迷走飛行症候群



(なんつー夢を……)
サスケは寝起きとは思えない目つきでベッドに起き上がっていた。
寝汚い自分が文字通り飛び起きるようにして半身を起こしたのは2分ほど前のこと。
その間にたっぷり嫌な汗をかいてしまっていたサスケだが、動悸のような胸の疼きがそれを気づかせなかった。
(ナルト……だったな……)
なんとも夢見の悪い。どこから突っ込んでいいかさえもはや分からない夢だった。
仲良くしていた幼なじみが引っ越すと聞いて、悲しくないはずがない。間違いなくこれは嫌な夢の類いに入るだろう。そこまでは合っている。悪夢というやつだ。
しかし問題はそこではない。
自分はショックのあまり彼を軟禁しようとし、それを拒否られあまつさえナルトに泣きついていたのだ。
しかも、そのショックの受け方がどうにも不穏に感じるのはなぜだろうか。
(好き過ぎるだろ……)
夢の中の自分の絶望といったら、それは酷かった。
あのままナルトがいなくなっていたら本気で死んでしまっていたような気さえする。
(なんか……夢で良かったな)
サスケは反芻した結果、ごくごく一般的な感想を打ち出した。
あんな感情を持っていたら生きていくのも大変だ。依存し過ぎている。
しかし夢の中で自分は絶望のどん底に落とされながらも、彼の存在に幸福を感じていたのだ。どこまでも愛しく感じる幸福感。
夢とはなんて不躾で勝手なんだろう。適当にストーリーを作り感情を付随し、あたかも本当に起こったことのように時にリアルだ。
(それで意識しだすなんてのも聞くけどな)
よくあるのが特に好きでもなかったアイドルや俳優を夢に見たことで好きになるというパターン。それをクラスメイトに置き換えてもいい。
でもこの場合サスケには当て嵌まらない。
なぜならすでにサスケはうずまきナルトという幼なじみを意識しまくっていたからだ。
あれからナルトとは席が近いせいもあって、よくつるんでいる。彼女持ちである自分はキバやシカマルのように彼と毎日遊び回っているわけではないけれど。
それに関してサスケは己の内面で認めたくはない事実をきちんと受け止めていた。
羨ましく思っているのだ。
サスケとて大人びているとはいえ、まだ子供の類いに入る歳だ。女の子と興味のない話しや買い物に付き合わされるより、同年代の少年らといる方がまだ楽しさを感じる。
しかもナルトはサスケに心の声を聞かせない。どれだけ拗ねていても、怒っていても下手をすれば大音響で聞こえるそれがまったくないのだ。
サスケは彼の声を聞いたことがない。
だからサスケはナルトが気になって仕方がなかった。自分のことを一方的に知られているというのも気になるけれど、だからこそ今彼が何を思っているのかたまらなく知りたいと思う。
身構えなくていい自分というのはとても新鮮だった。
小さなつぶやきが、裏側にある本音が今まで何度もサスケを傷つけた。己を確立できている今となれば何を言われてもどうということはないけれど。
それでもナルトのそばはサスケが今まで無意識に求めていた無の空間なのだ。
彼と二人きりになるのは心地良かった。
すでにサスケの特別になっているナルト。
それを認めてさえいても、今日の夢は強烈だった。
強い執着と独占欲。
正直あんな感情は気持ち悪い。自分の理解の範疇を越えるものは排他的な思考を生み出し排除しようとする。
あまり深くのぞいてみたい類いの感情ではなかった。
サスケは無造作に床に置かれているゲーム機と、放り出されたままになっているコントローラーに目をやった。
(ゲームやり過ぎたかな……)
昨日からプレイし始めたナルトおすすめのロールプレイングゲーム。金曜日に借りて昨日一日かけてやりたおした。
もちろんパーティー編成でツーマンセルから最大1小隊(隊長+フォーマンセル)で第1章から第7章までクリアしていく。パーティーは自分をいれ、ナルト、キバ、シカマル。まだ第1章をクリアできていない。
なぜならナルトが足を引っ張りまくるからだ。
のちのち攻撃力が強くなる風の属性タイプを選んだのがまずかった。風属性タイプは他に比べレベルが上がるのが極端に遅いらしい。初めての地域での敵に出くわすと、必ずといっていいほどナルトは死にかけた。このゲームを勝ち進んでいくための必要不可欠な術をナルトはとにかく覚えなかったのだ。
いうなれば他の仲間は勇者の剣を使い、クサナギの剣をふるって戦っている中、ナルトだけ今だこん棒か銅の剣を振り回しているようなもの。ナルトは足手まといと言われるに十分な素質を持っていた。
そこで彼だけを修業部屋に放り込み、みっちりレベルアップに励んだのはサスケがベッドに入り込む直前。ある意味軟禁といえよう。『そろそろパーティーに戻してくれ』というナルトの台詞を何度聞いたか分からない。昨日はある意味彼にかかりきりだったように思う。
(だからあんな夢見たんだろうな)
サスケはようやくのそのそ起き出すと1階へと降りて行く。
今日こそ修業の成果を見せるとき。サスケは早くゲームの続きがしたかった。



場所は波の国、敵はその国を牛耳っているギャングと雇われ忍者たち。
修業の成果か敵の出現率が高くともナルトは兵糧丸を使いつつ、危なっかしくも一度も死なずに皆について来ていた。
しかしナルトのために兵糧丸を使うのはもっぱらサスケの役目だったのだ。
なぜならナルトはよく物を紛失する。大事な物設定がされている道具は問題ないが、兵糧丸やらチャクラ丸やら主に戦闘時に消費されるような消耗品は覿面だった。
説明書では戦闘時の攻撃の際に発生するうずまく風が道具を飛ばしてしまうと記述されている。蝦蟇口の忍具入れさえあればいいらしいが、どこを探しても見つからなかった。サスケは攻略本を頼るのは好きではない。多分この章にはないのだろうと諦めたのが悪かったのか。
「……………」
サスケはうなだれていた。
戦闘シーンに流れるもう覚えてしまった音楽がむなしくサスケの耳を通り過ぎる。闘争心をかきたてるはずのBGMが今は追い撃ちをかけるようにエンドレスで流れていた。
サスケのターンで止まっている画面は中ボスの抜忍が1人、こちらは下忍が1人。キバとシカマルはまた別の抜忍の相手をする展開になっていた。
先ほどまでサスケとナルトのツーマンセルで中ボス、ハクという抜忍と闘っていたのだ。
戦闘もそろそろ終盤にさしかかり、ナルトが後一撃くらえば死んでしまうという場面でサスケは己のゲージを確認し迷わず兵糧丸をナルトに使った。相手の攻撃力からして自分は持ちこたえるだろうと判断して。
「ここで痛恨の一撃とかねぇだろ……」
つぶやいてもみたくなるサスケだった。
『サスケ』と名付けられた火属性の忍。成長の早い火属性ゆえ今まで仲間のピンチを幾度となく救ってきた(主にナルト)。
忍のサスケはかいがいしく動き回り仲間のフォローをしつづけ、なのにあんなに何度も死にかけていたナルトよりも真っ先に自分が死んでしまうだなんて。
「…………」
はなはだしく納得がいかない。まるでナルトの身代わりか何かになった気分だ。
画面上のナルトはサスケが死んでいるのに気づいているのかいないのか、後方へと無理矢理追いやられた『サスケ』の屍を見向きもせず、今か今かと体を揺すってサスケの指示を待っている。
パーティーの一人がお亡くなりになったことで白表示部分が赤色に変わっているの嫌な気分だ。これからナルト一人で戦っても兵糧丸もない今、中ボスは倒せないだろう。
いちじるしくやる気のゲージも低下したサスケがゲーム続行を決めかねていた時、扉の向こうからイタチの声がした。
「サスケ、入るぞ」
「……なに?」
サスケは首だけイタチに向ける。部屋着ではあったが長い髪を一つにしばった兄は、弟から見てもそつがなく今日も一人耽美だ。
「サスケ、オレの部屋から辞書を持ち出してないか?」
「え?ああ、そういえば」
サスケはだるそうに立ち上がり、机に積み重なっている本類からイタチの部屋から拝借していた辞書を引っ張りだす。
「返すの忘れてた」
無言で受け取ったイタチの視線がプレイ中の画面に向かっていることにサスケは気づく。
「なに?ゲーム?」
イタチは医大生という暇も時間もないような学業生活をしていながらにゲーマーだった。特にここ数年はオンラインネットゲームにご執心で、その世界ではちょっとした有名人らしい。
さらには独自のホームページまでも開設しているらしく、そのネトゲに出てくる人物のフィギュアまで自作しているのだ。
サスケにはなにがなんだか分からないが、彼の手から生み出される彼女たちは1/8スケールとは思えない細やかさで、イタチを崇拝する者たちからすれば、それはもはや神の領域らしい。そのままコピーをしたかのように精巧かつリアルなんだそうだ。
定期的にある集会のようなものに出かけるイタチを、好奇心からこっそりあとをつけたことのあるサスケは、その時の光景をため息ととものにいつも思い出す。
集まる十数人の男たち(以外にも見た目普通な人たち)の心の声は全てイタチを賛美するものばかりだった。ちょっと異常なくらいの熱狂さとノリだったので、サスケが早々にその場を辞したのは言うまでもない。それがもう1年以上も前の話。
今だイタチはそのあやしげな集会もどきに月に1度というなかなかの頻度で参加していた。
こんなに顔もよく医大生という将来有望な男の実態がこれとはなんとも勿体ないことだとサスケは思う。
「サスケ。このナルトくんというのは」
さらにイタチはゲーマーにあるまじく視力がよかった。部屋の入口からテレビ画面までは結構な距離があるが、イタチには関係ないらしい。
一人生き残っている『ナルト』をイタチは無表情で眺めていた。そういえばリアルのナルトもイタチのことを覚えていた。自分よりも5つも年上のイタチはきっとサスケよりもナルトのことを覚えているに違いない。
「昔この近所に住んでたうずまきナルトっていただろ。そいつ中3なってこっち戻ってきてんだよ。しかも同じクラスでさ。このゲームも借りた」
「ナルトくんか。懐かしいな」
イタチは目を細めて感慨深げにそうつぶやいた。
「やっぱ覚えてんだな」
「お前よりは」
これはよく本人やキバ、シカマルに言われることであった。ただイタチの言った言葉は、幼かったサスケよりは覚えているという意味だと受け取る。
サスケとて全てを忘れているわけじゃない。例えば火影公園で暗くなるまで彼とは遊んだ。特にナルトはブランコが好きで、見つかったら怒られるけれどひとつのブランコに二人でこいだりしたものだ。
(あれ、これってあいつが言ってたことだったか)
サスケは自分で思い出したのか、それともナルトの言葉だったのかごっちゃになる。
「ナルトくんとは仲良くしてるのか?」
「え、ああ。『うちは』と『うずまき』だからな。席が近いからよくつるんでる」
「そうか」
心持ちイタチの表情が柔らかくなった。昔のことを思い出しているのかもしれない。イタチもナルトのことはとても可愛いがっていたように思う。
だってナルトはイタチのことが大好きで、見かければ引っ付きまわっていた。だから自分はそれを見るたびにとても嫌な気分になったのだ。
(……………あれ……今なんかオレ変なこと思わなかったか……?)
サスケは自分の不可思議な感情に首をひねる。しかし部屋を出ていこうとしているイタチが言った言葉にそれはどこかへいってしまった。
「今度家に連れてきてくれないか。オレが会いたがっていたと」
無表情にもそうイタチは言い置いてサスケの返事を聞く前に部屋をでていってしまった。
「なんでオレが……」
小さくつぶやいたサスケの声にかぶるように、部屋には相変わらず『ド根性忍伝』のBGMが流れていたのだった。









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