Middle Of Nowhere  3






狭苦しい控室に不気味な男たちの唸り声が
途切れることなく続いている。

強豪2校との試合を終え
インターハイ予選決勝リーグ出場を決めたボクたちは
文字通り体はボロボロで
このまま眠ってしまいたいのが正直な気持ちだった。

特に立てないほど火神君の消耗は激しくて
もう少し彼が動けるようになるまで待つことになったのだけれど、

「おーい、誰か携帯鳴ってるよー」

小さな機械音に気付いた小金井センパイが
ひとつのスポーツバッグを指差した。

「あ、それボクのです」

見慣れた小ぶりのバッグを持つセンパイに
軽く手をあげて立ち上がった。

「ほい」
「ありがとうございます」

ボクは小金井センパイがらバッグを受け取ると
うるさく鳴り続ける携帯を取り出した。

「スミマセン、すぐ戻ります」

携帯を開きながら控室を出る。
その時見えた着信の名前にボクの心臓がドクンと跳ねた。

青峰大輝―――――

あの日彼と決別をして
初めての青峰君からの電話だった。






◇◆◇






「大丈夫でしたか?足」

練習後の練習。
二人で過ごす第4体育館。
そんなことが当たり前になった頃

青峰君が足を捻挫した。

律義にも彼は昨日、ここまでそれをボクに伝えに来てくれた。
そこで始めてボクたちはお互いの連絡先を知らないことに気付いて
笑いながら携帯番号を交換したんだ。

「一応今日明日とバスケは禁止だってよ。
あーバスケしてー」
「その気持ちは分かりますが、
しっかり治さないと癖になりますよ」
「医者にも同じこと言われた」

ボクはあれ?と思う。
バスケ停止を言い渡されたわりに
あの自他ともに認めるバスケバカの機嫌が良いのだ。

「何か良いことありましたか?」
「あー、分かっちまう?」
「バスケ停止だったら荒れてるかと」
「そりゃバスケできねーのはイラっとすっけど
念のためレントゲン撮ってもらったんだけどさー」

そこで青峰君はにやりと笑うと得意げに言った。

「まだまだ身長伸びるだろうってさ」
「……」
「何だよ、その嫌そーなツラは」
「スミマセン、ボク嘘は苦手なんです」

ボクの身長は160cmを少し越えたところだ。
まだ伸びるとは思っている。
思ってはいるけれど今の青峰君まで頑張ってくれるとは思えない。
そんなボクを差し置いてまだまだ伸びるだなんて。

「テツももうちょっと伸びたらその存在感の薄さもマシになるんだろうけどな」
「青峰君に言われなくても分かってます」
「すねんなよー。身長はやれねーけど。ほら……」

そう言って青峰君は手に持っていたアクエリアスをボクに向かって放った。
咄嗟に持っていたボールを手放して
綺麗な放物線を描いて落ちてきたそれを受け取る。

「…ありがとうございます」
「おう」
「でもボクはポカリの方が好きなんです」
「あ゛?」

転がったボールを拾っていた青峰君が
ガラ悪くボクに凄む。
そんな顔をしたって全然怖くない。
自然と頬が緩む。
ボクはこんな何でもない彼との時間をとても好いていた。

「何でもありません。
いつもありがとうございます、青峰君」
「何だよあらたまって」
「今でも不思議なんです。
青峰君みたいな人がボクと練習してるってことが
まだどこか信じられません」

なるべく卑屈にならないように言ってみる。
ただボクは今のこのゆるやかに込みあげる感情を
君に伝えたいだけで

「でも青峰君のおかげでバスケが…」

ボクはもっと好きになりました。

そう言って小さく笑ったボクを
不思議そうな顔をして青峰君は見返した。

「今はバスケが楽しくて仕方がないんです」

素直な気持ちを口にする。
少しの沈黙のあと
ふっと笑った青峰君がボクに手を伸ばしてきた。

「今すげーお前とバスケがしてーよ、テツ」

くしゃりと髪が撫でられる。
その手のあたたかさから
その声の柔らかさから

ボクの中にずっとあった

君に対する疑問が解けた気がした。






◇◆◇







『出んのが遅せー』

通話ボタンを押して耳に入ってきたのは
記憶にあったままの君の声。

「お久しぶりです、青峰君」
『相変わらずだよなー、お前は』

機嫌の良さそうな
でもどこか危うさを含んだ声音だった。

『んで、今日勝ったんだって?』
「はい」

短い返事を返し
そして
ボクはずっと言いたかったことを口にする。

「決勝リーグで君を倒します」

その為にボクは

『何言ってんの?お前がオレに勝てるわけねーだろ』
「勝ちます」
『あー、もしかして火神ってヤツか?』
「どうして火神君を」
『うちには優秀なマネージャーがいてっからな
んなことより……』

空気が変わる。

『何なんですかー?アレ』

妙に丁寧な言葉がむしろ奇異で、彼の苛立ちをあらわしていた。

『勘違いしてんじゃねーの、テツ。
アレはオレじゃねーよ。偽モンだって分かってる?』
「火神君は誰かの代わりでもない、ましてや偽物なんかじゃありません」

応えながら青峰君の違和感に気付く。
何だろう、今まで感じたことない。

『なぁ、テツ。
お前はそいつで満足なワケ?』
「今の青峰君のバスケよりも
ボクは火神君のバスケの方が好きです」
『へぇ……』

迷いのないボクの答えに相槌する青峰君の声が低いものになる。

『だったらさー。
もう試合出れねーようにそいつ潰しちまっていい?』

含まれる薄暗い感情に鳥肌がたちそうだった。

「なに…を…」
『だって何かそいつムカつくし』
「どうして火神君がムカつくんですか」
『だってー、自分のレベルも知らねーで
お前と組んで強くなった気でいるんだろ?
ムカつかねーワケねーじゃん』

お前なんかじゃダメなんだって
分からせてやんねーと

『だからもう二度とお前と組もうだなんて思えねーようにすんだよ。
てことで火神潰していい?』

どうして君は手放したボクを
まだ自分のモノのように振る舞うことが出来るんだろう。

「ダメに決まってます」
『どーしても?』
「当たり前です」
『じゃあ、試すだけだったらいいだろ?』
「何を試すんですか」
『オレが納得出来るレベルかどうか』
「納得出来なかったらどうするんですか」

まともな答えが返ってくるとは思えないけれど
ボクはそう問いかけていた。

『そーだなぁ。
決勝リーグ、お前の目の前で潰すことにする。
それでそいつにもお前にも分からせてやるよ』
「話になりませんね」

ため息交じりのボクの言葉も気にした風もなく
笑いさえ含ませて青峰君が言う。

『まぁお前が何言ってもオレはオレの好きなようにすっから』
「忘れないで下さい。
ボクの今のチームメイトは火神君です、青峰君じゃありません。
君に何かを指図される覚えはないんです」
『あぁ、忘れてねーよ。
お前が敵だってことも、
お前がオレを裏切ったってこともな』
「否定はしません……
次に会う時はコートの上です。それじゃあ、失礼します」

『テツ』

通話を切ろうとしたボクを呼び止める声。

『お前まだ…オレのことが好きなのか?』

彼が拾う音に集中してるのが分かる。
一言一句聞き漏らさないとでもするように
呼吸さえ止めて

『お前があんなこと言わなかったら
今もオレの隣にはお前がいたかもしれなかった」
「……そうかもしれませんね。
だって君はボクと同じ誠凛に来てたでしょうから」

でもそれじゃ意味がなかった。

「バスケは一緒にはできない。でも友達ではいて欲しい。
それじゃダメだったんです」
『恋人になれねーんだったら敵の方がいいって
そーゆうことかよ』
「違います」

ボクが次を言おうとした時、
後ろの方で控室のドアが開く気配がした。
火神君が少し復活したんだろう。

『おい、テツ…ッ』

焦れた青峰君が急かすように声を荒げる。
その時、ボクを見つけた伊月センパイの名前を呼ぶ声と
青峰君の声が被った。

「もう切ります」
『待てよ……!』
「決勝リーグ、楽しみにしてますから」

呼び止める彼を振りきって僕は通話を切った。

ちょうど水戸部センパイに抱えられて出てきた火神君と目が合う。
ボロボロになりながらも見える闘志はいつもより強いくらいで




ボクはその光に手を差し伸べていた。


もしかしたらボクは火神君を利用してるのかもしれない。
彼の気性を知りながら焚きつけた。

それでもボクは光を取り戻したかったんだ。





ただ君に光を







さて、次はー
どうろくでなしになって頂こうかね。












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