいんじゃねぇのか」
そう言って深く刺しすぎた割り箸を気持ち引き抜いてやる。
お、足長くなったってばよ、と横でナルトが笑う気配がした。
随分熱の引いた夕べの縁側に二人あぐらをかいて、出来上がった3頭の馬と見立てたキュウリを見下ろした。
木葉の里では盆の間、死者の御霊は家族の元へと帰ってくるとされていた。この時期になるとどこの家庭でも生前故人が好きだったものを用意し帰りを心待ちにする。その風習はどこにでもあるもので、しかしその死者を乗せる馬を用意する地域は果たしてどこであったか。
「よし!迎えに行ってこいってばよ!んで早く連れてきてくれってば」
ナルトはそう言うとニシシと笑った。
馬を覗き込む無邪気な男の横顔がどうにも優しげで、ならいのようになっていた悪態も出てこないようだった。
今サスケの心を揺さぶるものがあった。
それは強く鮮明なものではなく、穏やかなものではあったが、深く染み入るようなものだった。こんな一時を目の前の、強烈な印象を与える男と共有することになるだなんて思わなかった。
しかし、確かにあの時願ったことには変わりないことであって。
「それで牛はいらねぇのかよ」
「牛?」
「盆送りの時は牛が乗せて帰るんだ」
「なんで馬じゃ駄目なんだよ?」
「迎えと帰ってくるときは早い馬が喜ばれて、向こうに行っちまうときは別れをおしんでゆっくりいけるように牛を用意する。死者を慮っての風習なんだろ」
だいたいの意味合いは間違っていないはずである。しかしそれを答える自分はどうにもらしくないようで。少し意外そうにナルトはこちらに顔を向けた。
「じゃあさじゃあさ、牛は何で作ればいいんだってば?」
「茄子」
「サスケ、茄子」
「さっき食っただろうが」
上機嫌ににっこり笑って言ったナルトにサスケはにべもなくそれに返す。
「えー!お前そこまで知ってて何使ってんだってばよ!」
「んなこと知るか。てめーが勝手にキュウリ用意しろだのなんだの言ってきたんじゃねぇか」
「ぐっ」
どのみちナルトが帰った時点でもそれらはサスケによって調理されていたのだから、今更何を言おうがもう遅い。
それに、
「うまそうに食ってたのはどこのどいつだ」
「そりゃうまかったけどー」
やっぱりゆっくり帰っていって欲しいってばよ。そう付け足すようにナルトが言った。
ただの風習でしかない。
なのにそんな目を伏せて、うずまきナルトらしくない顔なんてしてみせるものだから、
「・・・来年は、茄子も用意しておけばいいだろ」
自分も甚だらしくない、約束するような言葉が出てしまった。
「え」
気の抜けた少し高めの声と、無防備な顔をしたナルトがサスケの笑いを誘う。
「牛に乗せてぇんだろ」
「え、ああ・・・。うん」
困ったような顔をして。すぐにまたうつむいてしまったけれど、それもまたサスケの知らないナルトの顔だった。
でもそこに哀しい色は見あたらず、反対に、
「じゃあ、来年は・・・いっぱい用意しようってば・・・」
「ああ」
ナルトの言葉にサスケは短く返す。
思えば自分が次を約するような事をナルトに言ったことはなかったように思った。
(ああ、だからこいつは・・・)
次がないからしつこい程ここに来ていたのかもしれない。自分が動かなければ同じ里の忍という接点しかない今の自分達は、どこかですれ違う偶然を期待するしかないのだ。
ただそれだけの繋がりなら何年も会っていなくても。
本当にそれだけの繋がりなら普通は離れていても。
「サスケ」
まだ俯いたままナルトがサスケの名を呼んだ。
口元しか見えないけれど、それははっきりと弧が描かれている。
「オレ・・・なんだろ、今。・・・すげぇお前を、抱きしめたいってばよ・・・」
へへっと、泣き笑いのような顔を一瞬見せたナルトはそのまま左腕をサスケの首に回した。
遅れてもう片方の手がサスケの背に回り服が掴まれる。
「誰もいいだなんて言ってねぇだろうが」
「だったら逃げればいいだろ」
そう言いながらもナルトの腕に力が込められた。
もしかしたら、今のこの状況はただ互いの傷を舐め合っているだけなのかもしれない。
忍には不要なものなのかもしれない。
しかし、
喜びを分け与えようと、
哀しみを分かち合おうと、
伸ばしてくるその腕が、
首筋を掠めるその温かさが、
今込み上げてくる感情の引き金となって、やはりあの時願ったちっぽけな思いを伝えなければと後押しするのだ。
あの満天の星空の下、ナルトが口にした願いはあまりにも幼く純粋で、でもまだ彼はあの時となんら変わらずその思いを持ち続けている。
気づけば自分と同じように。
ああ、だからあの時伝えられなかった願いを今。
「ナルト・・・オレはもうお前が・・・・・・」
サスケの両腕がゆっくり上げられた。
息を吐くように声をのせる。
そしてその体を抱きしめ返した。





一人でない事を願うよ。



Fin.



未来航空_夏鳥様
オフ活動お疲れ様でした。それと2周年おめでとうございますv
時期を考えろって感じですが、今書かないと来年になっちゃう><と書きあげたものです。色々恥ずかしい奴らですが、もらって頂けると嬉しいです^^
前半は前に拍手文としてサイトにUPしていたものです。書いてる途中からおこがましいですが、どうにも夏鳥さんとこの二人にイメージがかぶってしまって(友情以上恋人未満。甘くないけど互いを思いやっているとかとか・・・色々ね)後半思い浮かんだ時には、押し付けることしか考えてなかったです(笑
サイト3年目突入、ますますのご活躍を熱烈応援しております^^

2008.09.08(明瑚)






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