Middle Of Nowhere  6






静まり返っていた体育館が音を取り戻した。
激しく打ち鳴らされる音響
轟きのように唸る歓声
そして一際存在を主張するボールが床を叩く濁音


熱、熱、熱―――
流動。闘志。激動。
上昇する熱気。
攻守を入替え。蹴散らし。突破する。


館内の視線を一点に集めるのは
ボールを奪い合う両校エースたちだった。




終わりが近い
苦しい
切ない
胸が痛む

激しく上下する肩
とめどなく流れる汗
震え出す足

でもまだ終わってはいない
集中しろ
呼吸なんて気にするな
動けボクの足

走れ
走れよ

もう負けたくなんかないんだ

今のこの一瞬を全力で
すべての思いをかけてぶつけるんだ

心が震える
泣きたいくらいの
こんなにも熱く
この胸に猛るものがある

これと同じものを君が感じてたらいい
心湧き立つような焦燥にも似た感情の滾りを

余裕なんて打ち崩して
この空気を共有したい

どうしてこんなに心動かされるんだろう
どうしてこの一瞬が
終わらなければと思うんだろう
もう限界は超えている
少しでも気を抜くと意識さえ途切れそう

でもボクはこの僥倖を
君たちが見せる
奇跡のようなこの瞬間を
目に焼き付ける
忘れることなど絶対ない



『負け…た…?…そうか』

そうしてボクは
君と真正面から向かい合い
視線がかさなる。

『負けたのか……オレは』





込み上げてくるのは涙だけじゃなかった。







◇◆◇






「青峰君。
もうそろそろ帰らないと」

青峰君のバッシュが床を擦る音と
ボールのたてる濁音だけが第4体育館に響いていた。

今日はほとんど彼と話をしていない。
そんな雰囲気ではなかったし
ボクも自分から話しかける方ではなくて
それで
今までのボクたちのとりとめのない会話のほとんどは
彼がボクと話そうとしてくれていたからなんだと気付いた。

だからと言ってボクが何かをしたかと言うと
ただこうやっていつもより帰りが遅い時間になっていることを
彼に伝えることだけだったのだけれど。

「青峰君」

ボールの音に負けないようにもう一度呼んだ。

「テツは先に帰ってろよ」

ボクの方を見向きもせず
そう言って青峰君がシュートを放つ。

キレイなフォームだ。
タンと着地した後
ボールが危なげなく真っ直ぐネットをくぐり
床へと跳ねる音が続いた。

「ならいつまで練習するんですか?」
「気が済むまで」

転がるボールを拾い上げ
今度は鮮やかにダンクを決める。

「やっぱり青峰君は凄いですね」

跳ねるボールをそのままに
青峰君がこちらを向いた。

「ダンク?」
「はい」
「まだ完璧じゃねーよ」
「そんな風には見えませんが」

ボクは今のうちにと
帰ろうという意味を込めて
自分の肩にかけてあったタオルを取り
青峰君の頭にかぶせた。

「試合じゃまだできねーもん」
「そういえばしてませんね」
「あと5cmはねぇと厳しい。
手の大きさも足んねぇ」

そう言って青峰君は自分の手の平に目を落とした。

「なぁ、テツ」
「はい」
「知ってっと思うけど」
「……」
「オレ今日、始めて試合負けた…」
「……はい」
「すっげぇ…悔しい」
「うん」
「…もっと上手く…なりてぇ」
「ボクもです…」
「もう負けたくねーもん」
「……うん」
「だって泣くとか…ダセーだろ……」

そう言って青峰君はタオルで顔を覆ってしまった。

あぁ、そうか…と。
ボクはようやく青峰君が帰らなかった理由に気付いた。

でもそんな君をひとり残して
帰るなんてできるわけない。

「負けないためにまた練習しましょう、青峰君」
「……ッ」
「君の気が済むまで
ボクも付き合いますから」

その時、ボクのTシャツの袖がキツくつかまれた。
タオルの下で彼が涙を流しているのかどうかまでは分からなかったけれど

ボクはただ
青峰君から吐き出される反省とか愚痴に
後はもう「はい」とか「うん」とか
そんな相槌くらいしか返せなくて

「テツがバスケやってて良かった」

唐突にそう言った青峰君に
なぜかその時
ボクは同じ言葉を返すことができなかった。

まるで青峰君の苦い感情がうつったみたいで
でもきっとそれよりも優しい胸の痛みだった。

「青峰君…」
「テツのタオル汚しちまったな」

返されたタオルを受け取る。

「何をいまさら
青峰君はいつも勝手にボクのタオル使うじゃないですか」
「嫌だったかよ」
「別に。嫌だとは言ってません」
「だったら問題ねーじゃん。
まぁ、他の奴が使ったタオルとかキモいけど」
「どうゆう意味ですか?」
「テツだったらいいってこと」
「そうですか」
「そこもちっと喜べよ」
「どちらかと言うと迷惑なんで」
「てめー」

そう言って青峰君はボクの頭を
ガシガシと押さえつけるように撫でてきた。

そこにはいつもの
悪戯っ子の顔をして
笑う青峰君がいた。







◇◆◇






ボクは可愛らしくデコレーションされたメールを飽きるでもなく眺めていた。

今日の労いと、明後日から続く試合の激励
そして

『明日のイヴ、大ちゃんにデート誘われたから行ってきま〜すv』

という報告のメール。


…どうしようか。


ボクは携帯を枕元に置くとうつ伏せになってベッドに寝転んだ。

このボクには似つかわしくないメールが来る1時間くらい前
まさにボクは桃井さんのデート相手という方にお誘いメールを送っていた。
かなり強引な内容で。

場所と時間くらいしか書いてないメール。
待っていると、ただそれだけを追記した。
青峰君からの返信はない。

「それにすっかり忘れてたけど…」

明日はクリスマスイヴ、だそうだ。
桃井さんのメールで気付いた。
しかもデートの予定なら普通はこんな呼び出しに応じないだろう。

『桃井さんと予定があると聞きました。明日はもういいので楽しんで来て下さい』

本当はそうメールした方がいいって分かってる。
ボクが今必要としているのはシュートを教えてくれる人だ。
ベストは青峰君だけれど絶対彼じゃないといけないというわけでもない。

もう何度も青峰君宛のメールを作成しては、文字を打とうとするのだけれど
一向に文章は出来上がらなかった。

ややして省エネのため画面がまた暗くなる。

限界以上の力を出し切って試合を乗りきったボクが
携帯をにぎりベッドの上で意識を保っていられたのも、それからほんの少しの時間だけだった。

そう、結局ボクは青峰君だけでなく
桃井さんにも返信をできずに意識を手放してしまったんだ。


でもこの時のボクは
まさか自分の指定した時間よりも早く
というかボクよりも早い時間に
桃井さんを置き去りにして青峰君が来てくれるだなんて
予想もしてなかったんだ。












エンジンかかった感じで












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