†††君の名は千の言葉より多くを語る†††



綱手は山積みになっている書類は見向きもせず、思案顔で拳を額に押し当てた。
デスクの端に置いた湯飲みからは湯気が上がっている。シズネに所望したにも関わらず手づかずのそれを綱手はただじっと睨み据えていた。
嫌な感じがして仕方がない。先程戻った事後処理班の報告がどうも引っ掛かるのだ。
(今まで雲隠の忍の入国許可の是非を雷の国の大名らと交渉し進めてきた・・・。これはその結果だ)
己を納得させる為に綱手は今までの事のあらましを思い直す。抜かり等あるはずがない。
3ヶ月と言えばたやすいが、忍が一国に入国出来ないというのは両国ともに手痛い財政難に即刻結び付いた。
火の国はぐるりと山々に囲まれた土地柄盆地が多く比較的気候も四季がはっきりしている為農作物も豊富な穀物地帯だ。それは民を増やし財を潤し、自ずと他国との取引が盛んになってくる。収穫したその荷を護衛するのもまた忍の役目でもあり、その忍が一国とはいえ入国出来ないとなれば、その国との取引は減り物資の不足がそこここで出てくる。特に雷の国は北に位置し山脈地帯であることから鉱石が豊富に取れ、白金、金銀、鉄に銅、それらは通貨から武器防具にもなり、贅沢品では透輝石、葉長石、柘榴石と大名達には欠かせないものまである。雷の国の出入国禁止は道楽好きの火の国の大名達に手痛い打撃を与え、木葉の里にも圧力がかかり始めた。
雷の国からしては自国の大大名の公示の席で起こった唐突な木葉の忍を交えた邪魔だてをそう簡単に見過ごすことは出来ず、火の国からすれば自国の忍二個小隊が惨殺及び行方不明と事態は重く、当初敵対していた雲隠の忍を疑うのは当然の事で、互いの被害損失に目をつぶることが出来なかった結果が長期に渡る出入国の禁止だったのだ。しかし所詮は物資の底はつきるもの、鉱物と作物とでは価値は違えど皆飢えるわけにはいかなかった。つい先日、四季家を通しての交渉を重ねた結果互いの入国禁止が解かれたのも道理である。
事を有利に進めてきたのは木葉であるというのに、綱手は釈然としないものを感じていた。
3ヶ月。交易が途絶えたからといって火の国は作物豊かな大国。雷の国程の痛手はない。肥太った輩どもの言い分など所詮は寝耳に水。今件で装飾品なんぞがいくら価値が上がろうがこちらの知ったことではないのだ。
出入国禁止に踏み切りそれを今のいままで引き延ばしてきたのも、サスケ達二個小隊の捜索を打ち切ったのも、全て雷の国が木葉の里に代わって彼等の行方を突き止め、それを交渉の切り札として持ってくる事を想定してのこと。木葉の忍の人員を割き、反対に相手に荷を負わせるという、里を仕切る火影らしい彼女のやり口だった。結果として雲隠の忍らは白と出た。これ以上彼等を探ってみても何もでないだろう。それは雷の国内でさんざ詮議されたはずで 、こちらとて十分な時間と圧力をかけたのだ。潮時といえた。
もう後は本当にナルトらにかかっていると言っていいだろう。
今回雷の国へとやった事後処理班が携えてきたのは両国ともに互いの自国忍の出入国禁止の完全なる取下げ、発端となった四季家の遺言書と印章の喪失。
そう、結果だ。火影として最良と思える結果を想定して事を進めて来たこれが結果なのだ。
しかし、胸騒ぎがする。
雲隠の忍の追撃ではないとすれば家督騒動に木葉は巻き込まれたわけでもない。この騒ぎに紛れていったい誰が、どこの組織が木葉に仇成そうとしているのか。何が目的で・・・。
依然として解明されない問題に綱手の眉間が濃くシワを刻み始めたとき、執務室の入室を求めるノックとそれに続くようにして聞き慣れた弟子の声がした。
「師匠。サクラです」
「入れ」
綱手はいつものように入室を許可すると、「失礼します」と一声断った今もまだ自分を師匠と慕うくのいちを見据えた。
「調度お前とナルトを呼ぼうと思ってたところだよ」
「ナルトですか?」
「ああ、良いとも悪いとも言えん報告だがな」
綱手は今はこの場にいないナルトを思い嘆息した。天真爛漫でいつも騒がしい陽気を放つ男がもうここ数カ月、厳密に言うならばうちはサスケが行方不明となってから、その彼の美徳ともいえる性質は影を潜めていた。諦めることをしないナルトを綱手は知っていたし、叱咤しながらも結果はどうあれナルトには己が納得行くまでそれと定めた道を進んで欲しいと、今は亡き愛しい者達の影を重ね、その背中を押したのは綱手だ。昔からそれを差し引いても知らず力を貸してやりたくなる不思議な魅力を持つ子だった。それは今も代わらず綱手の心にはあって、だから彼を落胆させる報告は正直気が重い。さながら綱手の言葉だけではきっとナルトは自分で確かめるまで頑として頷かないし認めないのだ。
「ナルトならキバと一緒に雷の国に向かいましたけど」
「何だって?」
(ナルトには好きに行動するよう言ってはいたが)
「あの、雷の国でサスケくんを見かけたって情報があって・・・・」
もう師匠も知っているかと思ってましたが、とサクラは訝しげに口を開いた。
「それはどういう事なのか詳しく話してくれないかい?」
綱手は先程感じた嫌な予感は間違っていなかったようだと小さく舌打ちをした。タイミングの良すぎる展開に確信めいたものを感じる。
話しを続けるよう視線でうながす綱手に、並々ならぬモノを感じたサクラはナルトとキバがともに里を出る事となった経緯を話し始めたのだった。



「・・・・・・それで私はナルトの代わりに任務を交代しようと思ってここに来たんですけど、その前に師匠には話しておこうと思って」
「なんてことだい、まったく・・・・!」
話していくうちにみるみる眉間にシワを寄せていく綱手にサクラは不安に思いながらも5代目火影の次の言葉を待つ。
「キバは事後処理班の内の一人がサスケを雷鳥の里で見かけたって言ったんだね?」
「はい」
どこか急いた様子の綱手にサクラは無駄な事は口にせず頷いてみせた。
「シズネっ!!」
「はいー!?」
執務室に繋がる別部屋に控えていたシズネが見事なタイミングで駆け寄ってくる。
「雷の国へやった事後処理班のメンバーを呼べ。至急だ」
命令しなれた滑舌の良さで綱手はシズネに言い放った。返事とともにバタバタと部屋を出て行ったシズネを見送り、多少の質問の間はありそうだとサクラは口を開く。
「どういうことですか、師匠?」
それにチラリと目線をやって綱手は琥珀の瞳を細めた。
「察しが悪いね、サクラ。私も事後処理班より報告はとっくに受けている。お前達よりは随分詳しくね」
「あ」
何かを察したようにサクラは小さく感嘆の声を上げた。
「なのに私は知らないんだよ。サスケの報告は何一つ受けちゃいない。火影を差し置いて情報を流すんなら、こうは考えないか?”サスケ”という名前を出せば飛び付いて行ってしまう人間に用があるんじゃないかってね」
「・・・・・ナルトが狙いですか?」
「まだそうはっきり決まったわけじゃない。そう想定出来るってだけの話しさ。まずはそれを確かめないとね」
綱手のその険しい様子から、その可能性は高そうだとサクラは悔やむ胸中でそう思う。
サスケの捜索は打ち切られたとはいえ雷の国の事後処理としてそこへ赴いているのであれば、それは報告必須事項だ。交渉と報告が任務である彼等が忘れていたでは済まされない。ならば内部での裏切りか、それとも術か暗示の類いか。
綱手はぬるくなった湯飲みを乱暴に掴むとぐいと緑の液体を喉に流し込んだ。
「もしそうだとしたら何て用意周到なんだろうね。どこの組織か知らないがこれは木葉が四季ツユクサの護衛を請けた時から仕組まれていたことになるよ。大物人物の護衛に厄介な敵ともなればそれ相応の人選になってくる。うちはサスケをメンバーに入れるには十分な任務内容だ。そして任務失敗に続き二個小隊の全滅、その後救出班としてナルトもメンバーに入っていたがその時はかなりの人員を割いたからね。手出しはしなかったんだろうさ」
「それでも諦めなかったんですね」
「いや、相手さんもそれくらいは承知の上。うちの精鋭揃いの二個小隊が行方不明なんだ、こちらが少人数で動くわけないと踏んでただろうね。そして長期に渡る消息不明の為捜査の打ち切り。そうするとナルトの独断行動が予想されるが、その時あちらさんはサスケの情報を流しはしなかった」
「どうしてかしら。何故こんなに時間をかけて・・・」
そこまで言ってサクラはあっ、と小さく声を上げた。
「私たちが動くと分かってて?」
「だろうね。あの時だったらお前達もそれなりの人数を揃えてナルトに着いて行くことがまだ出来ただろう、サクラお前もね。最低でも4人は揃ったんじゃないか。しかし今はそれだけのメンバーはそうそう揃わない。現に今お前はナルトの任務交代の為に残っている」
「雷の国との交易が戻って、今の木葉は任務に追われているからですね」
「ああ。しかも3ヶ月分のツケが回ってきてる状態だよ」
今の木葉は雷の国との交易が戻り尋常でない忙しさだ。手の空いている忍などいない。ここまで見通しての策略か。そうであればナルトの、嫌、九尾の力が目的と思って間違いないだろう。
大きな組織だとしたら間者がいるか、裏切者の存在も考慮せねばならない。後者であって欲しくはないものだ。
「内部からでしょうか・・・?」
「さあね。ただ現在この件で4人の殉職者が出ている。それの手引きをしたとなったら、即刻暗部に手配が回り見つかり次第、両手首切断のうえ抹殺。仲間の裏切りはただ死を与えるだけでは済まない。それは重い枷を背負うんだ」
ないことを願うよ、と綱手は苦渋の表情を見せた。その言葉に「そうですね」とサクラは小さく返す。
木葉の里で仲間を裏切る行為は最も重い罪とされていた。それは己の背を預け預けられる事が多分にある中で、信頼を踏みにじる行為はその者だけでなく他の忍達にも疑心を持たせる。統率の効かなくなった隊など何の役にも立たないただの集まりに成り果てのだ。火の意思を持つ木葉の忍を揺るがすわけにはいかない。最も重い罪には最も重い罰を。それが両手首切断の処遇。忍にとって手は印を組むための忍を忍たらしめる象徴であり、第二の目であり心臓なのだ。それだけではない、人が永遠の眠りにつく時必ず両手は『再生の印』を組まれる。これはどんな罪人にも与えられている権利であり、現存した念いをその腕に抱き浄化され召されるように、そして来世を願う。人として忍としての尊厳を奪われるのが両手首切断の刑。それが仲間を裏切った罪人に課される最も重いとされる罰。死しても安寧は訪れる事はないという烙印なのだ。
少しの沈黙の後、
「来たな」
綱手は予告なくそうつぶやくと、憂いを払拭するように残りの生温い茶を豪快に飲み干したのだった。





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