†††君の名は千の言葉より多くを語る†††



(あーあ、今日の受け付けイルカ先生じゃねぇんだ)
ナルトは受け付けに座る中忍と思われる女の子を見付けて内心溜め息を吐いた。
特に話したいことがあるわけではなかったが、あの穏和な顔を見るとナルトは元気が出る。本当を言うと話したいことはあるけれど、話せないというのが現状で、しかし随分前からナルトの心の支えであった恩師を今でも寄り所としている彼は、何かあるとやはり会いたいなぁと思わずにはいられないのだった。
今ナルトを悩ませているサスケはというと、あれから全く自分に対する態度は変わらない。ここで会ったときは一緒にご飯も食べに行くし、お互い休みが合えば修業もした。もちろん同じ任務に着くこともあるので、それこそ何日も一緒に過ごすのだ。
それでもサスケはやっぱりサスケでしかなく、だからあの時のことは覚えてないんだろう。
だから今のナルトの悩みなど微々たるものでなければいけない。
なのに、サスケの言葉や小さな仕種にさえ何か意味があるように思えてしまって、ナルトはいちいち大きな反応を返してしまっていた。
(早くオレも忘れたいってばよ)
いつも通りで、普段通りのサスケは当たり前のようにナルトの肩に手をかけたり、腕を掴んだり、顔を近づけては話をする。
その度にナルトの鼓動は一つ大きく打った。
全くナルトを意識しているようには見えないサスケ。に比べて自分は・・・。
「はぁ・・・」
つい出てしまった溜め息に、
「辛気臭ぇ」
と、今まさに考えていた人物に言われてナルトはむっとして目を細める。相変わらず嫌味なほど気配がない。
「サスケには言われたくねぇってばよ」
誰のせいだと思ってるんだ、と続きそうになってナルトは慌てて口をつぐむ。
「これは生まれ付きだ」
「可愛くねぇ」
「それこそてめーに言われたくねぇな」
ナルトの悪態などどこ吹く風のサスケに、ぐぐっと怒りが込み上げるナルトである。昔はこんな些細な事からもギャーギャーとうるさい喧嘩に発展した。
今でもなくはないのだがそれでも数は随分減って、大人になった証拠だなとナルトは思う。しかし実際のところはつっかかるナルトは相変わらずで、ナルトに合わせるようにして好戦的だったサスケの態度が控えられているだけだったのだが。
「報告書の提出か?」
時間的に込み合って来た受付所に、自然と端の方へと二人は移動する。
とにかく目立つ二人だった。
鮮やかな髪の色にくるくる変わる表情をしたナルトと、冷たい雰囲気を撒き散らしながらも稀に見る美丈夫なサスケ。
さらに一人は腹に九尾を飼っている里の嫌われ者で、もう一人は名門うちは一族の生き残りで里抜け経験有り。
目立つなと言う方が無理な話しである。
「うん。サスケはこれから任務か?」
彼の小綺麗な出で立ちにナルトはそう問い掛けた。
「ああ、里外だが1週間もあれば片付くだろ」
余程のことがないかぎりサスケは任務の内容は口にしない。その彼が進んでその事項を話すのは珍しいことだ。ナルトは疑問に思いながらも思い当たることはなかったので適当に相槌を打った。
「ふーんって、てめー忘れてんじゃねぇだろうな」
「何が?」
はぁ、と今度はサスケがナルトに向かって盛大な溜め息を吐いた。
自分こそめちゃくちゃ辛気臭いではないかと思いつつも、サスケの言葉から察するに自分は重要な事を忘れているらしい。
はて、サスケの帰還予定の1週間後には何があったろう?と考えて、
「あ・・・」
「やっと思い出したか」
小さく漏れた声に、やれやれとサスケは呆れたように目を細める。
それはナルトからすれば見慣れたもので、たったそれだけの仕種であるのにドキリとした。
自分でさえ忘れてしまっていたことをサスケは当たり前のように覚えている。
その意味するところに心当たりのあるナルトは恥ずかしいような、嬉しいような、しかし手放しにに喜べないところでもあった。
一週間後の今日は、ナルトの誕生日だった。
「あけとけよ」
囁くように、しかし否を許さないサスケの口調。口元にうっすらと笑みを浮かべて。
「・・・う・・ん」
ぎこちないナルトの返事にサスケはふっと笑った。それを至近距離で見てしまったナルトは胸中で叫ぶ。
(うーわー!タラシだー!!こいつってば凄っげータラシだー!!)
これもきっとナルトからすれば見慣れたものに違いない。しかし、サスケが自分を好きであると知ってしまったナルトには、やはりいつものようにさらりと流せないものでもあった。
固まってしまったナルトを訝し気に、サスケは眉をひそめる。
「まさか。また任務でも入れたんじゃねぇだろうな。それとも何か予定でもあんのか」
返事はしたものの無反応なナルトにサスケはむっとしたように表情を変える。
予定などあるわけがない。サスケに言われるまで忘れていた自分である。ナルトは自分の誕生日というものにあまり執着がなかった。
その日は家にいなければならない日であって、1年のうちもっとも窮屈な日でもあったからだ。
九尾が里を襲い多くの犠牲者を出したことで、毎年その日は里人総出で追悼の儀が行われる。それが今では任意参加となっていた。任務も通常通り請負い、昔ほどナルトへの風当たりもきつくはなくなっている。
それも綱手が火影になってからで、随分とその日はナルトにとって窮屈な日ではなくなったのだ。
サスケが里に帰還してからというもの、毎年ナルトの誕生日なるものはサスケと過ごすことが恒例となっていて、しかし、去年はいつもの如く自分の誕生日を忘れていたナルトは任務を入れてしまい、サスケに嫌ってほどどやされてしまった。
(危うく今日任務を入れてしまうとこだったってばよ)
報告書を提出して次の任務を受け取る。まだ手にある報告書をひらひらさせてナルトは作り笑いを顔に張り付けた。
「入れてねぇってばよ」
「あやしいところだな」
ナルトの行動などお見通しとばかりにサスケは嘆息する。
良い具合に受付が空いてきたのを確認し、ナルトは「じゃあ」とサスケに向かって手を上げた。体を反転させようとして、しかし、サスケに手首を掴まれる。
「ナルト」
そして名を呼ばれた。
「・・・・なに」
振り返って映ったサスケの顔がやけに真剣で、ナルトの鼓動は一つはねる。
(また・・・・・!)
ただ名前を呼ばれただけだ。
それなのに自分の心臓はおかしくなってしまったのだろうか、思うように落ち着いてくれない。
あれからというものナルトはもうずっとこんな調子で、自分はサスケと今までのように本当にやって行けるのだろうかと本気で思った時、
「帰ってきたら話がある」
その熱を帯びた黒い双眸でもってナルトを見つめながら、サスケはそう言った。
「・・・・今、言えばいいだろ」
改まってそんなことを言うサスケにナルトは動揺を隠せない。
それなのに、今話せだなんて言う自分はおかしい。きっと聞けばもっと動揺するに違いない言葉をサスケは言うつもりなのだ。
「まぁ、楽しみにしとけよ」
掴んでいた手をあっさり離し、サスケは目を細めて口元に笑みを浮かべる。
やはりそれにナルトはドキリとして、任務に赴くために踵を返すサスケの背中を黙って見送る羽目になってしまった。
(楽しみになんてできるかってばよっ!)
サスケって奴はなんて爆弾をナルトに落としていってくれたのだ。
もうこれでサスケが帰ってくるまでの1週間、自分はサスケの事ばかり考えてしまうではないか。
それに気付いているとしか思えないサスケの言葉。あの告白は多分覚えてないはずで、いくらサスケとはいえあの泥酔状態で記憶があるとは思えなかった。
しかしここ最近のナルトの態度が彼に何かを思わせたに違いない。
誕生日に話しがあって、その相手が意中の人であるのなら、おのずと何が待っているのか想像することはたやすい事だった。
ぬるま湯のようなこの関係に終止符を打つ気でいるサスケに、己の身の振り方を考えなければならない時がきたのだ。
上手くいつも通りを演じ切れなかった結果の参事を今更嘆いても仕方がない。
この辺りのことに関しては不器用だと自覚のあるナルトである。聡いサスケに疑問を抱かせずに済ませようとしたこと事態が土台無理な話しだったのだ。
しかし、ナルトは誰にともなく認めて欲しいと思わずにはいられない。
よくよく見ればうちはサスケという人物はナルトにのみ意識を持っていて、向ける視線に交わす言葉は他の誰に対するよりも甘かった。
今思えば何故気付かなかったのかと昔の自分に腹ただしさを覚えるほどだ。実際気付いたところで堂々巡りな結果は変わりないのだろうが。
そんなサスケ相手に自分はよくやったと、総じて褒めてやる。
つまりは、ほとほと苦労したのだ。
サスケの態度は変わらない、ただサスケを見る自分の方が変わってしまった事を痛感せずにはいられなかった。
まだ、答えは決まらない。
しかし有り難いことに、ナルトには1週間という期間が与えられていた。



親友で仲間で、家族のように兄弟のように大切なサスケ。
それに恋人という関係まで足されてしまったら、もうそれは慣れない自分のちっぽけな両手には抱え切れないほど重たいものになってしまうんじゃないかと思う。
もしそれがまた自分の前からいなくなってしまったらと考えると怖かった。
だってサスケはナルトを置いていってしまえる。
波の国のときも、大蛇丸のときもそうだった。
大事なものをもう失くしたくないと言ったその口で、最も親しいからという理由でナルトを殺すと言ったサスケ。



だからサスケはダメだって。
サスケだけはごめんだって。
そう言い聞かせて、言い聞かせてきたのに、少し傾いた頃を見計らっていたように、サスケは行ってしまう。
いつもそうだ。ぐんと距離が縮まったと思った時には、もうそこにサスケはいない。
ほら、また簡単に自分を置いていってしまうじゃないか。
それなら約束などしなければいいものを。



任務へ行くサスケを見送った日、空はよく澄み晴れ渡っていて、それこそ秋晴れと言うに相応な日であった。
それが今では、吐く息も白くけむっている。

サスケが戻ると言ったその日から、もう2ヶ月が経とうとしていた。





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