†††君の名は千の言葉より多くを語る†††



ここは暗い、闇、闇、闇。
深遠、深淵―――――?
もう少し時間がかかるのに。
ここは寒くて暗くて。
だからとても広く感じる。
きっとアレがないからだ。
しかし意識は沈められた四肢のようにばらばらに浮上する。
人の気配がした。
すぐ近く。
声が。
混濁した中でそれだけは、はっきりと違うではないかと叫ぶ。
名を問われた。
もう少し待てよ。
まだ全てが上手く噛み合わない。
しかし煩くも尋ねてくるから。
だからきっと『それ』が自分を現す全てなんだと強く感じたままに。
カラカラの喉奥から無理矢理声を引っ張り出した。



「・・・オレは・・・ナルト」






諦めろと言われた。
自分の夢であるその席に座する現五代目火影様に。
それは坦々と感情の欠片もなく。
忍に死はつきもの。その道を行くと、火影を目指すと決めたときから分かり切っていたこと。ただ己がそうと決めたとき、自分はたいして命というものであったり死というものに、有り難さや恐れは感じてなかったように思う。
きっと大切なものがなかったからだ。
でも今はあの頃とは違う。
自分にも大切な人が出来て、それが増えてきて、その想いも増すばかりで。
それにともなって死と隣り合わせの任務も増えてきた。
だから伝えないといけなかったんだ。
くだらない意地とかプライドとか、そんなものかなぐり捨てて。
不確かな未来を恐れるくらいなら、何故サスケの死を恐れなかったんだ。
ああ、駄目だ。後悔なんていつでも出来る。1ヶ月後だって半年後だって。
だから今しか出来ないことをするんだ。



サスケ含む二個小隊の行方が分からなくなったと知らせが来たのは、彼が戻ると言ったナルトの誕生日から二日後のことだった。直ちに火影命令として捜査兼救出班と救命兼死体処理班の二個小隊が編成され現場へと直行した。その中に今回だけ特例としてナルトも含まれていた。
サスケ達に与えられていた任務は、ある有力大名様一行の護衛。良くある任務だった。しかし二個小隊をも率いてしかもその編成チームの中にサスケが入っているということは、異例であると言えた。国内での短期移動に加え滞在中の護衛に二個小隊もの人員をさくというのも異例であば、サスケは今や木葉ノ里の五指に入る実力者である。
やはりそれだけではなかったのだ。
まず国内での短期移動という事がすでに国外任務であり、それが雷の国というのであれば、自国の所有する隠れ里、つまりは雲隠れの里の忍に依頼すればいい話なのだ。それが何故木葉の里に依頼が回ってきたのか。
恐らくは依頼主を狙ってくる相手が雲隠れの里の忍を寄越してくるからに相違なかったからである。
今回護衛する御仁というのが、雷の国でも一二を争う大名当主の甥にあたり、その御仁の父が先代の当主であった為、現当主からしてみれば油断のならない人物とされていた。
しかし、彼の父である先代当主の遺言書により依頼人ではなく義弟、つまりは妹の夫現当主に家督は譲られた。
依頼主が心身ともに健やかであれば、その日行われた式典にはその御仁が公示の席に座していたことは間違いない。心臓を患いながら敵の多い宮中で、政ごとに暗躍勤しむ諸侯相手に渡り合って行かねばならない、何事にも控え目な息子を思いやっての、廃嫡という苦渋の選択であったのだろう。
しかしもしその御仁に相続の意でもあれば木葉は動かなかったに違いない。
豪族である故に、それはもはや内乱に結び付くもの。火種になる気は毛頭ないのだ。そうすれば木葉の里よりさらなる人員が必要となる。
しかし、その御仁に家督を継ぐ意思はなく、彼を祭り上げるような組織も皆無。
だから命を狙われるいわれも、疑いをかけられるいわれもないのだ。
それでも相手を叩かずにはおれないという臆病者が存在するのも事実で、得てしてそういう輩ほど権力といった地位や名誉にしがみつきたがるもの。
まずはこの式典を無事に乗り越えれば。騒ぎを起こすような隙もみせず過ごせれば任務は終了。
ただやはり国をも動かしかねない大名と自国の忍からの護衛ということで、この選りすぐられた部隊編成と相成ったのだ。万事を期した状態での任務。
それなのに、ナルト達が向かった先で待ち受けていたのは死体処理班のみが動くという凄惨な結果であった。絶対的な情報不足からの敗因と考える他無かった。
そこから得られたものといえば2つの骸と、激しくやり合ったと思しき跡が残るだけで、残り6名の消息は不明。
想定外であることが起こったとしか思えなかった。
あまりに一方的過ぎる惨劇に深追いは危険と判断し捜査も直ちに打ち切られ、撤退した。最後までそれに反対したのはナルトであったことは言うまでもない。
一端引きそれから事の顛末を知るために、新たなチームが編成された。先ずは諜報班が情報収集を。任務の前の情報戦は基本である。今回情報不足が招いた結果であったと思えば自ずと慎重になるのは仕方がなかった。
各々の忍としての資質も考慮してチーム編成はなされている為、ナルトは情報線からは戦線離脱させられていた。やはり向き不向きがあるのだ。それはナルトとて分かっていたことで、いち早くサスケの情報は知りたいのは山々だったが、彼は救出班としてメンバーに入っていればいいと考えていた。
しかし、それについて現火影の綱手とは激しい口論となった。
あれから、組織『暁』との一件以来ナルトの国外任務は禁止されている。腹に封印されている九尾が表立ってしまっているからだ。
しかし今回はそれだけが原因で綱手とやり合ったわけではなく、ナルトからしては痛いところを突かれたものだった。
綱手はナルトが火影を目指していることは知っている。それが彼の中で想定内であり決定事項であるということも、だからこそ、その一言は痛かったのだ。
一人の忍に対してそこまで心入れをする結果の末を見越しての綱手の痛恨の言葉であった。
”今後もしお前が火影になったとして、果たしてそれで迅速且的確な判断を下し、命令できるのか?”と。上に立って命令する、すなわち命をも御するのだ。
場合に寄っては大切な者を危険と承知の上で敵地へと送り出さなければならない時もあるだろう。それはサスケだけじゃない、サクラ、サイ、シカマル、キバ、今数え上げればキリがない程の仲間の命を担うのだぞと、その時果たして迷いなく一瞬の判断をお前は下せるのか?と問われたのだ。
今まで綱手が下してきた苦渋の選択を垣間見た気がした。
知らずにきた彼女の決断に対する迷妄や葛藤、してはならない後悔といった感情、そんなもの人としてない訳がない。しかしそれを見せずに振る舞えることが重要なのだ。
一種、異様であるこの状態に下した綱手のナルトに対する要望は国内待機。
まずは全貌を明らかにするまで、この件に関して動くことは許さないと。
これはあくまで木葉の里が請け負った任務での不祥事であり、忍達のことで、一個人の問題ではないと。必ず火影の命であるのが大前提なのだ。
その変わり進展があれば必ず伝えることを約束して、まずは諜報班に全てを託した。



その結果が諦めろだなんて。



「諦めろ、ナルト」
低く押さえられた声で現火影はナルトに向かってそう言った。彼女の琥珀色の瞳からは何の感情も伺えなくて、震えそうになる拳をぐっと握りこんだ。
「でも、サスケが死んだっていう証拠があるわけじゃねぇってばよ」
先ずは情報をと、走り回ってかき集めたこの件に関する詳細は今だ確固としていなかった。
きっかけは、サスケ達が護衛していた御仁が自分の伯父である現当主に文字通り、刃を向けたことからサスケ達の置かれた現状は大きく追い込まれた。
式典の前夜祭にてそれは起こった。
柔和で温厚であった依頼主が取った行動とは到底思えないような出来事であった。今となっては調べようもないが、暗示か薬物であったかもしれない、確実に分かっていることは当主自ら先代当主、つまりは依頼主の父を来賓者の集前で辱めたことである。
狙われていることから護身用にと身に帯びていた短剣が仇となったのだ。
明らかに非があるのはこちら。
しかしこの機会に厄介者である依頼主を抹殺しようと動かれたからには、依頼主を護衛しなければならいのも契約であり依頼なのだ。諸侯に刃を向けた罪がその国でどれ程の罪であるのかは後日それ相応の形式を法っていくらでも裁けばいい。しかし弁明もさせず依頼主を殺されては任務遂行とは言わず、成功報酬であり木葉の状勢を考えれば引くところではなかったのであろう。
かくして逃走劇が始まった。
最初ナルト含む捜査班他が帰還した時より一月が経った今、俄然サスケの行方は知れぬままである。
「証拠は確かにない。しかしもう一月だ。調べ上げるだけ調べ上げて出て来たのが3人分と思われる数箇所の体の一部。もし怪我をしてどこぞで養生しているにしても自力で帰ってくるか、早文でも飛ばすか出来るはずだろう。それもない」
「でもそれはサスケと一致しなかったんだろ?!もしかしたら、連絡できねぇような状態なのかも知れねぇ!!だったら決め付けるのは早過ぎる!!オレはっオレは、サスケが死んだなんてあいつの死体を見るまでは絶対信じないってばよっ!!」
ここで綱手に怒鳴っても問題は解決しない事は分かっているが、そうせずにはおれなかった。
嘘だ!嘘だ!!と心が喚く。
今までわざと見ぬフリをして遠ざけていたそれに向き合えと、たきつけられ知らず震えていた拳をさらに握り込んだ。
「オレはサスケの手だろうが足だろうがバラバラにされてても、それが見つかってもっ。あいつの心臓が止まったことを確認しない限りは認めねぇってばよっ!!」
「お前の気持ちは良く分かる。お前がどれだけサスケの事を大事に思っているかは重々承知しているつもりだ。私は正直お前が可愛い。可愛いお前の頼みは聞いてやりたい。しかし、私はその前に火影である自分の成すべき事が何なのかも分かっている。里の情勢を考えるとこれ以上の人員は割けない」
「サスケ達の探索を打ち切るってことか?!」
「そうだ。だからと言ってお前に引き継ぐ気はないぞ」
綱手は手元に溜まっていた書類を揃えると、デスクの脇にドンと置いた。
片付いたデスクに両肘をつき手を組んだ上に顎を乗せ、ナルトを見上げた琥珀色の瞳は鋭く異議の言葉を跳ね除けるようだ。
「今週中には慰霊碑にうちはサスケの名も刻まれる」
「オレは諦めねぇってばよ・・・・・・!」
「ナルト、私は火影なんてガラじゃないのは自分でも良く分かっている。何よりも里を優先するなんてよっぽどの覚悟がないと務まらないよ。それでもしなきゃいけない。皆それを求めているから答えなきゃならないのさ」
眼を細めて綱手はナルトに向かって辛抱強く言い含める。
そしてふっとその瞳を和らげると、付け足すように言った。
「しかし、火影の手から離れたことは知ったことじゃないね。どこぞの馬鹿どもが仲間を思って走り回るのを止める程私も暇じゃない」
「綱手ばあちゃん・・・」
「私は間違いなく言ったぞ、ナルト。うちはサスケの捜索は今日を持って打ち切る。お前は今まで通り国外の任務は禁止。それから私は少し出るが机の上の書類は見るなよ。秘密事項満載だからな。それと、命令されても自分の命は自分で守れ。その為の言葉の捕らえ方は自由。他もまた然りだ。ああこれは独り言だ気にするな」
椅子から立ち上がり、綱手はナルトの横を通り過ぎていく。すれ違い様に肩を叩かれた。
「・・・・・・ありがとうってばよ」
執務室の扉に手をかけた綱手にナルトは小さく口元に笑みを浮かべてそう言った。
表向きサスケの扱いは殉死となり、情報収集及び捜査も打ち切り。それに引き続き国外任務の禁止。
そう()()()国外に出ることは禁止なのだ。言い換えれば任務以外であれば、どこへ行こうが、誰を探そうが個人の自由ということ。
綱手はふふんと笑った。
「何か言ったか、ナルト?」
「何でもねぇってばよ」
ナルトはそう言って、執務室から出ていく綱手を見送った。
これから忙しくなりそうだった。今まで通り任務は回される。
まずは情報を。
ナルトは主のいなくなったデスクの上に積まれた書類を手に取り、びっしり書かれた文面に目を走らせるのだった。





←君の名は千の言葉より多くを語る_2
君の名は千の言葉より多くを語る_4→
閉じる