†††双乱、黎明を告げる†††



何を間違ったんだろう。
どこから歪み始めたんだろう。
そんなの思い浮かぶわけないよ。
だっておまえの背中ばかり見てたんだ。
軽やかに翔けるおまえだけを追いかけて。
でもオレには分かってた。
前だけを見ていたおまえが時々は振り返ってオレが着いて来ているか確かめていたことを。
だからオレも前だけを見て走ってられたんだ。
おまえだけを。
生涯の友だと。
あの哀しい谷での死闘でさえ、友であるからこそ『殺す』のだと言われた事に憤りを感じながらも歓喜した。
だから連れ戻すのだと躍起になった。
なのに、サスケ。
おまえがオレに刻んだ記憶はすべてを裏切るものだった。
いっそのことおまえの友としてあらん限りの力を出し切り、技を競って攻めぎ合い、例え這いつくばっても戦って殺された方が良かったとさえ今なら思う。
本来の交わり方を無視した『あれ』は一方的な暴力。女の身でないこの体には屈辱であるとしか思えない行為だった。
でもそれ以上に占めた心の嘆きは、サスケ。届かなかったこの声。

持つもの少ない自分が唯一自慢できた奇麗なもの。
頼りなくも胸高鳴らせたおまえとの繋がり。

たぐり寄せれば答えたおまえの声。
それが、もうおまえの中で何の意味もなさないのだとしたら。

おまえにとってのオレが何にも劣る存在なのだとしたら。
今、おまえに近づくための奮励は無駄でしかないのかもしれない。

もっとオレに力があれば、おまえはオレのそばにいてくれたのかな。
そうしたら、オレと同じだけの強さで認めてくれたのかな。


あそこで切れてしまったオレ達の糸の片方が、どこを探したって見つかりそうにないんだ。



「目が覚めたか。少し休もう。影分身の術はかなりのチャクラを消費するからな」
起き上がって顔を巡らせた先に、見慣れた上司の顔をみとめてナルトは安堵した。
覚醒する狭間に己の身に起きた出来事をひとつひとつ整理しようとしたけれど、上手く片付けるには自分たちがともに過ごしてきた半年間はあまりに鮮やかすぎた。
自分を襲った衝撃は影を潜め、しかし奥深にある怒りと絶望感はどうやってもぬぐえないようで、それとともに新術に対する気概も抜けていくのだ。
(あいつはオレを認めねぇ)
ナルトは首筋に手を当てた。そこは一瞬息が止まるかと思うほどきつくサスケに歯を立てられた場所。
手が震えそうになった。痛みはとうに引いていて、痛いと感じるのは嘘だ。なのに今確かに自分は痛みを感じていて、血が流れていると錯覚しそうなほどに生々しく、あの恐ろしくも醜悪な行為を思い出す。
本来であれば、満たされるべき行為であるはずなのだ。なのにサスケがナルトに与えたそれは、絶望。
彼に求め続けたものに対しての決定的な決別の行為であった。
体の痛みや衝撃などいかほどのもの。この無惨にも切り捨てられた、己の存在を思えばすべてが無に等しいとさえ思える。
殺す価値もないと言う事が、何の価値もないという事の同義語であるならば、追い続けることに何の意味があるんだろう。
深く考えるのは苦手で、だから今この胸に残る感情だけをたどれば、もう「やめてしまえ」と誘う言葉に頷きそうになるのだ。
「カカシ先生。あいつの覚悟ってどれくらいあったんだろう」
目を覚ましてからいつもの覇気が影を潜め目も合わせようとしない部下に、カカシは露出した方の目を細めた。
カカシが考案した修業は普通では有り得ないほどのスピードと確実さをもってナルトを急成長させた。
しかし影分身の術を使用しながらの修業は好を成していたが、術を解いたとき術者に返る経験の蓄積は、体力、精神力共に疲労させる。それも当然の事で、普通であれば、一人二人の経験、感情、疲労が一気に返ってきただけでも違和感が少しの間は続くのだ。それを彼は今まで短時間であれ数百という数の影分身を作り出しながらも、その違和感に気付かずきたというのだから、彼の精神の健やかさには驚かされた。
そんなナルトであるからこそ打ってつけの修業方法であり、しかし意図して同動作の繰り返しはそんな彼の精神でさえ激しく疲労させるようだ。二百余人の二十四時間分の記憶。言葉にすれば四八〇〇余時間の経験と簡単だが、半年以上もの期間同じ事を考え動くことは、早々に精神が病んでしまう所業と言えるのでは ないか。
術を解く度に疲労を濃くしていくナルトは、それでも己の進む道標をサスケへと定めたまま常に顔を前へと向けていた。しかし、
「どうしたんだ急に?」
そろそろ限界か。
劇的な早さで進んでいる新術取得への修行行程だが、思うようにならない時の憤りはさらに精神を疲労させ、時には目的さえも見失わせる。
「サスケを連れ戻そうとするんだったら、サスケ以上の覚悟ってか、気持ちじゃねぇと追い付かねぇのかなって。でもあいつのイタチに対する復讐心が家族とか一族皆を背負ってるんだったら……」
「気持ち負けするって?」
「分からねぇ。ううん、そーかもしんねぇ。そんな覚悟をしたサスケにオレは追いつけるのかなって。新術もできねぇし」
追いつける気がしねぇってばよ、と今までにないほど滅入った様子で小さくつぶやくナルトに、カカシは胸を痛めた。ナルトの気持ちもサスケの気持ちも分からないでもないカカシは、なぐさめるように寝癖のついた金髪の頭に軽く手を置く。
「新術の修行はまだ始めたばかりだろう。もう諦めるのか?」
カカシの手の下でナルトは唇をきゅっと噛んだ。
「オレはおまえの覚悟が何かに劣っているとは思わないよ。確かにサスケの復讐心には歯止めがない。でもおまえがあいつをこっち側に引き留める楔になるとオレは思ってる」
「でもカカシ先生。ダメなんだってばよ。オレが……オレがいくら頑張っても、サスケがオレを拒むんだ。あいつはオレのこと何とも思ってない。ううん、 そーじゃねぇ、本当はあいつがオレのこと何とも思ってなくたって、だからオレはあいつを振り向かせたいって思ってきたんだってばよ」
「サスケはおまえを認めてただろう」
ナルトはさらに顔を俯かせる。
「認めてたらあんな事はしねーってばよ……」
「ナルト?」
低くくぐもった声のせいでナルトの言葉が聞き取れなかったカカシは、訝しげに部下の名を呼んだ。
「認めてたら終末の谷であいつはオレを殺してた。今分かったんだってばよ。あの時サスケが言ってたオレを殺す価値があるって、『もっとも親しい友』にはその価値があるんだ。でもサスケはそうしないってばよ」
立てた膝に顔を埋めてナルトは苦しげにそう言葉を吐き出した。
「なにナルト。おまえはサスケに殺されたかったの?」
「ち、違うってばよ……!」
ばっと顔を上げてナルトはカカシに食ってかかった。
「でもオレにはそう聞こえたよ。殺されてやる事がおまえの友情?違うよナルト。オレはね。サスケの取った行動がおまえよりはわかる。もしオレがサスケだったら同じ事をしたと思うよ。サスケはさ、殺したくなかったんだよ、おまえを。それだけだよ」
「で、でもサスケはオレにもう『殺す価値もない』って言ったんだってば……!もう友達じゃねぇって……」
「また、サスケもナルトが混乱する言い方を。馬鹿だねナルト。そんなサスケの言葉を鵜呑みにしちゃって」
話題にあがるサスケの元上司は、あっさりとナルトの言葉を否定した。
「あいつは昔も今も十分おまえにこだわってるよ。サスケはおまえを『殺したい』って思うほどには特別で、『殺したくない』って思うほどには大事なだけなんだ。 うちは一族に伝わる万華鏡写輪眼を開花するには『もっとも親しい友を殺すこと』。復讐を遂げるために力を求めるだろう自分に最終的には殺さないといけない友達を作ることはサスケにとっても苦しいことだったろうな。でもおまえたちは仕組まれずして親しくなってしまった。そんな時に大蛇丸の誘惑ときたら、サスケも選ぶだろうな。おまえを殺さなくて済む方法を」
「でも大蛇丸のところなんかに行っちまったら器にされて殺されるかもしんねぇのに……」
納得いかないナルトはかたくなにカカシの言葉を否定する。
「そうだな。殺されるかもしれないのに、それでもサスケはおまえを殺さなくて済む方法を選んだんだ。オレはね、ナルト。ただ力を求めて里を抜けたヤツをわざわざ連れ戻そうだなんて事に首を突っ込もうだとか思わないわけよ。おまえらが一生懸命だからだけじゃない、サスケも結局は仲間を思って里を抜けたんだと確信しているからこそ、オレはおまえたちに力を貸すんだよ」
カカシは何に対しても突っ走る傾向のある部下に、言い含めるよう穏やかな眼差しを向けた。
「これで納得しろとは言わないけどね、そうゆう捉え方もあるんだって事を頭の隅にでも置いててくれればいい。ああ、雨が降ってきたな」
カカシはひとまず話を締めくくると、ぽつぽつと降り出した雨に空を仰いだ。
「なぁ、カカシ先生」
「なんだー?」
「オレってば、サスケの思ってる事なんてひとつも分かんねぇし、いつもあいつには酷いこと言われるしされっけど、それで凄いムカついて殴り飛ばしてやりてぇって何度も思ったんだけどさ、不思議と助けたいって思う気持ちは変わらないんだってばよ。認めたくなかったけど、あいつがオレをどうゆう風に思ってても、オレってばサスケをどうやっても連れ戻したいらしい」
カカシ先生のおかげだってばよ。と続くナルトの言葉に空に向けていた顔をカカシは左目だけで、しかし破顔していると分かる表情をナルトに向けた。
「よし!それじゃ休憩終わり。ヤマトもそろそろ戻って来るだろう」
「そういえばヤマト隊長は?」
「食糧調達だよ」
カカシはやはり笑顔のまま詫びれもなく、九尾化したナルトを抑制奮闘し疲労困憊であろうヤマトをぱしらせたことを告白したのだった。



がさがさと揺れる葉の音に隠れるように黒い影は目的はなく、しかし確かな足取りをもって突き進む。
膝下まである外套が彼の動きに合わせて踊る様は、その見事な金の髪を引き立てるように滑らかにひるがえった。
(近くにいる……)
キバの言うことを信じるなら、間違いなくこの森の中にあいつはいるはずで。だから必ず見つけ出して、
(まずはぶん殴る!)
ナルトは心中で固く決意する。ヤツのおキレイな顔が歪もうが、腕が折れようが知ったことか。そんな事くらいであの所業がチャラになるわけがない。もうサスケの一生涯をかけて自分のそばで償ってもらうしか、この気持ちをなだめることなんてできるものか、と半ば八つ当たりのような、しかしナルトからすれば紛れもなく正当な報復を繰り返し唱えた。
どうあってもサスケは自分のそばにいなければならないのだ。それがどんなに歪んでいようとも、この隣はサスケしか認めないのだから、ヤツにも諦めてもらうしかない。
今思えばサスケの取る行動にいちいち意味を求めていたら、早々に参ってしまうのは常であったのだ。過ぎた怒りで見落としそうになったけれど、結局あんな扱いをされようが、酷い言葉を投げ付けられようが、それでも自分はサスケのそばにいたがった。
術を解こうとはしなかった。あの狂気に満ちた交わりの中でさえ。
それこそ自分が選んだ答えであったのなら。迷うことはない。
ナルトはそこらじゅうに散りばめた己の影分身の術を解いては、また作り出すということを繰り返す。一度探したところを他の分身がまた探すという二度手間を避けるためだ。
(西側と南側にはいないってばよ)
混乱しないよう的確に情報を整理し、川向うは特に念入りに探索した。水がサスケのにおいを流してしまうから、きっと忍犬やキバ達でさえそこは曖昧であるはず。
(あ……)
一瞬見えた黒い影。なびく髪もやはり黒く。見とめたと思った瞬間、血が沸騰した。
(いた……!)
ナルトはもう忍びらしく気配を消して近付くなんてことはしなかった。そんな余裕などあるわけがない。一気にその影目指して駆け出した。外套の中で素早く抜き出したクナイを構える。ナルトが標的と定めたそれは動きをピタリと止め、ゆらりと顔を巡らせた。
すべてが黒で統一された彼に額の包帯と肌の白さは際立つようで、病的でありながら一種の壮絶さを感じさせた。
「サスケェー!」
ああ、おまえをその薄暗い淵から……!
ナルトは腕を振り上げ右手に構えたクナイを投げ付ける。風を切ってナルトの手から放たれたクナイは、しかし彼の首の動きひとつで意図も簡単にかわされ、すぐ後ろにあった樹木にカツンッと渇いた音を立てて突き刺ささった。
かわされる事など承知の上。ナルトはその勢いのまま標的物に向かって突き進む。
逃げるそぶりも見せないそれに一気に突っ込んだ。
手が届く。
彼の羽織る外套の胸倉をつかんだ。

震えそうになるその両手に力を込め、武者震いだと言い聞かせる。
合わされた瞳の黒は己の怖いくらい真剣な顔を映していて、色さえ返しそうなそれにやはり反らすことなどできなかった。
つかんだ外套を引き寄せるでなく、その勢いのまま後ろの樹木に体ごとぶち当て、間髪入れずにバン!と音が鳴るほどきつく左手をついた。
救い出すことができるなら……!
ナルトの投げたクナイは今彼の首元の横ギリギリに突き刺さっていて、反対側はナルトの腕が塞いだ。
「もう逃がさねぇってばよ、サスケ」
ナルトは静かだが激しい気迫を漂わせた声音で、すぐそばにあるサスケへと言い放った。


切れた糸の片方が、微かに在ったと思うから


いくらおまえが遠ざけようと、切り捨てようと仕組んでも


狂乱の渦の中からオレはおまえを『救い出す』





イラスト:vista blue_十鶴彩葉様


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