黒子視点以外は三人称で。
読みづらくてスミマセン。







Middle Of  Nowhere 7






暗い路地を怠そうに歩いていた長身の影が、おもむろにその歩みを止めた。
その目線の先、彼は幼馴染の桃井さつきの泣きそうな顔を見つけ、表情のなかった顔に渋面を作った。
普段の気だるげな態度をさらに崩す様は、目の前の少女をほっぽり出して何時間も探させたことへの罪悪感など微塵も感じてない風体で、あまつさえ大きくため息まで吐いてみせるのは彼が彼たる所以だ。

「お前も本当めんどくせーヤツだよなぁ」

こんな時だけ感情豊かになるのが小憎らしいとさつきは、キッと青峰を睨みあげた。
これくらいで怯む相手ではないことは分かっているが、言わずにはおれないのはもう条件反射のようなものだ。

「大ちゃん酷い!自分から誘っておいていなくなるなんて!!」

さつきは目を潤ませヒドイヒドイと目の前の少年をなじる。
昔からこの幼馴染は自分勝手なところはあったが、最近は特に酷くなったように思う。もちろん女のカンである。

「だって欲しかったサイズなかったし、お前の買い物なげーんだよ」

青峰に誘われバッシュを見に行ったものの彼の狙っていたモノはサイズがなく、今日は取り寄せだけを頼み店を後にした。
さつきとしてはそこからが本番と、イヴに誘ってくれたのが偶然なのか、はたまた意図的であったのか、青峰という天邪鬼な生き物が実態を悟らせるわけがないのを承知で気合を入れた。しかしながら今日という日に誘って来たのだから当然後者であろうと、彼女はそこでまず大きな思い違いをしてしまっていた。
さつきが彼に対する誤認に気付くハメになったのは、クリスマスらしく飾られたデートスポットへさぁ行こう買い物したい美味しいご飯食べたいでもその前にちょっとお手洗い行って来まーすvとご機嫌に青峰のそばを離れた後のことだった。
イヴにデートする男女らしくWCの前で待ってくれていると思っていた少年の姿はなく、それからさつきはぐずぐずと半泣きになりながら自分をデート途中で容赦なくほっぽり出した薄情者を探し回ったのだった。
もちろん目前の幼馴染の携帯には、さつきからの着歴が嫌がらせのように残っているハズだ。

「てか鬼電うぜーよ。着歴全部さつきとかふざけんなっての」
「それは大ちゃんが何も言わずにどっか行っちゃうからでしょ」
「テツに呼び出されたっつったらお前着いて来んだろが」

欠伸をしながら言った青峰の言葉に、さつきは目を剥いた。

「ちょっとそれどうゆうことよ!」
「ああ?」
「テツ君と会ってたの?!」
「おう」
「何してたの!」

矢継ぎ早のさつきの詰問に、やや引き気味になりながら青峰は律儀に答える。

「テツのシュート練習付き合ってたんだよ」
「そんなの聞いてない!」

だって言ってねーし、と小さく呟いた言葉はキレイに無視をされ、

「それより何で私も連れて行ってくれなかったのよー!」
「お前連れてったらうるせーもん」
「そんなのいつものことでしょ!」
「さつきお前何そんな怒ってんだよ。置いてったのは、まぁ悪かったって」

うるせー自覚はあんだな…と思ったことは口にせず、面倒くさいことは先に片付けちまうかと青峰はとりあえず謝罪の言葉の方を口にした。
と、その適当さが悪かったのか、

「そんなことはどうでもいいのよ!」

と、憤怒の顔をしたさつきに一蹴されてしまった。
ん?置いてったことはもういいの?だったらもういいじゃん、さみーから早く家帰りてーんだけど、という心内は読まれることはなく、一歩近付き真剣な目をしたさつきに話が長引きそうだと青峰は観念した。

「テツ君と仲直りしたの?」
「元からケンカなんかしてねーよ」
「仲直りできたから機嫌がいいんだね。案外分かりやすいよね、大ちゃんって」
「だからしてねーって」

そう否定しながらも、そーいや昔分かりやすいとかそんなこと言われたっけなと、鳥頭であることを自覚している青峰にしては珍しく回顧する。
そしてすぐにその理由に思い当たったのは、今話題に出ているヤツの言葉だったからだろうと納得した。

「機嫌いいわけねーだろ。こっちは寒空の中ずっとテツに付き合わされてたってのに」
「また二人で練習したんだね」
「オレは教えてやったの」
「どっちでもいいよ。二人がひとつのボールでバスケをしたんだったらそれでいいのよ」
「女ってわっかんねーな」

テツヤと再会するまでふたりの間で彼の話題は禁句だった。
敵対校の選手情報としてその名が挙がることはあったけれど、バスケとは関係のないところでの彼の話題を青峰は許さなかった。

帝光が三連覇を果たしてすぐ、テツヤがバスケ部から去ってしまい部内は荒れた。
その中でも青峰だけは一切そのことに口出しをすることはなかった。
すでにテツヤの心が帝光のバスケから離れているのを知っていたからかもしれなかった。
さつきはこの幼馴染の複雑さを少しは理解しているつもりでいる。
中学三年の夏、二人に何かがあっただろうことも。
ただ具体的に何があったかまでは分からないけれど、テツヤが青峰の隣を歩むのを自らやめたということだけは間違いないだろうと思っていた。
そして彼は、青峰の目を覚まさせた。

自分はただ青峰の後を着いて行くことしかできなかった。離れようなど思いもしなかった。
この幼馴染が天才であるがゆえの孤独をかかえていることは知っていた。
さつきは待つことしかできない自分が歯がゆく、しかし青峰が欲しているものが偶然現れることを期待していることしかできなかったのだ。
でもテツヤは違った。彼は自らの力が及ばないと分かって、自分の力を最大限に引き出してくれる相手を見つけ、そして青峰に挑んだ。

彼を支えていたつもりではいたけれど実際はどうであっただろうか、結果論で言えば青峰を変えてくれたのはテツヤだ。
さつきはもう感謝の言葉しか思い浮かばなかった。
テツヤの心情までは分からない。彼が青峰を救うためだけの奮闘だったとは思わないけれど、それでも『練習してぇ…』と呟いた幼馴染の心底からの言葉を聞いて自分は本当に感謝したのだ。

「ねえ、大ちゃん。私テツ君が好き」
「いまさらだろ」
「そうなんだけど、でも本当に好きなの。大ちゃんと同じくらい好きよ」

意外そうな眼をした青峰がさつきを見下ろす。

中学時代、さつきは青峰をただの幼馴染としてではなく、恋の対象として好きだった。でもそれをよしとしない幼馴染の頑なな拒絶も知っていたから想いを告げようと思ったことはない。
バスケという生き甲斐を見失っていた彼は、とにかく時間を持て余していた。良い言い方をすればこの幼馴染はそれなりにモテており、悪く言えば遊んでいた。その対象にならなかったのは自分にとって良かったことなのだと、酷い振り方をされる女の子たちのことを聞く度に、さつきはそう思うことにしていた。よくある自分のポジションを捨てきれなかったというのも理由だったと思う。
ただそのさつきのフラストレーションの矢面に立ったのがいつも青峰と一緒にいたテツヤで、彼からしたらとんだとばっちりだっただろう。自分を見る幼馴染の目に少しでも嫉妬を見つけたかったのかもしれないし、他の誰かを好きになりたかったというのも本当だ。
聡い彼はそんな自分の狡い部分を知っていたかもしれない、いつも自分に接するテツヤは優しかった。

女心は複雑だ。
恋愛と友愛と親愛がごちゃまぜになって、誰を本当に好きなのか分からなくなる時がある。
昔は間違うことなくひとりの名を出せていた。

そういうことなんだろう、とさつきはひとつの恋の終わりを感じ始めていた。

「…さつき」
「明日も練習付き合うんでしょ?私も着いて行くからね」
「お前ぜってーじゃますんだろ。来んな」

歩き出した青峰にさつきが拗ねた様子で後に続く。

「今までそんなこと言ったことなかったじゃない。二人だけとかズルイ」
「何がズルイだ。ただの練習だバーカ」
「だって最近はずっと私とテツ君くっつけようとしてたのに」
「くっつけようとはしてねーだろ。どこにそんなヒマあったよ」
「私とテツ君はお似合いだとか何とか言ってたモン」
「ああー…そういや…そんなことも言ってたな」

思い出したのか青峰はばつが悪そうに言葉を濁した。

ちょうど、さつきがテツヤのシャツを借りて帰った次の日だ。
自慢げに今度洗って返すのだと話して聞かせた時、『オレのために早くお前ら付き合っちまえよ』と言葉の内容を裏切る不機嫌さでこのロクデナシは言ってくれたのだ。
さつきが寄せる想いを知っていながらの暴言だった。
あの時の青峰はどこか尋常ではない雰囲気ではあったけれど、少なからずも自分は傷付いた。

それでもこの怠惰な幼馴染の感情を大きく動かすのは、彼の影だった元相棒なんだろうとさつきは思う。
多分、このロクデナシは無自覚だろうけれど。

「ね、だからいいでしょ?」

さつきはそんなことを思いながらも青峰への駄目押しは忘れない。
あから様に嫌そうな顔をする青峰を無言で見つめた。
少しの沈黙の後、

「わーったよ!来てもかまわねーが、本当じゃますんなよ。ただでさえ時間ねーんだから」

説得を早々に放棄した青峰は渋々といった面持ちで、さつきの同行を許す。
邪魔をしないわけがないと簡単に想像がついたが、今ここで言いくるめるよりも連れて行った方が楽だろうとこの時の青峰は思ってしまった。
自分の幼馴染という役回りを十数年もやっている彼女の言動力を、青峰は舐めていたのだった。




そうして三人の関係が変わり始めた聖なる夜のおとずれ












まだまだ無自覚な青峰君






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