追い詰めるサスケ







とはどんなものかしら?17






あれからサスケは今までの反抗的な態度から一変して
オレの言うとおり目の封印を解く間も
日向の件を詳しく話す間も
大人しくしていた。
表情が欠落した顔で頷き
冷たい声で答える。
懐かしささえ感じるサスケの態度が
胸に痛かった。

今度の任務は土の国だ。
最近のオレは単独任務が多い。
人手が足りないのと
通常任務と並行して自分の用事も
こなしてるからだ。
特に土影は大戦が終って代替りをしている。
面識のない里のトップを口説き落とすのに
果たしてどれだけの時間がかかるだろう。

長期戦を覚悟して荷物の最終チェックをする。
一度の訪問で落とせるとは思ってはいない。
何度だって会いに行くし
何度だって描く未来の話をするつもりだ。

まだ日は登らない。
夜明け前の静まり返った空気が
騒ぐ心をなだめるようだった。

最後にと
感情が求めるままに
オレはサスケの眠る部屋へと入った。

きっと当分会えない。
寂しく思ってしまうのは
仕方ないことなんだと
こんな未練が残ってるみたいに
寝顔を見に来るのも

でもいつかこうなる予感はしてた。

見下ろせば固く目を閉じて眠るサスケ。
目の封印も解除であれば
それほど負担にはならなかったようで
前の時みたいに目が見えなくなる程じゃないようだった。

規則正しく上下する胸を確認して
眠るサスケの頬に手をあてた。
体重をかけないようにベッドの端に膝を乗せて
これで最後だと
前髪の隙間にのぞく額に
ありったけの想いを込めて
大切な人に送るキスを
ひとつ落とした。

「…サスケ」

ゆっくり顔を離す。

一度口に出してしまうと
思ってた以上に別れの言葉は
簡単に溢れ出て
それと同時に
もうなかったことには出来ない
そんな気持ちを強くさせた。

今こうやって穏やかな気持ちで
眠るサスケを眺めてるのが不思議だった。

「オレはお前が…
忍として信じる忍道を貫いて
そんで美人な嫁さんもらって
可愛い子ども作ってさ
幸せになってくれたら…
本当にオレってば
もうそれ以上を望まねぇんだ…」

声になってるかどうかも
分からないくらいの掠れる声で
オレはサスケと
自分自身にそう呟いた。

「ごめんな…」

いっぱい傷付けた。
きっとそれも誰かが時間をかけて
癒してくれる。

「オレと過ごしたことなんてさ
早く忘れて…」

幸せに……

オレはベッドから膝を降ろして
サスケから離れようとした。

「!?」

その時、
強い力で腕が引かれて
ギクリと首をサスケに向ければ
今までにないほど
怒りに染まった
紅い目が
暗い中、真っ直ぐ
オレを睨み付けていた。

どこにそんな細くなった腕に
力があるのかと思うほど
ギリギリと骨が軋みそうなくらい
オレの腕はサスケに掴まれていて
あ、と思った時には
今までサスケが眠っていたベッドに
背中から叩きつけられていた。

スプリングに跳ねることなく
オレの体はサスケに押さえ込まれる。

「忘れろって…?」

サスケの唸るような低い声が
歪んで片方だけ引き上げられた唇
から発せられた。

「ナルトがそれを言うのか…?」
「サスケ……」
「記憶を失くすことが
どれだけつらくて
どれだけ不安か
あんたは知ってる?」
「……」

久しぶりに見る
獰猛な目付きをした
サスケの目だった。
オレはそれから反らすことなく
首を振った。
オレの否定に
サスケの笑みが深くなる。

「何も知らなかった時は
単純に記憶が戻ればいいって思ってた。
ナルトがオレを通して誰を見てるのか
知ってたから」

でも、
とサスケが右目を片手で覆って薄く笑った。
冷たい笑みだった。

「この目が開眼してからは
怖くて仕方なかった。
分かるか?
自分が何をしたのか知らないって
どれだけ恐ろしいことか
あんたには想像もつかないだろう」

ゆっくりとオレの顔の横に
サスケが手を付く。
ぐっと顔が近づけられた。

「あんたをここで待ってる間のオレの不安なんて
気にもしたことがないだろう?」

もし帰って来なかったらとか
そんなこと考え出すと
おかしくなりそうだった。

「でもあんたがここに帰って来てる間は
オレの側にいてくれてるなら
オレは自分を見失うような
最低なことは
してないはずだって」

そんな風に
毎日確認して
ようやく自分を保てるんだ。

初めて聞かされるサスケの本音に
オレは胸を叩かれる痛みを感じた。

「でもそれより怖いと思ったのは…!
この気持ちも!
一緒に過ごした時間も!!
オレの全部が…!!」

そこで一度言葉を切ったサスケが
固まって動けないオレの頬を撫ぜた。

「一番怖かったのは…」
「……」
「全部最初から無かったみたいに
あいつに取られるかもしれないってことだった…」
「え…?」

何を
誰に

取られるって?

「ナルトがどんなにオレを
突き放したって
離れて行こうとしたって
オレは諦めたくなかった。
だってオレにとって
もうナルトは
オレを唯一
犯した罪の意識から…」

解放してくれる存在だった



そんなオレの気持ちを


忘れろって


ナルトは


笑って言うのか?


「ねぇ、今日は最後までさせてよ」
「…はな…せ……」
「これでもう最後なんだから」
「…イヤだ!」
「何で?
一回でも
オレには抱かれたくないって!?」
「サスケ!落ち着け!!」
「落ち着けるわけない!
ナルトがあんなこと言わなかったらオレは
日向の縁談なんか自分で断って
ナルトの後を追うつもりだった!
この目使ったらどんな遠く行ったって
見つけることくらい簡単だと思ったからな!
でも忘れろって!!
オレにナルトを否定させるってことは
オレの存在を否定されるのも
同じことなんだ!!
こんなことなら…ッ
最初から放っておいてくれたら良かった!!
幸せなんて知りたくなかった!」

上から体重をかけて
見下ろして来るサスケの目には
燃えるような激しさがあった。

「こんなつらい想いをするくらいなら
最初から何もなくて良かった…!!」
「でもオレはサスケを放っておくことなんて
出来なかったんだってばよ!」

そう怒鳴り返したオレに
目を向いたサスケが
オレ目掛けて手を振り下ろした。

「!」

バシンと左頬が鳴って
何かを言い返す前にオレの唇は
サスケの口に塞がれていた。

「……ッ」

すぐにサスケの舌が入り込んできて
喉奥をつくような深いキスになる。
さっきの平手打ちで口の中を切ったのか
流れ込んで来る唾液は血の味がした。

「放っておけないって言っておきながら
今のオレは捨てるんだ」
「捨てるとかそんなんじゃねぇ」
「そうなんだよ、オレからしたら」

サスケはどこか諦めたような笑みを見せて
濡れたオレの唇を指で拭うと
首筋に顔を埋めてきた。

サスケのにおいがして
体は単純に煽られる。

「ナルトは嘘つきだ。
口では嫌だって言ってても
体は喜んでる……ほら」

そう言いながらサスケが腰を
ぐっと押し付けてきた。

「う…ぁ…」

サスケのそれがちょうどオレに当たって
とっさにサスケの肩に手をやった。

突き放そうとしたのか
引き寄せたかったのか

「気持ちいい…?ナルト」

オレの頭を両手で抱き込むようにして
そう耳元でサスケがささやく。
ぐりぐりと腰を擦り付けられると
走る快感に体が強張った。

「あ、でもオレもナルトに嘘ついてるから
お相子かもしれない」

小さく喉を鳴らして
サスケが笑った。

「だってオレの中にいる
もう一人のオレのこと
ナルトには言ってなかったから」

どくんと心臓が強く打ち付けた。

さっきのサスケに対する違和感が
確信に変わる。

取られると言った。
誰に?

“もう一人のオレ“

そんなの
オレは

一人しか
思いつかない。


そう思った瞬間
体中の血液が一気に波立って
痺れたように手先が冷えていくのが分かった。

そいつはさ
って
サスケは楽しそうに
オレを見下ろして
血の気を失ったオレの頬を
するりと撫でて言った。

「消されたんじゃなくて
封印されてただけなんだ」

ここに

そう言ってサスケは
自分の紅い目を指差した。





「嘘だ……」
「嘘じゃない」
「嘘だ…!!」

だってサスケの記憶は削除されたって!

「だからオレは…ッ!
オレは……」
「2年前、ナルトがオレの万華鏡写輪眼を封印した時から
オレの中にいたあいつは
過去のオレなんだって
思うようになった」

ナルトの大好きな“サスケ“が

ここにいるんだ。

「今までのこと
全部見てて
全部知ってて
本当は出て来れるくせに
でもあいつは」

ナルトに
どっちかを
選ばせるようなことは
したくないって

「どっちを選ぶかなんて
オレは最初から分かってたから
今まで言わなかったけど」

でももういい。
オレから離れるって言うんだったら

「どっちか選んで」



封印を解くだけで
全てが終わる。



暗いサスケの目が

じっと

オレを見ていた。













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