道が反れました……。後半タガが外れるサスケ。







とはどんなものかしら?9






ほんの少しの沈黙の後、
動揺の様子も全く見せず
奴は暗闇から声を響かせた。

「お前は何も知らなくていい」
「何でだよ!」

分かっていた答えだ。
でも反論せずにはいられない。

「今の生活に何の不満がある?
お前に家族はもういない、
仇を打つ必要もない。
現実を受け入れろ」
「話す気はないってか」
「ああ」

クソッ…!

例えここでオレがいくら問い詰めても、
奴が口を割るとは思えなかった。
力付くで吐かせようにも、
この何重もの檻が奴を守ってる。

今はナルトの封印術も。

分かってる。
ナルトの封印術は無闇にオレが
術を使ってしまうのを防ぐためだ。
だけど、どうしても

今はこの中の男を守ってるようにしか見えない。
男もそれを当然のように受け入れてることも苛立つ要因だ。

そう、こいつはナルトを知ってる。

オレが確信を持てなかった理由。
今までの経緯を考えれば、
この奥に閉じ込められているのは、

記憶を失う前のオレだ。

ただどうしてもそいつからは
懐かしい、無条件に慕わずにはおれない、
兄さんの気配が色濃く滲んでいて、
どうしても嫌いになれない理由を裏付けていた。

自分だったら速攻切り捨てられる。

ナルトの気持ちを占めてる相手だと思うと、
例えそれが過去のオレだとしても
憎らしくて仕方ない。
それに、あいつを自分だと認めるということは、
オレは何か大罪を犯してああなったってことだ。

オレは罪人だったのかもしれない。

どうしてそうなったのか真っ正面から問いただしても
真面に返ってくることはないだろう。
嫌な予感しかしない。
でも、もう何も知らないじゃダメな気がした。
あの日から
こいつがナルトを知っていると気づいた時から
何故か焦りみたいなものが
オレの中には根付いてて、

「この封印……解いたらどうなるんだ?」
「そんなこと知ってどうする」
「いいから答えて」

聞かずにおれなかったのは、

「消えるだろうな」

別に覚悟が出来てたからとかじゃなくて、

「……どっちが?」

ただ本当のことが知りたいだけだ。



「お前」




思ってた通りの答え。
なのにやっぱり恐怖とか焦燥とか
そんな感情がオレにはあって、
でも歯の奥がギリとなるくらい
悔しさが込み上げていた。
そして、次から次へと浮かび上がる疑問。



「じゃあ、何でオレを騙してでも……
ナルトに封印解いてもらおうとしなかったんだ?」

そうしたらお前は自由だ。

暗闇の中から笑った気配がした。

「言っておくが、
お前にはオレが封印されてるように
見えてたかもしれないが」

ナルトは今も"サスケ"は存在していないと思ってる。
オレもそう思いたい。

「ここから出ようと思えばいつでも出れた」
「え?」
「最初から」

自分の意思でここに閉じ込められてるって?

「お前が泣いてナルトに
すがりついてた時からな」

初めてこいつに会った時は、
記憶を失くす前からオレに住みついてるんだと思ってた。
ナルトの九尾みたいに。

可能性は低いけれど
兄さんが封印したのかも知れないとも思ってた。
今でもその可能性は捨て切れないでいる。

「でもさすがに、
この術はオレでも解けない」

そう言いながらも、
奴の声音はどこか嬉しそうでもあって。

「じゃあ……
お前が出なかった理由は……?」

あぁ…何となく分かってしまった。
こいつもそうなんだ……。



「あいつに、オレかお前か選べって?」



当たり前のことを聞くなと、
嘲笑うみたいに返ってきた答え。


そんなの
ナルトは選べないに決まってる。

「あいつは自分の身に最強の尾獣を封印されてた。
その封印が無理矢理解かれた時どうなるかは
一番あいつが知ってることだ」

飲み込まれて
消滅する。

「そんな選択をあいつにさせろって?」

心は選んでたとしても、
どちらかが消えると分かってて
どっちかを見捨てるなんて……。

悔しい。なんでこいつなんかが。
ナルトのこと分かってんだよ。

「だからオレはここにいる」

穏やかな様子でそう言った男からは、
やっぱりどこか空恐ろしい雰囲気と、
兄さんと
今は微かにナルトの気配があった。

「何であんたが上機嫌なのか分かった気がしたよ」

オレはもう何も聞くことなく、
ここに来て浮かんだ疑問が解消されたことを伝えた。

応えは返ってこなかったけど、
暗い闇から笑った気配。

でも、まだオレは認められないでいる。
こいつがオレだった場合の覚悟がオレにはまだなくて、



でも現実はオレの覚悟なんて関係なく、

唐突に訪れることになる。

















昨日の夜、サスケの目を封印した。
まだ目を開くことの出来ないサスケは
起きてからずっと縁側に大人しく座っている。

「サスケー、飯出来たってばよー」

平和な一日。
一応オレたちの住むこの家には結界を張っていた。
たまに感じる気配が煩わしかったからだ。

のそりと立ち上がったサスケが部屋へと入ってくる。
迷いのない足取りでオレの前にサスケが座った。

「昼飯はチャーハンとコロッケな」
「どんぶり……?」

チャーハンを盛った皿を手で触ったサスケが言うように
オレとサスケの前にはどんぶりに山盛り盛ったチャーハンにコロッケが三つのっている。
なかなか豪快な昼飯だけど、
育ち盛りの男料理ってこんなもんだろう。
それに朝はサスケの目のこと考えてなくて、
普通にご飯に味噌汁(インスタント)と
目玉焼きだったもんだから、
凄く食べにくそうにしてたんだよな。
それで

『食べさせてやろうか?』

って聞いたら、

『子供扱いしないで』

って冷たく言われた。

そういえば最近良く言われるな。
そんなオレ子供扱いしてるっけ。

そんなことを考えながら、
スプーンにのっけたコロッケにかぶりついた。
これならスプーン一本で食べられる。

もぐもぐと咀嚼してサスケを見れば、
サスケもコロッケを食べているところだった。

「…………なに?」

じっと見ていたオレに
口の中のものを飲み込んで
サスケが言った。

「お前、本当は見えてるんじゃねぇの?」

見えてるとしか思えないタイミングに
オレは思わず疑ってしまう。

「見えてないよ。それに目閉じてるし」
「そーだよな」
「で……なに?」
「別に何もねぇってばよ」

普段はじっくり見ることなんて出来ないから
ここぞとばかりにサスケの顔を見ていたなんて、
本当のことなんて言えるわけない。

口惜しいけどけど、
サスケは目を閉じてても飯食ってても男前だ。

なんて思ってたもんだから、

「もしかして
オレに見惚れてた?」

ぶは…っ!
思わず口の中のものを噴き出してしまった。

「ちょっと、汚い……」

オレの口から飛び出たコロッケだったものが、
テーブルの上に飛び散った。

「サ、サスケが変なこと言うからだろっ」
「そう?オレはよくナルトに見惚れてるけど」

さらりとサスケがそんなことを言う。

「だからナルトも同じだったら
いいなって思っただけだ」
「ちょっと、
どーしちまったんだよ、サスケ……」

サスケが変だ。

あの誕生日だった日もだいぶおかしかったけど、
あれは"サスケ"とオレがキスしたって聞いて、
子供らしい嫉妬とか対抗の気持ちで
自分もキスしたいとか言ったんだろうなって。

その後あーなってしまったのも、
はずみか何かだろうって思ってたし。

サスケの独占欲の強さは、
家族や親しい人をいっぺんに失って
そこに現れたオレに強い感情を向けてるだけなんだって。

でも何だろう。
今日は今朝からサスケがサスケじゃないみたいだ。

「昨日も言っただろ、先に進みたいって」
「オレは今のままでいいってばよ」

というより、先に何があるのか分からない。

それに昨日のあれはいつもの
話してるところを邪魔されて苛立って言った
嫉妬みたいなもんだと思ってたんだけど。

サスケはオレが誰かと仲良くしているのが
気に食わないらしい。
特に親しいカカシ先生とサイへの当たりはきつくて、
売り言葉に買い言葉というか、
たまにこっちがぎょっとするようなことを言う。

「ちょっと話しあるから
とりあえず食べてからにしようよ」
じゃないと全部噴き出すよあんた。

って、ちょっと大人びた口調でサスケが言った。
オレは何だか嫌な予感がして、
普段だったらぺろりと食べてしまうどんぶり一杯も
いつもの倍近くの時間をかけて食べきった。



どんなに進まなくても
少しづつでも口に運んでいれば
終わりはくるわけで、
今オレは話しがあると言った
サスケのすぐ近くに座っている。

手をつかまれた状態で。

目の見えないサスケが、
手でもつかんでないと一人で話してるみたいで
嫌だと言ったからだ。

「あらたまって話しって何だってばよ」

テーブルを左側にオレたちは向かい合っていた。
オレの右手はサスケの左手に掴まれていて、
最初は気になっていたサスケの手の熱さも
今はそれほど気にならなくなっている。

「ちょっと確認したいことがあっただけ」
「確認?」
「うん。何でここは結界が張ってあって、
オレは見張られてるのかって」

思っていた内容と違った真面目な内容に
オレは一瞬間の抜けた顔をしてしまった。

「どうかした?」
「え…あ……ううん」

何というか、
また迫ってくるのかと思ってた。
身構えてた自分が恥ずかしい……。

「やっぱり気付いてたのかって」
「だから子供扱いするなって言ってるだろ」
そんなつもりはねぇんだけど…
と口の中で言い訳をしておいて、

「ここの結界もそうだけど、
昨日サスケにかけた封印術も
お前を守るためだってばよ」
「そうだろうとは思ってたけど。
でも誰からオレを守ろうってしてるんだよ」
それが分からないことには、
自分を守ることもできない。

そう言ったサスケにオレは
あらかじめ用意していた言葉を口にする。

「まだはっきり証拠とかあるわけじゃねぇんだけど、
サスケのその目を『根』が狙ってる」
「『根』がオレを?」
「うん。今カカシ先生が調べてるんだけどな」
「じゃあ、カカシ先生の眼も狙われてる?」
「多分」

推測でしかないけれど、
オレはそれに頷いた。

「でもサスケの眼の方が価値があるって
カカシ先生は言ってたってばよ。
オレも詳しくは分かんねぇんだけど、
普通の写輪眼も巴の数が多いほど能力が高いだろ?」

それにサスケが小さく頷いた。

「カカシ先生の三枚刃の変形型手裏剣の万華鏡写輪眼より
六芒星をかたどったサスケの万華鏡写輪眼の方が
価値があるんだって言ってた。
お前の眼にどれだけの価値があるかなんて、
オレには分からねぇ。
でも、狙われてるかもしれねぇっていうんだったら、
オレはそれを守るだけだってばよ」

そう言い切ったオレに
サスケの手に力が込められた。

「記憶失くす前のお前は本当強くて
誰もお前の眼を奪える奴なんていなかった」
「……」
「昔っからオレ全然お前には
勝てなかったんだってばよ」
「……信じられないな」
あんたに勝ってたなんて。

「本当だって。だからお前も早く強くなれってばよ」
「言われなくてもそのつもり」

サスケが口元だけ不敵に笑みを浮かべた。
この辺の余裕っぷりは"サスケ"だなって思う。

「あんた実は過保護だったんだな」
「今さら気付いたのかってばよ」
「いつも任務、任務でオレの相手はしてくれない
放任主義だと思ってた」
「そこは否定できねぇけどな」
「でも今日は一日オレといてくれるんだろ?」
「サスケの目が見えるようになるまでは」

オレはサスケの顔にかかった
髪を払ってやりながらそう言った。

「それならずっと見えなくてもいいんだけど」
「……?」
「ナルトがこうやってずっと側にいてくれんだったら
見えなくてもかまわない」



こんな眼いらない。




サスケの髪から手を離そうとした左手も
サスケにつかまれた。
じわりと熱が伝わってくる。

「……んなこと冗談でも言うなってばよ」
「ごめん」

そう小さくサスケが謝る。
伏せ気味だった顔が上がって、
見ればサスケの目は開いてた。
どことなく焦点があってない。
まだ見えてないんだろう。

「悪いけど、冗談じゃないから」

サスケの顔が苦しいみたいに歪んだ。
朝から感じてた違和感。
追い詰められる感覚。

オレの両手がサスケの口元へと引っ張られた。
指にやわらかな感触。
サスケの唇が触れていた。

「オレ…ナルトが好きだ」

少しくぐもったサスケの声。
オレの手に唇を押し当てて。

どくんと心臓が鳴った。
手が熱い。

この前の遊びの延長みたいなものとは違う。



サスケ……本気だ。



友達からの家族ごっこだった。
でも大切な存在だ。
心から幸せになって欲しいって思う。

友達として、家族として、仲間として、
サスケが大事で好きだと思う。

「オレも…サスケのことは」
好きだってばよ。

そう言おうとした。
でも、

「一緒にしないで」

オレが口にしようとした言葉は
さえぎられてしまった。
サスケの顔が上がって、
強い視線とかちあった。

「オレと同じだなんて言ったら
許さない」

あからさまに怒りを含ませて
サスケがそう言った。
さらにつかまれていた手に
力が込められる。
痛いくらいに。

「ナルトはサクラちゃんのこと
好きって言ってたよね?」

急にそんなことを言われて
オレは、え?と顔をサスケに向けた。

「好き、だってばよ……」
「サクラちゃんを思って苦しんだことある?」

サクラちゃんのことは今でも好きだ。
初恋だった。
だからといってサスケの言うように
苦しんだことがあるかと言われたら
ないかもしれない。

サスケ奪還をふたりで誓い合った時から
彼女は好きな人というよりも
仲間という意識の方が強くなってしまったから。

「呼吸が出来ないみたいに苦しんだり、
思うだけで涙が出そうになったり、
わけ分からなくて自分じゃないみたいで
もう考えるのやめようって思っても
どうやったって頭から離れてくれなくて、
ナルトもそんな風にサクラちゃんを思ってる?」

サスケ独特の鋭い目線がオレを見つめる。

サスケの手が
無意識に体を引きそうになるオレを
許してくれなかった。
反対に引き寄せられる。

「一日会えないだけでつらくて
声聞けないだけで苦しくて
でも顔見たら声聞けたら
今までのつらさとか苦しさとか
奇麗になくなって嬉しいって気持ちで幸せになる。
いつも相手のことばっかり思ってて
そんな自分が気持ち悪くて
でもそれやめると何も残らない。
つらくて苦しくて気が狂いそうになるけど
相手を想う気持ちが止められないって
他の人見てるって思うだけで
頭おかしくなりそうとか
サクラちゃんじゃなくてもいい、
ナルトは思ったことある?」

これは、
誰だろう……。

今オレの手をつかんで

燃えるような目して

離さないのは



いったい誰?

「ねぇ。ナルトも苦しんだ?」

すがるように
きつくつかんでくる手。



「あんたの好きは
オレと同じ?」



その強い瞳に
飲み込まれそうになる。

「自分だけ見て欲しいって。
他でもない自分を選んで欲しくて
無理やりでも傷つけてでも自分のものにしたくて
でもそんなことして嫌われたりしたら
オレ生きていけない。
でも手に入らなかったらとか
誰かに取られるかもとか思って
死にそうな気持になったことってある?
こんなの本当気持ち悪い。
でも止められない」

この気持ちはどこから来るの?


「ナルトを好きってこの気持ち
受け入れて」

「……サスケ」

ようやく口にできた声は
サスケの苦しさがうつったみたいに
ひどく掠れていてた。

「同じ気持ちを持ってとか言わない。
オレを選んでくれるだけでいいから」


そう言ってからサスケは
跡が残りそうなほど強くつかんでた
オレの手を離した。


「ナルト、キスして。
オレからはしない。
したらきっと止まれない」

そっとサスケが目を閉じる。



どくどくと鼓動の音だけが
うるさく鳴った。


サスケ。
オレ、どうしたらいいんだろう。

お前が最後の最後に見せた
オレへの想いが、
今どうしても
頭から離れない。

お前とサスケの想いが
同じように思えて仕方ないんだ。

でもオレの気持ちは
お前を大事だと思う気持ちは
きっと違う。

お前が望む想いとは全然違うんだ。
それでもお前がいいって言うんだったら、
他でもなくオレがいいって言うんだったら、
オレは突き放すことなんて出来ない。






さっきの激情が嘘みたいに
静かに待つサスケ。



オレは何故か息を殺して



目を閉じてオレを待ってる



サスケに近付いた。















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