ちょっとここらで雰囲気変わります







とはどんなものかしら?6






カラカラ……
出来るだけ音が鳴らないように、
玄関を開ける。

「ただいまー…」

もう癖になってしまったただいまの言葉も控えめに、
オレは体ひとつ分入るだけ開けた隙間に身を滑らせた。
俗にいう丑三つ時も過ぎて、
後数刻もすれば辺りも明るくなってくる頃合。
我が家とはいえ同居人もいるし、
とオレは音を立てず足音忍ばせ、
汚れた荷物をまずは廊下に置いて
居間へと入った。
もちろん、誰もいない。
きっとサスケも今頃は夢の中だろう。
まずは部屋の明かりを付け、
喉が渇いたと冷蔵庫に冷やしてあった牛乳を
パックのまま口に付けた。
飲んでから任務前のヤツだったと気付いたけど、
大幅に賞味期限が切れていたら、
神経質な所のあるサスケが処分してるだろうと思って
気にせず飲み続ける。
飲み物と言えば任務中は水しか口に出来ない。
水の確保さえ難しい時もあるけど、
今回の任務は文字通り360度の範囲で調達可能だった。
やっぱり牛乳は美味い。
まだ残ってる牛乳パックを冷やそうとまた冷蔵庫を開いた。

「?」

さっきは気付かなかったけど、
この家には滅多に見かけない
白い箱があることに気付く。

「ケーキっぽい」

形からして丸いケーキが
入っていそうな形の白い箱。

「ホールってやつか…?」

サスケが買ってきた?
何かあったっけ……。
オレに……じゃないよな。
ひっぱり出したケーキの箱を顔の高さまで持ち上げた。

「……何だっけ?」

そう言いながらもオレは思い浮かんだ可能性に
動揺する。
ケーキと言えば祝い事だ。
その最もたる行事はあれだろう。
それしか思い当たらない。
サスケと暮らし始めて一年。
その間にオレには一回あって、
サスケはまだ……のはずだ。

「いつなんだってばよ…」

もう過ぎてしまっただろうか?
昨日?一昨日?まさかそれ以上前?

「オレってば最悪だ…」

誕生日にいい思い出がなかったからといって、
これはないだろ。
それでも最近はちゃんと祝ってもらえるようになって、
嬉しいものだってわかってたのに。
だからいつもオレの帰りなんか気にしたことないサスケが、
いつになるのか聞いてきたんだ。
どこにも寄らずに帰って来てたら
きっと間に合ってた。
申し訳なさでいっぱいになる。

「うあああぁ …サスケ怒ってるかなぁ……」


「……別に怒ってないけど」
「うわっ」

急に声をかけられて
危うく手に持っていた箱を落としそうになる。

「サスケ…っ」

そこには黒い部屋着を着たサスケが立っていた。

「おかえり」
「う、うん……ただいま」

何だろう。
凄く普通だ。
サスケだ。
あからさまに怒ってる感じもしない
……んだけど……なんか……
何だろ…。

「……サスケ、あの……これってば何?」

それでも、悪いことしたなって気はしてるから
つい機嫌を伺うように
手に持った箱をちょっと上げて見せた。

「サクラちゃんが誕生日だからってくれた」

何でもないみたいにサスケが言う。
今のサスケはサクラちゃんのことを
ちゃん付けで呼んでいた。
さん付けで呼んだサスケに
すかさず訂正を入れたのはサクラちゃん本人だ。
本当は前みたいに呼び捨てにして欲しいみたいだったけど、
とりあえず今はこれで落ち着いている。

「サスケの誕生日っていつ?」
「昨日」

ああああぁ……。
やっぱり過ぎてた。

「サスケ、ごめん」
「別にいいって」
「全然良くねぇ、本当ごめん…」

きっと嫌な思いさせた。

「何でそんな謝んの」
「だって、オレってばプレゼントも何も用意してねぇし……」
「用意されてる方がムカつくんだけど」
「え?」
「知っててすっぽかされた方が嫌だってこと」

あ、そうか。

「それとも、
他に謝るようなことしたわけ?」

じっと見つめてくる黒い瞳。
表面上はいつものサスケ。
でも、何て言えばいいんだろう。

「どこ行ってたの?」

怒ってるみたいな。
でもやっぱり少し悲しそうにも見えて、

「サイさんは昨日帰って来てたって」

そして、オレを試してる。
本当だったら昨日サイたちと一緒に帰って来れてた。

「知ってた?ナルト。
昨日はオレの誕生日だったけど」

オレが記憶を失くした日でもあるんだ。

サスケの唇の端がゆがんで、
苦しいみたいな表情を作る。

オレの心臓がどくんと鳴った。

「知ってたよね?」

オレが”サスケ”を失った日。

「だから昨日帰って来なかったんだ」

違うとは言えなかった。
だってオレは、



「そんなに”サスケ”に会いたい?」









それに頷いたら、
きっと目の前のサスケを
否定することになってしまう。

「オレじゃあ、役不足?」
「……違うんだ、サスケ」
「何が違うの?」
「サスケのことは大事に思ってるってばよ」
「大事ってどんなふうに?」
「それは……」

苛立ったみたいにサスケが言葉を被せてくる。
安心させてあげたいのに、
上手く言葉が出てこない。

「じゃあ、オレはナルトの何?」

きつくなった口調。
睨み付けてくる黒い瞳は、
怒りを表している。

「家族だって思ってる」

オレは本当の家族を知らない。
でも、この気持ちは嘘じゃないはずなんだ。

「本当に?」
「本当だってばよ」
「オレの誕生日も知らないくせに」
「…それは……本当にごめん」

自然と目線が下にいく。
だって、オレとサスケは友達だったけど、
お互いの誕生日を祝い合うような関係じゃなかった。
オレは自分の誕生日が歓迎されるなんて、
あの時は本当に思えなかったから、
誕生日の話しなんて
どっかで避けてたんだと思う。

「家族だって言うから……」
期待した。

「……サスケ」
「オレとナルトって本当に友達だったの?」
「え?」
「ナルトはオレとのこと話してくれないから、
信じられない」
「オレ話してねぇ……かな?」
「全然話してないよ。ちゃんと話して」
「あらためて話せって言われると……」

足引っ張ってたこととか、
かなりの割合で負けたこととか、
そんで一方的に喧嘩したことくらいしか……。

「友達だったって証明して」

証明って……
気まずいことしか思い出せないんですが。

「もう何でもいから知ってること教えてよ」
「それじゃ…えーと……」

サスケのこと……サスケのこと……

「……サスケはトマトが好物だってばよ」
「それ今と変わらない」
「サスケは納豆が苦手」
「同じこと言わせないで……」
「えーと、サスケの口癖はウスラ…」
「そんなんじゃなくて」

サスケが呆れたようにため息をつく。
どうやら怒りを通り越してしまったらしい。
それでもイライラは持続してるみたいで、
腕を組む仕草が”サスケ”だなって思ってしまった。

「何か思い出とかないの?
心に残るようなこともなかったわけ?」

そう言われて、

「思い出したってばよ!」
「今度くだらないこと言ったら殴る」

不機嫌を隠さずにサスケが言う。
もちろんオレは殴られてやる気はなかったから、
真面目に答えたつもりだった。
だって、あの事件は初めてサスケと話した直後に起こったことで、
それは互いに強烈な印象を残した出来事のはずだったから。







「ファーストキスはサスケ!」












「…………誰の?」

くぐもったサスケの声。
拳はとんでこなかったけど、

「もちろんオレのだってばよ!」

即答した次の瞬間、



何故かオレの視界はぐるんと回って



サスケのにおいがしたと思ったら



もの凄い勢いで



オレの体は堅い床の上に



サスケに引き倒されていた。














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