頑張る桃井さん








Middle Of  Nowhere 8








冬の野外は日が落ちるとぐんと気温が下がって
青峰君を付き合わせたシュート練習はボールを持つボクの手が
かじかんで動かなくなるまで続いた。

シュート率の悪さは相変わらずだけれど青峰君のアドバイスで
光明の見えてきたボクの練習は
ひたすら手本となるキレイなフォームを真似て撃つよりも
遥かに前進したように思う。

バックボードに勢いよく当たりリングのふちを回りながらも
ネットをくぐってくれたシュートをラストに今日の練習は終わった。

「ねぇ、せっかくだしこれから皆でご飯食べに行こうよ」

今日はもう終了と帰る用意をしていたところで
桃井さんが満面の笑みでボクと青峰君に言った。

「何がせっかくなんだか分かんねーんだけど」
「大ちゃんってバカ?今日はクリスマスよ」

青峰君のばっさり切り捨てる言いように
くるくると表情の変わる桃井さんの頬がぷくと膨れ
そこから二人の応酬が始まった。

幼馴染の二人は本当に仲が良い。
だいたいが青峰君が桃井さんを怒らせ詰られるか説教されるというパターンだけれど
怒る桃井さんの言葉の端々には他の人にはみせない親しみのようなものが滲んでいた。
それは今も変わらない。

懐かしい光景だと思う前に少し胸がざわざわする感じが
ボクがまだ青峰君に対する恋心を完全には捨て切れていないんだということを実感させる。

「ねぇ、テツ君も行こうよ」

男だったら誰もが可愛らしいと思うだろう笑顔で桃井さんがボクを誘う。

「…ボクは」
「オレは行かねーから」
「青峰君…」

モッズコートのポケットに手を突っ込み気だるげに青峰君が言った。

「ちょっと、大ちゃん…!」
「お前らふたりで行けよ。オレはもう疲れたから帰るぜ」

青峰君はそこで少し意地悪く笑うと、

「それに、クリスマスだってんなら
二人だけのがちょーどいいんじゃね?」

何の気負いもない様子でボクと桃井さんにそう提案した。

彼が前に言った『さつきだったら許してやる』という言葉を思い出したけれど
そこには以前ほど険悪なものはなく
ただ彼は思ったことを口にしただけのように見えた。

他意がないのだ。
そう思った瞬間、最近では滅多なことでは動じなくなった心臓が一気に緊張した。

「大ちゃんそれ本気で言ってるの?」

いつもより低い声で桃井さんが青峰君に詰め寄った。

「だってお前、テツが好きだっていつも言ってるだろーが
じゃまする気はねーよ」

青峰君がさも当たり前のように話すのをボクは一歩引いた位置で聞いていた。
彼の言うことは間違ってはいない。
桃井さんがボクにそういったことを言うのは常であるし
青峰君の前でもそういったことを言うのであれば
彼が気を使うのももっともだと思う。

「そしたら私本気でテツ君の彼女になるんだから!」
「なるならなるで別にいーけど。
それオレじゃなくてテツに言えよ」

まったく悪気のない
当事者でなければ正論とも言える言葉だった。
何故桃井さんが青峰君を挑発するようなことを言ったのかは分からないけれど
それにのせられることもなく
むしろ本気で疑問に思っているくらいの認識で
この前火神君に対して嫉妬してみせた
ボクに対する激情が嘘のようだった。

ふたりには
気付かれてるだろうか。
とてつもなくボクが今傷ついていることを

真っ直ぐボクを見下ろす青峰君と
こちらの様子を伺うように視線を向ける桃井さんと目があった。

苦笑してみせたけれど
それからすぐ
桃井さんの目に怒りが滲むのを見つけて
ボクの表情は固まってしまった。

多分桃井さんは気付いていると思う。
ボクの青峰君に対する想いを。

そして今、確信したんだ。

桃井さんは青峰君を振り返ると
ボクが止める間もなく
寒さで少し赤くなった手を振りかぶると
青峰君の頬を思いきり打った。

「桃井さん!!」

静まりかえった真冬独特の冷たい空気にその音は高く響いた。

「……ってーなおい」

まさに地を這うような低音で青峰君が桃井さんに凄む。
口の中が切れたのか唾を吐き出し
手の甲で拭いながら桃井さんを睨む眼光が
いつもより凄みを増していた。

そんな青峰君を完全に無視して桃井さんはボクに向き直る。

「テツ君…」

小さくて聞き取りづらい桃井さんの声がしたと思ったら
ボクと青峰君ほどには身長の変わらない桃井さんに抱きしめられていた。

「ごめんね。私テツ君を傷つけようと思ったわけじゃないの」

一度ぎゅっと力を込められた腕が解かれ
目の前には泣きそうな桃井さんの顔があった。

「ごめんね、テツ君」
「いいえ。手は…大丈夫ですか?」

少し震えている桃井さんの手をとって
できるだけ声が固くならないように確認する。
桃井さんはそれに笑みで返してくれた。

「大ちゃん、私謝らないから。
酷いこと言った大ちゃんが全部悪い」

桃井さんの冷たい声。
離していなかった手が強く握られた。

「さつき、てめー調子のってんじゃねーぞ」

唸るような低い声で怒りを隠そうともしない青峰君に対して
桃井さんは怯むことなく言葉を続けた。

「どうして大ちゃんは好きなものを遠ざけようとするの?
もったいない?飽きるのがイヤ?
そんな一歩引いたところにいて本当に楽しい?
人はバスケとは違うのよ。
遠ざけられて待っててなんてくれないの。
気まぐれに振り向かれたって傷つくだけだわ」
「お前に何が分かるってんだよ」
「それくらい分かるわよ」

顔をめぐらせて見上げた青峰君の眉根には
きつく影が刷かれていた。

「テツ君、私テツ君に話があるの。
そんなに時間とらせないからこれからちょっといい?」

眉間に深く皺を寄せたまま黙り込んでしまった青峰君と話すことはもうないとばかりに
桃井さんがボクにそう言った。

「…はい。大丈夫です」
「良かった」

桃井さんはにっこりと笑みを見せると
ボクの腕をとった。

「そういうことだから、じゃあね大ちゃん」

そう言って歩き出す桃井さんに若干引きずられながら
ボクは青峰君に頭を下げた。

「ありがとうございました、青峰君」
「……」

青峰君は後はもうボクたちが立ち去るまで無言で
彼が今その胸に何を思っているのかはボクには分からなかった。








それから1時間くらい後、
ボクは桃井さんとファミレスで分かれ家路に着いていた。
そこの角を曲がれば家に着くというところで
長身の影がボクに気づいてこちらを向いた。

「青峰君……」

さっき別れたばかりの元チームメイトがそこにはいた。

「……テツ」

どこか思いつめた顔をした青峰君がボクの名を呼ぶ。




この後ボクは
彼がどれだけの情熱で今までバスケに打ち込んできたのか
そのバスケを自分に置き換えて
思い出すことになる。










病んでる青峰さんにするか
でれる青峰さんにするか…






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