迷走飛行症候群



半歩後ろをキョロキョロしながらついて来るのはクラスメイトのうずまきナルト。時折「うお!」やら「懐かしい!」など声をあげては歩みをとめるため、普通であれば15分かからない学園から家までの距離が30分を越えてしまっていた。ちなみに当然のことながらまだ家には着いていない。
まるで小学生の道草だ。
犬がいれば話しかけ、猫をみけかれば追いかける。火影公園を横切った時には走って行こうとするナルトの首根っこを掴んで阻止した。
今さら公園で遊びたい願望はサスケにはない。
「なんだよ、ちょっとぐらいいーじゃん。ケーチ」
ナルトはそれこそ小学生のように唇をとがらせた。
「別に公園なんか入らねぇでもいいだろ」
「ここでよく一緒に遊んだじゃん。すげぇ懐かしいんだってばよ。なぁ、ちょっとだけ!」
「おい!」
ナルトはにっと笑ってそう言うとサスケを置いて駆けていく。真っ直ぐ遊具に向かうナルトの背中をサスケはため息一つこぼして渋々追いかけた。
いつからかサスケはこの公園が好きでなくなっていた。昔から自分は人より冷めている部分があることは自覚していたので、こういった場所で犬っころのように遊んだという思い出がないのも特に気にしたことはなかった。
しかし自分にもそういった子供らしい過去があったことをナルトと再会して思い出してはいたが、彼がしきりに言うように当時のことを懐かしいとはあまり思えなかった。
断片的に思い出される光景は本当に楽しさだけだったんだろうか。サスケはふとそんなことを思う。
無意識に昔ほど広いと思わなくなった公園を見渡した。
(何年ぶりだろう)
よほどのことがないかぎり足を踏み入れることもなかった火影公園。サスケはナルトに誘われるようにして園内に入っていった。
「うわ!ちっせー!」
ナルトが鉄棒の前で一際大きな声をあげたのが聞こえる。
(ガキじゃあるまいし)
そう思いながらもサスケはナルトの『懐かしい』にもう何度も付き合っていた。もちろん文句をつけることは忘れていない。
きっと他のヤツだったら二度目の寄り道で置いてきているだろうと思う。
一度目の寄り道は木葉学園随一の甘味処を誇る『このみ屋』だったので団子を5串ほど買った。実は今日イタチの誕生日だったりする。そのことをナルトが中に入ってから思い出し、イタチは家にいるのか?と一瞬思ったが、今日ナルトが来ることは言ってあったので大丈夫だろうと思い直した。
もしイタチがいなかったとしても、家に誘ったときのナルトの喜びようを思えば、また機会はあるだろう。
『そんなにオレん家に来るのが嬉しいのかよ、変なヤツだな』というサスケの言葉に『違うってばよ!イタチ兄ちゃんに会えるのが楽しみなんだ!!』と真っ赤な顔をして吠えるナルトをサスケは思い出した。昔はもっと素直で可愛かったのに。
土の上を音をたてて歩いていたスニーカーがぴたりと止まる。
(…………今なんかオレ変なこと思わなかったか……?)
濃紺ラインのはいったナイキのスニーカーを見下ろし、サスケは考え込む。しかし、
「なにやってんだよ!早く来いってばよ!!」
そう声をあげるナルトに邪魔されて、サスケはあきれたように言い返した。
「うずまき、おまえなにやってんだ……」
「逆上がり!」
ナルトは律儀に答えると一番高い、といっても胸元あたりまでしかない鉄棒に飛び上がる。
「これで逆上がりできる?」
腕で支えた状態で、得意げな顔をしたナルトがそんなことを聞いてきた。
「はあ?」
「オレ、できるってばよ」
ナルトはそう言ってぶら下がった足を大きく振ると、2回3回と器用にそのまま回ってみせた。
「おまえは出来る?」
「できるけどやらねぇ」
「なんで!」
「手が鉄クサくなるからイヤだ」
あくまで坦々とサスケは答える。ナルトの顔が嫌そうにゆがんだ。
「おまえ何かイヤな性格だな」
「うるせぇ。てめーに言われねぇでも自覚してる」
「それってば、もっと性質が悪るくねぇ?」
「一応、時と場合を選んでるからいーんだよ」
「昔のおまえってば、もっと可愛げがあったのに」
鉄棒の上に座るナルトがサスケを見下ろしながらしみじみと言った。
「てめーも人のこと言えねぇだろ」
「え……?」
「なんでもねー」
サスケはそう言うとナルトに背を向けた。二人が入ってきた公園の出口に向かって歩く。
らしくないことを言った自覚があった。ナルトはどう思っただろうか。別に気にするような一言ではないように思う。けれど言ったあとでサスケは気づいたのだ。ナルトと再会して初めて昔の彼のことを自分が口にしたことを。
しかもそれが『昔のおまえは可愛かった』と言ったも同然だということに。
ナルトのそれより気持ちがこもっているような感じがしてサスケはいたたまれない。
(調子狂う……)
サスケは振り向くことはせずに、ただスニーカーが砂利を蹴る音を聞いていた。
程なくナルトが追いつく気配がして、
「おい、おまえ何怒ってんだってばよ」
自分の方が怒っているような言い方。別にサスケは怒っているわけじゃない。ただ少し照れただけだ。
「てめーももう気がすんだだろ。オレここ好きじゃねぇんだよ昔から」
だからそれを隠すための言葉だった。特に何かを意図したわけでもないサスケからすればたわいもない一言。
足音がやむ。サスケは振り返った。すぐ近くにいるとばかり思っていたナルトは少し遠い。
「ごめん」
そう謝ったナルトは困ったような顔をしていた。普段は意思の強そうな眉が今は力なく寄せられていて、しかし口元は笑みのかたちになぞられていた。
「別に……」
いきなり謝られるとは思わなかったサスケはナルトの謝罪をここでの道草だと思い、適当に返した。もういいだろうとばかりに、サスケは公園の出口を目指す。
すぐにはナルトはついて来なかった。
この時サスケにナルトの『声』が聞こえていれば何かが変わっていたかもしれなかった。あるいはもう一度振り返って彼の顔を見ていれば。



火影公園を出てからぎこちない雰囲気が続いていたが、サスケの家の前に着いた時にはナルトの「うわぁ……」という嬉しそうな一声に払拭されていた。
住宅街とはいえサスケの家は今どき縁側や蔵などもある純日本家屋作り。もちろん敷地も広く、どっしりした門構えからして圧巻だった。
「ただいま」
ガラガラと玄関扉を開ける音に重なるようにして、サスケの帰宅を告げる声が暗い廊下へと吸い込まれる。
「お邪魔しますってばよ」
心持ち緊張したナルトがきょろきょろしながらサスケに続く。靴を脱いだところでミコトが顔を出した。
「お帰り、サスケ。いらっしゃい、ナルトくん」
ミコトは目を細めて笑顔で二人を迎える。
「お、お邪魔します……!」
「あんなに小さかったナルトくんがこんなに格好良くなっちゃって。久しぶりに会えておばさん嬉しいわ」
「オレもおばさんに会えて……すげぇ嬉しいってば」
ナルトは頬を赤らめながら感情のこもった声でミコトにそう言った。その様子にサスケは一瞬ナルトが泣いているんじゃないかと思ってしまう。
しかし続くナルトの言葉にサスケの危惧は杞憂に終わった。
「おばさんは昔っから全然変わってねぇってばよ。相変わらず美人だ」
ナルトはニコニコとミコトに嬉しがらせを言う。
それにまんざらでもないように、彼女もさらに笑みを深めるとナルトに早く家に上がるようすすめた。
「まぁまぁ、口も上手になったのね。さぁ、上がってちょうだい。あとでサスケの部屋に飲み物持って行くわね」
ミコトにうながされるようにナルトは家にあがると「ありがとう」と頭を下げてサスケのあとをついてきた。
「これ買ってきた」
「あら、じゃあお茶がいいわね」
サスケが差し出した紙袋をミコトは両手で受けとった。紙袋で何かすぐに分かったらしい。
「オレはいらねぇから」
そう言い置いてサスケは階段を上がる。
自分の部屋に人を呼ぶのは随分久しぶりだ。ナルトが来るからといって部屋を片付けるほどサスケは殊勝ではない。だからといって足の踏み場がないほど部屋を散らかすタイプでもなかった。
やはりきょろきょろと首を巡らせながらナルトはサスケの部屋に入ってきた。
「へぇ、やっぱりおまえの部屋ってキレイにしてんだなー」
「おまえの部屋もだいたい想像はつくけどな」
「オレー?うーん。道は常にカクホしてるってばよ」
「だろうな」
ナルトの残念な回答に嘆息しながら、サスケはカバンを床に置いた。ついでブレザーをハンガーにかけたところで、床に脱ぎ捨てられたナルトのブレザーが目に入る。
「おい、それ。シワがよるぞ」
服のことなどそっちのけでテレビの前に座り込んでいるナルトの背中にサスケは声をかけた。
「別にいいってばよ。そのまま置いといて」
ナルトのいい加減な返事にサスケはイラっときたが、ここでこのまま彼の言うとおり放っておいても自分の性格上気になってしまうのは目に見えている。少しの逡巡のあと結局サスケは広がったナルトのブレザーを拾い上げていた。
サスケはなぜかナルトの世話をやいてしまう。
それは始業式の次の日、ナルトのネクタイを結んでしまった時から始まる。不器用すぎる手元だとか、要領を得ない話し方だとか。放っておけばいいと何度も思うのだが、気がつけば口も出ていれば手まで出している自分がいた。
サスケからしてナルトは謎だらけで、やはり一言でいえば気になって仕方のないヤツだった。
そんなサスケの興味の的となっているナルトは、よっぼどゲームが好きなのか部屋に入って早々、放り出されたままになっているソフトを手に取り「これやったことねぇ」やら「これ家にあるってばよ」やら、嬉しそうに品定めの真っ最中。
しばらくして気がすんだのか、
「今どこまでいってんだってばよ」
ナルトはコントローラーの近くに転がっていた『ド根性忍伝』の空箱を手にしてサスケを見上げた。
「ようやく第一章をクリアしたとこ」
実はあの後、『ナルト』の怒涛の追撃によって抜忍ハクは地に膝をついた。むなしさに拍車がかかったのは言うまでもない。
「おせーんじゃねぇ?」
「……てめーが足手まといになってたんだよ」
サスケはムッとしたようにベッドにどかりと腰を落としてそう言った。
「あ、オレもメンバーに入ってんだ。って足手まといって何なんだってばよ!」
「術は覚えねぇわ、道具なくすわ、死にかけるわ、足手まとい以外の何者でもねぇ」
サスケは『ナルト』のせいで自分が死んでしまったことを思い出して渋い顔をした。
「そんなのがオレのわけねぇ」
「風属性にしちまったからな」
「風か……風だったら、うーん。仕方ないってばよ」
ナルトは妙に納得したように何度も頷いている。
「そしたらさ、そしたらさ、パーティん中に火の属性のヤツいねぇ?風と火ってすげぇ相性良くってさ。なんだっけな『うずまく炎の攻撃!』とか『烈火の竜巻攻撃!』とか攻撃力が倍になるんだってばよ」
「……へぇ」
「火は風にあおられて燃え盛るだろ。風も熱があって初めて生まれるんだってば」
確かに言われてみれば『火』と『風』の組み合わせは最良だろう。しかしサスケは自分が火属性であることをナルトに言うことはできなかった。面と向かって相性が良いとか言われれば、
(ゲームん中っつっても、何か恥ずいだろ……)
そんなサスケの心情などおかまいなしにナルトは自分の好きなゲームの話題だ、止まらない。
「あと火属性のヤツに風属性のヤツが回復系の術使うと他のヤツに使うより半分のチャクラゲージですむんだってばよ。えーと確か『優しい微風』だったけな。もうテキメン!とにかくすっげぇ相性良いんだってば!」
嬉々として語るナルトにサスケはかろうじて引き攣りそうになる口元に力を込めて耐えた。
(なんだそのこっ恥ずかしい術の名前は……!)
サスケは顔に熱が集中するのを気力でおさえつけていた。無性にいたたまれない。
というか術の名前うんぬんよりも自分とナルトが『うずまく炎の攻撃!』やら『烈火の竜巻攻撃!』やらで力を合わせて敵と戦うというのも、『優しい微風』をかけてもらって他のヤツより効果倍増というのも……。ゲームを円滑にすすめていくにあたってそれが最も効率的だと分かっていても、サスケとしてはちょっと、いやかなり遠慮したいことであった。
「で、いねぇの?」
「……」
ナルトが小首をかしげてサスケを見上げる。じっと見つめられてどんどん頬が紅潮するのが分かった。ナルトはまさに目をキラキラと輝かせて、サスケの沈黙という壁を打ち破ろうとする。
「…………」
はがれないナルトの視線に根負けしたように、サスケは目線を反らしながら静かに右手をあげた。顔に集まる熱は勝手にピークだった。
「え!まじで?わー、なんか超恥ずいってばよ!おまえと連携攻撃とかしちゃうのオレ?」
恥ずかしいという割には嬉しそうに言うナルト。
「ちょっとどんなか見てみていい?」
サスケが返事をする前にナルトはテレビのリモコンを操作する。もう勝手にしてくれとサスケは半ば自棄になったようにその様子を傍観していた……のも音楽が流れ出しナルトが慣れた手つきでオープニングをスキップして、現在サスケがプレイしているパーティのステータスが表示した時までだった。
「…………」
「あのさ……」
先ほど「超恥ずい」と言った時よりもよっぽど恥ずかしそうな小さな声でナルトはサスケに言った。目元をうっすら赤らめて。
「……オレもサスケって呼んでいい?」
画面に表示されていたのは
『下忍サスケ/L.10』
『下忍ナルト/L.15』
『下忍キバ/L.10』
『下忍シカマル/L.9』
という、なんだかとっても修行しましたと言わんばかりのサスケが叩き出したこっ恥ずかしい数値と、普段は『うずまき』としか呼ばない自分がつけた忍の名前だった。









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