脱友☆の条件



この際、便器にひっかけてしまったのは大目にみてもらいたい。



ナルトは思う存分叫びながら用を足したのち、放心したように立ち尽くしていた。
はは、ははっと断続的に笑いが込み上げてくる。何がおかしいのか全く分からなかったが発作のように笑いは次々と込み上げてきて、ナルトは壊れたように笑いつづけていた。
なんて昨日の自分たちは変態的だったんだろう。思い出してみれば誘ったのはどう考えても自分だが、それに逐一のってきたサスケもサスケだ。
救いの手、もとい止めてくれる人はなく、行き着くところまでいってしまったような気がする。
例えるなら、ばっちりモザイクの入ったエロビデオから無修正も軽々飛び越えスシトロ?いや違うストロボ?もうどっちでもいいや、とにかく危険な領域まで一足飛びしてしまったみたいなもんだ。
こんなことマニアックすぎてナルトにはついてゆけない。是非そこはサスケだけで突き進んでいってほしい極致だ。お願い巻き込まないで。
ナルトはサスケ相手に本気でお願いしたくなる。もしサスケがどんな世界の住人になってしまっても、どんなに変態的になってしまっても自分だけは味方でいてやるからとナルトは律儀にそう補足までしてやった。
(だってアレでさらに興奮したとか、どー考えても変態すぎるってばよサスケ……でもあんなに1日でイッたのオレってば初めてだ……)
その変態に自分も含まれていることに思い至ってしまって……ナルトはへこむ。
大変なことになってしまった。大変なことをしでかしてしまった。もうこれは一大事とかそっちの意味じゃなくって、凄く変態とか大変態とかそんな意味に違いない……とナルトは泣きたくなる。
笑いの発作は収まって、次は涙がでそうだった。まだパニクってるのかもしれない。
どれくらいそうしていただろうか、ナルトはおもむろにのろのろとトイレを流しだした。
(昨日のこともこのトイレみたいに流せたらいいのに……)
それをじっと見つめながら、ナルトは哀愁さえ漂う雰囲気で渦巻く水流を目で追った。便器に向かってそんなことを嘆いてみても滑稽なだけなのだが、当事者であるナルトはいたって真剣だ。
そんなマジなナルトはついで便座をパタンと下ろす。
(なんでこんなことになったんだろ……)
もちろん酒のせいである。多分酒のせいだ。きっと酒のせいに違いない。徐々に弱気になっていくナルトだった。
(オレってば何か悪いことしたかなー)
ナルトはトイレに座り頭を抱えた。日ごろの行いなど振り返ってみても、一緒に振り返ってしまうのは風呂場でベッドで、互いのそれを抜いてしごいて押し付けあったサスケのことだった。そこまで思って、うはっとナルトは肩をすくめる。
色んなところがむず痒い。
(はっ、オレってば被害者でも加害者でもなかったってばよ)
ナルトは今までのどんよりしていた顔を一変させた。やはりこれは気になっていたのだ。
指の侵入は許してしまったが、肝心のモノは阻止できたようだ。
(そういえば、サスケ、どこまで覚えてんだろ……)
あの流れでよく自分は軽傷ですんだものだと感心した。
このじくじくした痛みのような違和感はひつこくサスケにいじられた結果であると今ははっきりしている。なぜそんなところを指でほぐされなければならないか。
(サスケのヤツ、オレに突っ込む気満々だったよな)
ムカムカとした憤りがナルトの中でようやく芽生えてくる。しかしそれはあの濃密な時間を思い出すから生まれてくる衝動であって、憤りだけでない感情もナルトにおこさせた。
からみつく腕、こすりつけられた腰、開かされる足、そして何度もくわえられた。最初こそ抑えていた声も、途中からははっきりサスケを求める嬌声に変わって、自分も競うようにサスケの体に触れた。

『もっと……サスケ』
『気持ちいいのかよ、ナルト』

『ま…た、イク……!』
『顔…見せて』

『もう、ムリだってばぁ……!』
『ムリじゃねぇ』

サスケの声付きで思い出される自分のやらかしたことや、いたされたことがナルトの顔をうつむかせる。
次々に蘇ってくる記憶の中に目をむくような台詞がまじっていて、ナルトは頭をかかえた。

『サスケ、そこに入れてぇの?』
『ああ。すげぇ入れたい』
『なんでだってば?抜きあいっこでいいじゃん。オレ……十分気持ちいいけど』
『多分……好きだから』
『おまえ、入れるのが好きなわけ?』
『違う。おまえ』
『オレ?』
『ああ』
『ふーん。でも、多分なんだろ?』
『酒でいまいち分からねぇ』
『だったら、酒が入ってないときにしろよ』
『おまえはそれでいーのか』
『オレはいいってばよ。サスケだったら』
『……じゃあ、明日』
『明日?』
『明日』
『でも、好きだったらだからな』
『分かった。じゃあ、今はこれで我慢しとく』
『え?……ん……ああぁ……!!』

もう、このトイレから一歩も出たくないナルトだった。



今のは幻術ですか?



魂を飛ばしていたサスケが、開いたままだった浴室のドアを慌ただしく閉めたのは、入ってからしっかり30秒経ったあとだった。本人の動揺からしてそれは思ったよりも早い逃避からの帰還だったように思われる。
ここに入った瞬間フラッシュバックした記憶にみっともなく叫びそうにはなったが、そこは気合いで押し留めた。それでも時折うめくように喉から絶叫の断片が漏れ出てしまうのは仕方がない。
なにせここで起こったあれやこれやのプレイが走馬灯のように蘇ったのだ。動揺しないわけがない。
いや、若干の覚悟はしていたのだ。目が覚めて自分とナルトが同じベッドで、しかもお互い一糸纏わぬ姿で寝ていて、なおかつどちらのものなのか判別は不可能だが、ところかまわず撒き散らされていた体液がすべてを物語っていた。
なにかが起こったと思わない方がおかしい。顔に熱が上がってくるのがわかる。
サスケはそれを紛らわせるようにシャワーのコックをひねった。ややして狭い浴室に湯気がこもりはじめる。
備え付けの椅子に腰をおろした途端、これに座らせ自分がナルトにいたした所業を思い出して、サスケは卒倒しそうになった。
「……まさかここまでやらかしてたとはな」
そう口に出してみてサスケは、否とそれにかぶりを振った。
最後までいたしていなかっただけ傷は浅かったといえるだろう。どちらかといえばナルトの。
サスケは思い出すまで、絶対、間違いなく、ほぼ完璧に、ナルトを抱いてしまったと思い込んでいた。自分があれほど泥酔していたナルトに組み敷かれるとは思えなかったし、なにより必ず残ってしまうだろう傷というか違和感というかそんな簡単に想像できてしまうような負担が己の体にはまったくない。少しのだるさは残っているが、それも心地よい類いに入るものだった。
(アイツ、本気で覚えてなかったよな……)
多少の挙動不信は仕方がないだろう。ナルトが嘘を言ってるようには見えなかった。術を使うまでもない。
(でもまったく思い出さなかったら……)
あの約束はどうなるのだろう。自分が好きであればセックスしてもいいというナルトの言葉は反古になってしまうのだろうか。
(幻術でも見せてみるか)
サスケが覚えてる限りの出来事を見せたらナルトは納得するかもしれない。
そこまで考えてサスケは持っていたシャワーノズルを落としてしまった。
(なに考えてんだ……!)
「ぶふッ!」
下からの不意打ちにサスケは声をあげる。落ちたノズルが生き物のようにのたくって上を向いた瞬間、湯が顔面を直撃したのだ。
サスケを攻撃しながらうねうねと動くノズルを彼は忌ま忌ましげにつかんだ。その瞬間やはり思いだされる後景に、震えそうになる手でそれを壁に固定させた。
(……これでナルトの…………)
もう、ここにあるすべてのものが昨夜の記憶に直結してしまうようだった。
またもや魂の脱出が始まったように思われたが、サスケはおもむろに髪を洗いだした。シャンプーのあとにリンスまでして体と顔を洗った。わりかし丁寧に。
そんなたわいない時間稼ぎをしたところで、今という現実が1mmたりとも変わるわけがないのだが、何かをせずにはいられない時とはあるものなのだ。
そんな逃避中のサスケはついで歯ブラシに手を伸ばす。しかしつかんだところで無残にもそれはボキリと折れてしまった。
少しの沈黙が流れる。
ややしてサスケのはぁはぁという荒い息が浴室に響きはじめた。場所柄なんだかとてもあやしげだが、憔悴した顔がそういったピンク的なものをはっきり裏切っている。
「ありえねぇ……。オレがナルトの×××に×××して××××したあげく××××するなんて……。しかもまた××りたいとか……」
サスケの低められた暗い声が完全に伏せ字にしなければならないような言葉を流暢につむぎだす。もうサスケは言っていいことと悪いことの区別もつかないでいた。それでも一人であるということで彼の人格があらかた守られたのは幸いといえたのだが。



(もうこーなったらシラを切り通すしかねぇ)
ナルトはトイレの中で拳を固めた。随分落ち着き、己の身の振り様も決まった今、もう悩む必要はない。
サスケが万が一覚えていたとしても、そうそうナルトに迫ってくるとは思えないが、弱みを握られるわけにはいかない。それに覚えてなければ、なかったことと同じなのだ。
(隠して隠して隠し通してやるってばよ!)
ナルトはここ最近稀にみる闘争心を燃やす。しかし今現在隠すところなら他にあるだろうと、彼に教えてくれる人がいなかったのは残念なことだった。
そうこうしているうちに浴室からサスケが出てくる気配がした。
(やばッ!サスケのヤツもう出てきやがった)
ここにきてようやくまだ自分がすっぽんぽんであることに気づくナルトだったが、なんしか行動するのが遅かった。ある意味閉じ込められたも同然だ。
(えーと、オレってば服)
Tシャツは間違いなく風呂場のはず。濡れて張り付くそれを脱がされた記憶があった。
(それと下、下は………)
これも記憶違いでなければサスケに脱がされ、ベッドの下にズボンと下着がくるくるっと丸まって放置されているはずだった。パンツの内側はあまり見られたくないなとナルトは今さらながらに思う。ケツの穴まで見られた仲だが、それとこれとはまた別らしい。
うぁーと内心焦っていると、トイレのドア越しにサスケが声をかけてきた。
「まだいるのか?」
先程声をかけてきた時より幾分か感情の伺える声音でそう問い掛けられる。風呂に入って余裕ができたらしい。
(平常心、平常心……)
ナルトは念仏のようにそう唱える。
「大分おさまったってばよ」
「そうか……」
少しの沈黙が流れた。顔が見えないぶん長く感じたが、サスケが立ち去った気配はない。もちろんドアは開けられない。
(もうオレは大丈夫だから早くあっち行け、サスケ)
ナルトはまんじりともせずに、あちら側を伺ながらそう念じる。せめてキッチンにでも行ってくれたら、隣の脱衣所に飛び込んでタオルかバスタオルを拝借するのに。
そんなナルトのささいな願いは聞き届けられることはなく、
「……オレ、昨日のこと。思い出したぜ」
一番聞きたくなった言葉をサスケが言う。それを聞いた瞬間ナルトはビクリと飛び上がった。
(もしかしたらとは思ってたけど!)
ナルトは絶望的な気分になる。想定内ではあったが、アレを覚えられていると思うとちょっぴり死にたくなった。
(もうサスケを殺してオレも死んでやるってばよ!)
ナルトはどこぞの恋愛ドラマのような台詞を心内でわめく。しかし口に出さないあたりが、しっかりこの世に未練がある証拠なのだが、本人的にはそこそこマジだった。
「おい、聞いてるのか?」
うんともすんとも返さないナルトにサスケが返答をうながす。
「おまえは何か思い出したのかよ」
そう聞かれて、その言葉には絶対に頷いてはいけないとナルトは心を固める。
「全然、思い出せねぇんだってばよ」
普通に答えれたと思う。
そうかよ、と特に残念がるでも安心するでもなくサスケがそう言ったのが聞こえた。声だけで相手を伺うのは大変だが、顔を突き合わせて昨日のアレな話しなんかしたくない。絶対ボロが出る。
(だからここでカタを付けてやるってばよ!)
面と向かってじゃなくて良かった。ナルトは気を引きしめて、心内で、うっし!と気合いを入れた。さぁ、どこからでもかかってきなさい、と気分は挑戦者を迎え撃つ王者である。
「それよりおまえいつまでそこにいる気だ?」
「へ?」
なぜかこの場で話しを付ける気でいたナルトの口から間抜けな声がもれた。
(サスケがあんなこと言うから!)
てっきりここで覚えているのかどうかを問いただされるのかと思っていた。しかし相手はじっくり腰をすえての話し合いを所望しているらしい。
「服着てねぇから出らんねぇ……」
「待ってろ」
そう言いおいてサスケが離れていく気配がした。どうやら着る物を取りに行ってくれたらしい。
ナルトは急にドキドキとしだした胸と、下っ腹が重苦しくなる感覚に溜息をついた。
思いだしたと宣言するということは何らかのアクションをサスケは起こそうとしているのだろう。確かにアレを思い出してとる行動といったら、自分のように貝になるか何があったか確認し合うかのどっちかだ。
(まさか、本気にしてねぇよな)
あの好きだったらほにゃららしてもいいとか。まさか、まさか……。ナルトは目の前のドアに手を付いた。
(サスケに限ってそれはねぇよな、オレ男だし)
逃げていても仕方がない、ナルトは腹をくくったのだった。









脱友☆の条件_5→
←脱友☆の条件_3
←戻る