~Ver.






飛び込んだ先は強力な結界の中だった。しまったと思った時にはすでに遅い。すぐ後方からドベだのウスラトンカチだのと自分を罵倒するサスケの声がした。きっと迷わず彼も飛び込んだのだろう。罵る声に本気が混じっているあたり、サスケの行動は彼の判断ではなく自分を追ってのことだと知る。
本日の任務はナルトを隊長としたサスケ、サクラ、サイとのフォーマンセル。密かに最強メンバーであるとナルトは思っていた。個々だけで計るならそのナルトの自負も頷けるところなのだが、いかんせん彼らは良くも悪くも個性が強過ぎた。
ナルトは何年経ってもサスケを活躍させまいと、無駄な努力をしてしまうし、サスケはサスケで個人プレイを好む。そこに空気を今だに上手く読めない、というよりは履き違えているサイ。表向き三人のお守りを任される形となっているサクラなのだが、実はこの四人の中で一番着火が早い。
それを熟知する現六代目はたけカカシが、このフルメンバーで当初、Cランク任務を与えたというのは一種の伝説となっている。
各個人であれば軽々こなせるCランク任務にこのメンバーで白旗をあげそうになったのは痛恨の記憶であった。
そんな彼らであったが、今はA級S級クラスの任務も任されるようになっている。今だメンバー全員が力を惜しみなく出せているかどうかは怪しいところであったが。
そんな訳ありの彼らが久しぶりにやらかしたのは、S級任務でのこと。国外で次々に起こる猟奇的大量殺人。真相は禁術の無断乱用及び開発、人体実験を繰り返し行ってきた結果の被害であった。
その日、ナルトたちは集団を追い詰め、敵の本拠地に乗り込んだ。残るは教祖と呼ばれる先導者ただひとり。逃げ足の早いターゲットを真っ先に追ったのがナルトだった。
山をくり抜いた敵の巨大なアジトは、迷路のように入り組んでいた。少しでも見逃してしまえば終わりだという焦りがナルトを走らせた。逃がすわけにはいかないと、なりふり構わず追いかけた結果が今ナルトとサスケを苦しめている。
「くっそ!なんだってここは術が使えねぇんだってばよ!」
ナルトは口の中に溜まった血を吐き出し誰にともなく毒づいた。
「それは二日前にも聞いた。全部てめーのせいだろうがドベ」
「ぬぁにをー!サスケ!」
「集中しろナルト。頭使え、ヤツを見逃すな。あっちもそろそろ限界だ。捕まえるぞ。勝てんのは今のとこスピードだけだからな」
覚悟を決めたようにサスケが言う。それをちらりと見てナルトも小さく頷いた。この結界に捕まって三日が経っていた。その間、ずっと戦い続けている。しかもこの空間は忍術が無効化されてしまうようで、何度やっても発動しなかった。
体術のみでの戦い。普段どれだけ忍術に頼り切った戦い方をしてきたかを思い知らされた。さらに都合が悪いことに、敵はバンバン忍術を使えるときている。
そろそろ体力も限界に近い、サスケもナルトも覚悟を決めなければならなかった。
「ナルト。オレがヤツを捕まえる。お前は気にせずオレごと……」
一歩前へ出ようとしたサスケをぐいと押しやり、彼の思惑を踏まえた上で前に出たナルトはにやりと笑ってみせる。
「バーカ。んなのサスケには荷が重いってばよ!……オレが捕まえとく!」
最後は気合いを入れるようにナルトは叫んでいた。






渾身の力を込めて繰り出した突きが、皮と肉の抵抗を受けながら埋まってゆく。
力を加減することなどできなかった。確実に仕留めなければならない。その余波を誰が受けるだとか、その実害をサスケはあえてないものとして、目前にある事態を優先した。その結果、目的のものは突き崩され、果たしてこの腕は友の体まで串刺した。
後悔はない。
そうしなければ任務遂行はもとより二人死んでいた。
ずるりと腕を抜いた途端に敵の体は地に伏し、その後ろから現れたのは敵諸共サスケの強力な突きを受けたナルト。
彼の口の端からは血が流れていた。唇はかろうじて笑みのかたちに弧を描き、強い光を放つ眼は苦痛に歪められている。
スローモーションのように倒れ込んできたナルトをサスケは当然のように受け止めた。
「い、いって…ぇ……クソ……ッ」
すぐにナルトの口から悪態が漏れる。声がくぐもっているのは逆流してくる血液のせいだろう、いつもの少しキーの高い彼の声は不明瞭で聞き取りずらかった。
「手…加減……しろよな……」
「したらしたで文句を言うだろうが」
しれっとした相手の返答に、やっぱりオレがやるんだったとナルトは恨めしそうにつぶやいた。
その時、目の前の風景が崩れだした。まるで鏡が割れて視界を埋め尽くすような、しかし音のないそれらは奇妙な感覚をサスケに与えた。もともと目からの情報量を傍受するに長けた一族、苦痛に感じるそれらをやり過ごした後、サスケは元の次元に戻れたことを知る。術者が絶命し結界が崩壊したのだ。暗い廊下が前後どこまでも続いている。ここはどこだろうか。
「おい、ナルト。生きてるか」
ナルトを片手で受け止めていたサスケが随分なことを言う。しかし、ナルトの体を慮って痛みに苦しむ体をゆっくり横たえる仕種は細心の注意がはらわれていた。上半身は軽く起こさせ膝と腕でその体を支えてやる。「もっと他に言いようがあるだろう」と苦々しい表情でもって、ナルトがそんなことを言ったのを聞き流しながら、サスケは忍具入れをまさぐる。
「一応飲んどけ」
サスケは取り出した兵糧丸をナルトの微かに開いた口元へと運んだ。
「い…らね…!」
「少しはマシになる。飲め」
「だって口……なか……マジい……」
「このウスラトンカチ」
小さく頭を振るナルトにサスケは問答無用とばかりに己の指ごと彼の口の中に突っ込んだ。そこは唾液と溢れる血液でその中はぬるんでいる。
「う……ッ」
「飲み込め」
サスケはいつもの冷ややかな目でナルトを見下ろしていた。口内へと転がした兵糧丸を飲み下しやすいように、動めくナルトの舌を指で押さえ込む。しばらくしてナルトがごくりと喉をならした。それを見届け、サスケはナルトの服をクナイで裂きはじめる。
「な……に……」
「手当てだ。さすがにそのままにはしておけねぇだろ」
「サ…クラちゃんに……してもら……」
「黙ってろ」
話している間もサスケの手は止まることはない。腹部から止まることなく溢れる血を見下ろし、サスケの目が細められた。
当初サスケ自身が敵を捕まえ、自分ごとナルトに攻撃させるつもりでいた。敵の急所を狙いつつサスケの急所を外すことくらい、彼であれば難無くやってのけるだろうと。相手をあからさまに褒めたり、賛じたりはしないサスケだが、彼の土壇場の強さと忍としての技量は認めている。
絶対の信頼をおいているに等しい行為。
自分が命を預けられるほどの信頼を彼に持っていたことにも驚いたが、迷うことなくその役を自ら申し出たナルトにもサスケは驚かされた。あの時は迷っている隙などなかったけれど。
「あー…いてぇ……。こんな役回り…かってでるんじゃ……かったってばよ…」
憎まれ口を叩きながらも、不適に笑ってみせるところから、それが本心でないことを表している。
「ちょっと人より治りが早いからって、図にのりすぎだドベ」
「ひっでー、サスケ…」
目を開けているのが億劫になってきたのかナルトは目を閉じた。そんな、憔悴した様子のナルトを見下ろし、サスケは表現しがたい感情が湧き上がってくるのを感じる。
「痛みが……」
ねぇわけじゃねぇくせに……。
「サ…スケ……?」
最後のくだりは小さくてサスケの声はナルトには聞こえなかったようだ。
口に出せばさらにその感情は大きくなり、サスケは苦しいような胸の痛みを自覚する。
これは、罪悪だろうか。
自分の名を呼ぶ声に小さく被りを振り、もうしゃべるなとばかりにサスケは沈黙を通す。剥ぎ取ったナルトが着ていたインナーをひとまず傷口にあて、包帯をきつく巻いた。ここにいればじきサクラたちも来るだろうが、できるだけ早く彼の身を苛む痛みを取ってやりたかった。
サスケは己の指を噛み切ると伝達を得意とする鳥類を口寄せする。ぼふんと現れたそれに、
「サクラたちをここへ」
そう短く命じた。
解き放たれた矢のように飛んでゆくそれを見送って、サスケはぐったりと横たわるナルトを見下ろした。
生気はない。しかし微かに上下する胸が、彼が確かに生きていることを示している。死ぬわけがない。ナルトの急所ははずしてある。それに加え、常人ではありえないほどの回復力。
しかし、とサスケは額にかかるナルトの金色の髪を払いながら思う。
もし、もう一度同じことをしなければならないような事態におちいった場合、自分は果たして同じ選択ができるのだろうか。
躊躇うことなく彼の体を貫くことができるのだろうかと、サスケは自問せずにはいられなかった。



   ◇◆◇



「全治一ヶ月の一週間は絶対安静」
「うぇー」
「と言いたいところだけど、あんたの場合だったら二週間もあれば完治してるかもね」
 サクラの言葉にナルトは目を輝かせる。
「絶対安静は?」
「今日くらいは大人しくベッドで寝ててちょうだい」
「はーい」
 ナルトは脇に挟んだ体温計を気にしつつ、脈を計るサクラに返事をする。
 サスケの腕に体を貫かれ重症を負ったナルトが木葉へと戻れたのは、日が昇り始めた頃。簡易処置を施されたナルトはサイとサクラとでひとまず先に帰還し、サスケは任務の後始末に残っていた。傷の縫合は済んでおり半日が経った今、麻酔もきれてきたのか、じくじくと腹部に痛みが生じ始めている。
 しかし、ナルトは己がとった咄嗟の行動に後悔などしていなかった。傷を負ったとして治りの早い自分がサスケよりも適していたし、何よりああいった正確さは自分よりサスケの方が上手だ。
(オレの選択は間違ってねぇ)
 ここに戻ってきてナルトはそんなことをずっと考えていた。
 ナルトは忍としてのサスケが好きだった。
 そして、忍としての自分が誇りだった。
 もしあの時、サスケに対する恋情がナルトにそうさせたのなら、自分は今の状況を考えなおさなければならない。
時として隊長クラスの忍は、命のかかった選択を咄嗟に判じなければならなかった。ナルトの目指す先は火影。あらゆる忍の上をゆく存在。任務という状況下で左右されていいのは任務遂行と仲間の無事のみである。絶対に恋情など入ってはいけない。自己犠牲も思慕が混じればただのひとりよがりに成り果てる。それだけで済んでいるうちはまだいい、それは優先事項が狂いかねないゆゆしき事態でもあった。
ナルトは自分だけはそうはならないという自負があった。何よりも強い意志を持って、最善だと思われる道を探す。火影を目指して、忍らしくあるために。そうしてきた、今までずっと。
 ナルトは初めて、その確固たる意志が揺らぐことを恐れた。
 本当に自分は仲間としての行動をとったのか。その原動は果たして仲間と意識したものか、それとも恋焦がれる相手としてのものなのか。ほんの少しでも後者としての感情がそうさせたのなら。
(サスケとは距離を置いた方がいいかもしんねぇ……)
「ナルト?あんた顔色悪いわよ。痛みだした?そろそろ麻酔も切れる頃だし」
「あ、ううん。大丈夫だってばよ。そーいやサスケは?もう戻ってきた?」
ナルトは疼く傷口はたいしたことはないと返し、まだ見ぬ仲間の有無を確認した。
「サスケ君ならもう戻ってきてるわよ。ここにも少し顔を出してたんだけど、あんたは寝てたから」
「サスケ、来てたんだ」
「何か言うことでもあったの?」
どこか表情の冴えない今回隊長を務めた仲間に、サクラは気遣いの目をむける。
「ううん。こんな目に合わせやがってって、文句のひとつやふたつ言ってやろうと思って」
やれっつったのはオレだけどさー、とナルトは茶化してみせた。
その様子にサクラは小さく嘆息する。
「中であったことはサスケ君から聞いたけど、本当あんた達がそろうとろくなことしないんだから。無茶がすぎるわよ。その傷、いくらあんたでも跡が残るかもしれないからね」
「オレってば男だし別に傷跡くらいたいしたことねぇてばよ。でも多分残んねぇと思うけど」
「私からしたら羨ましいかぎりだわ」
心底う羨ましそうにサクラが言った。それに苦笑しながらナルトは思う。
サスケからもらった傷は数知れない。それは今回みたいに体であったり、サスケを追う心であったり。
「にしても、あんたって本当にサスケ君を信頼してるのね」
しみじみとサクラが言う。
「うー、どうだろ。オレってばサスケのこと信頼してんのかな。オレのが回復早いし、ムカつくけどサスケのが正確だろうし」
「うん。でもねナルト。もうこんな無茶は絶対しないで」
今までとはうって変わって、サクラは真剣な表情をナルトに向ける。
「サクラちゃん?」
「この場合つらいのはどっちかしら。傷つける方?それとも傷つけられる方?」
はっとしたようにナルトは顔を上げる。
「サスケ……何か言ってた?」
「何も言わないわ。でも分かるでしょ?」
じっと見つめてくる瞳が優しく細められる。
「あんたは大好きなサスケ君に殺されるんだったら本望かもしれないけど、サスケ君は大好きなあんたに死なれるかもって気が気じゃないわよ」
「全然本望じゃねぇってばよ。それに大好きって、サクラちゃん……」
サクラの揶揄にナルトは情けない声をあげる。
「言い方なんて気にしないの。でもそういうことでしょう?サスケ君は……まだダメよ。サスケ君は親しい人の死を見過ぎている。ナルト、あんたよりも私よりも。だからもう少し気をつけて。今まで気づかなかったけど、サスケ君はまだ精神的に不安定なような気がするのよ。どこがってはっきり言えないけど」
サクラは憂いた様子で静かに目を伏せる。
「あんたがあのまま死んでたら、サスケ君、どうなってたか分からないわ。この部屋に入ってきた時もね、この世の終わりみたいな暗っらーい顔して」
「サスケの暗くない顔なんて想像できねぇってば」
恥ずかしさからナルトは口悪く言う。
「素直じゃないわねぇ。でも自覚はあるんでしょ?あんたほどサスケ君に大事にされてるヤツはいないわよ」
「それはサクラちゃんも同じだってばよ」
「そうね」
サクラはふふふと笑った。
「ちょっとくらい大事に思っていてくれないと。あんなに頑張ったんだから。昔は一方通行だったけど今は違うわ。サスケ君は私たちをちゃんと思ってくれている。だからね、優しくしてあげてよ。本当つらそうだったんだから」
「うん。分かったってばよ」
今度こそナルトは素直にうなずいた。
サクラの言葉に、もしサスケを傷つけたのが自分であったら、と思い返してみてナルトはぞっとする。とてもじゃないが平常でいられるとは思えなかった。きっと自分なら彼のそばから一時も離れることは出来ないだろうとも。
サスケがそこまででないとしても、傷心であることは想像にたやすい。ナルトは少し優しい気持ちになる。心配されるというのはなんて心地よい感情だろうか。ましてやサスケ。距離を置こうと思った矢先の心変わりに、自分のゲンキンさに呆れてしまう。
「分かったんだったら早く元気になってよね」
 静かな病室に満ちる優しい気配に、ナルトは泣きたいような心地になる。しかし自然浮かぶ笑みは隠しようがなく、ナルトはシーツをぐいと上げたのだった。












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