ここから見える景色は木葉の里に似ていて君を思い出しました。



望郷にかられた訳じゃなくて、ただ君に会いたい。



ナルト、お前に今程会いたいと思ったことはないよ。



今お前は何をしている?



オレはやっぱりまだお前を忘れられそうにない。



†††十年恋歌†††





「サスケ・・・」
ナルトはよろめく体を壁に手を付いて支えた。日付もとっくに変わっているだろう時刻に人影はなく、はあはあと己の荒く呼吸する音がやけに耳についた。
(サスケ・・・)
項垂れて1つ大きく息を付く。それくらいじゃ呼吸は楽にはならないけれど、気持ちは落ち着くんじゃないかと思っての事だ。それも対した効果はなかったが。
(あんな文寄越すなんて、ずりぃってばよ)
明けてみれば隙間なく埋められたサスケの想い。あんなに真摯な気持ちをナルトは知らない。他の誰が自分にそこまで心砕いてくれるだろう。
表面しか見てななかったとは本当にこの事を言うんだ。これならサスケの周りで騒ぐ女の子達と変わらない。いったい自分は彼の何を見て来たんだ。何度あれらの文を読んだ?
忍失格もいいところじゃないか。
気持ちを表すことには何処までも下手くそなくせに、隠すことはなんて周到にやってのけていたんだろう。
しかしナルトはそこで思い遣った。
果たして本当にそうだったかと。知ってしまった今だから疑問に思うのかもしれないけれど。
そんなにサスケは自分を上手く騙せてた?
いつでも自分の世話を焼いてたのはサスケ。たまに思い詰めたように見つめる黒い双眸に何も感じはしなかったか?自分の一言に何故あんなにも過剰な反応をしてた?始終サスケはそんな感じで。でも仕方ないじゃないか。サスケに出会って、存在を近くに感じて、そうゆうもんだって思ってたんだ。
仲間だったり友達だったり、繋がりは全部サスケから始まった。
だから特別な奴だって。
偽りもなく疑う事もなく信じてた。
どんなに一緒に任務をこなしたって、騒いだって誰もサスケの代わりになんてならなかった事に疑問も持たなかったのも、盲目にも過ぎた幼い思慕からによるものだったなんて。



ならこの想いは、サスケ。



お前の想いとどれ程の距離がある?



ナルトはまた歩き出す。止まっている場合じゃない。
傷のことなど知るものか。いつかは跡形も無くなってしまうようなものにかまってなどいられない。
進め、進めよ。
今度こそは聞き出さないといけない。気付いて欲しくて、でも気付いて欲しくないと思っているサスケの想いを、次こそは。
ナルトは動きの鈍くなった重たい脚を叱咤する。嫌な汗が背中を流れた。
本当に自分がサスケの体を縛り上げてでも、手足を折ってでも止めようとしてきたならば、なら自分は今この肺が潰れてしまっても、腕が動かなくなってしまっても彼を追わなければならない。
だってサスケは何て言った?
『何とも思ってない奴の為に命を投げ出せるのか?』
そうナルトに問うたのではなかったか。
そして自分はそれに肯定してしまった。それは火影を目指す己の矜持であり、目の前でまたこんな傷を負うような事が起こったとしても自分は同じことをするはずだ。
でもそれをサスケの前で頷いて見せることは、彼のこの想いまでもなかったことにするに等しい行為ではないか?命を呈して自分を庇ったことのある彼からしたら。
あの時冷たくも整った顔を歪めた彼は、どれ程の距離を感じたことだろう。
だからナルトは急ぐのだ。
まだ自分達の繋がりは断ち切れてはいない。いや切れるはずがないではないか。
あれらの文に綴られたサスケの想いが本物ならば、こんなことで断ち切れるはずがない。
ナルトはそう自分に言い聞かせ、暗闇の中を走り出す。
雑多な住宅街を抜けると、街灯も随分減り一つの集落が見えてきた。村の入り口まで辿り着いて、ナルトは気配を探る。しかし人がいる様子はなかった。それもそのはずで、ここは一族惨殺の浮世にあったうちは一族の村。歴史の古い一族であった為、そこ此処に結界が必要な社から宝物庫まであり、表向き禁域に指定されている。ここに足を踏み入れる事を許可されているのは、うちは一族最後の生き残りで現当主であるサスケと里の上層部だけだと聞く。あくまで表向きではあるのだが。
そしてサスケは里に帰省すると誰もいないそこに必ず戻って来る。昔住んでいたアパートを引き払って里を出てからの彼の家はここなのだ。
飾りだけになっている街灯など気にも留めず、ナルトは久しぶりの、しかし通い慣れた道を行く。気配はまだ捉える事は出来ないでいた。焦燥からさらに息が上がる。
(もう行っちまったのかよ、サスケっ)
もしサスケが家を出て行った後だったとしたら、きっとこれでは追いつけない。
ナルトははっとして俯きがちだった頭を振った。
(何弱音吐いてんだってばよっ!ぜってぇ追いつく!追いつくったら追いついてやるっ)
震える両足にさらに力を入れ、気配のないサスケの家へと走り込む。
近所迷惑などになるわけがないので、遠慮もなく玄関の引き戸を何度も叩いた。ガラス戸が静まり返った闇夜に思ったよりも大きな音を立てる。相変わらず気配はない。
「サスケェ!!いるんだろっ?!開けろってばよっ!!」
ナルトはなおも戸を叩いて声を張り上げた。
「聞こえてんだろサスケェ!!開けねぇんだったら玄関ぶっとばすからな!!先言っとくけど螺旋丸だからな!!今のオレには手加減なんて出来ねぇってばよ!!」
はっきり言ってここで螺旋丸なんてハッタリだ。気持ち的にはそれはもうぶっ放す勢い満々なのだが、体が言うことをききそうにない。
「くそっ・・・!」
一声叩き付け最後に拳を戸に打ち付けると、ナルトはその場に屈み込んだ。駄目だと思いながらも一度付いてしまった膝はなかなか力が入らず、ナルトをその場に縛り付けてしまう。
その時灯った明かりと見知った気配が玄関に近づいた。
「あ・・・」
ガラス戸にその姿をぼんやりと写し出す。
カラカラと音を立ててそのガラス戸は開かれ、中からさっき会った時のままの装束でサスケが立っていた。ナルトの良く知る眉間にシワを寄せた不機嫌そうな顔で。
「怪我人が何やってやがんだ・・・」
サスケは玄関にヘタリ込む招かざる客であろうナルトを見下ろし、意識的に低めた声で言った。しかし一瞬の動揺をナルトは見逃さない。
「てめーに文の返事を持ってきたんだってばよ」
ナルトは不適に笑って見せた。視界はチカチカしてぶっ倒れそうではあったのだが気分は良かった。追い付いた、そう思えたから。
ナルトの言葉を聞いてサスケはさっと顔色を変えた。ナルトを抱え起こそうと伸ばされていた手が止まる。
サスケはその手をそのまま自分の額に当てて前髪を掴むと、ナルト同様屈み込んだ。大きな溜息が聞こえた。
「全部、読んだのかよ・・・?」
「ああ」
「で、てめーは律義に返事をしにきたと」
「そうだってばよ」
また大きな溜息が聞こえてナルトは少し憤慨するが、ああそうではなかったと思い直す。酷く疲れていたし、言うことを言ってしまってからこの男には思う存分詰ってやろうと決意した。だって本題に入ってしまう前にぶっ倒れてしまっては意味がない。
だからここが玄関であるとか、男二人がしゃがみ込んでする話ではないとかそんなことは関係なくて、ただ言ってやるだけだ。
「サスケ。お前もう里から離れんじゃねぇってばよ」
少しの沈黙の後サスケが唸るように口を開いた。
「このウスラトンカチが。文は全部読んだんだろーが。どうやってそんな結論に辿り着きやがった」
「どうやってって。ただそう思っただけだってばよ。オレに会いたかったら会いに来たらいいし。忘れられねぇってんだったら忘れなければいいじゃねぇか」
サスケは掴んでいた前髪を離すと、すぐ近くにあるナルトの顔をじっと見つめる。やはりその瞳はこの宵闇よりも深く黒くて、でもナルトの言葉一つで揺らぐのだ。
「そんな簡単なことじゃねぇ」
「簡単にしろってばよ」
「てめっ、意味分かって言ってんのかよ!オレはてめーが好きなんだっ!傍にいると触りてぇとか、キスしたいとか思っちまうんだよ!めちゃくちゃに抱きしめて抱きてぇとか思ってんだ!」
てめーの思ってるのとは違うとサスケは声を上げた。耐え兼ねたように顔を反らすのはいつもの癖だ。
ナルトは静かにそんなサスケを見下ろす。
確かにサスケの言う想いとナルトの想いは違うんだろう。
傍にいたいと思っても、サスケに触りたいとかキスしたいとかはナルトは思わないし、それ以上となると尚更だ。きっと嫌だとも思うだろう。
「オレは多分お前が想ってるようにはサスケを想えないってばよ。やっぱり男同士っておかしいし、嫌だって思うかもしんねぇ」
「・・・知ってる。だから離れた」
「それでまた離れるって?」
「ああ」
迷いのないサスケの返答にナルトはギリリと歯を食いしばる。
「でもオレは嫌だって思うんだってばよ!お前がいなくなんのはっ。同じ嫌ならお前がいる嫌の方がずっといいって思うんだ!!」
だからオレの傍にいろと。その年を経ても変わらない大きな空色の瞳を真っ直ぐサスケへと向けて宣言する。
サスケはゆらりと顔を上げた。切れ長の瞳を心持ち開いて、不思議なものを見るようにナルトを見上げる。しかしそれも一瞬の事ですぐにキツイ眼差しがナルトを睨み付けた。
「てめーはそれでいいのかよ?!そんな訳の分らねぇ気持で!」
「ちゃんと分ってるってばよ!」
「ちっとも分かってねぇ!」
「でも離れたくねぇんだって!」
「てめーの我儘に付き合ってられるか!」
「たまにはオレの我儘くらいきいてくれたっていいじゃねぇか!!」
ナルトは一端言葉を切るとはぁはぁと荒く呼吸を吐く。
酷い眩暈がして地面について支えていた手の平に体重がかかった。前のめりになりそうな体をぐっと手の平に力を入れてやり過ごす。
そうだこれは我儘だ。
ただ、本当に傍にいたいだけ。相手の気持ちなんてどうだってかまわない。自分がそうしたいからそうするんだ。
そこに意味や思惑なんてなくて、真っ直ぐ己が思う方へ貫き通す気持ちさえあればいい。
「・・・サスケからしたらずっと抱え込んできた想いかもしれねぇけど、オレからしたら今日からなんだってば!!十何年も待ってきたんだったら後1年や2年くらい待ってくれたっていいじゃねぇか!!そしたらこの気持ちだって、ちょっとはサスケに近づくかもしれねぇのにっ・・・・・!!」

だから無かったことにしてくれるなと。
お前の気持ちも。オレの気持ちも。
今は距離があったとしても、同じ場所を目指すのならば、何故離れてられる?
ああ、まだ言いたい事も、聞きたい事も山ほどあるんだ。
お前の気持ちを綴ったあの文の事だってまだ何も。
なのに、意識は急に遠のいてお前の黒い髪も瞳も闇に紛れてしまう。
とっさに伸ばした指先に触れた体温が、ゆっくり体全体に広がっていくのを感じた。


次に目を覚ました時にサスケ、お前はオレの傍にいてくれている?





もうちょっとだけ続きます//





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