例え君が何を言おうと、安寧の中に押し戻そうと、僕は君を捕まえる。



†††十年恋歌†††



最初に視界に入ってきたのは年を経て重厚さが増しただろうと思われる黄味がかった天井。明らかに自分の部屋の天井とは違うが、見知ったものでもあった。そして次にナルトの視界を占めたのは、あまりお目に掛かったことのない黒髪のつむじ。
ナルトの横たわる布団の端を枕変わりにして、少し丸めた体は規則正しい呼吸に合わせて小さく上下していた。それ以外微動だにしそうにないサスケを見て、下になっている腕は痺れないのだろうかと、はっきりしない頭の中で思う。そして伸ばされていた腕はナルトの存在を確かめる為だろうか、彼の肩の上に手の甲が触れるように置かれていた。
勝ったと思ってもいいのだろうか。
ナルトは寄り添うようにして眠るサスケを見詰めながら、ふとそんなことを思う。その時サスケの顔を覗き込もうと身じろぎをした途端、サスケがのそりと顔を上げた。
「お、おはよう。ってばよ」
いきなりの事で咄嗟に出た言葉だったが、『おはよう』と言うには障子から伺える外は薄暗いようで、言ってしまってからあれから随分眠っていた事を知る。だがしかし今が既に『こんにちは』だったり『こんばんは』だったりする時間帯であったとしても、今目が覚めたばかりなのだ。『おはよう』という第一声は間違っていないはずなのに、それを耳にしたサスケはどこか驚いた顔をしていた。そして左腕で体を支えるようにして起き上がると、きつく眉間を寄せる。やはり痺れていたようだ。
「ああ・・・まだ痛むか?」
胡座を組みながら聞いてきたサスケにナルトは首を横に振った。
「でもまだ熱はあるみてぇだな」
サスケは汗で張り付いたナルトの前髪を払うと、額にその手の平を押し当てた。熱の為ひんやりと心地良く感じるのと同時に気恥ずかしさも感じてナルトは慌てて目を閉じる。
大きな手だ。
あまり気にしてはいなかったが、きっと自分も同じだけ大きくなってるんだろう。お互い手を差し延べて助け合って庇い合っていたのももう昔の話で、いつからか自分達はそんなものなど必要としなくなる程腕を上げていた。でも本当はずっとこんな風に優しい手を求めていたのかもしれない。
ナルトは離れていくサスケの手を目で追った。ふと見上げた先の黒い双眸に目を留める。
「何かサスケが優しいってばよ」
変な感じだと、ナルトは笑った。
「うるせぇよ」
「オレ褒めてんのに」
ナルトはまた笑う。傷は全く痛くなかった。眠っている間に大方塞がったのだろう。だからといえ動けばやはり痛みはあるのだろうが。
サスケは一変してその切れ長の目を苦しげに細めナルトを見詰めた。
「ナルト。オレはお前と離れたくねぇ」
「ああ」
知っていると、ナルトは思った。なのにこの男は随分長い間離れていたのだ。ずっとナルトだけを想いながら。
「もう、離れねぇ。お前が嫌だっつっても離れてやらねぇ」
お前が好きなんだと、サスケは呟く。
ゆっくりと項垂れたサスケはナルトの手を取ると狂おし気に自分の額に押し当てた。
「サクラにお前の事聞いて逆上した。お前が庇ったって奴に嫉妬したんだ。お前にとってどれだけ大事な奴なんだって。オレが命張れんのはてめーだけだからな。他の奴なんて関係ねぇ。オレにはてめーだけだ」
指先にサスケの熱を感じて、それがじんわりと心まで染み渡るのをナルトは感じた。かろうじて見えるサスケの伏せられた睫毛が震えているのを見つけて、何故だか胸が苦しくなった。
「そしたら、てめーはオレを他の奴らと同じだなんて抜かしやがる。それがすっげぇムカついた。自分からてめーの前から消えたのにな」
「同じじゃねーってばよ」
「でもオレは里の一部なんだろ?」
「里の一部じゃねぇ。里にサスケがついてんだ」
「何だそれ」
サスケは顔を上げて、ナルトを見下ろした。何だか久しぶりに見る和やかな瞳だった。
「オレってば、何であの時”里”と”サスケ”なんて別個に考えたんだろ。サスケ付きの里の方が大切に決まってんのに」
そこまで言ってナルトは、ああそうかと思う。
自分もサスケ同様臆病だったのだと。我武者羅にそれが欲しいと言えなかったんだ。
今だから。離れていたからこそ、もう離れたくないんだと心から思った。
あの時もしサスケが想いを告げていたら、理解できない感情に流されて求めながらも拒絶したかもしれない。そしてサスケは自分の前から本当にいなくなっていたことだろう。きっと文さえ送ることなく。
「それはてめーに都合が良すぎねぇか」
「言ったもん勝ちだってばよ。どっちかなんて選べねぇもの。どっちも大事過ぎてさ」
サスケは心持ち目を見開くと、小さく舌打ちした。
「今はそれで我慢しといてやるよ。てめーに関してオレは随分気が長いらしいからな」
サスケの言葉にナルトは笑みを見せる。
(いつか・・・)
里よりも何よりもサスケを選ぶ時が来るんだろうか。
そんな事を思う時点で何故か負けてしまっているように思わなくもないが、それは口にしなければすむこと。今は全力で思うままにひた向きに、手にすることを求めるんだ。
ナルトはサスケに握られていた手に力を込めた。
もうこの手を離さないと思いながら。
ナルトの唇にさらに笑みが浮かぶ。
「あー、今めちゃくちゃてめーにキスしてぇ」
「な?!」
サスケは懇願するように呟くと、ナルトの肩口に突っ伏した。
どうやら我慢に我慢を重ねてきた彼に今のナルトは殺傷能力抜群の武器よりも深く切り込んで来るらしい。
「ム、ムリだってばよ。今オレ怪我人だしっ。肺やられて苦しいしっ」
ナルトは慌てたように、だがしっかりと否を唱える。
その反応に顔を上げ一瞬ムっとしたサスケだったが、直ぐに片方の唇を釣り上げると、
「怪我治るのが楽しみだな、ナルト」
そう言って、サスケはナルトに不敵な笑みを見せるのだった。






「ナルトぉ、入るわよ?」
全く気配のない友人宅の前でサクラは顔をしかめる。確かにこの部屋の住居人は現在療養中ではあるのだが、普段ははた迷惑なくらいに気配を撒き散らすヤツで、怪我をしているからといってここまで何も感じないのはおかしいのだ。
サクラは逡巡の後ドアノブに手をかけ電気も付けられていない部屋に入る。
「ナルト?」
入ってから己の徒労を知り、しかし無駄だと思いながらも呼んでしまうのは癖でもあり、熟睡しているせいであると思いたいからで。ああ、それも希望的観測であったかと、もぬけの殻のベッドを見て思った。
「ナルトのやつ」
動いて良いわけがないのだ、あの状態で。サクラは一人憤慨する。
しかしそうしてても仕方がないので、緩慢な動きで近くにあった電気のスイッチを入れた。
先ずサクラの目に入って来たのは元はガラスのコップだったろう残骸と、そこ此処に散らばった折目の入った白い紙。
記憶違いでなければその残骸は昨日サクラが薬と一緒に用意したコップなはずで、勿論彼女がいたときは非常に見目好くそこにあったものだ。
怪我人のくせに何やってんだコノヤロウと思わずにいられないサクラである。
しかし長年の付き合いの賜物か、それとも持って生まれた彼女の性格からか、何とも非常事態にはめっぽう強いらしく、さらにはこの状況から聡明な彼女はおおよその検討を付けるのだった。
正直、玄関を開けるまでの己の驚愕や葛藤や後悔といったもので短くなったであろう寿命を返してもらいたいとも思う。
しかしである、事の発端であるだろうサスケとナルトとの腐れ縁を後生大事にしている自分にも若干ではあるが非もあるので、ため息1つ残すに留め散らばった文の1つに手を伸ばすのだった。
サスケの帰還。あの怪我の状態でも飛び出して行くという無茶な行動。そしてこの部屋の有様。分からないという方が野暮だ。
サクラは自分の想い人が随分辛い恋をしている事に当初から気付いていた。相手についてもしかり。確信ではなくやはり推測でしかなかったのではあるが。
そのお陰で自分は何度彼に袖にされたことか。どうせなら早くくっついてしまえばいいのにと腹立ち紛れに思ったこともある。しかし自分が結婚という幸せを得たことからさらにその思いは純粋に元セル仲間を思いやった。
さっと目をやった文に書かれた端正な文字は見覚えのあるもので、これでナルトが取る物も取り敢えず出て行かなければならなかった理由が解りそうだとサクラは思索する。
悪いなぁと思いながらも。まぁそれは建前で、他の誰を差し置いてでも自分だけは読む権利があるはずだと長年とほほな二人に付き合わされ続けてきたサクラはそれはもう胸いっぱい拳を振り上げ主張する。なのでサクラは嬉々として順を追って読み進めた。
そして数分後。
「・・・これって熱烈な恋文じゃないの」
家人のいない部屋に、サクラの呟きが1つ落とされる。
恥ずかしいような、呆れたような。そして羨ましいような。
これでは自分は袖にされるわけだと納得もしながら。
この部屋を片したなら、この文の送り主に会いに行こう。
そうすれば事なく、今日の探し人に会えることだろうし。
サクラは自然と浮かぶ笑みを誰に見せることなく立ち上がった。






離れていればこの気持ちも何処か遠くへ行ってしまうと思ってたんだ。



でもこの目は耳は、鮮明にも君の事を記憶していて、



月を見上げれば、空を見上げれば、風が吹けば、



ナルト、お前を思い出す。



だから今オレは、月も空も風も、お前を思い出すもの全て、



お前を想うように愛してる。





END





お粗末様でした。
ここまでお付き合い下さりありがとうございます。
へたれサスケ炸裂でしたね。でも、好き過ぎるとへたれるんだよきっと。
そして紙一重で好き過ぎると暴走鬼畜になる。フフフ
追記 私にしては精一杯の甘いサスナルでした。






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