~Ver.






サスケはあの日、今まで感じたことのない浮ついた気持ちが気になって仕方がなかった。人はそれを受け留めると同時に受け入れ、その衝動のまま言葉を使い、あるいは胸奥に秘めてしまう。しかし、サスケは相手が同性であるということと、今までの自分の性癖からそのカテゴリーを無題のままに、ただ自分で分からなければ相手に聞き出せばいいとそんな風に思っていた。そうすればこの霧がかった釈然としない気持ちの整理もつくだろうと。
ナルトの退院前日、サスケはそう結論付けた。
それが分かりさえすれば、彼の入院中に自分を襲ったあの不気味な暗い影の意味も分かるような気がした。
サスケはどうしてか初日の、しかも彼の意識がまだ戻っていない時に一度しかナルトの見舞いに行かなかった。自分が彼を傷つけたというのに。
それは意識下にある罪悪から病院への足をサスケに遠のかせたのか、それとも違う意味があるのか。自分でもよく分からない嫌な感情を引きずって、一度は彼の病室へ行こうと足を向けたのだ。柄にもなく見舞いの品はいるだろうかと向かっている途中、とある花屋の前で足を止めた時だった。一人の女性に声をかけられた。
綺麗だとか可愛いだとか感じるよりも、花に囲まれているのが当然と頷ける笑顔の愛らしい娘だった。積極的であるというよりも、感情が表に出てしまう質のようで真っ赤になりながら、ずっと好きだったのだと告げられた時には好感を持てた。
ほんの少しだけその時はあのずっと纏わり付いていた暗い影が軽くなったような気がして、サスケは彼女の言うままに頷いていた。
そのままナルトの見舞いに行き、今日のことを話して聞かせてやろうと思いはしたが、病院へと近づくにつれて、あの影が暗く重くなっていたのには気づいていたので見舞いへ行くのはやめた。それよりも、この急に舞い込んできた小鳥のような彼女に付き合うのも悪くない。
サスケは今までと少し違う予感に期待していた。もしかしたら今後ナルトに、良い話しができるかもしれないと。
彼はいつもサスケが誰かに受け入れられたということを話すと、とても喜んでいた。普段は仏頂面か怒った顔しか見せない彼が、その時ばかりは自分に優しく笑いかけるのだ。
それならば彼の退院前に会いに行こうとサスケは決めた。
ナルトの退院の祝いに彼女に花を見繕ってもらうことにしよう、そして彼に彼女の話しをしてサスケの好きな笑顔を見せてもらうのだ。さらに影が軽くなった。
そう思っておもむいた友人の病室。最初こそ不機嫌そうだったナルトだったが話しをするにつれ、徐々に機嫌を直したようで少しほっとした。
彼の不機嫌は自分が病室を訪れなかった不義理だろうとサスケは予想した。だからだろう、サスケの吉報を聞いてもナルトは自分の見たかったあの笑顔を見せてはくれなかった。
そればかりか、彼女の話をした後、何かを堪えるようにナルトが苦しそうに言った。
『なに……オレの話しとか…二人でしたりすんの?』
それを聞いて何故その時サスケは唐突に、ナルトは自分の話をされるのが嫌であったと思うより、自分が女と付き合うことを嫌がっていたのだと思い当たるに至ったかは分からない。ただ、そう直感した。それを確信させたのが彼の涙か。
 では、何故ナルトは自分が女と付き合うのを嫌がっているのか。
 深い悲しみを滲ませた表情から、サスケはあるひとつの仮定しか思い浮かばなかった。その瞬間、心が浮き足立った。
しかし、戸惑わなかったといえば嘘になる。
 それこそずっと友人だとしか思っていなかった相手からの好意を、サスケは今まで誰からも受けたことのない強い衝撃として受け止めた。それがナルトだからであるとか、そんなことを考える余裕などなく、指先が痺れるほど動揺した。
そんな衝撃を一瞬でもサスケは拒否したかもしれない。
それを押し隠すようにナルトを問い詰めた。途中で邪魔が入ってしまったけれど、サスケは気にしなかった。もちろんその時はナルトの気持ちを暴いた上で、どうこうしたいという自発的なものはサスケには一切ないと言えた。ただ、知りたかった。
彼と自分との間の中で知らないことがあるというのが、許せなかったのかもしれない。
サスケはナルトの言葉を望んでいた。しかし、その日彼は何をも話す気はないようで、サスケは次を期待した。
ナルトの退院日、宣言していたようにサスケは朝から彼の病室を訪れた。ナルトの私物は何一つ残ってはいなかった。





 サスケはもぬけの殻になっている病室に足を踏み入れる。誰もいない無機質な部屋に、寝具がすべて取り払われているスプリングベッドがある様は、どこか冷たさを強調していた。
 どれくらいそこで立っていただろうか、巡回のナースがサスケに気づき声をかけてきた。
「確かうずまきさんが入院された日にいらっしゃった方でしたよね?」
 サスケはそれに頷いてみせる。
「うずまきさん、今朝早くに退院されましたよ」
そうか。とつぶやいたサスケの声が届いたのか、その人は小さく頭を下げて立ち去っていった。
サスケの顔からは表情が消えていた。




  ◇◆◇




ナルトがすでに退院していると聞き、サスケは病室を出た。階下へと降りる階段の近くにはナースステーションがある。その奥にそれを見つけたのは、果たして偶然だったのか。
じっと動かないで一点を凝視しつづけるサスケに、先ほどナルトの退院を教えてくれたナースが、また声をかけてきた。
「ああ、その花籠ですか?うちのナースが頂いたんです。ですが個人的には受け取れませんのでステーションに飾らせて頂きました。とても良い香りがするんですよ」
サスケがナルトの知り合いだということを知るその彼女は、何か誤解があってはいけないと思ったのだろう、それから目を離せないでいるサスケに穏やかな口調でそう言った。
その花籠は退院の際荷物になるからと、ナルトがあるナースに贈ったということ、一人での退院は大変だろうとそのナースがナルトに付き添ったということ、最後にサスケが来るのであったら余計なことはしなくて良かったのにとナルトに連れ立ったというナースの代わりに謝罪された。
一方的なサスケの申し出であったし、それにナルトは来るなと言った。なのでこの結果は仕方がないのかもしれない。退院前日に花籠を持ってきた自分も思慮が浅かったかもしれない。
けれどもあの花籠はサスケの彼女の話しをするに手っ取り早いと思っただけの代物でもあったから、置いていくだろうことも予想はしていた。なのにサスケは何故かナルトのとった行動を認められないでいた。
端的に言えば不快だった。
サスケにとってうずまきナルトという男は、普段は何かと競いたがるうるさいヤツで、奔放で自由で明るくて、自分なんかよりいくらでも面白い友人なんていくらでもいるだろうに、サスケと関わることをやめようとしないヤツだった。優しい声と手を持っているヤツで、そして自分を何度も救ってくれた。
ずっと自分を追い続けていたナルト。
突き放してもつかみ掛かるように離さなかったナルト。
無意識の内でサスケはずっとナルトは自分のそばにいるものだと思っていた。そんな不確定な根拠の元、無条件に思っていた。
ナルトが自分から離れるわけがないと。
まだこの時も不快に思いながらも、早く機嫌を直して自分の元に戻ってくればいいと思っていた。
あの時、涙を落とすほどに自分を思っているのだとしたら。
そうしたら、自分は―――――。
そう、もしナルトが自分を求めるてくるのなら、彼女と別れてもいいかもしれない。
ただ少し迷いがあるとしたら、あの嫌な感じに纏わり付く暗い影を、彼女はいくばくか軽くしてくれた存在でもあったから、簡単に手放したくないと思わないでもなかった。
それでもどちらかを選べと言われれば、迷わずナルトを選ぶだろう自分をサスケは正しく想定する。
ナルトをそんな肉欲の対象として見たことのないサスケは、彼との恋だの愛だのといったいとなみを想像するのは難しい。せいぜいがキス止まりだろう。それも過去に事故とはいえ、彼とは唇をぶつけたことがあるからの許容範囲なだけであって、サスケは男色家でもなければ両刀でもない。
だからサスケは自分が避けられていると分かっていても、取り立ててどうこうしようと思わなかった。一時の不快など目をつぶった。一度偶然、任務受付所でナルトと出くわしたことがある。自分は報告書の提出で、多分ナルトは退院報告か何かだったんだろう。
その時の彼は自分を意識しているようだった。サスケを待たずに退院してしまったことか、あるいは彼自身の秘めた想いからか、動揺が顔に出てしまっていた。そのあからさまな様子にすれ違って見送った背を、サスケは会心の笑みで眺めていた。
ナルトが隠しておきたいと言うのなら、それでもかまわない。サスケは今のナルトとの関係に不満はない。
待っていれば、任務が一緒になれば、何か分かると思っていた。ナルトが今までどおり接してきたら、サスケも今までどおり彼に接すればいいし、ナルトが求めてくるのならそれに応えるつもりでいる。
しかし、いくら待てどもナルトからのアクションは何もなく、偶然どこかで出会うこともなければ、任務で一緒になることもなかった。機嫌が悪いとかそんな問題ではなく、完全に自分を避けているのだと気づいた時、サスケは苛立ちとともにナルトを問い詰めてやりたくなった。
悠長に待っているなど、やはり自分の性分にあわない。サスケが望むのは現状維持か、新たな進展であった。後退だなんて、自分から離れていくなんてことは許さない。
彼と親しくしている人物を見かければ、居場所を聞いてまわった。受付所で良く顔を合わせるイルカに問えば、やはりナルトはもうすでに任務を受けているという。サクラやサイ、他の同期にも聞いたか。
ひとつの噂とも言えるナルトの身辺状況を耳に入れた時、サスケは自分の血が沸騰したのかと錯覚した。

『彼女と一緒に住むための部屋探してるらしいぜナルトのヤツ。あれ?それとも、もう一緒に住んでるんだったかな』

 ナルトと最後に会ってから一月が経とうとしていた。












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