†††君の名は千の言葉より多くを語る†††



ジャリっと直ぐ近くで鳴った石畳を擦る音に、ナルトは顔を上げる。客かと視線を巡らせた先に色素の薄い容貌を捕らえて、一瞬ナルトは逡巡した。
今日は遠出をすると言った葉子に重たい薬箱を運ぶくらいはすると伝え、賑わいを見せる界隈に他と同じように露店を出したのは昼にはまだ時間がある頃合い。それから今の時分までナルトの隣で揃えた薬草、薬丸を小分けに包んでいた葉子が、せっかくだから何か美味しいものを調達してくると席を経ったのはつい先程の事だ。
ナルトは時期であると思っていた。
世話になって3ヶ月、十分体力も回復している。記憶に関しては依然確固としたものはとらえられず、今名乗る″ナルト″という言葉以外己のものであると思える記憶は何もなかったが、自分が忍であったということをふまえれば、自ずと里は知れるということなのだ。恩を返さず去るのは忍びなく、しかし今の自分が出来ることといえば彼女の何かしかの手伝いくらいであって、だからここ最近ナルトは葉子が応という事に対してはこうやって彼女に付き添うように街におもむいた。
さて、どうするかとナルトは再度客と思しき男を伺った。
淡い水色のような鼠色のような髪をゆったりと一つに束ね、身につける着物は平凡で、ただその落ち着きと物腰の柔らかさが彼が良家の出ではなかろうかとナルトに思わせる。
熱心に並べた商品を見ていると思っていた男がついと自分の顔に視線を向けた。
灰色であると認識していた男の瞳が光の加減で青く閃くのを見とめて、何故か一瞬ドキリとした。
「私の顔に何か?」
「・・・・・」
ナルトは声を出そうとして喉に力を入れた。やはりそれは音にはならず、奥で刺すような痛みとヒュウヒュウと喉で風が鳴るだけだった。
「ああ、あなたは・・・」
成熟した女性とも取れる中性的な声がナルトの耳に入って来て、その内容よりも侵食し染み渡るような音の響きが頭を占めた。それと聞くだけで感情ではなく、拾った耳が心地良いと直ぐさま判別する。ある種、強引にも取れる音の快感だった。
「話せないのですね」
またナルトの意識がひとつ奥に追いやられる。
ざわりざわりと毛が逆立つような感覚は恐怖というよりも、嫌な感じというものに近い。男の口が開きナルトに向かって話し掛けているにも関わらず、ナルトはそれを音として認識することが出来なかった。
(?)
無音生の映像を見ているような感覚。ナルトは片手を耳にやった。
(聞こえないのか?)
そう思ったとき、額のずっと奥、ズキンと鋭い痛みが走った。
ほんの一瞬だけ我を忘れるような、真っ白な空間が突如として目の前を覆い、閃光が弾ける小規模な破裂。闇をはらう光の混濁にその時ばかりは恐怖した。
全てを白に塗り替えられる。
(何だ?)
「・・・・・・・・・ありがとうございました」
「・・・・!?」
ハッとして声のした方を振り返った。その視線の先に見慣れた長い黒髪がお辞儀をした拍子に肩から滑り落ちるのを見とめて、サスケは小さく目を見開く。葉子が頭を下げた相手はすでに小さな袋を片手に、ざわめく人込みの中へとまぎれる所だったのだ。
一瞬の出来事。確か自分は彼に話し掛けられた。それに答えようとして、
(目の前が真っ白に・・・・・・)
顔を上げた葉子が熱心に客であった男の後ろ姿を凝縮するナルトを訝し気に覗き込む。
「もしかして、ナルトさんを知っている方だったのですか?」
恐る恐るといった体で葉子が問い掛けてきた。それにナルトは小さくかぶりをふる。
「そうですか。残念でしたね」
言葉とは裏腹に安堵したような笑みを葉子は見せた。それに答えるようにナルトも黒い瞳を細める。
ただ葉子が離れていた間の己の記憶の空白が気になった。
葉子の世話になってからいつも失くなった記憶を探していたように思う。鮮やかに絵付けされた、まろく滑らかな陶器の傷を探すような作業を、それこそ来る日も来る日もしていた。その作業が今は酷く億劫で、その先にあるものに価値を見出だせないようなのだ。
だからなのか。
次に続いた彼女の言葉に頷いてしまった。

「でもナルトさん。私あなたとずっと一緒にいたいんです・・・」




走りすぎる緑の木々を尻目に休む事なく飛ぶように翔ける影が2つ。その間を4本の足で走る巨体がそれらを引き連れるようにして前へ前へと突き進んで行く。
「キバ!今日中に土の国の国境を越える!!」
右隣りを進むキバにナルトは声をあらげた。それに「おうっ!!」と答え、キバは心持ちスピードをあげてくれたようだ。
あれから心がざわめいて仕方がない。待ちに待ったサスケの情報。休暇中だと言ったキバに同行を頼み快く承諾してくれた彼をともなって木葉の里を後にしたのは昼前の事。長時間早く走ることに長けた彼の一族特有の能力が、今のナルトの奮励に拍車をかけるようで彼の存在は心強くあり有り難かった。
何より優先して早くサスケを・・・・!
「雷の国に木葉の忍が入国出来るようになったってのは綱手のばあちゃんから聞いてたけど、事後処理班の一人がサスケを見かけたって本当なのか?」
サスケ達二個小隊が雲隠れの忍に正体が公となった逃亡劇の後、木葉の里と雲隠れの里は一触即発の状態となった。これは自国の忍を持つ国外からの依頼であれば自ずと仮想敵はその国の忍達であり、その国であることが多い。任務の遂行有無に関わらず両国の入国禁止は通過儀礼的なもので決して珍しいことではなかった。ただ今回のようにその期間が3ヶ月と長期に渡ることは稀であり、それも二個小隊壊滅の原因が依然として知れぬままであるからに他ならなかった。
「ああ、今回はかなり信憑性があるぜ。見かけた場所ってのが雷の国の南側に位置する雷鳥の里らしいからな」
「雷鳥の里って・・・!」
「ああ、雷の国の大大名、なんて奴だっけ雲隠れの里に護衛頼んでた」
「四季トモナリだってばよ」
「そう、そいつのお膝元の街の隣里だからな」
綱手が集めた資料を目を皿のようにして頭に叩き込んだ。特に地理地形は念入りに。
そもそも四季家が木葉の里に協定を持ち掛け結果として出入国禁止が解かれたのも表向きは木葉の忍とともに行方知れずになっていた四季ツユクサ、サスケ達一行が護衛していた御仁の捜索が目的であるらしいのだ。
「今回四季家が全面的に木葉の忍の消息を捜すと言ってきたのも、ばあちゃん達は四季家に関する重要な何かがあの事件に紛れて失くなった、もしくは奪われてしまったからなんじゃないかって。それの捜索が目的だろうって言ってたってばよ」
「当たりだ。前四季当主がトモナリに家督を譲渡する旨記した遺言書と印章がなくなったらしいからな。それらが失くなったなんざそりゃ大騒ぎだ。後押しさえあればツユクサが四季一族の当主に取って代わるってことも出来る。元を正せばはツユクサは前当主の嫡男になるワケだから正統な血筋の人間だ。トモナリもそりゃ血眼になって探すだろうぜ」
「やっぱり!最初からツユクサは自分が四季家を継ぐことが目的だったのか!くそっ!任務を受ける前の情報収拾がお粗末すぎたんだってばよ!!それはばあちゃん達には?」
「ちょうど報告に行く所だったらしいからな。今頃はきっとご存知だろうぜ。木葉はこの依頼を受けるべきじゃなかったな。見事にお家騒動に巻き込まれてやがる」
トモナリもツユクサの護衛をしていたサスケ達を探している。
諜報班が2ヶ月かけて探索したサスケの消息は皆無、しかし今になってそれを見かけたという矛盾。
「サスケが四季家に捕まっていた可能性は?」
さんざ諜報班が調べ上げた場所ではあったが、ないとは言い切れないだろう。しかしサスケ程の忍を拘束するにはそれ相応の仕掛けが必要であり、そんな大仰なもの程たやすく見つかりやすくなるものだ。分かっている事ではあるのだが焦りと憤りからくる苛立ちに、言葉がついて出る。
「オレが知るかよ。ただ、捕まって逃げたにしても連絡ひとつ寄越さねぇってのが解せねぇな」
「何か理由があるんだってばよ」
真意の程はまだ分からない。見かけたというのなら、何故連れ戻さなかったのか。
誰になくなじりたい気持ちが膨らむ。
「それを今から確かめに行く・・・・・!」
ナルトは何かを振り払うように一言吐き出すと、さらにスピードを上げた。
それにキバ、赤丸が続く。
傾き始めた陽の日に、遠くに見える山々が燃えているように見えた。
目指す頂きに心を定め、ナルト達一行は雷の国へと向かうのだった。





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